第46話 地下世界32

火だ。


住居や訓練場、農地、その全てが燃えていた。


辺り一面に黒煙が立ち上り、死体がそこかしこに落ちている。


死体の種族は様々。ハーフリング、エルフ、セリアンスロープ、ウィルメタル。


あらゆる種族の死骸がそこにはあった。




成人の死体は少なく子供の亡骸が大半を占めている。


物言わぬ身体に成り果てた彼らは、一様に苦悶の表情を浮かべ安らかとは言いづらい顔をしていた。


建物の近くには大量の刃物に、怪しげな瓶。いくつかの宝石が転がっていた。




燃え盛る火炎が躍る中、小さな影が一つ動いた。


獣人の子供だ。




若い獣人の子供が瞳に涙を溜め、焼け残った建物の横を隠れるように歩いた。


火を避け、死体を避け、一心不乱に歩み続ける。


少年の大きな耳は集落を襲ったデーモンが今も何処かで楽し気に誰かを殺していることを伝えていた。




彼の周りには生き残っている者はなく、五感から飛び込んでくる情報は火と死体と焦げ臭さ、そして愉悦の笑い声。




息を殺し、あるかもわからない安全な場所を求め少年は感情を必死に殺して進む。


その時、大きな耳が自分以外の誰かの小さな泣き声を拾った。


少年は生き残りの元へ進路を変える。




命の危険だとかそんなことは考えられなかった。


少年にとって生きてる誰かに会えるのなら他のことはどうでも良かった。


気配を漏らさぬようにひっそりと向かい、音源へとたどり着くとそこには一人の幼子が居た。




幼子の前には一匹の悪魔。


下等な部類に属するその悪魔、グリドラ。


人型を模した体型、頭部は猛禽類、背には大きな翼が生えている。


グリドラが今にも幼子を踏みつぶそうとしていた。




咄嗟に少年は手足を獣化させグリドラに飛び掛かった。


油断して居た悪魔に蹴りが叩き込まれ、衝撃で転がる。




「まだ生き残りが二人が居たのかこいつは楽しめそうだ」




グリドラは何事もなかったかのように立ち上がり、下卑た笑いを浮かべ二人の元へゆっくりと歩み寄る。


守るように少年が幼子の前に立つ。


騒ぎを聞きつけ悪魔がどんどんと集まりだした。




少年が数秒先の未来をを覚悟した、その時。


悪魔達の身体が次々と宙に舞った。




「え?」




瞬きする間に現れた白い煌めきを宿す巨大なドラゴン。


爪の一振りで何人もの悪魔が切り裂かれ、尾の一撃でひしゃげて潰れる。


血に濡れた白銀の鱗は美しさを損なうことなく輝き続けた。


止めと言わんばかりに凶悪なブレスを吐き出し次々に異形を焼き払う。




間もなく悪魔は殲滅された。


少年は背の幼子を庇うようにドラゴンの前に立ちはだかる。




ドラゴンは少年を一瞥すると興味なさげに離れていった。


後に残るのは焼け落ちて何もなくなった集落と二人の人間。


少年は腰を抜かし、地面にへたり込んだ。背後では幼子が泣きじゃくる。


どうしたものかと思案し、少年は幼子に向き返った。




「ほら、此処おいで」




幼子に近寄り手を広げる。


縋る様幼子はに少年の胸に飛び込んで大きな泣き声を上げた。


少年は幼子を力いっぱい抱きしめる。




夢はそこで途切れた。






第三十二話






強烈な頭痛を感じながら目を擦る。洞窟の天井には光苔が所々に輝いていた。


俺は仰向けに倒れているらしい。


朧気な記憶を辿り、直前に自身が何をやっていたのか思い出そうとしてーー




「ーーーーッ!!」




ーー跳ね起きた。




周囲を見回し事態の重さを思い知る。


薙ぎ倒された樹木が焦げ、その上に何人かの人間が並べて置かれていた。


ココ、レイナール、フラーラ、エリス。


最悪な事態は免れたのかリナはいない。


無事に隠れきっているのか見逃されているのかはわからない。




そして、彼らの前には。




「小さきものよ、お前の記憶を見させてもらった」




あの黒い飛龍が堂々と君臨していた。


争う気がないのか、あえて暴力的な存在感を抑えてくれているのか初遭遇と違い、根源的な恐怖こそあるものの身体は十二分に動かせた。


自身を確認すると外傷こそないが秘術の守りが全て剥がされ何の保険もない状態だった。




「慌てるな。今すぐにお前たちを傷つけるつもりはない」




言葉通りに、先程の戦闘中まで嵐のように渦巻いていたサイオニックの力も今では見る影もない。


ただ、黒龍の気が変われば力の奔流は何時でも再現されてしまう。




声を出そうとしてからからの喉に気が付いた。


無事だった『秘術の携行袋』から水筒を取り出し、アルコールの含まれた水分を一気に飲み干した。


敵意がないのがわかっているのか黒龍は何もしてこない。




程々のアルコールが身体に染み渡り、緊張を少しだけ緩和した。


大きく深呼吸、覚悟を決める。


幸いなことに今すぐに殺されるわけじゃない。


それどころか態度から会話を求めているようにも思える。




話をしながら全員で逃げれる手段を模索するしかない。




「……いったいどういう意図があるのかわからないな。偉大な飛龍様が態々俺たちを生かしておいたりして」


「私の眷属がお前たち人間に攫われたのだ。忌々しい悪魔どもの相手をしているうちにな」




目の前のドラゴンとデーモンは敵対関係にあるらしい。


俺のあずかり知らぬところで壮絶な戦いが起きているようだ。




「それと俺達とが一体なんの関係があるんだ? 言っておくが俺たちはその眷属を攫っちゃいないぞ」


「だが、同じ人だ。私から人は眷属を奪ったのだ。ならば、私が人を奪うのもまた道理」


「………………」




弱肉強食の世界で生きている以上、強者に奪われるのは弱者の常。


納得できる理由ではないが俺達もクリーチャーに似たようなことをしている以上文句は言えない。




「本来であればこの私から眷属をかすめ取るような輩を生かして返すことはない。しかし、逃げ帰ったのがあのアイリスであれば別だ。いくらこの私であっても協約を無視して白龍の領地には入っては行けぬ」




上位の存在は何かしらの協約を結んでいるらしい。


内容こそわからないがそのお陰でアイリスは守られているようだ。




「あの白龍の護りがある土地では協約に基づいて手出しが出来ぬ」




何処か懐かしさを滲ませるその口調。


口ぶりからすると両者の関係はそこそこ良好らしい。




「ならばこそ私の眷属が捕まったこの地で亜龍の姿に偽装し盗人を誘っていたのだが……。それに引っかかったのはがお前たちということだ」




迷惑なことに不貞を働いた人間はこの近辺で活動していたらしい。


だとするとあの集落の人間ならなにからそいつらの情報を持っていそうだ。




この近くで悪魔が戦ったという話はレイナールから聞いてはいない。


おそらくは黒龍の治める別の土地に彼が居た時にその眷属とやらが捕まったのだろう。




「普段であればお前たちを生かす理由がないが、あの白龍に命を助けられ、地底龍の鱗を持っている者たちなら話は別だ」




地底龍の鱗?


……ボルトガから譲り受けたあのアーティファクトか!


あれを持っているリナは此処にいない以上どこかに潜んでいるはず。


記憶を探られたのか、それとも存在を把握されているのか。




「地底龍の眷属から鱗を譲渡されたお前達をこのまま殺すのは彼の者への敬意に欠ける。そこで寛大な私はお前に一つのチャンスを与えよう」


「チャンス? それはありがたい話だな。いったい何をさせようって言うんだ」


「お前の記憶を覗く限り、お前は私の眷属を見ているようだ」


「お前、まさか……」


「探せ」




一言、黒龍から発せられた言葉は重くのしかかった。




「アイリスに近づけぬ私の代わりに眷属を探し出せ。そうすればこの者たちはお前に帰してやろう」




そんな保証はどこにあるんだと言いかけ、すぐに飲み込む。


誇りを自負していそうな存在にそんなことを言ってしまっては下手したら侮辱と取られかねない。


逃げ出せる手段がない以上、黒龍の言葉に従うしかない。




「眷属ってのはどんな姿だ? なんの情報も無しに探すにはアイリスは広くて深すぎる」


「幼体の黒曜龍だ」




自分の記憶を辿るがそんなものを見た記憶はなかった。


しかし、見たことあると断定された以上何処かで見ていることは間違いない。




「盗人のことは何か手掛かりないのか?」


「白龍に護られしあの地はのぞき見すら許されぬ、故に」




黒龍が言葉を止め、サイオニックを起動させた。


ボルトガやホブゴブリンが使ったものとは段違いの力の奔流を発し、俺を中心として幾何学模様が展開される。




「お前に刻印を授ける」




左腕に熱を感じた。手甲を外し、自身の腕を確認する。


そこには黒龍の刺青が刻印されいてた。


腕だけでは収まりきらず胴体の方にも伸びている。


鎧をずらすと心臓の位置に黒龍の顎が添えられている。


お世辞にも良い予想のできるデザインとは言い難い。




「これよりお前が見聞きしたものは私も全て見聞きする。心せよ。人の寿命は瞬きする間に過ぎていくが私はそう気が長い方ではない。時が掛かりすぎれば刻印がお前の命を奪うだろう。その前に私の眷属を此処に連れてこい」




予想通りに最悪の効果が付与されていた。命を奪う刻印。


現実を理解し、頭の中で幼体の黒曜龍を探す手順を組み立てる。


この段階に至っては逃げるどころの話ではなくなった。




「俺一人じゃ無理だ。手が足りない」




黒龍が鼻で笑った。




「貴様にはもう一人仲間がいるだろう。生憎と私は探し者が得意ではないがこの空間を遍く焦土と化すのは容易い」




やはりリナの存在は露見していたようだ。




「……一番の問題は遠すぎる、転移させてくれる人間があと三日はこない。アイリスにいけない状態でどうやって探せばいい?」




頭の中で黒龍の要求を満たすことが可能か不可能か必死に考える。


せめてもう一人、ココを連れて行かせろということは可能か?


いや残念ながら無理だ。




「私がアイリスの近くまで送ってやろう。忘れるなこれはあの高潔な地底龍への敬意なのだ」




今、命がある。その上全員が生き延びれる道がある。


それら全てが薄氷を踏むような望外の奇跡の上に成り立っているのだ。


これ以上は望めない。




「……わかった。もう一人の仲間を呼び寄せる。少し待ってくれ」




ポーチから宝石を取り出し≪念話≫を起動。




(リナ、終わった)


(無事でしたか! よかったです……見ている限り手放しに喜べそうな状況じゃないみたいですけど)


(詳しい事情は後で説明するがアイリスに戻ることになった。こっちまで来てくれ。ばれている)


(……わかりました。前に白龍をどうにもできないって言葉の意味がそのドラゴンのお陰でよくわかりましたよ)




近くにいたのか≪念話≫が終わりあまり時間も経たずにリナが火柱をあげ飛んでくる。


俺の隣に降り立ち、並べられたココ達に一瞬だけ視線を向けた。




「皆さん生きているようで一先ずは良かったです……」


「あぁ、これからがかなり厄介だけどな」




それまで悠然と佇んでいた黒龍はリナの外装骨格に興味を示し、リナを見つめる。




「面白い技術だ。それが私の分体に致命傷を与えた武具か。白龍があそこをのぞき見されぬようひた隠しするのもわかるというものだ」




なんのために白龍がアイリスを守っているのかわからなかったが、セントラルシティを守っているだけなのかもしれない。


今のトラブルに関係の無いことに思考が傾きかけ、慌てて首を振る。




「……送ってくれ。時間が惜しい」


「よかろう。小さき者よ、慈悲深い私とはいえチャンスは一度きりだ。それを深く心に刻んでおくが良い」




黒龍の言葉と共に再びサイオニックの力が集結していく。


俺が到底理解できないほど高度な術式が空間に刻まれているのを感じた。




浮遊感が俺達を包んだ。


景色が切り替わり木々や黒龍の姿が掻き消える。


眩い光に覆われ、一瞬だけ瞼を閉じる。




次に瞼を開けた時、俺達の居る場所は岩に囲まれたどこかの通路だった。


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