閑話⑦ ~文化祭後~

310話 親バカ襲来



「つーにぃ、学校の宿題で分からないとこがあるから教えて欲しいです」

「おぅ、いいぞ」


 部屋で課題を片付けていると、翡翠が困った様子でそう言って来た。

 義妹が助けを求めるなら喜んで手を貸そうと快諾すると、翡翠は嬉しそうに笑みを浮かべて隣へと寄って来る。


 告白を受け入れたので一応恋人ではあるのだが、ゆずの返事が決まるまでは現状維持のままだ。

 とはいっても、気持ちを通わせたこともあって以前より親密になったと思う。

 

 いずれゆずともこうなれたら良いとは思うが、そこはやはり彼女次第だ。

 

 ──ピーンポーン。


「ん?」


 そんな考えを片隅で浮かべつつ翡翠の疑問に答えていると、インターホンが鳴り出した。

 父さんと母さんは相変わらず仕事で家を空けているので、必然的に俺が対応することになっている。


 翡翠に断りを入れてから部屋を出てインターホンを通話状態に切り替えた。

 

「はい、竜胆で──」

『やぁ司君。話をしようじゃないか……』

「え……」


 挨拶を遮って放たれた威圧感たっぷりの声音に、心の底から冷えるような恐怖を感じた。


 ……落ち着け、いつか来るんじゃないかって予想はしていただろう。

 声の主の正体を察しつつ、気持ちを落ち着かせながら恐る恐る口を開く。


「……もしかして、悠大さんですか?」

『おやおや、久しぶりだというのによく覚えていてくれたねぇ……』

「oh……」


 溢れんばかりの怒りを滲ませる調子に、天を仰ぐ他なかった。


 やべぇよ……鈴花の親父さんが来ちゃったよ……。

 橘悠大──鈴花の父親で俺の父さんとは腐れ縁の仲な人だ。

 

 鈴花の母親の百合子さんとの仲を取り持ったのがウチの両親らしいが、その時に色々あったようで竜胆家は向こうから盛大に嫌われている。

 俺も嫌われている理由としては、悠大さんが溺愛して止まない鈴花と一番仲が良い異性だからだ。

 

 ではその彼がどうして今日ここに来たのか?

 それは十中八九──。


『よくも……よくもウチのスーパーエンジェルすずたんを振ってくれやがったなクソガキィ……!』


 ですよね~……。

 文化祭最終日にあった鈴花からの告白を振った以外ないですよね~。 

 

 親バカが極まったこの人にその事実を知らされるのは遅かれ早かれだっただろう。

 だって鈴花髪切ってたし。

 腰の届く長さだった髪をボブカットくらいまでバッサリ切ってたもん。


 前髪を2ミリ切ったとかそんなレベルとは段違いの変貌に、悠大さんが気付かないはずがない。

 いくら娘のためとはいえこっちに殴り込んで来るのは非常識だとは思うが。


 どうしよう……入れなきゃダメなんだろうけど、入れたら何をされるのか分かったもんじゃない。

 

 そんな礼節と恐怖の板挟みになっていると、何やらスピーカーの向こう側が騒がしく……。


『何やってんのお父さん!?』

『決まっている! すずたんの初恋を奪っただけに留まらず振りやがった小僧に裁きを──』

『あぁもう一回落ち着けぇっ!』

『え、ちょま──』


 ──ズゥゥゥゥンン……。


 ……今小さな地震が起きなかった?

 鈴花が制止に来たのは分かるんだけど、それでも止まらない父親相手に実力行使に出たってことか?

 え、これ悠大さん生きてる?

 

 俺としてもあまり蒸し返して欲しくない話題なだけに、告白した張本人の鈴花からすればさらに堪ったものじゃないことは予想出来た。

 悠大さんのデリカシーの無さが原因なのであまり可哀想に思えないが、出来れば人の家の前でやってほしくなかったなぁ……。

 玄関を開けたら、コンクリートに犬〇家の一族みたいな埋まり方をした知り合いがいるとか絶対に嫌だぞ。


 とりあえず、悠大さんの容体確認も兼ねて玄関のドアを開ける。

 

 結果として、小さなクレーターと共にコンクリートに埋まっていたのは鈴花の右足で、悠大さんは盛大に腰を抜かしていた以外は無事だった。


 =====


「で? おおよそ予想は付いてるけどなんで悠大さんに知られたわけ?」


 隣同士とはいえお客さんをいつまでも家の前にいさせるわけにはいかないので、リビングに入ってもらった。

 外のクレーターは翡翠に対処してもらうとして、まずは鈴花に告白の件が漏れた経緯を尋ねる。


 対する彼女は気まずさを隠せない様子で、視線を右往左往しながらも口を開く。


「えぇっと……この髪を見てお父さんが騒いでね? 色々察してたお母さんが『伸ばすだけだった髪を切る理由は一つだけでしょ?』って言って……」

「え、てことはなに? 悠大さん達は鈴花の気持ちを知ってたわけ?」

「そう、だけど……あぁもうとにかくそういうわけだから!」


 顔を赤くして経緯説明を無理矢理終わらせられ、それ以上は聞けなくなった。

 俺と鈴花の仲の良さを知った父さんが、2人を許嫁にしようと悠大さんに提案して半殺しにされたことがあったけど、もしかして知らなかったのは俺だけだったのか?


 改めて自分の鈍感ぶりに呆れるしかない。


「すずたんが選んだのなら、非常に業腹だがお前でも許してやろうと片隅に思っていた……しかしウチのすずたんの何がダメなんだ貴様ァ!」


 そしてこの親バカからの殺意マシマシな暴言だ。

 何気に両家共に黙認だったのが明かされてない?

 

「あの、なんかすみません……」

「謝んなっての。お父さんに責められたくらいで選んだことが間違いなんて思ってたらこの先キリが無いよ?」

「っ、だよなぁ……」


 気付いていなかったとはいえ、ある意味鈴花の心を縛っていたようなものなので悠大さんに謝るが、その娘が即座に切り捨てた。

 でもその言い分は尤もだ。

 鈴花の告白を断ったことを後悔はしても、ゆず達を選んだことを間違ったとは思わない。

 

 ただでさえ非難が多いだろう選択をしたのだから、これくらい受け流す度胸だって必要だろう。

 

「えと、鈴花の告白を断った理由ですよね?」

「あぁそうだ!」

「端的に言えば鈴花以上に好きになった人が出来ました」

「ふざけるなぁっ! すずたん以上なんて居るわけがないだろうがぁっ!?」


 いや確かに鈴花だって早々見掛けないレベルの顔立ちだけどね?

 流石にそれは言い過ぎな気がする……。


 現に鈴花も苦笑を浮かべてるし。


「無理無理、ルシェア相手に割って入ろうなんて気が起きないもん」


 あ~……否定出来ないのが何とも言えねぇ……。

 まぁルシェちゃんなら謙遜して流した上で、鈴花の魅力を挙げてくれるだろうけども。


「ルシェア?」

「そそ、その人が司の好きな人。向こうもコイツのこと大好きだし」

「相思相愛だとぉ? どうせお前の好きな魔法少女もののキャラじゃないのか?」


 魔導少女だから間違っちゃいないけど、ちゃんと実在してるっつーの。


「あ、写真ありますよ」

「どれどれ……ぐっ、外国人だと!?」

  

 前にルシェちゃんと並んで撮った写真を見せると、悔しそうに歯嚙みをした。

 どうだ、可愛いだろ俺の好きな子(の内の一人)は?


 一際強い独占欲を抱いている相手だけあって、自分が褒められたわけでもないのに誇らしくなる。

 

「ご、合成ならいくらでも出来るものだ! 本物と会ってみなければ到底信じられ──」

「そこまで言うなら呼びましょうか」

「は?」


 俺としても写真だけで信じて貰えるとは思っていない。

 なので直接対面させることも厭わない所存だ。


 当然だが、俺が出した答えは世間一般からすれば非常に理解され難いものだ。

 何の事情も知らない人に対して『五人の女性を好きになりました』なんて言えるはずがない。


 だけど好きな人がいないという嘘もつきたくないので、もしこういう事態が起きた場合にはルシェちゃんが矢面に立つことになっている。

 ゆず以外の面々曰く『俺とルシェちゃんが一緒に居るだけで空気が甘くなる』らしい。

 そんな特別な会話をした記憶は一切無いんだけど、とにかく相手に納得させるのは打って付けだとか。

 よく分からん。


 なお、アリエルさんじゃダメなのかと尋ねたところ……。


『あら? こう言ってはなんですが、ワタクシを恋人だと言ったところで信じて下さる確率は相当に低いと思われますわよ?』


 ということだった。

 ……確かに、俺とアリエルさんが並ぶ写真を見せたところでコラ画像にしか思われ無さそうだもんな。


 ともかく、有言実行するべく早速ルシェちゃんにメッセージを送って竜胆家に来てもらうことになった。

 すぐにOKの返事も返って来て、待つこと十数分……インターホンが鳴る。


「お、お邪魔します!」


 少し緊張した様子でルシェちゃんがやって来た。

 寒くなって来たのもあって、ピンクのセーターとグレーのスカートの上に茶色のコートを羽織っている。

 これで彼女が我が家に来るのは三回目……未だにちょっと緊張している自分がいてビックリだ。 


 リビングに迎え入れ、悠大さんに解り易くアピールするために肩を寄せる。

 少し冷えていたが自分の身に起きた状況を理解するや否や、ルシェちゃんの顔が一瞬で赤くなった。


「悪い、自己紹介してもらえるか?」

「は、はい! えと、ルシェア・セニエです! ツカサ先輩とスズカさんにはとてもお世話になってます!」

「あ、あぁ。鈴花の父の橘悠大だ」


 丁寧な挨拶に対し、悠大さんは戸惑いを隠せない様子で返した。

 本当に身近にいるとは思っていなかった分、その動揺は大きいのだろう。

 

「ず、随分と日本語がお上手で……」

「はい、将来のために一生懸命覚えてます!」


 男性恐怖症の治療の傍ら、菜々美と分担して日本語を教えて来たのが功を奏して、簡単な会話なら魔導器の翻訳結界無しでも話せるようになってきている。

 ……その時の一人称も『ボク』だったのにはちょっと悶えたりしたが。


 ともあれ、ルシェちゃんと対面したことでようやく悠大さんに信じてもらえたようで、納得した彼は鈴花と共に隣の橘家へと帰って行った。


「さてと、ルシェちゃんもわざわざ来てもらってごめんな?」

「いえ、こういう時のためにボクが率先することになってますし……」


 説明のためとはいえ巻き込んでしまったことを謝ると、ルシェちゃんは気にしていないと返し、それにと続けて……。 


「その間だけ、ツカサ先輩を独占出来ますから……」

「──っ!」


 瞬く間に顔に熱が集まるのが分かった。

 

 不意打ちで胸を高鳴らせるとは……どうやら気持ちを通わせたことで遠慮はいらないと判断したらしい。

 ならばと、お返しとして平静を装いつつ返す言葉を放つ。


「その理屈で言うなら、俺もルシェちゃんを独占してることになるんだけど?」

「そうですよ? もっと言えばボクはツカサ先輩以外の誰にも独占されるつもりはありませんから」

「うっ……」


 しかし、綺麗にカウンターを決められてしまった。

 まるで防御を考えてなかったためにドストレートに心へ届き、何も言えなくなってしまう。


 緩みそうになる頬を必死に抑えるが、隣に立つルシェちゃんがニコニコと笑みを浮かべているので、バレてるのは丸分かりだ。

 枷の無い好意とはこんなにも強いものだと思い知らされる。


「ま、まぁとにかくだ。今日はありがとうな」

「あ、もし夕食がまだならボクが作りましょうか?」

「良いのか? 助かる」

「いえいえ。それじゃヒスイちゃんを呼んで──」


 ありがたい提案を了承したのだが、不意にルシェちゃんの動きが止まった。

 それはまるで予想だにしていなかった相手と鉢合わせたような表情で、俺も興味を持って彼女の視線の先へ目を向けて────固まる。


 ──だってそこには、仕事から帰って来たであろう俺の両親がいたのだから。


「あなた……」

「あぁ……」


 そしてその二人は瞳が輝かんばかりの眩しい笑みを浮かべ……。


「「孫はいつかな(かしら)?」」

「ふええっ!?」


 初対面のルシェちゃんにセクハラをぶっ込んで来やがった。

 文化祭でファブレッタさんに姓名判断をされた時のように、顔がトマトのように真っ赤だ。


 なんて他人事のように思ったのも束の間、父さん達は素早い動きで息子に詰め寄って来た──ちょ、近い近い!?


「ちょっと司! そこの超可愛い外国人の美少女は誰!?」

「ただならぬ距離感を思わせるやり取り……さては彼女だな!?」

「うっそヤダァ! ゆずちゃん達の内の誰かと思ってたら、まさかのダークホースなの!?」

「お前、翡翠のことはどう責任を取るつもりだ!? いいぞもっとやれ!!」

「やかましいわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! ツッコミ切れないから黙っててくれないか!?」


 瞬く間に暴走を始めた両親に、近所迷惑も承知でそう叫ぶしかなかった。

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