264話 見つめ直す日常
朝食を終えた俺達は、学校へ向けて家を出た。
丸一日自宅に引き篭もっていたせいか、日差しがやけに眩しい。
時刻は午前九時半……もう朝のホームルームも終わって一限目の授業が始まってしまっている。
一応各々で学校に二限目から授業に参加すると連絡してあるので、そこまで焦りはない。
「二人揃って遅刻だなんて、なんだか変に勘繰られそうですね」
「それは有り得るな……」
職員室にいるであろう担任の先生達に連絡したから、俺とルシェちゃんの遅刻は伝わっているはず。
怪しまれるだろうなー……何かあったんじゃないかって。
実際にあったからかなり後ろめたい。
言い訳も考えてはあるけど、それもどこまで誤魔化せるやら……。
意外と早く来た障害に頭を悩ませていると、クイッと左手が温かい感触に包まれる。
なんだと思って視線を向けると、ルシェちゃんの右手と繋がっていた。
「が、学校までで、こうしていいですか?」
「……ああ、いいよ」
これでもかといじらしさを発揮する彼女にドキドキしつつ、俺も握り返す。
普通の繋ぎ方じゃなくて、指の隙間に指を挟む恋人繋ぎだ。
俺達は恋人じゃないのだが、ルシェちゃんが俺に好意を抱いていること、俺が彼女に独占欲を抱いていることを思えば、この繋ぎ方に羞恥心はあっても不快感なんて一切ない。
「……」
「……」
道路を走る車の音と自分の心臓からドキドキと聞こえてくる心音以外、互いに言葉を発さないまま無言で歩く。
二人して緊張していて、舞い上がっているのは自分だけかもしれないという、よく分からない羞恥心に頭を悩ませる……。
すると、手汗大丈夫とかシャワー浴びたけど匂い大丈夫かとか、余計なことにまで思考が及んでいった。
何か言わないとと思っているが、まるで言葉が出て来ない。
美沙と付き合っていた時ですら、こんな状態になったことはなかった。
やっぱり気持ちの持ち方一つで、何気ない行為に対する心象というのは大きく変わるのだと実感する。
そんな初々しい俺達の姿を、すれ違う人達が温かい眼差しを向けて来て、一層緊張が高まっていく。
「ツカサ先輩……」
「ん、ん?」
不意に、ルシェちゃんから声を掛けられた。
なんだろうと思って聞き返すと、彼女は顔を赤くしたまま苦笑をこちらに向けて……。
「ボク達、恋人に見えちゃってるみたいですね」
「──ッブ!?」
そんな軽い調子で、こっちの心臓を止めてくるようなことを言うの止めてくれません?
あまりに可愛過ぎる言動に、思わず往来に構わず抱き締めそうになるが何とか堪える。
「ち、中学校やデートに行った時もそう見られてたし、今更じゃないか?」
「そうかもですね。でも昨日ツカサ先輩が『ダヴィドにされたことなんて忘れさせてやる』って言ってくれたこと、とても嬉しかったです」
「ごめんルシェちゃん。今ちょっとそれを受け止め切れる余裕ない」
言ったよ?
色々ハイになって確かにそう言ったよ?
でもまさか、今このタイミングで持ち出されるとは思わなかったわぁ……。
ちょっと……いや、かなり大胆なアプローチ仕掛けて来るようになったな。
「本当に嬉しかったんですよ? だって、ボクの汚れた部分を温かく綺麗にしてくれたんですから」
自分が男性恐怖症を抱える原因になった出来事を『汚れた部分』と言い切ってはいるが、その表情に憂いは無く、むしろ幸福に満ちていた。
昨日の事は、俺だけじゃなく彼女にとっても好きな人と繋がれた以上に深い意味があったのだろうと察する。
それでも……。
「──ルシェちゃんは元から汚れてなんかないさ。そう言うなら俺の方だよ」
「違います! ボクがツカサ先輩に救われてるんですよ! だからお礼を言うのはボクの方です!」
「いやいや、俺の方だって。暴言ぶつけたりして見限られてもおかしくなかったのに、向き合って支えてくれたんだから……」
「そんなの、ツカサ先輩のためなら当然ですよ!」
「俺もルシェちゃんのためならいくらでも力になるって!」
互いに相手に感謝していると言い張り、お礼の押し付け合いに発展する。
どちらも自分の方が助けられたのだから、そこだけは譲れない。
「……ふふっ」
「……っぷ、くく……」
だが、その途中で俺達は笑いだす。
結局のところ、お互いがどれだけ大事なのかをよく実感したからだ。
一頻り笑い合ったあと、俺達は遅めの登校へ歩みを進めるのだった。
~~~~~
「竜胆君、セニエさん……ほんっっっっと~にっ! 二人の間に疚しいことはないんですね?」
「「はい。ゲームで遊んでて夜更かししただけです」」
学校に着いて早速職員室に向かい、俺のクラスの担任である
事前にルシェちゃんと話し合って『ゲームで盛り上がり過ぎて夜更かしした』ということにしている。
流石に男女二人揃って遅刻したことから、さっちゃん先生は不純異性交遊を隠していないかとその理由を訝しむ。
実際には疚しいことしかなかったのだが、それを打ち明けるつもりは一切ない。
不純ではないしな。
「まぁまぁ、坂玉先生。二人は成績も素行も良いんですから、仮に何かあったとしても口頭注意だけでいいでしょう」
「……(ボソッ)むしろ何かあった方が滾るのに……」
おいこら教師。
今小声で何て言った?
勝手の人の行為を自分の同人誌のネタにしようとすんなよ。
「はぁ、遊び盛りなのは分かりますが、ちゃんと学校生活との兼ね合いを考えて下さい。先生からは以上です」
「「はい、申し訳ありませんでした!」」
ひとまず言い訳を信じてくれたようで、さっちゃん先生はそう告げて口頭注意を終えた。
そうして俺達は一旦各々の教室へ向かう。
別れ際、ルシェちゃんは寂しそうな表情を浮かべるものの、学年の違いだけはゆずのように飛び級でもしないとどうしようもない。
少しでも不安を和らげようと一緒に昼食を学食で過ごそうと提案すると、彼女は一気に立ち直って満面の笑みを浮かべて頷いた。
さて、ルシェちゃんのおかげで立ち直ったものの、これからゆず達と仲直りする必要がある。
このまま教室で会ってその場で謝るというのは、事情を知らない人の目に留まりやすいから悪手だ。
なら、放課後……日本支部で謝るのが一番適切だろう。
とはいえ……気遣いを無下にした挙句暴言をぶつけてしまっているため、三人が許してくれるかは分からない。
アリエルさんは……多分大丈夫だと思う。
あの来訪はルシェちゃんと話をさせるためのお膳立てのようなもので、ヤケになってフッた返事も聞き入れなかったところを思うと、他の二人に比べて許してもらえる確率は高い。
鈴花は……どうだろうか?
アイツにとっても美沙は決して浅い関係じゃない。
三年前の口論の発端は、彼女との付き合いの長さが要因となった距離感の近さに、美沙が嫉妬したことだ。
あの後、美沙だけでなく鈴花との付き合いも悪い時期があったが、三年に上がる頃にはいつも通りに戻っていた。
一見大丈夫そうに見えたけど、もし俺と同じく引き摺っていたのだとしたなら、そのショックは俺と同等かもしれない。
今度は鈴花の方が塞ぎ込んだりしてる可能性も否定出来ないな……。
つくづく昨日の自分の行いがロクでもないなと、頭を抱えたくなる。
そしてゆず……。
ぶっちゃけ一番傷付けたのは彼女だ。
ビンタされたしなぁ……。
俺との日常を大事にしてくれているって知っていたのに、以前に見たらしい悪夢と似通った暴言を吐いてしまった。
自分の日常と想いを否定されて、衝動的に手が出てしまったゆずは、すぐに目に涙を浮かべて走り去って行って、日本支部でルシェちゃん達がなんとかケアをしたらしい。
ほんっと過去の自分を呪いたくなる。
これじゃ美沙に思ってもいない言葉をぶつけた時と同じだ。
まるで成長していない自分の失言癖に、嫌気が差して呆れる他ない。
普通に謝っても許してもらえそうな光景が浮かばず、どうしたものかと悩んでいる内に2-2組の教室に辿り着いてしまった。
壁一枚隔てた向こう側から、休み時間特有のはしゃぎ声が聞こえて来る。
一度深呼吸をしてから教室のドアをガラリと開けて入ると、何人かが話を中断して俺をジッと見て来た。
その中にゆずと鈴花の姿があって、二人共驚いたように目を見開いていたがすぐに気まずそうに目を逸らす。
これは直接声を掛けるよりメールで連絡した方がいいかと思ったところで、馴染みのアイツが寄って来た。
「おおっ、司! 昨日休んだ上に遅刻なんて珍しいな!」
「よう、石谷。ちょっと体調崩してただけだから、もう大丈夫だよ」
「ほ~ん。っま、俺はちょっと気になっただけだけど、並木さんと橘が心配してたぜ!」
「……そっか」
いつもの調子で対応してくる友人の言葉に、二人からの思いやりを感じた。
そのまま石谷と少し話をしたあと、ゆずと鈴花に『放課後、日本支部で話がしたい』とメールを送る。
『分かりました』
『りょーかい』
一分と経たずに返ってきた返信内容に、思わず頬が緩む。
良かった……取り敢えず無視されることはないみたいだ。
そう安堵する。
もしかしたら、アリエルさんから何かしらのフォローがあったのかもしれない。
だとしたら、あの人には謝罪だけじゃなくてお礼も言わないといけなくなるな。
それこそ、何かお願いを聞いたりするくらいでないと返せないだろう。
……それはそれでちょっと不安だけど……。
そんな一抹の不安を抱えつつ、無断欠席と遅刻を挽回すべく授業に打ち込むのだった。
~~~~~
午前の授業が終わり、昼休みに入ると皆昼食を片手に思い思いに動き始める。
「ねぇ竜胆君! 今日遅刻した時に一年のセニエさんと一緒だったって本当!?」
俺もルシェちゃんとの約束のために彼女を迎えに行こうと席を立とうとしたら、委員長に今朝のことで呼び止められた。
「え? そうだけど……なんで委員長が知ってるんだ?」
「普段遅刻しない若い男女が、今日に限って遅刻……それも揃ってで! 何かあったんでしょ? ねぇねぇ教えて? 嘘でも良いからナニがあったって言って?」
「聞けよ。あと何もなかったよ」
嘘でも言わないといけないの?
ナニはあったけど尚更言いたくねぇよ。
「はぁ? あんな可愛い女の子と一つ屋根の下にいたっていうのに、何もなかった? 君、それでも男なの? EDでも患ってるの? ホモなの?」
「何もなかっただけで、なんでそこまで言われないといけないんだよ!?」
「何かあった方が面白いからに決まってるでしょおおおおっっ!!?」
「意味わかんねぇよ!!」
どんだけ期待してたんだよ、この恋愛脳。
これで本当の事を知られたら、嬉々として根掘り葉掘り聞いて来るだろうなぁ。
絶対に知られたくないという想いを秘めながら委員長の追究を逃れていると……。
「失礼しまーす! ツカサ先輩はいますか? お昼を一緒に食べる約束をしてるんですけど……」
ルシェちゃんが2-2組にやって来た。
彼女の来訪に男子達が一瞬嬉しそうな表情をするも、用があるのは俺だというのが分かるや否や、すぐさま怒りの形相を露わにしていく。
ヘタな百面相より切り替えが早かった。
っと、そんなことより迎えに行かないと。
「ルシェちゃ──」
「丁度良かったセニエさんっ! 単刀直入に聞くわ、竜胆君とセ○○スしたの!?」
「ふええっ!!?」
「おいこらぁっ!?」
委員長の唐突な質問にルシェちゃんは、ボンっと顔を真っ赤にして慌てだす。
待て待て、単刀直入にしても切り込み過ぎだろうが!?
しかも完全にあった前提で聞いてんじゃねえよ!
事実だから心臓に悪いんだよ!!
おまけに教室に居た大勢の人(ゆずと鈴花も含む)がギョッとした表情を浮かべていた。
俺が遅刻していたことは知られているが、理由は一切知らされていない。
だから、委員長がどうやって知ったのか疑問だったのだが、セクハラな質問のせいでそれどころじゃなくなった。
「ルシェちゃん、逃げるぞ!!」
「は、はいぃっ!!」
沈黙の隙を突いて、俺はルシェちゃんの手を引いて教室から離脱する。
そうして廊下を駆けて階段を降り始めた頃に……。
「「「「「ええええええええええええっっ!!?」」」」」
さっきまでいた教室から絶叫が響き渡った。
あのままあそこに留まっていたら、確実に質問責めにあっていただろう。
どうせ午後の授業に出ないといけないから、結局引き延ばしにしかならないだろうけど、ルシェちゃんを巻き込むよりはずっとマシだ。
そんな慌ただしい昼休みを何処か楽しく感じつつ、俺達は学食で昼食を済ませたのだった。
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