248話 最初で最後の共闘
「おねーちゃん、お待たせです!」
「よし、いけそうだね」
「まぁ、死なないようにしろよ」
県外にある広大な建設廃棄されたショッピングモールがある一角にて、翡翠は先行していた美沙と美衣菜と合流する。
周辺の人払いは既に済んでおり、この場にいるのは翡翠達を始めとする複数の魔導士が集まっていた。
「結構人が多い気がするです」
「敵数が多いみたい。それに合わせて人員も導入してるんだって」
「──っ!」
実戦は初めてだが、妙に多い唖喰の数に圧倒されそうになる。
確かに肉眼で見える限りでは数えるのも億劫な数の唖喰が、戦場となる廃棄跡地一帯に群れを成していた。
一体だけでも腰を抜かして動けなかった翡翠にとって、初戦闘の今日に限ってそれだけの数がいることに、緊張から慄いてしまう。
「どっちにしろ全部ブッ殺すんだし、あれをテメェ一人で倒すわけじゃねえんだから気にすんな」
「あ……」
が、美衣菜の本質を突いた言葉に若干緊張が和らぐ。
そう、ここには美沙と美衣菜が一緒なのだと、翡翠は再認識する。
ひとりぼっちではないと思い直し、翡翠は緊張を抱えながらも頭は冷静に保つ。
──大丈夫。
そう自らを鼓舞し、まっすぐと唖喰の群れを見据える。
「……いけそうだね。それじゃ、そろそろ行こうか! 魔導器起動、魔導装束、魔導武装装備開始!」
美沙の掛け声に合わせて、美衣菜と翡翠も自らの魔導装束と魔導武装を身に着ける。
三人の足元に出現した魔法陣が彼女達の頭上へ通り抜けると、それぞれ唖喰と戦うための装備を身に纏った。
美沙と美衣菜の装備は、彼女達の成長に合わせて魔導装束のサイズが調整されているだけである。
一方で、翡翠は敬愛する姉と同じ長棒型の魔導武装を両手に持ち、全魔導士に共通するフィットスーツは、上から下にかけて色濃くなる緑のグラデーションとなっており、その上には白のローブを羽織っている。
ローブの裾は緩やかな曲線がいくつも施されており、さながら天使の翼を思わせるデザインとなっていた。
「わぁ、ひーちゃんの魔導装束可愛いね!」
「そのローブ邪魔じゃねえのか?」
少女の戦闘衣を見た美沙は好意的だったが、美衣菜は辛口な酷評を出す。
しかし、それを受けて翡翠は落ち込む素振りを見せないどころか、ニヤニヤと笑みを浮かべ……。
「ローブはみぃちゃんのマントをリスペクトしたです!」
「ハァッ!?」
邪魔だと言った部分が自分のマントを発端にしたものだと明かされ、美衣菜は目を見開いて驚く。
そして照れくささを隠すように頭をガリガリと掻いた後、彼女は魔法陣を展開してマスケット銃を手に取る。
「──ッチ、さっさといくぞ!!」
「はいはい」
「あ、待ってです!」
逃げるようにして唖喰の群れへと向かう美衣菜に遅れつつ、美沙と翡翠も駆け出す。
「グルアァッ!」
「シャアアアッ!!」
「シュルルル……」
そんな三人を迎え撃つかの如く、ラビイヤー、イーター、シザーピードといった三種で形成された群れが一斉に襲い掛かって来る。
「はははハははハハハハッ!」
先手を取ったのは美衣菜だった。
彼女は左手を後ろに伸ばし、魔法陣から出現した水平二連式のショットガンをつかみ取る。
模擬戦でも食らったそれを見た翡翠は、反射的に自らの耳を塞ぐ。
追随する二人に注意を促すことすらなく、美衣菜は鋭い犬歯を覗かせる狂喜を浮かべる。
「固有術式発動、ハウリング・クラスターッ!!」
「「「──!!?」」」
キィィィィィン──っと、甲高い咆哮のような轟音が響く。
音に乗せた魔力によってその動きを強制的に止められた唖喰達は、全身をブルブルと震わせて必死にもがくが、麻痺が解けるより先に二人が動いた。
「攻撃術式発動、光剣六連展開、発射!」
「こ、攻撃術式発動、光弾三連展開、発射!」
美沙が光の剣を、翡翠は光の球を動きを止められた唖喰達に放つ。
「シャァ……」
「ガルル!?」
「シュルゥ……」
攻撃を回避出来ずに直に受けたことで、その体を塵へと変えていった。
「……っ」
世界と人々の平和を脅かし、かつて母親を喰い殺した怪物とはいえ、命を明確に奪った罪悪感が少女の両手と心に重く圧し掛かる。
それでも、美沙を守るためにと翡翠は迷いを振り切って、さらに術式を発動させる。
「攻撃術式発動、光剣四連展開、発射!」
「ゴギャッ!?」
続け様に放たれた光剣が次々と唖喰を串刺しにしていく。
それを二度三度と繰り返していく内に、翡翠の中で慣れが生まれた。
「ガアッ!!」
「キャッ!?」
その慣れによる油断を衝くかのように、イーターが大口を開けて襲い掛かる。
不意を衝かれた翡翠は動揺から体が硬直してしまい、防御術式を発動させることが出来ない。
「ひーちゃんに触らないで!!」
「あ……」
しかし、そうはさせまいと美沙が長棒による刺突でイーターを貫く。
それを水平に振り抜いたことで、敵を両断して消滅させる。
「ありがとです、おねーちゃん!」
「ううん。ひーちゃんを守るためなんだから当然だよ」
守ると誓ったはずの美沙に守られた形だが、元より彼女の守られること受け入れているため、その表情に一切の陰りは無い。
「シュルアァッ!」
「!」
二人の会話に割り込むように、今度はシザーピードが大きなハサミを振り下ろしてくる。
「っ、防御術式発動、障壁展開!」
ガァンッと翡翠が反射的に発動させた防御壁に衝撃が走るものの、なんとか受け止めることが出来た。
「おねーちゃん!」
「うん! 攻撃術式発動、光槍展開、発射!」
翡翠がシザーピードの攻撃を受け止めている隙を衝いて、美沙が光の槍を放って貫く。
「やっ──」
「気ぃ抜くなよ、ガキ!」
「──っ!」
初めて美沙を守れた感慨に翡翠は思わず歓喜の声を出しそうになるが、それを遮る美衣菜の怒号にハッとさせられる。
前方から襲い来る唖喰の群れはまだまだ健在であると知らされたためである。
戦いはまだ、始まったばかり……出来るだけ翡翠が標的にされないように、美沙と美衣菜が的確に援護を重ねることで、第一波は危なげなく処理することが出来た。
「はぁ……はぁ……」
魔導士になると決めてから今日まで、体力作りと実践訓練を繰り返してきた翡翠だが、練習と実戦の差を息を荒げながら身をもって実感していた。
常に周囲から奇襲の警戒を怠らず、敵の一挙一動を観察して動きを予測し続ける……率直に言って命懸けの戦いを舐めていたと思い知らされた。
そんな少女の視線の先には……。
「そっち何十体も来てんぞ!」
「分かった!」
美衣菜の呼び掛けに、美沙は返事と同時に長棒をラッパを吹くように構える。
すると、長棒の先端に魔法陣が幾重に展開され、本当のラッパにも見える形となった。
「固有術式発動、ラグエル・ビート!」
「「「「──っ!!?」」」」
そのまま彼女が息を吹きかけると、それをトリガーとして魔法陣から放射線状に衝撃波が迸り、最前列にいた唖喰は消滅し、後方に居た唖喰達は大きく吹き飛ばされてバランスを崩した。
固有術式〝ラグエル・ビート〟。
先の通り、前方に衝撃波を発生させることで、広範囲の敵に攻撃をすることが可能な固有術式である。
シンプルで扱いやすく、魔力の消費量も少ないため美沙も好んで扱っている。
そうして吹き飛んだ唖喰達に向け、美衣菜が両手に握るマスケット銃の照準を定める。
だが、普段のマスケット銃と違い、それは銃身にショッキングピンクのラインが走っていた。
「ハはハハハ!」
彼女は狂笑しながらそのマスケット銃の引き金を引くが、何故か銃弾は唖喰達に当たることなく、地面に穴を穿つだけで終わった。
唖喰達はそのことになんら疑問を抱くことなく、食欲以外の雑念が無い本能のままに獲物へ向かって行くが……。
「ハハッ! 固有術式発動、ブラッディ・イクスプロージョン!」
「ゲギャ!?」「ギュシュッ!?」「ググゲェッ!?」
美衣菜がパチンッとフィンガースナップを決めると、地面に開けられた穴を起点に大きな爆発が発生した。
それに飲まれた唖喰達は塵毎消し飛んでいき、他の唖喰が一瞬だけ動きを止める。
「オラオラオラオラァッ! ボケっとしてると死ぬゾォッ!?」
その隙だらけの相手に、彼女は同種の順弾を敵に打ち込んでいく。
そして再びフィンガースナップをすれば、今度は唖喰の内側から破裂していった。
固有術式〝ブラッディ・イクスプロージョン〟。
術者の任意のタイミングで爆発させることが出来る銃弾を撃つことが出来る。
爆光弾などと違って、危険性を意識されにくいことと視認しにくい利点がある。
翡翠は未だ固有術式を持っていないので、あれだけ派手で強い術式を扱える二人が羨ましく感じたが、こればかりは経験を積むかひらめきが来るのを待つばかりである。
「う~ん……」
「おねーちゃん? どうしたです?」
「あ、ええっと、ちょっと気になることがあってね……」
「気になること?」
戦闘中にも係わらず何やら気難しい表情を浮かべる美沙に、翡翠がどうしたのか尋ねると、彼女はそう返した。
口は動かしつつ、術式を発動させる手は止めないという器用な戦い方をしたまま、美沙は気になることの詳細を語る。
「なんだか、唖喰の数が多いなって……」
「え? おねーちゃんは戦闘が始まる前もそう言ってたです?」
「そうだけど……ここまで多いのはおかしいんだよね……」
戦場となっている建設廃棄跡地には、依然として唖喰の群れがひしめいており、それと戦う十数人の魔導士達との戦闘が続いていた。
翡翠は美沙が何を疑問に思っているのか分からず、それならとあることを尋ねる。
「五分前にポータルが破壊されたばかりだから、まだ多いだけなのです?」
「それにしては、多いかな……なんだか、すごく嫌な予感がする」
そう、翡翠の言うように唖喰が這い出て来るポータルは、既に破壊済みである。
にも関わらず、何故か敵数が減っている様子が無い。
──新たなポータルが出現したという報せもないままなのに。
胸の中で燻るそこはかとない疑問に、美沙は漠然とした不穏を感じていた。
何か途轍もなく良くないことが起きている……そんな風に。
「そういえば、唖喰ってまだ種類はいるはずなのに、今日は
「え──?」
何気ない口調で語った翡翠の言葉に、美沙は肝が冷える錯覚を感じた。
今日これまで戦って来た唖喰は、ラビイヤー、イーター、シザーピードの三種と、少女の言う通り妙に少ない。
水辺にしか出現しないフィームならまだしも、ローパーやリザーガ、スコルピワスプといった個体は環境に左右されないはずであった。
よくよく考えれば、下位クラスとはいえやけに一体一体が弱いように感じ、さらにもっと言えばここまでイーターは一度も光弾を吐き出していない。
あれがあるこそ、イーターという唖喰は厄介なのだ。
そんなアイデンティティともいえる攻撃手段を用いていないことに、美沙の心には思考を進めれば進める程、焦燥感と危機感が募る。
「……ひーちゃん、今から言うことは
「おねーちゃん?」
やがて美沙はある決断を下す。
絶対という前置きをする彼女に、翡翠は疑問を感じながらも一言たりとも聞き逃すまいと耳を傾ける。
「──天坂翡翠は現時点で以って戦闘区域から離脱、撤退をして」
「──え?」
離脱、撤退……要は美沙たちを置いて一人だけ戻れと言い放った。
突拍子の無い言葉……もっと言えば美沙らしからぬ命令口調も相まって、翡翠は自分に何を言われたのか咄嗟に理解出来なかった。
「い、嫌です! おねーちゃん達を置いて帰るだなんて、絶対に嫌です!」
「ダメ。これはひーちゃんのお姉ちゃんとして、あなたの教導係としての指示だよ」
当然、何故そう言われるのか分からない翡翠は、狼狽しながらそう拒否する。
少女にとってそれは、姉を守るという約束を違えることになるためだ。
もちろん、美沙には彼女の気持ちが痛い程伝わっていた……だが、だからこそ、断腸の思いで翡翠の無事を優先する選択をしたのである。
「でも──」
「口答えしない!! 早く戻って!」
「それじゃおねーちゃんを守れないです!!」
「ひーちゃん!!」
しかし、当の翡翠は中々聞いてくれない。
まだ十数体とはいえ、自分でも唖喰を倒せると自身を付けたが故に、少女の心には自分はちゃんと美沙を守れるという想い……敢えて悪く形容すれば慢心を抱いていた。
ここに来てまさかの慢心に、美沙は慣れない怒号を口に出すが、事態はそうゆっくりと待ってはくれなかった。
──ピリリリリリリリリリッッ!!
「──っ、通信?」
こんな時にと舌打ちしたくなるが、通信を繋げた際に聞こえた内容によってそうは言っていられなくなる。
『みんな、聞こえるかしら!? これは現在戦闘中の魔導士全員に対してこちらからの一方的な通信よ。だから特に返事の必要はないわ』
「初咲支部長?」
「な、なんだか慌ててるです?」
通信越しでも分かる程妙に焦った様子の上司の口調に、二人はただならぬ予感を察した。
そして、その予感はすぐに現実のものとなる。
『今現在、あなた達が戦っている区域周辺にポータルが無いにも関わらず、唖喰の生体反応が増加傾向にある! これは、新種の唖喰が原因の事態と考えられるわ! 十分に注意して!』
「「──っ!!?」」
──悲劇の刻まで、あと十五分……。
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