第20話 地下世界13-1

「酷い格好だなスバル。緑に赤に血まみれ。おまけに土埃までごっそりついているじゃないか」


グラント結族の若いハーフリング、レイナールが顔を顰めた。


「しょうがないだろう。どこに敵の目があるのかわからなくてそれどころじゃなかったんだよ」


アイリスの外壁。セントラルシティとアイリスとを結ぶ太い柱の内部の一番下。

グラント結族の管理する区画の一室に俺たちは訪れていた。


注目を浴びない様に潜伏していたため、地下遺跡から逃げ出したあとの服装と変わっていない。

唯一の変化は元の姿に戻ったリナ、五個あったはずの金属球が大きさそのままに一つに固まり、彼女の周囲をふわふわと漂っている点だろう。


「随分と派手にやってるとは思っていたがまさかそんななりになってしまっているとはね」

「あんたの思惑にのってやったんだ。酷いと思うなら何とかしてくれ」


椅子やテーブルの一つも用意されていない殺風景な部屋で俺、ココ、リナ、そしてレイナールの四人が集まっていた。レイナールはきっちりとした正装だ。

その対比も相まって俺たちの服装は本当に見苦しい。


「≪紳士淑女の嗜み≫のはないのか? さすがにそのままではセントラルシティの役人に会わせるわけにはいかないな」

「生憎と全部使っちまったよ」


レイナールが指を鳴らすと給仕服を着た若い女性のハーフリングが宝石を三つもって入室してきた。

彼は宝石を受け取ると一つを俺に投げ、残りをそれぞれココとリナに簡単な自己紹介をしながら恭しく手渡した。


「美しいレディ二人にいつまでもそんな格好をさせておくのは忍びない。これを使ってくれたまえ」


宝石を握り、内包されたエネルギーを開放する。

淡い光と共に全身の汚れが払われ、服が、顔が、臭いが浄化されて一瞬前とは比べ物にならないほど綺麗になる。


リナも慣れたようで問題なく宝石を起動させている。


「ありがとうございます」

「どうも」


ココは結族を信用できないのか警戒のためか、短く礼を良い服を綺麗にするとドアの隣の壁に立ち、体重を預けた。


「さて、スバル。約束の物を先に受け取っておこうか」


腰のポーチに手を入れ、記録媒体を取り出しレイナールに放る。


「確かに受け取った。結族を代表して礼を言う」

「一応確認なんだが、あんたが此処にきちんと居てそれを受け取るってことは、万事抜かりなく終わったってことでいいのか?」

「あぁ、全て終わったよ。これ以外全てね」


怒気を孕ませた燃え上がるような瞳。

彼が終わったというならきっと全てが終わったのだろう。

こちらとしては報酬をもらえれば万事解決だ。


「よし、では着いたばかりで悪いがそろそろ行こうか。服は……まぁ冒険者だから大丈夫だろう。話は上からの役人にも通してある。っと、その前にレディ。その『外装骨格』は念のためしまっておいた方がいい」


うっかりしてた。あぶないあぶない。

外装骨格なんて殺して奪い取る以外に入手方法ないもんな

これを上の連中にこれ見よがしにに見せつけてもいい結果にはならない。


これはレイナールに対する上の連中への意趣返しをしてやったぞという証みたいなものだ。

上の連中に見せる必要はない。

掴もうとするとふよふよと逃げ出す金属球を強引に『秘術の携行袋』に押し込む。

抗議するように震える金属球。変に人間味を感じる。


袋に入れるのを見届け、レイナールは全員の顔を見回した。


「よろしい。さぁ、短くも長かったこの騒ぎに決着をつけようか」



第十三話 セントラルの役人



途中でレイナールの連れ、ハーフリングの女性と合流し、面会予定の部屋へと通される。

室内は様々な調度品が飾られていた。


理解のできない絵画、歪な形の壺、機能性の無視された豪奢なカーテン。

精密な細工の施された円卓や種族の大きさに合わせた革張りの椅子。

一つ一つを見るとバラバラな印象を受けるそれらの家具は、部屋全体を見回せば見事な調和でそこに配置されることこそが自然だという感想を抱かせた。


室内には一人の全身鎧、外装骨格を纏った人間が椅子に腰かけていた。

俺が交戦したセントラルの人間の装備よりも、一目で高品質な外装骨格だとわかる。

輝きや光沢が違う。


レイナールとその副官、俺たちが順に入室し、それぞれ椅子に座る。

俺とココはハーフリング用の脚の高い椅子の近くにいつも通りに適当に座り、リナは緊張の為か不自然に力が入り、背筋を伸ばしている。


上の連中とは今後会うこともないだろうし、礼儀など適当で十分だ。


座った直後に温和な笑みを浮かべ、レイナールが口を開いた。


「わざわざ長い階段を下まで来てもらって悪いね、サー・ミュラー」

「気にしないでくれ、たまには運動も良いものだよ。それで、そちらの方々はどなたかな?」


鎧が発したのは男の声。渋く落ちつた声音からそれ相応に年を重ねていることがわかる。

全身鎧のせいで容姿は分からない。

ただ、立ち振る舞いは紳士的であるように感じられる。

交渉役だから相手に粗相の無いようにするにはそうなるか。


「彼らは今回の誘拐されたレディを救うために協力してもらった人だ。スバル」

「初めましてサー・ミュラー。俺はスバル。ただの冒険者だ」


座ったまま軽く会釈をした。


「市民を救う手伝いをしてくれて感謝している。セントラルを代表して礼を言おう」


円卓のお陰で全員の顔が見える。リナがミュラーをに睨みつけているのがわかる。

何をそんなに怒っているのか……いや、命狙われたかた起こるのも無理ないか。


「お気になさらずに俺達はレイナール氏から報酬をもらって仕事をしている」

「そうか、では彼女の話は後程するとして、本題に入ろう。それで、データは取り戻したか?」


本題……ね。

やはり目の前のセントラルの役人にとって、リナの誘拐は重要なことではないらしい。


「相変わらずせっかちな男だなミュラー」

「必要なことを早く済ませたい」

「ここにある」


目を細め口角を上げながらレイナールが机の上に記録媒体を置き、二度ほど指で記録媒体を叩いた。


「一応確認しておきたい」


人の良さそうな笑みから一転、レイナールが鋭い眼光をミュラーに向ける。

室内の朗らかな空気が一瞬で張りつめたものに変わる。


「私達は筋を通した。これで取引は続行だな?」

「そうだ」

「散々融通してもらって対価を渡さないなんてことはないか? そして約束通り、そこのレディを無事に帰還させるか?」

「分かっている。ミスター・レイナール。望みの物は我々も持ってきているし、そこの少女は無事にセントラルシティまで送り届けると誓おう。それが本物なら我々はそちらの条件で飲む。最初の提案通りに」


ミュラーはレイナールの変化をさして気にしていない様子で言葉を返す。

交渉人にとってはあの程度の変わりようは大したことではないらしい。


「そうか。理解してくれているようで此方としては大変嬉しいよ」


笑顔に戻ったレイナールは満足そうに笑い、記録媒体をミュラーの方へと滑らせた。


空気が弛緩した。


平べったい長方形の道具を取り出し、ノートのようにそれを開く。

その薄い箱にレイナールから受け取った記録媒体を接続した。

上は秘術で真贋を確かめるのではなく、あれで確かめるらしい。


かたかたと何かを叩く音が数度続き、記録媒体を抜いて箱を閉じる。


「確認した。確かにこれは本物だ」


表情こそ分からないが、ミュラーは安堵しているように見える。


「今回は迷惑をかけた。この取引がセントラルの別の派閥に伝わると厄介なことになる。どこもこの程度の取引はやっていることだが証拠を取られるのは不味い事態でね。上も色々と神経質になっていてな。迅速な対応に感謝する」

「いや、気にしなくていい。私と君の仲じゃないか……ただ、親しき仲にも礼儀が必要だ。

そうは思わないか? 今回我々の街に入り込んだネズミは実に腹立たしい」

「ネズミ? まさか誘拐された少女を救うために派兵された警備隊のことかな? すまない。此方としても市民を見捨てるわけにはいかない。人命救助にいちいち確認をとっていては素早い解決は望めない。そうじゃないかね?」


笑顔のままレイナールは怒気をミュラーへぶつける。

しかし、ミュラーはどこ吹く風と平時の態度を変えない。


……俺、なんでここにいるんだっけ。いる意味あるか?

ココも似たようなことを思ったのか眉を上げて此方を見ている。

そうだ、そうだ。リナを帰すために来たんだった。


「まぁ、確かにそうだ。我々も同じハーフリングが窮地に陥っていたら迷わずに助ける道を選択するだろうな……だが、断言する。次はない。我々の庭の勝手も知らんくせに土足で上がり込んでくるな」

「……上には報告しておこう」


神妙な態度でミュラーは頷いた。


「さて、我々からも大事なものを渡そう」


ミュラーからレイナールへ先程の記録媒体と似たようなものが机の上を滑らせ渡される。


「そちらの要求通り今回の迷惑料を兼ねた追加情報が入ったものだ。我々として今回の出来事は予想外だった。たっぷりと色を付けたつもりだ」


レイナールの部下が大きな箱を準備し、その記録媒体を挿す。

ミュラーの確認と比べ長い時間が掛かっている。

しばらくすると確認が済んだのかレイナールはニヤリと笑い、脚の長い椅子から飛び降りミュラーの元へ握手をしに行く。満足できる内容だったらしい。


「我々はこれからも良き隣人としてお付き合いをお願いするよ」


ミュラーも立ち上がり握手に答え、どうでも良い雑談が始まった。

アイリスで美味い新しい酒ができたとか、セントラルシティも今年のワインは過去最高の出来だとか、俺たちにとっては何の意味のない話だ。


長話はきつい。俺とココもずっとしっかりとした休息はとってないし、リナも眠いのか欠伸を噛み殺したせいで目尻に涙が溜まっている。

リナが椅子の背もたれにもたれ掛かることもせずに真剣な表情でいるのは、もしかして寝ちゃうからか?


「あー……ミスター。本題も終わったんだ。そろそろ俺達のことを思い出してくれると助かるんだが」

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