第67話 地下世界43

その通りは怪しげな活気に満ちていた。




全体的に薄暗く明かりの少ない大通り。


道を進む多くの人が静かに目的地を目指し、通りの端からは絶えずヒソヒソと小さな話し声が聞こえてくる。




十数メートルおきに配置されているシティ・ガードとは種別の違う警備兵。


彼らの隙間を縫うように路地へと通じる小道から流しの娼婦が壁にもたれかかり、布地の少ない衣装を身に纏い妖艶な視線を送っている。


さらにその近くではぎらついた紅い目のエルフが薬をちらつかせる始末だ。




時折、彼らは大通りにはみ出してしまい、ゴロツキのような警備兵に睨みを利かされて追い払われていた。




警備兵達は大方、近くの賭場や娼館が雇っているボディガードの類だろう。


せめて建物の周囲を最低限の治安を保たなければ客など寄り付くはずもない。




娼館が多いせいなのか食料の香ばしい匂いがたちこめる玄関口の大通りと違い、粘度を持つほど女性特有の甘い香りが身体に纏わりついてくる。




多少の差異はあるものの、一見するとアイリスの裏路地と変わらない。


しかし、道を一本飛び出してしまえばアイリスなどよりも余程と酷い惨状だろう。




大通りからそれた小道からは絶えず荒い息遣いや小さな悲鳴が聞こえ、大通りに充満する甘い香りを突き破って僅かに血臭が鼻に届いてくる。




アイリスの裏路地もあまりよろしくはないが、ミルトリオンの最下層地区はそれ以上のようだ。




アイリスと違い、ミルトリオンには宙に浮かぶ巨大な光球がないせいだろうか。


土地柄なのか街のある空洞の壁面に光り苔も少ないせいで街全体はさらに薄暗い。


最下層地区といわれるこの場所は、浮島のせいで光り苔の明かりも届かずより治安のせいか人工照明の設置も少ない。




暗闇は良くないものを引き付ける。


巨大な街、ミルトリオンの暗部全てがこの場所に集約しているかのようだ。




そんな大通りを進んでいくと一際大きく光を放つ建物が見えてきた。


看板には大きく『全てか零か』の文字。




屈強な男たちが入口を固め、色気の漂う衣服をまとった女性が店の前から楽し気に手招きしている。




女性の色香に誘われてか、あるいは一夜の夢を果たすためか、はたまた焦がれるようなスリルを味わうためか、冒険者のような出で立ちの人物から、市井の一般市民、仕立ての良いマントを羽織った紳士まで誘蛾灯に呼ばれる蛾の如く扉に吸い寄せられていく。




多くの人が集まれば噂が集まる。


今回の目的はその噂に詳しい人物だ。




俺も彼らの例に漏れず、『全てか零か』の扉を潜りぬけた。






第四十三話






「差せ! 差せ! 差せ!」




大地を揺るがすほどの熱気。


まるで建物全体が強烈な音量で震えているかのようだ。


何人もの人々がその光景にくぎ付けになり、狂わんばかりに叫んでいる。




「さっさと差すんだよ! シャロウ・インパクト! その足は飾りかッ!」




熱狂する彼らは巨大な室内の中央を一心不乱に見つめていた。


そんな彼らの視線の先にはマイペースでコースを走る10匹のポニャディング。




「いいぞ! よくやった! いけいけいけ!」




人工のトラックをポニャディングが疾走する。


あるポニャディングは直向きに走り続け、あるポニャディングはコースに設置されている餌に貪りつき、また別のポニャディングは走るのを諦め歩き出している。




「エサに釣られるな! 足を動かせ!」




人々は数字の刻まれた岩の板を握りしめ、祈る様にポニャディングの行く先を見つめている。




「よし、いいぞ! シャロウ・インパクト! そのまま突っ走れ!」




期待を願いを背負った当のポニャディング達は各々が気ままに行動を起こしている。


昼寝までし始める奴までいる。


純粋なレースではない何かがそこにあった。




「頼む! 頼むぞ!」




隣のエルフの男の怒号を聞きながら、俺も気づけば群衆に紛れてレースを見つめていた。


握りしめる手にはもちろん数字の刻まれた岩の板。


固唾を飲みこみ、静かにレースの行く末を見守る。




声を荒げても結果は変わらない。


実力で結果の左右できるカードゲームの類ではないのだ。




最大限の努力はしたがポニャディングを信じるより他に道はない。




気づけば板を手には汗が滲んでいた。


1レース、僅か1、2分の間に大金が散り、大金が生まれるのだ。


きっと無理もないことだ。




今、俺の賭けたポニャディング、ハートクライは2番手。


1番手はシャウロ・インパクト。


両者の差は少なくない。




下馬評ではシャウロの圧勝。




そして、結果も今のところはその通りだ。


このままでは負ける。


だが、きっと、予想通りならば……。




その時、俺の願いが通じたのかハートクライが急に速度を上げた。


気力の走りでシャウロへと肉薄する。




「シャロウのクソ野郎! 足を緩めるな! ハートクライに抜かれるぞ! 手堅いんじゃなかったのかシャウロ!」




隣の男の怒号が一際大きくなった。


今回のレースで彼は一番予想のシャウロに賭けていたはずだ。




「あぁ……」




彼の情けない声と共にハートクライが遂に一番手に躍り出る。




「た、たのむ……」




男の情けない願いは叶わず、そのままの順位でゴールテープが切られる。


結局、シャウロは追い抜けなかった。




ハートクライの1着を告げるアナウンスが大きく響き渡った。




「っしゃぁ!!」


「ちくしょう……」




うなだれている隣の男をしり目に柄にもなくガッツポーズをきめてしまう。


此処に来て5度目のレース。ようやくコツをつかんできた。




事前の人気で賞金の倍率の変わるこのポニャディングレース。


人気のあまり高くなかったハートクライが勝てばそこそこの小遣いにはなる。




俺とは対照的に隣の男は肩を落とし虚ろな目だ。




「あぁくそぅ……犬耳のあんた。ずっとてんで的外れだったのに、今回は運がよかったな」


「ようやくコツをつかんでね」




彼が何時から此処にいるかはわからないが、少なくともおれが来てからの5レースに勝ちはない。




「コツ? お前、まさか脳力でも使ってるんじゃないだろうな?」


「馬鹿言うな。賭場で力なんて使ってたら一瞬で奥の部屋に連れていかれちまうよ」




この『全てか零か』に限らず、どこの賭場も秘術の使用や脳力の使用を禁止している。


当たり前の話だ。




カードゲームひとつをとっても、一緒の卓にいる人間のカードを知る術はいくらでもある。


相手のカードがわかってしまうカードゲームなどゲームとして成立してすらいない。




それを抑止するために多くの賭場には秘術の利用を制限する秘術がかけられている。


無理に使おうとすれば手段はあるが、目立ちすぎる上に力の行使を感じ取られてしまう。


脳力も同様だ。


未だに脳力の行使を完全に制限する秘術や脳力はないが、感の良い人間には力の行使を感づかれる。




そして、賭場を運営する側の人間が感の良い人間を雇っていないはずがない。




「なに、特別な脳力なんて不要さ。俺は他のやつらよりちょっとばかり耳が良いみたいでな」




大きな犬耳を誇示するかのように軽くひくつかせる。




「ポニャディングの息遣いが聞こえるのさ。面白いもんで奴らの声にも特徴がある」


「声だけでわかるもんなのか?」


「それだけじゃない、自信のある微かな鳴き声、闘志に満ちた鼻息。判断要素が長耳のあんた達より少し多いのさ」


「なるほどな。生の情報ってのは強いな。だが、俺だって次は負けないぜ」




男は納得がいったというふうに何度か小さく頷き、次のレースにも参加するためなのか自前の研究ノートのようなものを広げながら布袋を漁り始めた。




袋の中身は金のようだが、袋は痩せており硬貨が擦れる音も随分と小さい。




「その言葉は前のレースでも呟いてた気がするな」


「うるせぇ、次は当てる」




癖なのか男はじゃらじゃらと硬貨をかき混ぜながらぶつぶつと次のレースの展開を予想し始める。




「……なんなら次のレース勝たせてやろうか?」


「いや、いいさ。こういうのは自分でやるから楽しいんだ」




確かにそうだ。


俺の予想は完璧なわけじゃないし、本末転倒かもしれないが極論を言ってしまえば賭けなんて当たっても当たらなくても良い。


賭けをすること自体が楽しいのだ。


隣の彼もきっとそういう輩なのだろう。




「野暮なことを言ったな。じゃあ、俺は次も稼がせてもらうぜ」




まだ早いか、と自分の中で納得して、再び俺も次のレースのためにスタンバイしているポニャディングへと意識を傾けた。




「……それで俺になんのようだ?」




不意に隣の男が声の調子を落として小さく呟いた。


明らかに俺に向けて放たれた言葉だ。




「あんた賭け事も好きそうだが、それだけが目的ってわけじゃないだろう?」




気づかれた。いや、当然か。この男は情報通だという触れ込みだ。




「本題はなんだ? 何も親切にポニャディングの体調を教えに来てくれたってわけじゃないんだろう? それに俺の情報が確かならあんたはおそらくシティ・ガードにしょっ引かれた奴だと思うんだがな」




流石にカジノのボーイに高額のチップを渡して教えてもらったここらで1番の情報通だけあって話が早い。


もう少し、親交を深めるため一緒にレースの予測なんかを話していられたら良かったが仕方ない。




俺は目的のためにレースに参加しただけで、決してやりたかったからやっているわけではないのだ。


賭け事は大好きだがそれとこれとは別だ。




「……知っているなら話は早い。なんでか濡れ衣を着させられてしまってね。少しばかり俺を嵌めた連中の話を知りたいんだ」


「まぁ、そう焦るなって自己紹介もまだだろう? スバル」




俺の名を呼び、問いかけながらも彼はノートから目を離さず熱心のポニャディングの情報を見つめている。


毎日必ずこの賭場に現れると受付が言っていたがやはり熱心なギャンブラーであるようだ。




「俺はあんたも知っての通りスバルだ。この街に来て数日の獣人だ」


「あぁ知ってるさ。俺はゴールドマン。あんたも知っての通りのただのエルフさ」




此方が名乗るとようやくエルフの男がノートをしまい、俺へと身体を向けた。


ようやく彼と正面から向き合う。


彼の見た目は普通の壮年の男エルフ、服装も冒険者のような武装はしておらず大衆に溶けこむもの。


一般男性と何ら変わりない。


ただの一般人に見えることこそがそこそこの情報屋でいられる理由なのだろうか。




しかし、確実に偽名だな。


まぁ、名前なんて適当だ。いくらでも変えられる。




「で、いったいどんな情報が欲しいんだ? 見ての通り生憎とポニャディングレースの勝ち豚予想は苦手だぜ」




ゴールドマンはレース場の手すりに肘を駆けて口角を上げてニヒルに笑う。




「このレースに関してのあんたの手腕にはまるで期待なんてしてないさ。俺が欲しいのはブリントの情報だ。しかも、ミゲッタ結族に喧嘩を売るような連中のな」




俺の言葉を聞いて彼は少し考えるそぶりを見せる。




「……まぁ、そうなるよな。あんたを嵌めた連中、しかも秘術に依らず映像に偽装できる連中だったっけか? あんたの言う通り十中八九ブリントが関わっているだろうな」




次のポニャディングレースの賭けの締め切りを迫るアナウンスが会場に流れる。


今回のレースは残念だが参加しない。




「で、ゴールドマン。ブリントで結族に属さず、転送屋を何人も攫える規模の組織は存在しているのか?」


「そう慌てるな。情報ってのは何時だって金次第だ。あんたにその支払いはできるのか?」




溜息をつく。


最近は結族ばかりできっちりした連中との付き合いが多かったから、報酬の確認などしなかったが、そうだ、彼のこの対応こそが普通だ。




布袋から宝石を鷲掴みにして取り出し、幾つかを彼へと放り投げる。


ゴールドマンは器用に宝石を捉え、懐に隠した。




「これで満足か?」


「素晴らしいぜご主人様。なんなりと望みの情報を言ってくれ」




ゴールドマンがノートを懐に仕舞い込み、饒舌にペラペラと話を始める。




「そうだな、実行しているかしてないかに関わらず、一連の事件を実現可能な勢力は『セレマイト』の連中と『ルグシルト』、『サタニック・テンプル』の連中ぐらいだな」




彼は補足するようにそれぞれの勢力を口早に付け足した。




『セレマイト』は「汝の意志する事を行え」という教義の元ミルトリオンを拠点に好き勝手振る舞う連中で、『ルグシルト』は『知識の集積者教団』の中でも原理主義が強く経典通りに世を動かそうとする輩、『サタニック・テンプル』はどの街にでも存在している所謂デーモンを崇拝する集団だそうだ。




それぞれ種族は入り混じっており、どの勢力も一定数のブリントを有しているらしい。


中でもルグシルトはミルトリオンでの動きが最近活発だとか。




少し調べれば他でも分かる情報のようで思ったより渡した宝石の割に情報は多い。


そして最後に、ゴールドマンは考え込むように一言を添えた。




「あとは……『ミゲッタ結族』自身だな」


「……誘拐劇が自作自演って言いたいのか? 流石にありえないだろう」


「確かにこの街を支配しているのは俺達エルフのなかでも良い子ちゃんのミゲッタだ。だが、良い子ちゃんてのは必ずしも正しいとは言えない。上層部は利権に聡い連中だ。手足、指先の中には自分じゃ気づかずに口じゃ言えない行為をさせられている連中もいるだろうさ」




考えていなかったが、完全にあり得ない話ではない


事件以来、人手不足を理由に転送費用はかなり上がってきている。


人々の利用頻度は変わらないというのに。




単純な金銭だけを見れば一番得をしているのは確かにミゲッタ結族だ。




だが、何にもしなくとも需要は無くならず必ず儲かる連中がそんな面倒な手段を使うだろうか。




「そいつはちょっと飛躍しすぎじゃないか?」


「さぁな? 俺はあんたの言う通りできる可能性のある奴らの名前を挙げただけさ。最後のは結族に属さずって言うのとは違ったがね」




それからゴールドマンはここからはサービスだと言い、聞かれてもないミルトリオンの勢力図まで話し出す。




ミゲッタ結族も一枚岩ではないとか、シティ・ガードは完全にミゲッタ結族の私兵としても機能しているだとか、ミスカトニック大学の教授の中にもデーモン崇拝者がいるだとか、有用な物からどうでも良いものまでゴールドマンはペラペラと喋り出す。




何が彼の気を良くさせたのかは分からないが、情報料以上のことを教えてくれるのは情報屋としてはどうなのかと思わなくもない。


けれど、もらえるものは有難くもらっておこう。




ゴールドマンの話は情報を扱う生業らしく非常にわかりやすく簡潔な内容であった。


バードが歌う英雄譚にはない魅力がある。


彼の言葉に夢中になっていると何時しかレースは6つほど終わってしまい、すでに残りのポニャディングレースはあと3つだ。


賭場の説明通りならこのレースが終わったら長い休憩を挟んでしまう。




一通り話をして喉が渇いたのかゴールドマンは近くのテーブルに置いてあった酒を口に含んだ。




「と、まぁこんなところだ。駆け足だったが簡単にこの街の構造は分かってくれたかな」


「あぁ、流石に話慣れているのかわかりやすいな……だが、どんな風の吹き回しだ? 随分と気前が良すぎる。どう考えても対価に釣り合っていない気がする」


「なに、妙な連中に目を付けられちまったあんたに同情してやったんだ」




そんな感情で動く情報屋はいない。


情報はうれしいが、人選を間違えてしまったかもしれない。




「……っと冗談だ、冗談。先行投資みたいなものだよ。俺みたいな輩は多いわけじゃないが少ないわけでもない。新規の、しかも外部の人間で払いも悪くない客は逃したくないんだ。是非、今後も贔屓にしてくれよ。知りたいことがあるなら前払いで調べてもいい」




訝し気な視線を送ってしまったせいかゴールドマンが慌てて思惑を話した。


一応は納得できるものだ。




「こいつは完全に俺の勘だが、あんたに身の覚えがなくとも彼らに何もしてないってことはないはずだろう。だが、組織全部を挙げてあんたを嵌めるって話だとしたらどうにも手口が杜撰すぎる。きっと何処かの組織の個人に恨まれて突発的にやられたんだろうな」




彼の私見には概ね同意だ。


本気で俺も犯人に仕立てたいのならもっと他にやりようがある。




「いずれにせよ反撃を考えているならやめた方が無難だ。きっかけは個人的恨みだとしてもあんたの反撃相手は組織全体になっちまう」




此方から手を出すつもりはなかったが、これ以上ちょっかいを出されるのは正直、気に食わない。


折角、転送屋をつかえるようなコネを得たのにこの街に来れないなんて危険を冒して結族と付き合いを始めた意味がない。




「良くないことを企む連中は恨みを絶対に忘れないぞ。姿勢を低くしてやり過ごすのが一番だ。これがしがないギャンブラーにできる最大の忠告だ」




ゴールドマンの言うことも最もだが、こういうトラブルがある意味で結族と付き合っている対価だというのなら降りかかる火の粉を払うべきだ。


おそらく、これからもこういったトラブルは続く。


その度に尻尾を巻いて逃げ出すわけにもいかない。






兎にも角にもやはり早急に俺を狙う連中を特定する必要があるな。




本気で俺をどうにかしたいのか、それとも簡単にちょっかいを出してこの街から遠ざけたいだけなのかもわからないが、とりあえずは相手の真意を探らねばならない。


もしかすると大きなトラブルに発展せず事態が収束してくれる可能性もあるのだ。




「肝に銘じとくよ」




俺の真剣な反応を見てゴールドマンは満足そうに微笑んだ。


そして眉を上げて酒を一気に飲み干した。


彼の纏っていた情報屋としての空気が霧散する。




柔和でそれでいて油断ならない眼差しから、鋭い眼光へと変化した。


今、目の前にいるのはただのギャンブラーだ。




「さて、じゃあそろそろ俺はお楽しみに戻るとする」




そう言って、さっさと去れと言わんばかりに何時の間にか取り出したノートに視線を落とした。




俺は勝負師に戻ったゴールドマンの邪魔をしないよう、静かに小さな板を握りしめながら賭場の受付へと向かう。


もちろん、レースの換金をするためだ。




結果は金貨百数十枚程度の負け。


流石にたった一度の勝利では傾向を見極めるため使った先行投資の分が取り返せなかった。


調べた限り、勝つ可能性の低い倍率の高いポニャディングに賭けて上手く事が運べば払いの良い結族の報酬ぐらいは稼げるらしい。


なんて心躍る設定なんだ。




今日はこれで帰らねばならないが、十分に楽しい時間だった。


情報、娯楽全てに満足する時間を過ごし、再び此処に訪れることを心に固く誓い、俺は後ろ髪を引かれながら『全てか零か』を後にした。








店を出て薄暗い大通りを歩き、考えを纏める。


大方の勢力の名前は把握することができた。


可能性がある集団は『セレマイト』、『ルグシルト』、『サタニック・テンプル』。


どこも公に活動している組織ではない地下組織だ。


無限の可能性から三つの可能性にまで狭められたのは良かったが、これでも多い。




残念ながら拠点が一つも割れていないのも仕方のない事だろう。


流石に街の噂を知り尽くしている程度では彼らの拠点を知っているわけじゃない。




もし、もっと深く彼らの事を知りたいのならより多くのお金、時間、そして危険を冒す必要がある。




さて、どうしたものか、と何か進展はないものかとココに連絡を入れようとして、道を支配する甘い女性の香りの中に唐突に違和感を覚えた。




気配だ。


俺をつけてきている。




無駄に鋭くなった感覚が一定の距離にいる何者かを捕らえた。




おそらくはシティ・ガードの類ではない。


彼ら特有の臭いがない。


一定の間隔離れたところから着いてきている。




『全てか零か』を出てから数分と経っていない現状を考えると、あの店に俺に興味のある奴が居たのか、それとも不自然に情報を多く渡してきて時間をかけたゴールドマンか。




まぁ、いずれにせよ情報が欠けている時に向こうから手がかりが来てくれたんだ。


仮にゴールドマンの手引きだろうと感謝しなきゃならないくらいだ




態度に出さないように秘術手甲に嵌められている宝石を確認した。


便利系の秘術が多少嵌められているがこういった事態に備えて戦闘用の宝石も常に備えてある。


日常的に使うべき秘術も予め使用してある。


通常戦闘くらいわけないだろう。




自身の確認を済ませ、さも娼婦に釣られたかのように脇道へと身体を向かわせる。


俺が大通りを離れたのを確認したためか、追跡者の速度が上がった。




さぁ、下手人の顔を拝むとしようか。

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虹彩都市アイリス とんさき @tonsaki

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