番外編 東店長の良きところ

 土日のケーキ屋は、朝から晩までお客がひっきりなしに訪れる。愛知県名古屋市……の隣、ありふれた地方都市の彩遊さいゆう市に店を構える『魔法菓子店 ピロート』も、例外ではなかった。

「それはなんと……食べると、声が変わるんですよ。えっ、お客さん、信じてなさそうなお顔してますね。なら、一回食べてみるのが一番! 中にある甘酸っぱいベリーソースと、濃厚なクリームがめっちゃ合います。クリームに少しだけ、サワークリームを入れて、ソースの酸味と合わせてるってうちのパティシエが言ってました。俺も大好きなんですよ、これ。甘酸っぱいのが好きならオススメです!」

 黒縁眼鏡に、少しくせっ毛の茶色の髪。ワイシャツにネクタイの上に、エプロンを着た店長のあずま八代やしろが、ショーケース前の女性客にオーバーアクションでケーキを勧めている。三十歳を超えた自他ともに認める「おじさん」であり、一児の父である八代だが、屈託のない笑みはどこか少年のようで、女性客の口元に好意的な笑みが浮かぶ。

 じゃあそれを、と女性が指さしたのは、八代が勧めた『ボイスマジック・ロッカー』という名のロールケーキだった。


   ***


「八代は、ほんとお客様に対して上手にお勧めするよねえ、ケーキのこと」

 しんとした閉店後のピロート。五徳を洗うピロートのシェフパティシエ・天竺てんじく蒼衣あおいは、閉店後のレジ処理をする八代に話しかける。厨房と店の間にあるガラス越しだが、ドアは開けっぱなしなので、会話は可能だ。

「唐突になんですか、パティシエくん」

「いや、今日も接客してるのを見たからさ。にぎやかだけど楽しげで、聞いてるこっちまで気分がよくなるよね。ケーキが好きっていうのが伝わってくる」

「楽しげ、ねえ……。そうだな、俺は蒼衣のケーキは世界一ィィィ! って常に思って接客してるからな。ホントは口で説明したって足りないから、片っ端から試食をお客の口に突っ込んでいきたいくらいなんだけど」

「……世界一は言いすぎだってば。あと、口に突っ込むのはダメだよ」

 長い付き合いだからこそ、ストレートに褒められると照れると同時に、その明るさに救われている自分がいる。蒼衣は顔をほころばせた。


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2018年7月16日発行

柏木むし子さん主催同人企画「Text-Revolutions7 キャラクターカタログ3」のキャラクター紹介掌編より再掲

(東八代 キャラクター紹介用掌編)

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