第31話 地下世界21

ポニャディングとの邂逅から二日。

『引かれあう骨』の反応が強くなる。コボルトの集落は近い。

道が地図と変わった個所が幾つもあったがそのたびに≪空間把握≫で道を探りようやくここまでたどり着いた。


今歩いてる幅の小さな道は見覚えがあり、この場所から一時間もすれば集落に着くだろう。


つまり、此処はすでにコボルトの生息圏内だ。

何も見落としがないように歩く速度を緩め警戒しながら進む。


その時、地面に微妙な違和感をおぼえた。

手で後方のリナとココを制止する。

地面にしゃがみ、嗅覚と視覚に集中する。


「ほら見てリナ。這いつくばって臭い嗅いでると本当に犬みたいだよね」


聞こえてんぞ、ココ。

ココを無視して地面をゆっくりと眺め、一部に拭いきれない違和感を見つけた。

異様にその部分だけコボルトの臭いが染みついている。

壁や天井を見れば僅かに不自然な穴が見られた。


ちょうどいい、リナはみるのが初めてのはずだ。

今、学んでもらおう。


「リナ、集落だったり昔に知性ある生き物が住んでいた場所に往々にして罠がある。これもその一つだ」


リナの返事を待たずにコボルトの臭いがしない床に向かって石ころを投げた。

瞬間、壁や天井の小さな穴から炎が放射された。

10秒ほど火が出続け、止まる。燃えた臭いが鼻に残る。


今回仕掛けられていた罠は特定の場所以外を踏むと発動するタイプの罠だったようだ。

コボルトの臭いがこびりついているのはその場所のみを歩いているからか。


「…………殺す気満々ですね。全然あるって気づきませんでした」

「そりゃ罠なんだからそうだよ」


踏んで良い位置に小石を置きながら進み先導する。

緊張した面持ちでリナは歩き、最後のココが小石を回収してくる。

罠なのに正解の場所に石があっては機能しなくなってしまうためだ。


それから少し進み、再び罠を発見。


「リナ、わかる?」


主語の省いたその言葉を正しく理解し、リナは周囲を探りだす。


「……全然わからないです」


指を差し、奥の壁を示した。

リナは目を細めて観察し始める。


「あ、なんか隙間空いてますね。しかもいっぱい」


一分ほどかかりようやく壁の隙間を見つけたようだ。


「あそこから刃が出てくると思う」


安全な位置まで離れ小石を投擲。

無数の刃が飛び出しすぐに引っ込む。一瞬、通路が一面刃で覆われた。


顔の引きつっているリナを意識の外に追いやり、臭いを探り解除方法か回避方法を探す。

刃の出る場所が多いことから考えておそらくは解除してから進むタイプの罠だ。

臭いを辿ると、罠手前の岩肌にべったりと臭いが染みついていた。


スローイングナイフの取り出し、柄の部分で岩を叩いていく。

何度か繰り返すと岩を叩いたにしては軽い音が聞こえた。


手でその部分をなぞり、溝を見つける。

溝にナイフを刺し、持ち上げるとそこには一つのレバー。

レバーを下げて罠を解除。

念の為に小石を投げて確認。刃は出てこない。


その後も集落に近づくに従い罠の数と質が徐々に上がっていく。

その都度リナに仕組みを考えさせる。

ココの助言もあり、いくつかの罠は存在だけは見破ることができていた。

今のところ、俺が以前来た時と同じ仕組みの物も多く解除や罠の回避に問題はない。


アイリスもこれぐらい警戒心むき出しで罠をつければいいだろうに。

……初めて街に来る人の死ぬ事故が増えそうだからダメか。

面倒な検査や経歴を聞かれない開かれた街であることが利点らしいからな。あの街は。

それ故に治安は管理の行き届いた街よりは良くない。


濃密な罠地帯を抜け、コボルトの集落にさらに近づき時期に辿り着くだろう。

此処まで近づけば罠はあまりない。

それでも気を抜かずに進む。例外は何時でもある。


警戒するの俺の後ろでは罠の連続で緊張感が緩んできたリナがココとおしゃべりをしていた。


「罠は基本的に経験か秘術で見つける。パーティに一人いればいいけど、知っておいて損はないよ。さっき分かったと思うけどボクでも大体は見つけられる」

「全然わかりませんでした。どこに何があるか。全く」

「初めてだしそんなに落ち込む必要はないよ。ボクもわからない時あるからそんな深く考えなくていいよ。いざとなれば秘術使えばいい話だし、最悪はポニャディングを拉致してくればいい」


あ、ココ。秘術はともかくその裏技は教えちゃだめだ。


「え? ポニャディング? 少し前になついてくれた可愛い子たちですよね? 一体なんの関係が……」

「あいつら死ににくいから罠地帯でボール投げて走らせて全部罠を使わせるって方法もあるんだよ」

「動物愛護団体から苦情がきそうです……」

「もっとも、毒とか罠の範囲が広すぎて後ろに控えてもやばい罠もあるから確実性はないけどね。今回通ったところは人気ないから居ないけど別の関所とかだったらでたらポニャディング販売店とかあるよ」

「……ポニャディングって毒も大丈夫なんですね?」

「大丈夫じゃないよ」

「…………」


絶対にリナは引くからやめたほうがよかったのに……。

リナが無言になり沈んでいると前方から槍や剣の貧弱な武装をした緑の鱗をしたコボルトの集団がやってくる。


「やっとか。遅かったけどわざわざ罠を破壊しないで存在を知らせてた甲斐があったな」

「今回は時間かかったね」


俺とココは余裕の表情。

リナは大慌てでコボルトを指さす。


「先制攻撃しなくていいんですか!? クリーチャーですよ!?」


ここ数日でリナは随分と物騒な性格になってしまった気がする。


「見てれば分かる」


あたふたしているリナを余所に俺は手を挙げてコボルト達に挨拶をした。


「久しぶり、今回は遅かったな。調子はどうだい?」

「スバる、ひさシぶり」


コボルトの兵団の一人が歩み出て下手くそな共通語でキーキーと声を上げた。



第二十一話 コボルト集落



「私、集落って聞いてからてっきり集落滅ぼしに行くのかと思ってました」


リナは俺を何だと思っているんだ。


「此処以外ならそうするか近寄らないのがベストだが彼らとは古い付き合いでね。彼らは大事な取引相手だから失礼な態度を取らないようにな。それに場合よっては俺たちから襲わなきゃ知性あるクリーチャーの一部だってそれ相応の態度を取ってくれるんだ。危険がなければ無暗矢鱈に手を出さないほうがいい」

「わかりました」


コボルトに先導され細い道を進む。粗末な柵を越え、小さな門を中腰になりながらくぐる。


そこはコボルト数千百匹はいる大きな集落だった。

ポニャディングがいた空洞よりも広いその空間。

高い天井を利用し、二階三階と縄や石で補強された通路が張り巡らされ居住空間が作られている。

秘術的な明かりがあちこちに焚かれ、地面から空中までテントがいくつも立っていた。


あるコボルトは農作業に従事し、あるコボルトは罠を夢中に作り、あるコボルトは世間話に花をさかせ、彼らの小さな身体よりさらに小さな子供コボルトが此方を見てくりくりの赤い目を輝かせている。

子供コボルトは見たことのな浮いている金属球に目が釘付けになっているようだ。

集落に暮らす多くのコボルトは雑な布を巻きつけただの服を着ており、時折綺麗な布のきちんとした服を着ているコボルトが見受けられる。


農作業しているコボルトに手を振り、兵士たちにさらに奥へと通される。

テント街を超えると開けた場所に立派な石造りの家が一つ立っていた。

最も身長60センチのコボルト基準なので俺からすればかなりこじんまりとしているが。


俺の身長よりも少し小さな木の扉を潜り、中に入る。

この集落で最も大きく天井の高い屋敷だが、人間サイズだと手狭で天井が低い。

首を横に倒さねば頭を打ってしまう。ココやリナは平気なのが羨ましい。

室内にはコボルトサイズの椅子や机、そして頑丈そうな金属製の箱。


中に居たのは他のコボルトよりも一回り大きなコボルトが手を広げ出迎えてくれる。

その立ち振る舞い、洗礼されたデザインの服から彼の知性の高さがうかがえる。

彼はこの集落の長だ。


「よくきタ。古き友ヨ。久しぶりだなスバル。ボルトガはまた会えて嬉しいゾ」

「ボルトガ、久しぶり。元気にしてたか?」


一際言葉の流暢な小さな彼と握手をして促されるままに石の床に腰を掛ける。

リナは俺の隣に座り、ココは例によって扉の前で壁にもたれかかった。

薬草の匂いがするお茶を出される。


「あぁ、最近ますます調子がいイ。さっそくだガ、今回の用件は何ダ?」


座った俺と目線を合わせるため、ボルトガは立って応対した。


「いつもの通りだよ。野菜のペーストに干し肉に調味料、布に酒などなどそっちが興味ありそうなものを色々と持ってきた」


『秘術の携行袋』を背中から降ろし、中から次々に食料と調味料、上等な布、『潰えぬ松明』などを取り出し床に大量に並べる。


コボルトにはコボルトの暮らしがあり社会自体も存在しているが人間ほど発展はしていない。というのも個体ごとに知性の差が激しく、人間のように発展しづらいのだ。

目の前のボルトガや闇市で競りに参加していたコボルトは貴重な存在と言える。


だからこそ、人間が作り出した高品質、高水準の嗜好品や料理を彩る調味料、衣類に使える上等な布は彼らにとって価値は高い。

まして此処はこれでも小さな集落だ。持てる技術はさらに拙い。


俺が取り出したものをみて満足したのか犬と爬虫類を合わせた顔の口角を上げて近くにいたコボルトに合図を出す。


運ばれてきたものは冒険者が所持しているような武具に道具、それに宝石の類。

一部の鎧などの防具は焼かれたり切断されている。

衣服の数からしておそらく十五人前後分。もちろん、冒険者本体はない。

彼らは雑食だが、肉食が主だ。中身の行方は想像に難くない。


コボルト単体は一部を除きあまり戦闘力は高くないが数と彼らの得意とする罠によう攻撃は十分な脅威だ。

哀れな被害者が出ても致し方ない。


「そっちの品を見せて詳しく見せてもらっていいか? そっちも自由に見てくれ」

「あァ、構わない」


スクロールを取りだし≪秘術の目≫を詠唱。


アイテムに内包する秘術のオーラが浮き彫りになる。

並べられた装備の質はあまり良くない。初心者から良くて中級者。

コボルトにやられる程度ならそれぐらいの装備が妥当か。

よくよく見ると靴とズボンなどの基本的な装備の数が合わないから彼らの所持していた『秘術の携行袋』の中身を出されているだろうな。


目ぼしいものはないが秘術的加工の施された手袋、靴と両刃の長剣がある。

宝石も中身を確認していないがそこそこの量。

これを売れば使ってきた宝石を差し引いてもあまりある。


ただの武器も売れないこともないが『秘術の携行袋』の容量を圧迫するし今回はあきらめよう。


「宝石全部とそこ三つの装備とならこっちの出したもの全部交換でいいぞ」

「そこまで出すならもう少し色を付けてもらわないと困ル」


難色を示すボルトガ。

ココに目配せをして追加の調味料をココの携行袋から出してもらう。

この調味料自体が元々交換用に持ってきた物。後出しは演出みたいなものだ。


「いいだろウ、交換成立ダ」


演出に乗せられたボルトガはあっさり頷き、交渉は闇市の露店よりも数倍スムーズに終わった。

握手を交わし、交換した品を携行袋にしまう。

金貨100枚程度でそろえた物が金貨数千枚の価値があるものに早変わり。

なんて良い世界なんだ。


一見するとかなり不当な取引に見えるがそういうわけではない。

ボルトガ自身も物の価値がわかっていないわけでもない。


彼らコボルト自体が一般的に人間をよく襲う。明らかに人間の敵に属していると言える。

闇市などの特殊な状況を除き殆どの街がコボルト敵対しているのだ。

俺だって縁がなければ絶対にボルトガも敵対していた。


彼らが人間の作った製品を得るためには商人や冒険者を襲うしかない。

しかし、欲しいものを持っているとも限らないし、街と街とを渡り歩く商人には強力な護衛もついている。冒険者とてむざむざやられているわけでもない。

呑気に人間の街に買い出しに行くわけにもいかない。


つまりコボルトの集落にとっては人間の製品というだけで価値が高いのだ。

欲しい人に欲しいものを安く仕入れて高く売る。商売の基本。


良い縁に恵まれてよかったなぁ。

たぶん俺以外にも同じような事やっているやつはいっぱいいるが。


「良い取引をさせてもらったよ。ありがとう。何か欲しいものがあったら持ってくるから何でも言ってくれ」

「うーン、そうだな今回はなかったが以前持ってきていた甘いクッキーという菓子がまた食べたいナ。集落でも好評だったンダ」


リナにメモを取ってもらいつつボルトガの要望を聞いていく。

金属球が変形し浮かぶ机になっている。兵器として以外も万能だなこの装備。


それから数分の間、欲しいものを聞きリナがメモを取り続ける。

あらかた話つくしたのか、最後にクッキーは必ずと念を押され一段落。

ようやく俺のターンだ。


「分かった。必ず次はクッキーだな。それじゃあそろそろ俺が聞きたいことを聞いてもいいか?」


今の取引でそれなりに儲けたからこのまま真っ直ぐ帰ってもいいが、暗い洞窟を延々と歩いて遠くに来たのだからより稼いで帰りたい。


「いヤ、その前にもう一つボルトガの頼みを聞いてくれないカ?」


更なる儲け話を聞こうと思ったら彼の方から切り出してきた。


……急ぐ話でもないから頼みとやらを聞いてからでもいいか。


無言で続きをまつ。

ボルトガが軽く頭を下げ、コボルト特有のキーキーした声で切り出した。


「スバる、もしよかったらボルトガの集落を助けて欲しイ」

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