第61話 地下世界39

アイリスの大通り、冒険者達が一日の疲れを癒す飲食街。


通りにまで聞こえる軽快な音楽が道を賑やかした。


行き交う多く人々は奏でられる音楽に誘われ、ゆらゆらと酒場に吸い寄せられていく。


上手く誘惑を振り切った人々も良い匂いを振りまく屋台には抗えず足を止め、列に並んだ。




俺自身の足も止まりかけ、屋台に身体が向かおうとした時、なんとか約束を思いだす。


強靭な意思で歩みを進めた。


少し足を動かすと一際大きな人だかりが目に入った。




本来は道のはずの場所にいくつもテーブルが並べられていた。


ほぼ全ての席は埋まっており、酒に料理がどのテーブルにもところ狭しと置かれている。




道を占領して通行の邪魔になると思いきや、テーブルの主であろう店の従業員達が道の端で交通整理をしているせいか大きな混乱はない。




野外酒場の近くには簡単な補強が行われ、崩れる心配のない倒壊しかけの建物。


小柄なハーフリングのウェイターが机を器用に避けて外に中にと急がしく動き回っていた。




黒龍の襲撃からそこそこ経つのに一向に復旧の始まらない商魂たくましい『木漏れ日酒場』に思わず笑いが漏れた。


軽く息を吸い込む。


目的の匂いの主は店内にいるらしい。


俺は鼻を頼りに屋根のない店内へと足を踏み入れた。






第三十九話






店の端に見慣れた黒髪と銀髪の少女を見つけた。


丸いテーブルには湯気の出た熱々の料理や冷気を放つ冷えたグラスが並べられている。




「丁度いいタイミングだったみたいだな」


「ボクたちは結構待ったのに良いご身分だね」




焼き串を頬張りながら出たココの皮肉に笑って返す。




「はい、おまちー」




席に着くよりも早く、馴染みのウェイターからエールが運ばれてきた。


彼女たちウエイターは何時でもチップを稼ぐためにホール全体に気をまわし、虎視眈々とその機会を狙っている。


その気遣いはすさまじく、酒を変えたいと思っていればメニューを持ってきたり、酒はもういいやと感じていれば注文を伺いにすら来ない。


もしかすると何らかの脳力で判断してるのかとすら考えてしまうほどだ。




益体のないことを考えていると、喉の渇きが早急に水分を摂取せよ訴えた。


銀貨を机に置き、席についてエールを一気に煽る。


胃に冷えたエールが流れ込み、炭酸を感じると同時に全身の力が抜けた。




フラーラの依頼が終わり、報酬を受け取ってからすぐさまやってきた『木漏れ日酒場』。


ようやく人心地がつく。




「お疲れさまでした、スバルさんは大変な作業だったみたいですね」




ちびちびと甘いカクテルを飲んでいたリナが微笑みながら言った。


彼女の心配そうな目から事情は察せられているようだ。




「あぁ、地形を調べてるってのに調べた先からがらりと地形が変わっちゃ世話ないよ。もうあのテラテラのバカでかい体表は二度と見たくない」




溜息が自然と漏れ出て、手が勝手にグラスを持ち上げた。


しかし、グラスは空だ。


仕方がない、とウェイターを探そうとして空になったグラスが素早く交換された。




にんまりとハーフリングが良い笑顔で此方を見ている。


気持ち多めに銀貨を渡し、愚痴と一緒に酒を飲み込んだ。




「そりゃ災難だったね。その年齢で二回もトンネルワームに遭遇するなんてスバル以外中々いないんじゃないか?」




心配してくれるリナとは違いココは食べ終えた串をくるくるを顔の近くで回し楽し気だ。




「あいつのせいで三日かけて地形測定をやり直したんだ。貴重な体験だとしてももう願い下げだ」




コックスローチの襲撃からの苦労を思い出すと勝手に眉間に皺が寄ってしまう。


良い思い出などチーズとワインを片手に嵐を見ていた時ぐらいのものだ。




「それより、二人はどうだったんだ? 良い家はあったか?」




暗くなりそうな気持ちをなんとか浮上させて、肴をつまむ二人に質問を投げかける。




今回、俺が二人と別行動をしていたのには理由がある。


無論、依頼主のフラーラが大人数を希望しなかったのもあるが。




簡単に言ってしまえば二人にやってもらっていたのは家探しだ。


俺達には拠点が必要だ。きちんと備えられる家が。




先のリナと出会った一件や、獣人の街ルクルドの件、さらに最近では結族とまで懇意にしている。


俺達の名前が以前よりも遥かに売れてきてしまっている。




今までは目立たずを貫いてきたがそれではできることや手に入れられる物もそれなりだ。


現状、有名税に見合うだけの恩恵は得ている。


その最たる例は『アッシュの古代遺物店』だ。


少し前と比べて秘術道具の入手のしやすさ、アーティファクトの入手難度が格段に違う。




一度恩恵を受けてしまえば捨てるのはそう容易いことでもない。


甘い汁を知ってしまえば苦い汁などには戻れない。


便利さや快適さはぬぐいようがないのだ。




しかし、当然、名が売れることには危険が伴う。


貴重な秘術道具やアーティファクトを持ち歩く冒険者なんぞ足の着いた金庫と言っても差し支えがない。


その上、この先も結族の依頼や自らの意思で必ず厄介事に首を突っ込むことになる。




俺達は守りを固め、安全に休息を迎えられる場所を手に入れることが急務。


そのためには仮宿暮らしではいられない。


まさか宿に永続的に続く秘術の罠や自分たちですら解除の難しいトラップを張るわけにはいかない。




リナとココはまさにその防衛のための根城を探していたのだ。


俺のいない数日の間、レイナールに頼んでおいた物件をリナとココとで確かめてもらっていた。




俺も参加したかったが、フラーラの困り事だ。


今後も考えれば彼女の悩みを無下に放っておくわけにもいかない。




「……うーん」




上機嫌で酒を飲んでいた二人が同時に頭を捻った。




「色々見まわったけど、目に留まったのは3軒くらいかな。悪くはないが良くもないって感じだったけど……」




浮かない顔でココが答える。




リナはゴソゴソと『神秘の携行袋』をあさり、幾つかの紙の束を取り出した。


彼女はテーブルの皿をよけて俺の前に紙束を置き、椅子を俺の隣に寄せてくる。


遅れてココも椅子を動かした。




「一件目はこれです」




渡された紙束の表紙に書いてある物件名は『光輝の住処』。




何枚かに描かれた間取りや立地を見るに可もなく不可もない。


強いて言うなら少し狭く、何もかもが平凡であるということだろうか。




スラム街に近くはなく中心街に近くもない。


家は広くなく、庭などはそこそこ。


守りの秘術を施すための最低限のスペースはある。


値段もそこそこ。




一般的に見るような一軒家だ。




「……なんというか普通だな。」


「まぁ、そうですよね。良い物件ではあるんですが……」




二人も俺と同じ感想なのか、反応は芳しくはなく一押しというわけでもなさそうだ。




「リナ、次はアレ見せよう。ボクおすすめのやつ」




ココが面白そうに酒を傾けながら言った。




「え~……本当に見せるんですか? なんかスバルさんは気に入りそうで嫌だなぁ」




ココの様子とは反対にリナの反応は嫌々であることが見受けられた。




渋々とリナが取り出した資料に書かれていた物件名は『蟲の根城』。


結族が管理している資料に書かれている通称にしても酷い名前だ。




顔に出てしまったのかリナが少し嬉しそうだ。




ページをめくり中を見る。


建物は一階建てながらに広い。部屋数は10を超えている。


庭も大きく、敷地の周囲には大きく頑丈な壁も図面には記されていた。


場所は中心街に近く、それでいて、冒険者が住み着くような区域だ。


様々な結族が固まって住まう区域とも遠く、特定の結族に肩入れしてると対外的に示さない点も評価が高い。




見る限りかなり素晴らしい。




「いや、随分な好条件じゃないか」




リナの予想通りの高評価を下した俺を見て、彼女が声のトーンを落として低い声でつぶやいた。




「スバルさんよ~く見てください。下の方を」


「下? ……値段は共通金貨100枚!? 馬鹿みたいに安いじゃないか!」




豪邸とも言える建物に広大な庭。


だというのに破格の値段設定。




この値段ならば下手したら危険を顧みない幸運なスリが一回で手に入れられてしまう金額だ。


変に安すぎる。適正よりも安いものには必ず訳がある。




「違います。もっと下です」




リナに促され、書面の下の方に小さく書かれた注意書きを発見した。




「『知性ある蜘蛛インテリジェンス・スパイダー』による占領下にあるため、退治必須」




この資料によるとこの物件は高名な冒険者の所有物であったらしい。


実力ある冒険者が冒険によって持ち帰った謎の卵が孵化、『知性ある蜘蛛』が大量発生しその騒動で冒険者が死に、今ではこの建物はその子供に相続されているようだ。




それ故に一等地にあるこの建物と土地に結族は手出しができないでいるらしい。




冒険者の財産は必ずその冒険者に帰属する。たとえ本人が死んだとしても。


そうならずに街を管理する結族に勝手に奪われるようでは冒険者がその街に誰一人よりつかなくなってしまう。




「『知性ある蜘蛛』? 聞いたことない奴らだな。街のど真ん中にクリーチャーがいて大丈夫なのか?」


「資料に書かれてる限り敷地から外には出ず、中で農業をやって細々お生きているみたいですよ。だから知性ある蜘蛛って言われているみたいですね。結族の方も冒険者の土地って理由で勝手に駆除もできないみたいですし……」




リナは小さな声で『蟲の根城』のネガティブな部分をブツブツとつぶやき始めた。




「だったらなんで結族経由で売りに出されてるんだ?」


「どの業者からでも紹介してもらえるみたいですよ。中に貴重な本があるみたいで、今の所有者がその本さえとってきてくれるなら好きにして構わない、金貨100枚どころかタダであげてもいいくらいですって言ってるみたいです」




庭付き一戸建てよりも手に入れたいものなんてよほど価値あるものなのだろう。


本にも興味が出てくる。


ルールあるアイリスの街では勝手に侵入して盗ってくるわけにもいかないが。


今のところは秘密裏に侵入したであろう盗賊も全員打ち取られているのだろう。


一定周期で必ず蜘蛛が外を見張っているらしいし。




「そんな好条件ならすぐに終わりそうなもんだがなぁ」




件の蜘蛛がどの程度の脅威度なのかはわからないが街の実力者なら簡単にこなせそうなものだ。




「腕に覚えのある方が何人も入っては誰一人戻らなかったみたいです」


「なるほど……場所も良さそうなんだがなぁ……」


「そうなんだよね。ボクはいいとだと思うよ。場所はあそこだよあそこ。たまに通る道でさ。蜘蛛の糸で覆われてて全然中が見えないとこ。中央街寄りで美味しいラスクの店の近くにあるやつ」


「あぁ! あそこの糸屋敷か!」




ココの言葉で建物の周辺環境までリアルに想像ができる。


知っている場所なだけに益々おしい。


大きな問題を除けば理想的な場所だ。




「しっかし、それだけの冒険者が死んでいるなら中にはかなりの量の装備品に宝石が蓄えられていそうだな」


「さすがスバル!!」




ココが俺の肩を叩き、鼻息荒くまくしたてた。




「やっぱり気づくよね! これはもう宝の山が目の前にあるといっても過言じゃないよ!!」




すでに10年近く放置されているようだし、盗賊の類が秘密裏に乗り込んでいることも鑑みれば一財産は築ける量が蓄えられている可能性もある。




「まぁ、その酒場の席で宝の山を夢見たであろう方々みんな死んだんですけどね……」


「………………」




リナの至極まともな正論にココはぐうの音もでない。


ココは静かにラム酒のおかわりを注文した。




「そんなのは忘れて最後のオススメを見ましょう、スバルさん」


「それはリナのお気に入りだね。ボクは絶対に願い下げだけど」




ご機嫌にリナから渡された紙束は一番厚い。


物件名は『星の揺り籠』。




敷地の広さも『蟲の根城』と変わらず、建物も家というよりは屋敷といった方が適切。


パラパラとページを簡単に読み進めると、殆どが備え付けの設備の説明のようだ。


水の温度調節、空調、体力回復促進の魔法陣に精神安定の魔法陣、果ては自動ジュース供給装置まで記されている。




かなりの金持ち仕様だ。


ポーカー邸に侵入する時に図面で確認したような装置も多い。




「成金丸出しの設備の割に値段が随分と安いな」


「レイナールさんたちが直接管理してるみたいで、今までの功績でかなり値引いてくれてるみたいですよ」




資料に目を通し場所を確認。


グラント結族が多く住まう区画のど真ん中。


最高の物件には違いないがある意味『蟲の根城』よりもやっかいな問題を抱えている。




「囲いこみの最終形態だな。そこまで評価されてることを喜ぶべきなのかな」


「ボクはそこだけは避けるべきだと思うよ。フラーラ達ケラニア結族との関係や、キールとの関係も変わっちゃうしね」




ココがため息交じりに言った言葉に内心で同意する。


調べられればどんな勢力と懇意にしているかなどすぐわかるが、対外的に特定の勢力に属していると大きく示す必要もない。




メリットもあるだろうが、現状では別の勢力との関係性がおかしくなる可能性があるため、デメリットのほうが強い。


フリーであるのは不便もある反面、行動の制限を受けないから便利でもあるのだ。




「仲良くなることは良い事ですよ」




目を輝かせて『星の揺り籠』を推してくる




「言ってることは正しいが、そう簡単な話でもないさ」


「え~……残念です」




リナの口ぶりから本気で言ってるわけではないが、物件としてはかなり惹かれているのか未練がましくどの設備が良いだとかぶつぶつと呟いている。


その独り言にココが確かに設備だけは良い、と相槌を返している。




「一つ提案がある」




酒も手伝い平時よりも饒舌になった二人に俺は制止をかけた。


二対の瞳が同時に向けられる。




「家探しを一旦保留にしよう」




俺を見つめる瞳が真ん丸に開かれた。




「あれだけ早く必要だとか言って探してたのにかい?」




頭に浮かんだ疑問符を代表してココが言葉にした。




「あぁ、レイナールには悪いが絶対にこれだっていう目ぼしい物件が無い以上、引き続き物件を探してもらって、俺達は……」




言葉を待つ二人を見まわし、たっぷり数秒溜めて俺は口にした。




「『地底の篝火』に行こう」




リナはそれはどこだ、と古い記憶を探り、ココは訝し気な表情を作った。




『地底の篝火』(ミルトリオン)は秘術至上主義の国。


ミスカトニック大学があり、秘術研究が盛んとされている街だ。


研究が活発なだけのことはあり、当然秘術道具からアーティファクトまで人類が一度でも手にしたことのある道具なら見つからないものはないとまで言われているほどの場所らしい。




「どうやってさ? 行くだけでも数か月単位の時間が掛かっちゃうって話だよ」




地理を把握しているココから疑問の声が上がった。




あらゆる都市は大きな空洞に作られるため、大抵の場合、都市と都市、国と国の間は大きく距離が開いている。


都合よく巨大な空間が近くにあるなんてことはそうそうないのだ。




此処、虹彩都市アイリスと地底の篝火ミルトリオンも例にもれず途方もない距離が離れている。


例え地図や簡単な方角がわかる引かれあう骨があったとしても命の危険が伴う長い道のりになることは疑いようがない。




「心配ご無用。フラーラの依頼の報酬として転送屋への仲介をお願いしたんだ。日程の調整に時間が掛かるもんかと思ったんだけど、うまい具合に空いてたみたいでね、今から18時間後になら『地底の篝火』に送り届けてくれるってさ。しかも、帰りも12日後でよければ空いているらしいし」




転送屋は術者が少なく高額な報酬を支払わなくてはならないため一般の人間は中々使えない。宝石として秘術を購入する場合も仲介が必要な上にもっと高額になる。




転送屋を紹介してもらえるのは結族とかかわったことの最大の利点といってもいいかもしれない。




「いつの間に話をつけてきたんだか……だけど急な話だね」


「黒龍の一件で実力不足、防衛力不足、攻撃力不足。つまるところ何にも足りてないのを痛感したからな」




あの時を思い出しているのか二人は揃って苦虫を潰したような悔しげな表情を浮かべた。


黒龍自身の性格や事情はともかく、俺も身体を好き勝手に動かされ忸怩たる思いが胸に残っている。




「……ミルトリオンにいけば色々と道具が売ってるからな。俺たち自身は簡単に実力があがるなんて都合の良い話がない以上、道具で戦力拡充を図るのが最適かと思ってね」


「うーん……家を買うっていうのに散財していいんですか……?」


「家も大事だが、何よりも俺達の強化に金をかけたい。家に金を掛けすぎて俺たち自身の強化が出来なきゃそれこそ本末転倒。命あっての物種だ」




ココが突然、閃いたと目を輝かせた。




「ねぇ、奇遇なことにボク、安い物件知ってるんだよね。しかも一攫千金のチャンスもありそうな」




ミルトリオンでどこまでお金を使うかにもよるが、お財布を考えれば最有力候補ではあるだろう。


俺たちの実力でどうこうできるものなのかはわからないが。




「……なんだか一気に素寒貧になっちゃいそうですね」




リナはココを一瞥。無視を決め込んだようだ。




「仕方ないさ。死んだら貯蓄も金貨もありゃりないんだ」


「上での生活をしていた時を考えると必死に貯めてた貯蓄を吐き出すことに不安を覚えます……」


「まぁ、そんなに文句いうなって。ミルトリオンにいけばきっと『世界旅行紀行』の写本の一つもあるだろうしさ」


「……『世界旅行紀行』? なんでしたっけそれ?」




リナが気まずそうに頬をかいた。




「地上を目指すとか妄言吐いたわりに調べてないんだな。ラインホルト・ファインズって男の手記だよ」


「ラインホルト・ファインズ……あぁ! 世界の端を見たっていう人ですね! ……えーっと、たしか以前闇市で見ませんでしたっけ? その手記、また闇市にいたら買えるのでは?」




唯一世界の端を見た冒険家、ラインホルト・ファインズ。


詳細は手記を読んだ人間にしかわからないが、彼曰く世界は光の膜で覆われているらしい。




リナの夢が地上なら世界の境界必ずたどり着く場所だ。


情報を仕入れない手はない。




「残念ながらもうキールも利権がらみでその手の品物は扱えないらしい。それにアイリスには写本すらないらしいな。しかも、今はそういった収集家が好きそうな品物を扱う商人は苦労してコアなものを扱わなくてもゴールドラッシュも真っ青な好景気らしいしぞ。キールが一枚噛めなくて悔しがってたよ」




その時のキールの様子を思い出し笑えてくる。


珍しく彼の商人としてのペルソナが崩れ、感情を露わにしていた。


あの悔しがり方からすると美術商、古物商は膨大な利益をあげているんだろう。




彼の上昇志向は密猟ビジネスを乗っ取っただけでは満足していないらしい。




「……あぁ、ポーカーか」




リナに無視されて不貞腐れていたココがポツリと呟いた。




「そう。哀れ先代ポーカー……いや、先々代か? とにかく、ポーカーが生涯をかけて集めた美術品は大きな奥様方にほうぼうに売りに出されて、いまじゃちょっとした美術品ラッシュだ。闇市も連日ポーカー氏の遺産を求めて大盛況だそうだ」


「原因作った私が言えたことじゃないですけど、なんだか世知辛い話ですね……」




本当に落ち込んでしまったのか、今まで机の下に隠れていた銀色の球体、外装骨格が飛び出し、リナにそっと寄り添った。




「……まぁ、色々と行く理由はあるのさ。俺もココも初体験の街だ。綺麗な街らしいし息抜きに楽しみに行くと思えばいいんだよ」


「そうだよリナ。諦めて気持ちよく買い物にいこうじゃないか。そしてじゃんじゃん金を使うんだ。ボクは破産する勢いで自分のためにお金を使うよ。お金が減るのは心苦しいけど命のためだ。仕方ない、本当に仕方ないね」


「嘘です! ニヤニヤして、絶対に『蟲の根城』狙いじゃないですか! いくら安くてもでっかい蜘蛛だらけの家なんて絶対に嫌ですよ!」




リナの悲鳴じみた声で少しだけ真面目だった話に終わりが告げられた。


ココがリナをさらに煽り、リナが再び騒ぎ出す。




崩れかけの酒場の音楽も彼女たちの姦しい声に呼応するように激しく慌ただしく変化した。




次の行動を定めた俺たちは、一日の疲れが洗い流せるよう更に酒を追加した。

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