304話 回想① 一つ目の失敗
こういうと意外と言われることが多いけど、司と出会う前のアタシは引っ込み思案な性格だった。
何をやるにしても一歩遅れる感じで、幸い友達に恵まれたけれども仲良しグループのマスコットみたいな扱いだったと思う。
そんなアタシが好きになったのは、テレビに何気なく流れた魔法少女のアニメだ。
女の子達が可愛い衣装を着て、怖い敵に勇敢に戦っていく姿を毎週欠かさず目に焼き付けていった。
変身シーンの真似をしたり、ちょっと恥ずかしい思い出もあるけど。
でも同じようにアニメを観ていた友達が段々見なくなって、話題に付いて行けなくなった。
司と会ったのはそんな時だった。
アタシは初めて会った頃から司のことが好き。
勝手に一人で孤独を感じていた時に助けられただけっていう、我ながら単純だなって思える程に簡単に恋に落ちた。
それからアタシの日常は一気に視野が広がっていったと思う。
「
「うん観たよ。正座がモチーフなんだよね! アルタイルは可愛いし、デネブもクールでカッコイイから……」
「俺はベガが良いかな。友達想いで優しい子だから」
「……司はそういう子が好きなの?」
「おう!」
「……そっか」
下校中、家が隣同士だったっていうのもあっていつも二人でいることがほとんどだった。
少しでも司に可愛く見て欲しくて、一切興味を持たなかったオシャレを覚えだしたり、魔法少女の話題でもっと盛り上がるためにコスプレに手を出したり……。
そうしたら司はべた褒めしてくれて、アタシはもっと嬉しくなった。
アイツのジゴロ癖は当時から全開で、その一挙一動にいつもドキドキしていただけに元凶があの両親だって知った時は少しショックだったなぁ。
それでもあまり悲観しなかったのは……。
「男のクセに魔法少女が好きとかきもちわりー!」
「竜胆君って変だよね」
男の子で魔法少女が好きだってことを隠しもしない司は、アタシ以外に友達がいなかったから。
こっちとしては好きな人と一緒にいられる時間が多くなるから、そんな状態でも全然気にしなかった。
「司は、男の子の友達が欲しくないの?」
「ん~……なれるかもどうかわかんないやつより、鈴花と遊ぶ方が面白いから別にいらない」
「……そっか」
司も司で、アタシがいるから他に友達が居なくても寂しくないって言ってくれて、ある種の優越感に浸れたわけで。
とにかく、何をするにしても二人でいることが当たり前になっていった。
「鈴花、最近とっても明るくなったわねぇ」
「そ、そう?」
「うんうん。変わり過ぎて初恋でもしたのかしらってくらい」
「ええっ!?」
ある日の放課後。
司と会って表れたアタシの変化に、お母さんは嬉しそうに微笑みながら褒めてくれた。
でも同時にその理由を図星で指摘されて、まだ誰にも話したことが無かった司に対する気持ちがバレたのかなって物凄く焦ったなぁ。
「ナニィィィィ!? すずたんに、はつつつ、初恋!? 噓だ噓だ噓だ噓だ! まだすずたんは小学三年生だよ!? まだ早いじゃないか!?」
「あらあらあなた。女の子なんだから初恋したって不思議じゃないでしょう?」
アタシを溺愛しているお父さんが特に暴走したせいで。
小さい頃からそうだけど、高校生になった娘に対して未だ『すずたん』呼びは止めて欲しい。
正直キモイしウザイから。
とにかく、対応に慣れているのかお母さんは笑みを崩すことなく流したけれども、それで落ち着く程お父さんの親バカは軽くなかった。
「相手はどこの誰なんだ!? ウチのウルトラエンジェルなすずたんのハートを奪った不届き者に、パパが天誅を下してや──」
「司にイジワルするお父さんなんて大嫌い!」
「ガァァァァンッ!!?」
思えばお父さんが司を嫌ってるのは竜胆家の長男だからっていう点もだけど、この時の会話も一因なのかもしれない。
娘に初めて大嫌いなんて言われたから仕方がないかもだけど、それで司を毛嫌いするあたりあんまり反省してないよね。
そこから実はウチの両親が結婚するまでに至った経緯に、アイツの両親が深く関わっていたって知ってビックリしたことも覚えている。
お母さんの提案で親同士で顔を合わせた時なんて、アタシを自分の息子の許嫁にしないかっておじさんが言ったら、お父さんに半殺しにされてたこともね……。
そんなこんなで初恋にしてはかなり順調だったと思う。
このまま一緒に過ごして、いずれ告白して恋人同士になって結婚するんだなんて、漠然とした楽観視をしていた。
それが崩れ出した最初の切っ掛けは小学五年生になった頃……。
教室でいじめが起きた。
標的はいつも教室の片隅で本を読んでいる子で、アタシの友達だ。
主犯格の女子達は教科書や靴を隠したり机に落書きするなんてことを平然をしていた。
アタシが気付いた時、その子はトイレで水を掛けられていた最中で頭が真っ白になったのを覚えている。
あの子は何もしていないのに、どうしてそんな酷いことをするのか微塵も理解出来なかった。
──助けたい。
惨状を知ったアタシは真っ先にそう思った。
司だったらきっとそう行動するだろうし、ここで見なかったフリをしたら好きな人に軽蔑されるかもしれない。
友達想いなら今助けなきゃいけない。
そう確信していたからこそ、いじめっ子達から友達を庇ってその場を凌いで先生に相談した。
友達は何度もありがとうって言って泣きまくってて、落ち着かせるのが大変だったなぁ。
しばらくして、先生からいじめっ子達の親と話して解決したっって伝えられて、人助けで魔法少女のように誰かの力になれたんだと実感した。
「鈴花凄いな! 俺尊敬するよ!」
「えへへ……」
その事を話すと、司からも絶賛された。
友達からのありがとうも、先生からの頑張ったよりも、アタシの心はこれでもかと幸せに感じたことで、もっと好きになっていく自分がいたんだ。
小学六年生に上がったから、司に告白しよう。
友達の関係が壊れるのが嫌で隠してきたけれども、好きの気持ちを伝えたくて仕方がなかった。
お母さんも大丈夫だって応援してくれたから、きっとこの恋は叶う。
そう決意した次の日……。
──いじめの標的がアタシに変わった。
いじめっ子達は懲りるどころか、邪魔をしたアタシに狙いを変えたと理解する。
だからといって、何も間違ったことはしてないのに逆恨みをされることに納得はいかない。
最初は机に『ブス』『死ね』『かっこつけたがり』『偽善者』なんて暴言が書かれたあって、落とすのに苦労させられた。
ムカついたけど、放課後なったら先生に言うつもりだったから我慢する。
次は靴を隠された上に汚された。
司に似合ってるって褒めてもらったお気に入りだったから、物凄く腹が立ったのは鮮明に記憶している。
泣きたくなる気持ちを抑えて、やっと訪れた放課後で先生に今度は自分がいじめられていると告げた。
話を聞き終えた先生はすぐにいじめっ子達の親に話を聞いたけれど、子供達は何も知らないとシラを切られるだけで終わってしまう。
とにかく、また被害にあったら先生に言うように言われてその日は渋々引き下がるしかなかった。
そうして次の日……いじめはさらにエスカレートする。
先生に告げ口をしたことが余程気に入らなかったらしい。
それが嫌なら最初からいじめなんてしなければいいのに、いじめっ子達は執拗にアタシに嫌がらせをして来た。
クラスメイトは自分が標的にされないように知らぬ存ぜぬで、むしろ分かりにくいように巧妙に隠れてする始末で、前に標的にされていた子も知らんぷり。
助けたらどうなるのか、不幸にもアタシがそれを実演してしまっているのだから気持ちは分からなくもない。
だから恨むこともなかった。
頼みの綱の先生に相談しようとすると、アタシの行動を見張っていたのか先に先生と会話を始めたり、職員室の近くで待ち伏せていたり、狙いすましたように妨害して来るせいで頼ることが出来ずじまいだ。
「鈴花、なんか最近元気ないけど大丈夫か?」
「え、う、ううん。大丈夫だよ」
いじめを受けて一月が経った頃、司の問いに嘘の笑みを浮かべて返した。
本当は助けてほしい気持ちで一杯だったけれど、アタシが自分で招いたことだし、何より好きな人を巻き込みたくなかったから。
そんな意地を張って黙っていたせいで、あんなことになるなんて思ってもみなかった。
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「ねぇ、橘さんって竜胆君の事が好きなの?」
「え……」
いつものようにいじめっ子に連れられた先で、唐突にそう尋ねられた。
どうしてそれを知ってるのとか、いろんな疑問が頭を過っていくけれど……。
「どう、して……」
「昨日ね、二人が一緒に帰ってるところ見ちゃったんだぁ。竜胆君の隣で嬉しそうに歩いてるからそうなのかなぁって思ったの」
「──っ!」
よりにもよってこいつらに見られるなんて……。
そんな悔しさを抱くけれども、それよりもアタシが一番恐れていたことをする気だと直感する。
「お願い! アタシはどうなってもいいから、司だけは巻き込まないで!」
いじめられてることを知られたくないのもそうだけど、何より司が被害に遭うことは避けたかった。
もしそうなったらもう一緒にいられない、そんなの耐えられない。
それだけは絶対に嫌だって、藁にも縋る思いで必死に懇願する。
「あっはははは! そんな漫画みたいなセリフマジで言うんだぁ」
ケラケラと笑われて、今にも手を出しそうになるのを歯を食いしばって耐える。
何がそんなに面白いのか理解出来ない。
「それじゃ、これから私の言う事を聞いてくれる?」
「それ、は……」
嫌に決まってるのに否定しきれない。
完全に司を人質に取られたような、手詰まり状態だ。
でも、これを受け入れたらそれこそ相手の思うツボだっていうのも分かってる。
「さっさと返事しなさいよ!」
「──ぁ、つ……っ!」
何も言えずに黙っているアタシに、いじめっ子が顔を平手打ちしてきた。
初めて悪意を持って殴られた頬は、転んだ時なんか比じゃないくらい痛みが走る。
痛みから目に涙が溜まった瞬間……。
「おい! お前何やってんだ!!?」
「えっ!?」
「──っ!」
唐突に響いた大声に驚いて振り向くと、そこは初めて見るくらいにキレてる司がいた。
その怒り様に思考が止まってしまう。
傍から見れば好きな人が助けてくれて嬉しいはずなのに、アタシの心境は隠していたことがバレたショックで占められていたからだ。
「り、竜胆君。違うの、これは……」
「何が違うんだよ、今鈴花を殴ってたよな? なんで?」
「……」
激怒する司に押されて、いじめっ子は何も言えずに黙ったままだ。
結局答えない相手に煮えを切らしたのか、今度はアタシと目を合わせた。
「大丈夫か鈴花? 顔、痛くないか? 最近様子が変だったから、気になって探してよかったよ」
「う、うん……」
てっきりどうして黙ったのかって怒られるのかと思っていたけれど、司は心配そうな眼差しを浮かべて慰めるために頭を撫でてくれた。
お父さんに比べて全然拙いのに、アタシの心はこれ以上無い程に温かさを帯びる。
今まで我慢してきた色んな気持ちが混ざって、涙に代わって出てきそうになったけれど、それが流れることはなかった。
「り、竜胆君は、橘さんのことが好きなの!? だからそんな風に優しくするわけ!?」
いじめっ子が悲鳴に近い声音で司に問いを投げた。
後で知ったことだったけれど、彼女は司の事が好きだったらしい。
それで近くにいたアタシが妬ましく思ったのが、標的にされた理由だったみたいだ。
だからといって、それで誰かをいじめていい理由にはならない。
ともかく、彼女の質問にどう返すのかアタシも耳を傾ける。
こうやって助けてくれたんだから、司もアタシのことが好きなんだと信じて疑わなかった。
そうしてアイツは至って平然な面持ちで口を開き、告げる。
「何言ってんだ?
「──っっ!!?」
さも当然のように告げた言葉に、アタシは息が止まったと錯覚する程のショックを受けた。
今まで受けたどの陰湿ないじめよりも、さっき殴られた頬の痛みよりも、司の返答が心一番深いキズを刻み付けていったのだ。
──司は、アタシのことを女の子としてすら見ていない。
ここでゆず達みたいに振り向かせて見せる、なんて気概を見せれたらきっと違ったかもしれない。
けれど、この時のアタシは自分の恋は叶わないんだということを受け入れてしまった。
これが、初恋が拗れに拗れてしまった一つ目の失敗。
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