第51話 昭和19年9月 春香、いなくなった兄妹

 子供たちが来て1週間が経った。

 みんなの様子を見ていると、ここでの暮らしにはまだ慣れていないようだけれど、どうにかこうにか生活のリズムができてきたように思う。


 そんな子供たちは、今日は午前の授業が終わってから水練すいれんという名目で、村の外れを流れる川に遊びに行っている。もちろんちゃんと青木先生が引率しているし、寮母からも直子さんと安恵やすえさんが救急箱を持って付き添っているから問題はないだろう。


 9月に入り、朝方の暑さが幾分かやわらいできたものの、まだまだ日中は暑い。そんなこともあって、水遊びと聞いた子供たちは朝からうれしそうだった。


 一方で、私は恵海さんと美子よしこさんと3人で、本堂の外回廊でのんびりとお茶をしていた。

 子供たちが来てからは嵐のように時間が過ぎていたから、このような時間は久しぶりのように感じる。


 まだまだ陽射しは強い。山の木々も緑が濃いが、道ばたにはコスモスが咲き、赤とんぼが姿を見せるようになっていた。

 知らず、季節は夏から秋へと変わりつつある。


 村をながめながら、

「今月末ぐらいからはきのこ狩りも良さそうですね」

と何気なくつぶやく。


 恵海さんが微笑んで、

「そうですな。栗も、芋もおいしい季節がやってきます」

 しわが深くなってきてはいるけれど、まだまだお元気そうだ。朝晩のお勤めで鍛えているせいだろうか。声にも張りがあって溌剌はつらつとしている。


「山は……、さすがに子供を連れてはいるのは危険でしょうねぇ。少しお休みをいただいて1人で採ってきますから、そうしたら恵海さんにきのこ鍋を作って差し上げますよ」


 きのこと里芋と大根とニンジン。お出汁は昆布をベースに、できれば猪肉も手に入ればより美味しいお鍋になりそうだ。日本酒も少し熱めの燗酒かんざけがおいしいと思う。


「御仏使さまのお作りになるお鍋は美味しいですからなぁ」

と、いかにも楽しみだというように笑う恵海さんに、美子さんもうなずいて、

「確かに。前にいただいたきのこ鍋は本当に美味しゅうございました」

と言っている。


 あれはまだ夏樹が出征しゅっせいする前の話。夏樹と一緒に山にきのこ狩りに行って、たくさん採れたもんだから恵海さんたちとお鍋にしたんだよね。


 その時のことを思い出していると、美子さんが、

「子供たちが来てから随分とにぎやかになりました。御仏使様も以前より笑われるようになられて、少し安心しています」

という。

「あら、そう?」

「ええ……、夏樹様が出征されてより、普段は元気そうにされていても、ふとした時にふさぎ込んでおられることもあって。ずっと心配していたんです」


 あ~、それはそうかも。

 慣れてきたとはいえ、時折どこか心に大きな穴が開いているような、そんな気持ちに襲われることがある。


「美子のいうとおりですが、それも道理。私たちから見て、一対いっついであるべき御神酒おみきの片割れがどこかにいってしまったような、片輪が外れてしまって、残った片輪が車軸を中心にグルグルと同じ場所を回っているような、そんな風に思っておりました」


「……そんなにわかりやすかったですか?」

「ははは。これでも僧侶のはしくれ。人を見る目はそれなりにはありますぞ」


「さすがは恵海さんに美子さん。……確かに寂しいは寂しい。仰るように子供たちが来て忙しくしていて気がまぎれている部分もあるのかもしれません。

 それにあの子たちも親から離れて寂しそうにしている。それが私にはよくわかるので、自分が寂しがってはいられないというか……」


 私の言葉に、わかりますよとばかりに、お2人はうなずきながら聞いていた。


 こんな話は他の人がいるところではできないだろう。今もこうして本音を話せる。そのことがとてもありがたい。

 それ以前に、この2人がいなかったら、私は寂しさに押しつぶされていたかもしれない。だからというわけでもないけれど、2人には感謝している。

 


 けれどそんな穏やかな時間は長続きしなかった。

 突然、安恵さんが走って戻ってきた。


 そのあわてた姿に瞬時に何かが起きたとさとる。――まさか、誰かおぼれたのだろうか。

 息もえの安恵さんが、


「はあはあ、大変、です。――ふう。4年生の、中西啓太くんと。妹のすみれちゃんが――、いなくなりました」


 は? いなくなった?


 混乱している私をよそに、恵海さんがけわしい表情をしながら、

「それは……、溺れたということか?」


 しかし、安恵さんは首を横に振った。額の汗をぬぐって、

「どうも川に着いた時にはすでにいなかったみたいで」

荒い息をおさえるように一気にそう言った。


 恵海さんがバッと立ち上がった。

「いかん! 安恵さんはすぐに村役場へ。川津かわつに言って男衆おとこしゅうを手配させなさい。山狩りの準備を、それと隣村へも連絡をするようにと」



 気がつくと私も立ち上がっていた。

「ちょっとまって! 私も行きます」


 すでにここまで全力疾走しっそうしてきただろう安恵さんだ。役場に行くまでに時間がかかってしまうだろう。

 ならば、うちの馬を出そう。


 そのまますぐに回廊から飛び出して、走ってうまやに向かう。


 蔵のすぐ先。うちのうまやに飛び込んで、

「お願い。子供たちがいなくなったの! 探すのを手伝って!」

と1頭の馬。――私の乗り馬の梅風うめかぜに声をかけ、馬具を取り付ける。

 そのまま外に連れ出して、その背中に乗って再び清玄寺に取って返す。


 あわてている様子の3人の所ヘ戻り、馬上から安恵さんに、

「さあ早く。乗って!」

と手を引っ張り上げ、無理矢理に私の前に乗せた。「ちょ、あの……」と言っているが、そういうのは無視だ。


「御仏使さまはお残りください!」

と恵海さんが慌てた様子で声をかけてくる。しかし、私は首を横に振った。


「いいえ。私は村内をこの子と探し回ります。恵海さんは他の子供たちの対応を。美子さんはお寺で留守番。男衆は川津さんと安恵さんにお任せします。

 何かあってからでは遅い。一刻も早く見つけないと」


 そう一気に言い放つと、すぐに馬を走らせる。

「きゃあ」という安恵さんに、

「力を抜いて、大丈夫だから!」

と言い聞かせ、その体を支えながら役場へと向かった。


 揺れる馬の背。おそらく馬に乗るのが初めてだろう安恵さんを、補助しながら馬を走らせるのは結構たいへんだった。

 でも、そんなことは言っていられない。


 村道を走る私たちを、遠くで農作業をしている人たちが何事かと見ている。彼らもすぐに川津さんから連絡を受けることだろう。


 ものの10分ほどで役場に到着し、そのまま安恵さんを降ろすが、彼女は腰が抜けたみたいでそのままへたり込んでしまった。

「しっかりしなさい!」

と馬上から怒鳴どなりつけると、役場から川津さんと鈴木さんが何事かと飛び出してきた。


「あっと、夏樹くんのところの……。何か――」

と言いかける川津さんに、

疎開そかい学童の兄妹が行方不明になりました。詳しくは安恵さんに! 私は村内を一周してきます」

と言い置き、返事も待たずに馬を走らせた。


「はっ!」

梅風うめかぜに声をかけ、途中で兄妹を見逃さないように神経を集中させながら、ひとまず村の出入り口の道祖神どうそじんのところへ向かった。



 山裾やますそに位置する松守村は、そのさかいこそ隣村と接してはいるものの、普段みんなが通っている出入り口はここの1つだった。

 出入り口としてはもう1つ、山側にもある。獣道けものみちのようなその道を通って山を抜けていくと福島県に出る。

 ただし、その途中の山にはツキノワグマが生息していて、危険も多い。男衆に急いで山狩りの準備をさせるのも、この辺の事情がある。


 黒磯に向かう方の入り口にやってきた。

 息を荒げる梅風の首筋をでてやりながら、しばし周りの気配を探る。しかし、道祖神の周辺はもちろん、近くのバス停にも幼い人影は見当たらない。

 足跡も見分けることは不可能だった。


「……まずは村内からか」


 馬首をめぐらして、子供を探しながら来た道を戻る。


 無事だといいんだけど。




 兄妹を探しつづけて、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 すでに空はあかね色に染まり、夕暮れが近いことを知らせる。……そして、それがまた探している私たちを焦らせていた。


「おいどうだ。何か見つかったか!」


 川の土手から根古地区の地区長さんが、男衆に声をかける。男衆は長い棒をもちながら、川原の草をき分けながら兄妹の痕跡こんせきを探していた。


「だめだぁ! 何にも見つからねぇ」

「このままだと暗くなっちまうぞ。どうする?」


 役場の夏樹の元上司・鈴木さんが、

「すまねぇ、みんな。悪いけど。もうちょっと頑張ってくれ!」

「それはいいけどよ。こっちじゃない気がするぞ」


 その意見ももっともだが、鈴木さんは申しわけなさそうに、

「他の所は、他の所で探してる。だから辛抱しんぼうしてくれ」

「……わかったよ。おーい、みんな。そっちの奴らは上の方へ。俺たちは下流の方へ行くぞ!」


 みんなに指示を出したその男性は、首にかけたタオルで汗をぬぐい、再び草むらに向き直っていった。


 面倒だと言う人は誰もいない。子供がいなくなったら皆で探す。困ったらお互いさまという気風がまだまだ残っている。それがとてもありがたい。


 すでに他の学童たちはお寺に戻っていて、美子さんだけでなく恵海さんも見てくれている。青木先生は、村長さんと一緒に役場で待機しているはずだ。


 女衆のうち何人かは清玄寺の厨房ちゅうぼうで、男衆のためにおにぎりを作ってくれている。駐在さんは駐在さんで、今も村の中を巡回してくれていた。



 いったいどこに行ってしまったんだろう? 本当に山の中に入っていったのだろうか?


 迷子になって山に? そんなことはないだろう。

 食べ物を探しに山に? それも想定しがたい。

 けれども、動機は後で。夜の山は他のところより危険だ。――私も山に入ろうか。



 中西の兄妹。

 お兄ちゃんの啓太くんは無口な男の子で、妹のすみれちゃんは泣き虫の女の子だった。


 なぜか暗闇の中で泣いているすみれちゃんと、その手を引いている啓太くんの姿が脳裏に浮かぶ。

 必ず見つける。だから待っていなさい。


 そう思いつつ、梅風を山の入り口に向かわせた。

 誰も見ていないところで、愛用の弓と矢筒を神力収納から取り出して身につける。かつて月と狩猟の女神様からいただいたこの弓。鉄砲の時代になっても、山に入る時の私の装備はこれと決めている。


 前方に山の入り口が見えてきたところで、戻ってきた山狩りの集団が見えた。何やらさわがしい。

 すると視界の端に、女の子を連れた先生と直子さんが急いでその集団の所に行くのが見える。


 もしかして見つかったのか?

 それならうれしいけれど……。


 そう思いつつ、馬を急がせると、前方から人々の声が聞こえてくる。


「――だ。女の子の――」

「可哀想だが――」


 集団の手前で馬を降り、男衆の間をき分けて中に入っていく。松明たいまつに照らされた男の人たちの顔。疲れと痛ましさとに、どの人の顔にも暗い影ができている。


 真ん中で川津さんが布の切れ端を持っていた。それを先生に連れられてきた女の子がじっと見つめている。

 真剣な表情の先生に心配げな直子さん。やがて、その女の子は首を横に振った。


「ちがいます。すみれちゃんのじゃありません」



 するとそれを聞いた直子さんはため息をついた。

 川津さんが、

「違うみたいだ。――みんな、悪いけど、一度解散して1時間後にもう一度集合してくれ!」

と呼びかける。すると男衆が、

「仕方ない」「ああ……」

と言いながら村の方へと戻っていった。


 その背中に向かって先生が、頭を下げて、

「本当にすみません! どうか! どうかよろしくお願いします!」

と声をかけている。


 きっと夕食を済ませ、夜の山に入る装備を調えて再集合となるのだろう。

 私を見た川津さんが驚いた表情を浮かべる。


「夏樹さんのところの……。その恰好かっこうは?」

「今から山に入ります」


 しかし、私の言が気に入らなかったのだろう。

「馬鹿言っちゃいけない! 女の出る幕じゃない。ここは男衆に任せてください!」

と怒鳴られてしまう。


 先生も直子さんも心配げな表情で私を見る。

「そうですよ。春香さん。ここは村の人たちに……」

という直子さんに、

「今までも夜の山には入っていますから大丈夫ですよ」

というが、川津さんからは、

「そんな弓矢じゃ危険です。許可できません」

拒絶きょぜつされてしまう。


 それもわかるけれど、でも今は一刻を争う。兄妹は道を失って迷っているかもしれないんだ。きっと心細くて、怖がっていることだろう。


 視線を感じて顔を下げると、女の子が私をじっと見つめていた。この子、きっとすみれちゃんのお友だちなんだろう。

 その瞳を見ていると、なぜか急に宿直の時の光景が目に蘇った。


 夜中に、布団の中で声を押し殺して泣いていた子供たち。高学年の子は泣いてこそいなかったけれど、それでも唇をかみしめていたり、なかばむすっとしたように見える表情で我慢をしていた。


 兄妹でいなくなった。


 もしそれが事件や事故でないとすれば……。

 その2人は、もしかして、――東京に向かった?


「そうか」

 思わず唇からひとごとれてしまう。

「梅風!」

と名前を呼ぶと、私の馬が走ってやってきた。

 その背中に乗り、再び村の方へと向き直る。


 ――もし東京に向かったのならば、兄妹は黒磯に向かったはず。ならば、村の外にいるだろう。


 そのまま馬を走らせようとしたところで、川津さんが、

「春香さん! いったい――」

と声をかけてくる。


 振り向いて、

「……あの子たち。もしかしたら東京に帰ろうとしているかもしれません。今から黒磯の方まで行ってきます!」

と言い、返事も待たずに馬を走らせた。

 背後から、「ああ――。もう! 夏樹くんになんて――」と声が聞こえたが、取り合っている暇はない。


 薄暗がりの村の道。躍動やくどうする馬と一体になりながら、生ぬるい空気を切り裂くように走らせる。


 無理だ。兄妹だけで東京へなんて帰れるわけがない。

 まだ幼い子供たちには、それがわかっていないのだろう。だけど、変に知恵をつけた子供のことだ。来た時と逆の道を通れば帰れる。そう思ったに違いない。


 もちろん電車に乗る切符なんて手に入るはずがない。

 最悪のケースは、それでも線路を歩いてたどっていた場合だ。これから暗くなる。もし線路上の2人に気がつかずに列車が突っ込んでしまえば、最悪の悲劇になってしまう。


 だからその前につかまえないと!


 あせる気持ちのままに、私は必死で梅風を走らせた。



 松守村から黒磯の町までは、およそ17キロの距離がある。

 妹を連れた啓太くんは、どこまで進んでいるだろうか。しかも途中で道を間違えていたら、全然違う村に向かっている可能性もある。


 幸いに間違えそうな分かれ道は2箇所だけだ。1つはこの先の地蔵がつじ。道が二叉ふたまたに分かれているように見えるけれど、黒磯へは右側の道。左の道は遠回りをして百村もむらに続いている。


 やがて前方に、外灯の明かりでぽっかりと照らされた六地蔵が見えてきた。

 すでに暗くなっていて誰も通ることのない道を、6体のお地蔵さんが並んで見守っている。


 その前で一度馬を停める。

 子供たちはどっちへ行ったのか。お地蔵さんの顔を見るものの、答えは教えてはくれない。

 ――もう一人連れてくれば良かったかもしれない。そうすれば別々の道へ行けたのに。

 そんな後悔が浮かぶ。



 うん?


 その時、視界の隅に小さなハンカチが落ちているのが見えた。

 馬から降りて左の道を少し進んで拾い上げる。端っこに「なかにしすみれ」とお母さんがい付けであろう名前が読み取れた。


「――こっちだ」


 どうやら間違った道の方へと行ってしまったらしい。……でも線路を歩くという最悪の事態にはならなさそうで、少しホッとする。

 あとは2人を見つけるだけ。


 少し心が軽くなりながら、私は再び馬上の人となった。


 この辺りは開発が進んでおらず。まだまだ原野状態となっている。秋の澄んだ夜空には星が瞬き、その下に子供の背丈ほどもある草っ原が広がっていた。


 この先は草むらに隠れている可能性もあるだろう。梅風を走らせずに早足で歩かせながら、目をこらし、耳を澄ませて気配を探った。


 暗くて色が分からないけれど、道ばたではコスモスが夜風に揺れている。コオロギやキリギリスの鳴く声が聞こえてきた。

 どこかもの寂しげな初秋の夜。さあっと吹き抜ける風が、まるで私の心にも吹き込むように冷たい。


 子供たちを探しているはずなのに、なぜか寂しい気持ちになる。虫の声がそうさせるのか、あの星空がそうさせるのか……。




「――大丈夫だ。すみれは俺が守るから」

 不意に遠くから男の子の声が聞こえた。


 すっと梅風を急がせると、500メートルくらい先で、とうとう兄妹を見つけた。男の子が女の子をおんぶして歩いている。


「見つけた! 2人とも待ちなさい!」


 声をかけると、お兄ちゃんは驚いてざっと後ろを振り向いた。けれど暗くて見えなかったのだろう。

「誰だ!」というので「寮母の春香よ」と答え、馬から降りて2人の元に駆け寄った。


 バツの悪そうな、それでいてどこかホッとした表情を浮かべる啓太くん。すみれちゃんはもう涙で顔がベタベタしていた。

 ポケットからハンカチを出して、その顔をいてやりながら、

「東京に帰ろうと思ったの?」

と聞くと、怒られると思っていたのだろう、啓太くんが緊張しながら「はい」と言う。


「帰ってから、たくさん怒られなさい。――でも無事で良かった」


 そう言って2人を抱きしめる。風に吹かれ、体が冷たくなっていた。温めるようにぎゅっと力を込めながら、


「ここから東京へは歩いて帰れられる距離じゃない。どんなにお父さんとお母さんに会いたくても、面会に来てくれるまでは、迎えに来てくれるまでは、帰る許可が出るまでは駄目だめなの」


 すみれちゃんは折角なみだをいたというのに、また泣きじゃくりはじめた。啓太くんもぐっと歯を食いしばって我慢をしている。


「東京はね。これから爆撃機ばくげききが飛んできて危険なんだ。それで貴方たちがいるとお父さんもお母さんも逃げるのが遅れちゃう。それに貴方たちはせめて安全な田舎に避難して欲しい。そう願っているのよ」


 とうとう啓太くんも泣き始めた。

 腕で目をこすりながら、私の話を聞いている。


「寂しいかも知れないけれど、ここにいる間は、私たちが貴方たちのお母さんになってあげる。それでダメ?」


 泣きながら首を横に振る2人の頭をでながら、

「それじゃあ、帰ったらちゃんと謝るのよ。貴方たちがいなくなったから、村中の人たちが川原や山の中にまで探しに行っているの。私も一緒に謝ってあげるから、ね? 帰ろう?」


 すると二人は素直にうなずいてくれた。

 よしよしと言いながら頭を撫でて、梅風を呼び寄せる。


 寂しいって気持ちはよくわかる。……私だって、夏樹と遠く離れて暮らしているんだから。貴方たちと一緒。

 でもね。まだ幼い貴方たちには酷だけれど、いつか帰る日を待ち続けるしかないんだよ。戦争が終わって、帰られる日を。



 さて、前から啓太くん、すみれちゃん、私の順番で馬に乗り、2人が落っこちないように支えながら村に戻る。

 早足程度のスピードしか出せなかったので、それなりに時間がかかってしまい。村に着いた頃には夜の8時をとうに回っていた。


 無事に戻った2人だったけれど、啓太くんは先生からおしかりのパンチをもらい、すみれちゃんも厳しく説教を受けていた。


 手伝ってくれた村の衆に、恵海さんと村長さんと一緒にお礼を言って解散してもらう。後日、改めてお礼をする予定だ。


 清玄寺に戻ると、他の子らも心配していたようだけれど、啓太くんの殴られた跡を見て、声がかけずらいようだった。

 けれどそのうちガキ大将らしき男の子が、啓太くんを叱りつけ、啓太くんも素直に謝っていた。


 どうやら各部屋でこうした子供たちの中のヒエラルキーができつつあるようだけれど、それが団結する良い方向に進めば良いね。

 そんなことを子供たちの様子を見ていて思う。


 ともあれ村を騒がせた、兄妹の逃走事件はこうして解決したのだった。


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