242話 本物のお人好し



「もしかして君は……魔法少女なのか?」

「──っへ?」


 はぐれ唖喰に襲われていたところを助けた同い年であろう少年から、そんなことを尋ねられた美沙は、思わず素っ頓狂な声を漏らす。


「あ、悪い。俺みたいな一般人には言えない感じだったか?」

「え、あー……そのー……」


 先までのトキメキを吹き飛ばすような質問に、美沙は肩透かしを食らい、ムカムカと苛立ちを感じた。

 いっそ今すぐ組織仕込みの護身術で首に手刀を落としてやろうかと思うが、美沙はすぐに思いとどまる。


 それは、魔力持ちの人間がいれば組織するかを判断しなければならないという規則故である。

 普段は魔導士を増やすための規則なのだが、今彼女の前にいるのは男性──魔力を持っていても操れない、ハッキリ言って唖喰との戦闘では役に立てないのだ。


 それでも比嘉也のようにバックアップを担当することは出来ないでもないが、どう見ても自分と同年代の少年にはそれが可能なように見えなかった。


「えっと、どうして私を魔法少女だと思ったの?」

「その恰好とか、さっきの化け物を倒した時の光の球とか」

「あぁ~……」


 少年の言葉に、美沙はその場で蹲って顔面を手で覆う。

 魔導装束のデザインは、軽量化のために全体的に体のラインがハッキリと出るように作られており、定期的な身体測定の結果を技術班……この場合、班長である比嘉也に提出しなければならない。


 そしてがっつり目撃された美沙の固有術式。

 特にメタトロン・ビーズは翡翠からも大好きだと称賛されたものであるため、恐らく魔法少女が好きでろう彼にもそれっぽく見えたのだろうと察する。 


(というか、男の子なのに魔法少女が好きってどういうこと!?)


 世の中にオタクという人達がいることは知ってはいたが、こんな変わり者がいるとは思っていなかった美沙は、どうしたものかと頭を抱える。


(最近クラスでも妙な言動をする男子が増えてるし、男の子ってそういう力に憧れがあるから、絶対に不満とか言うだろうなぁ)


 そもそも、魔導士として戦って来たことで精神的に成熟している彼女からすれば、同年代の男子はどうにも子供に見えて仕方がない。


 だが、目の前の少年は美沙が今まで関わって来た異性とは違うように思えた。

 

「……どうして、逃げてなんて言ったの?」


 彼が自分の身よりも、美沙の身を案じたことがどうしても気になったのだ。

 明らかに死への恐怖に怯えていたというのに、何故初対面ですらない相手のことを考えられるのか、それが分からなかった。


 そんな疑問を込めた質問に、少年は……。


「あれは……君が巻き込まれないようにって思っただけで、それ以上の意味はないけど?」

「え……?」


 自分は何もおかしなことは言っていないという、あっけらかんとした態度で答えた。

 そのあまりにも平然とした返答に、美沙は理解が追い付かずポカンと呆ける。


「ば……」


 少し遅れて彼の言葉を理解した瞬間……彼女の心に湧いた感情は〝怒り〟だった。


「バカじゃないの!? もしあのイー……敵が私じゃなくて君を優先したら、喰われて死んでたんだよ!?」


 自分の命をなんだと思っているのかと、美沙は声を荒げる。

 もちろん、あの瞬間にイーターが彼を優先したところでそれを阻止することは出来たが、それでも彼女からすれば少年の行いは無謀以外何物でもなかった。


 美沙の言葉を真摯に受け止めたのか、少年は目を伏せる。


「あ、あぁ。そうだよな……声を出したらそこにいるって教えるようなもんだったよな」

「そういうことじゃない! 私は君が言う魔法少女なんだから、あの時一番危なかったのは君の方なの! もし死んじゃったら、こうして話すことも出来なかったって分かってる!?」

「──っ!」


 もし美沙を知る者が見れば、今の激怒する彼女は初めて見ると言う者が多いだろう。

 それほどまでに凄まじい怒気に、少年は目を見開いて息を呑む。


「それは、分かってる……でも、俺は自分の命可愛さに他人を犠牲にするようなことはしたくなかったんだよ」

「友達とかならまだしも、私と君は今日初めて会ったのに? それとも私が女の子だからって見栄を張りたかったの?」

「人助けに顔見知りかどうとか性別とかなんて関係ないだろ?」

「──っ!!」


 今度は美沙が驚かされる番だった。

 綺麗事でも見栄でもカッコつけでもなく、彼は本気で美沙の身の安全を優先したのだと確信させられた。

 

 同時に翡翠を助けた時のことを思い出す。

 

 確かに、あの少女を助けた時は、面識や性別を気にしている余裕はなかった。

 その時の美沙と全く同じことを、この少年は実行したに過ぎなかったのだ。


「まぁ、でも……魔法少女の君からしたら、一般人でしかない俺の命を守らなきゃいけないから、そんな風に怒るのも仕方無いよな……ごめん」

「……」


 さらに、美沙の言い分を否定することなく素直に反省までしてみせる彼に、それは違うと思った。

 美沙が怒ったのは義務感や道徳的なものではなく、ただ単に少年の真意が理解出来なかっただけである。


 決して出しゃばらず、奇妙とすら思えるまでに謙虚な姿勢に、美沙の胸中には彼に対する興味が湧いて来ていた。


「あ、そうだ! もし魔法少女に会えたらどうしても言いたいことがあったんだよ!」

「え、な、なに?」


 先の謙虚な態度から一変して自分との距離を詰めた少年に、美沙は未知の緊張を感じつつ彼の言いたいこととやらを尋ねる。


 すると、少年は美沙と真っ直ぐに目を合わせて……。


「いつも守ってくれてありがとう。それで、今までのお礼で俺に出来ることがあったら、何か手伝わせてほしいんだ」

「ぇ──」


 その真っ直ぐ純粋な言葉に、美沙は呆気に取られた。

 もちろん、彼の言葉が分からなかったわけではない。


 だが繰り返すが、美沙が少年と会ったのは今日が初めてで、魔導士は彼女以外にも世界中に何千人といるため、美沙本人が明確に個人を守ったことは両手で数えられるほどである。

 

 だというのに、彼は美沙一人に感謝の言葉を告げた。

 加えて、これが初めてであるのにも関わらず、自分と関係のない今までの恩返しを願い出る始末だった。


 ここまでくれば、美沙はこの少年がどういう人間か察した。


 ──彼は、自分と同じ──否、自分以上のお人好しだと。


「……じゃあ、ちょっと相談に乗ってもらってもいいかな? ……あ、待って、今のはな──」

「相談? ああ、それくらいお安い御用だよ!」

「あ、あぁー……」


 気付けば、そんなことを口にしていた。

 言ってから慌てだした美沙は咄嗟に撤回しようとするが、乗り気になった少年の表情を見て断念する。

 その一切含みの無い笑みに、絆された気がしないでもないと思いながら……。


 ~~~~~


「──へぇ、妹さんが魔法少女になろうとするのを諦めさせたい、かぁ……」

「私の力になりたいって言ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、それであの子を危険な目に遭わせるわけにはいかなくて、ダメだよって言っても中々納得してくれないの……」


 路地裏の一角で壁を背に隣り合って座り、美沙は少年に相談の内容を話す。


 魔導装束を解除して元のジャージ姿──初対面の異性を前にしてみっともない格好を晒すことになったが、相談が終われば彼に記憶処理術式を施すことは美沙の中で決定事項であるため、しばしの我慢だと耐えることにした。


 それと、いくら後で記憶を消すとはいえ、唖喰や魔導士のことを一から説明しては時間が掛かるため、そのあたりは彼の認識に合わせることにしてある。


 そんな美沙の心境など一切知らない少年に、彼女は妹──翡翠が自分と同じように怪物唖喰と戦おうとしていることを止めたいと明かした。


 少年は中々聞き上手なようで、話の途中で変に割り込むことなく、適度に相槌を打ってくれた。

 彼の温和な人柄が為せるのか、美沙は不思議と心地よさを覚え、クラスメイトに明かしたことのない翡翠との関係を簡潔に話す程であった。

 

 そうして一通り話を聞き終えた少年は、顎に手を当てて逡巡する。

 

「なるほどなぁ……どっちも相手を思いやるからこそ、ままならないよなぁ……」

「うん……」

「俺は二人の事は良く知らないけど、仲の良い姉妹だっていうのはよく分かったよ」

「それはもちろん、あの子は私の大事な家族だから」


 臆面もなく美沙は言い切る。

 少年が言ったように、それだけで彼女がどれだけ家族思いなのかが察せられた。

 

「もうね、ほっぺがもちもちって柔らかいし、髪もサラサラでいい匂いするし、ギュって抱き締めると物凄く癒されるし、そうしたらギュって抱き締め返してくれるし、ご飯も美味しい美味しいって残さず食べて絶賛してくれるし、私とお揃いのジャージを着たいって言ってくれた時はもう──」

「ちょ、ストップストップ! 本当に妹さんが大事なのは分かったから! ちょっと落ち着こう!」

「──っは!?」


 この半年ですっかりシスコンを拗らせた美沙の溺愛っぷりに、少年は戸惑いながらも落ち着くように促す。

 その言葉でハッと正気に戻った彼女は、慌てて少年に頭を下げる。


「ご、ごめんね?」

「気にしてないよ。俺は一人っ子だから、妹がいるのがちょっと羨ましいって思ったくらいだって」

「……あげないよ?」

「他人様の妹を横取りするつもりはないから、安心してくれ……」


 手を出したら殺しに来そうな眼差しに、少年は冷や汗をかきながらも両の手の平をあげて、敵意は無いと意思表示する。

 

「っと、それで、あの子を説得するのに私はどうしたらいいのかな?」

「あー、それは……」


 脱線していた話を戻して、美沙は自分がどうするべきかを問う。

 少年の方は難し気な表情を浮かべてうんうんと唸りながら、頭を働かせる。


 別段、美沙としては答えを期待しているわけではない。

 何せ、彼女がしているのは答えを得る相談ではなく、聞いてほしいだけの相談である。

 それに彼は戦いとは無縁の一般人であるため、納得が出来るような返答は来ないだろうと考えた。


 しばらくして、少年は何か思いついたように顔を上げる。


「そうだ! 敵を倒すことだけが戦いじゃないってことだ!」

「え……?」


 彼の出した答えが、何の抵抗もなく美沙の心にスッと入った。

 意味が分からなかったというわけではなく、理解したからこそ虚を突かれたのである。


「ど、どういうこと?」

「えっと、魔法少女のアニメでもさ、主人公の力になりたいって人がいて、その人達には俺みたいに敵と戦う力はないんだけど、敵を倒す以外での後方支援って言えばいいのか……つまり、戦った後のケアだとかをして支えてたんだよ」

「戦闘、以外……」

「そうそう、料理人はお客さんに美味しい料理を出す、医者は患者さんの病気を治す、技術者はより良い製品を作る……ほら、俺が挙げられるだけでもこんなにあるだろ?」


 嬉々として語る少年の言葉の一つ一つが、美沙にとって目から鱗が落ちるような衝撃を与える。

 

「話を聞いた限りじゃ、妹さんは君の力になりたいから、敵と戦うっていう一番解り易い方法でやろうとしているんだろ? だから、他にもこういう支え方があるんだって道を示してあげるのがいいじゃないんか?」

「ぁ……」


 そう言われて思い返す。

 自分の力になりたいと言った翡翠に対し、ダメだと、怪我をさせたくないと拒否するだけで、それ以外の方法を提示した覚えはなかった。


 どうしてそんな簡単なことが分からなかったのかと思い、今まで少女を苦しめていたのではないかと後悔する。


 その表情は不甲斐無い自分に対するやるせなさに苛まれるように、悲し気なものだった。


「私、ひーちゃんの気持ちを分かってるつもりで考えてなかったんだ……」

「……」


 ポツリと零れた呟きは少年の耳にも届いていたようで、彼は真剣な面持ちを浮かべる。

 そして……。 


「──大丈夫だよ」

「──ぇ?」


 そう励ましながら、美沙の頭を撫でる。

 いきなりなんだと彼女が呆けている間に、彼は再び口を開く。


「仲が良い姉妹なんだ。互いに口も利かないってわけじゃないんだから、ちゃんと話せば分かってくれるよ」

「──っ!」


 温かく優しい言葉に、美沙の心臓が大きく弾む。

 ドキドキと鼓動が早くなり、顔にもなにやら熱が集まっているようにも感じて、未知の感情にとても落ち着かない気分になる。


「あ、ありがとう……」


 ふと、自然に感謝の言葉を口に出していた。

 それが何故だかとても恥ずかしい気がして、美沙は少年と視線を合わせないように目を逸らす。

 

 依然として心臓の高鳴りが治まらないでいると、頭を撫でていた彼の手がスッと離され……。


「どういたしまして。それじゃ、そろそろここを出ようか」

「──っ!!」


 立ち上がって美沙に手を差し伸べる。

 すると、差し伸べられた手を見て、心臓がさらにドクンッと高鳴る。


 ──なにこれ、なにこれ……?


 妙に心がふわふわして、落ち着かないのに不思議と嫌な気分ではない……それどころか嬉しいと感じることに、美沙は戸惑いが隠せない。


 やがて自分が自分でなくなるような緊張がピークに達し……。


「──ごめんなさい!!」

「──ほきゃうっ!?」


 身体強化術式を最大出力で発動させ、一瞬で少年の背後に回った美沙は、彼の首筋に恐ろしく速い手刀の一撃を食らわせる。


 少年は自分の身に起きたことを知覚する間もなく、あっという間に意識を失った。

  

「あ……や、やっちゃった……」


 膝から崩れ落ちてうつ伏せに倒れた少年を見て、美沙は思わずといった声を漏らす。

 反射的に体が動いた結果を悔いるが、元々こうする予定であったため、結果オーライとなんとか呑み込むことで許容した。


 ため息をつきながらも、少年の頭に手を当てて記憶処理術式と、気絶から早く立ち直ってもらうための治癒術式を発動させて、美沙は一息つく。


 今もまだ心臓の鼓動は早いままで、このまま行くのは後ろ髪を引かれる思いがあるが、これ以上彼を唖喰との戦いに巻き込むまいと、迷いを振り切って立ち去る。


『もしね……相手のことを良く知らないのに、その人を救っちゃうような人がいたら、どう思う?』

『そうだな……もしそんな奴がいるとしたら……よっぽどのバカか、お前以上のお人好しだろうな』


 ふと、かつて比嘉屋と交わした会話を思い出した。

 

「──本当に、いたんだ……」


 零れた声音は、どこか納得がいったように含みが込められていた。


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