211話 湯船より熱い愛を込めて
風呂場にアリエルさんがバスタオル一枚で入って来た。
男の俺がいる風呂場に。
「えええええええええええっっ!!?」
絶叫を上げながらもすかさず俺は顔を前に向け、体を洗おうと持っていたタオルで下腹部を隠す。
いやいやいやいや、なんで平然と入って来たのこの人!?
前の鏡にもアリエルさんのあられもない姿がチラリと映るため、斜め下へ視線を向ける。
バスタオルがあるとはいえ、それ以外は何も身に着けていないアリエルさんの白い肌を見える。
し、しかも……胸が大きいからなのか、バスタオルが小さかったのか、体に巻けていなかった。
つまり、タオルを前に垂らしているだけで、背中とかは完全に無防備なわけで……ええい、今はアリエルさんを外に出す方が早い!!
「あ、ああ、アリエルさん!? なんで俺が入ってるのに風呂場に来たんですか!?」
「そこにツカサ様がいらっしゃるからですわ!」
「ですよね、そうですよね!」
むしろそれ以外に何があるっていうんだ。
くそ、解り切っていたとはいえ、マジで大胆なことをしてくる人だな……。
「い、今の声でクロエさんが来ると思いますんで、大人しく戻って下さい」
「クロエはお義母様が飲ませたお酒で酔いつぶれていますわ」
「弱っ!? え、あの人酒に弱すぎだろ!?」
なんのためのストッパーだよ。
早速無力化されてたら意味ないだろ。
てことは、アリエルさんはクロエさんがお酒に弱いことを知っていた上で、母さんが勧める酒を止めなかったな。
完全にこの瞬間を狙って……。
結局クロエさんがいようがいまいが変わらねえじゃねえか。
「さて、それでは早速ツカサ様のお背中を……」
「ままま、待って下さい! 俺は自分で洗えますし、アリエルさんにそこまでしてもらわなくても──」
「そーれ♡」
「わ、え!?」
クロエさんのことに構わず、俺の背中を洗おうとするアリエルさんを制止しようと説得している最中に、目の前が真っ暗になった。
感触でそれがタオルだと分かり、途端に胸が大きく高鳴る。
いや、まて……今俺が前に掛けているタオルは巻いたままだ。
それ以外は脱衣所にあって……え、いやいや、そんな……。
これはまさか……え、おいおい……。
「うっふふふふ……」
「!」
クスクスと笑うアリエルさんの声に、俺は肩をビクッと揺らした。
何せ、アリエルさんの声が耳元で聞こえたからだ。
幾分慣れて来ているとはいえ、アリエルさんはゆずや菜々美以上の美貌と美声を持つ、絶世の美女だ。
一言呟けば、それだけで人の心を振るわせられる彼女の声で、耳元で囁かれると否応なしに反応してしまう。
「ええ、ツカサ様のお考えの通り、今あなた様の顔に被せているのは先ほどまでワタクシが前に掛けていたバスタオルですわ♡」
「──ブッ!? げほ、ごほっ!」
驚きのあまりむせてしまった。
いや、仕方ないだろ。
それってつまり、今のアリエルさんは……。
「はい、一糸まとわない、生まれたままの姿ですわ」
「いっ!?」
なんで当たり前のように心の声を読んで返事をするんですかね?
けれど、そのことに突っ込む余裕も一切ない。
「それではどうぞ」
なのに、アリエルさんは俺の顔に被せてあるバスタオルをペロリとめくりあげる。
「ど、な、アリエルさん!?」
止める間もなく、鏡越しにバッチリと映ってしまった。
白い肌、白銀の髪、どうしてもを向けてしまう大きな谷間……。
──を晒している、緑のビキニタイプの水着を身に纏ったアリエルさんの姿が。
「……」
「あら、そのようにジッと見つめられては恥ずかしいですわ♡」
じゃあ風呂場に突入するなよと突っ込む余裕もない俺は、両手で顔を覆うしかなかった。
「き・た・い……されましたか?」
「もうヤダこの人……」
してやったりと言わんばかりに声を弾ませるアリエルさんに、俺は白旗を振った。
俺を半分誘惑するために、もう半分はおちょくるために、わざわざ水着の上にバスタオルなんて手の込んだことをするか?
「うふふ、可愛いのでつい……」
「ついじゃねえよ。目的を果たしたんでしたら、早く出て行って下さい」
「嫌ですわ。ワタクシはまだツカサ様のお背中をお流ししていませんもの」
「……」
え、これまだ本番ですらないのかよ?
こっからなの?
ここからさらに何かされるの?
ちょっと本気で貞操の心配をした方がいいのかもしれない。
「それでは失礼いたします」
俺がNOと言うより早くアリエルさんは俺の手から石鹸をパッと取り上げて、しゃこしゃことタオルに擦り付けて泡立たせていく。
フランス原産のマルセイユ石鹼から、オリーブオイルの香りがふわりと漂い始めると同時に、背中にふにょんと柔らかい感触が接した。
「えっ!? っぶ!?」
「あら、随分と早くに気付かれましたのね?」
アリエルさんが何をしているのか咄嗟に振り返ると、その光景に思わず吹き出してしまう。
彼女は泡立たせたタオルを胸の間に挟んで固定した状態で、腕で胸を寄せながら俺の背中に自分の体を押し付けてきたのだ。
傍からめちゃくちゃ扇情的で、バッと再び顔を前方に向けて目を逸らす。
むにゅん、ぐにゅん、と背中に感じるアリエルさんの胸は柔らかく形を変えていき、俺の背中の垢を落としていく。
その度に俺は電気が走るような感覚に襲われ、思わず後ろに反ってしまう。
腰に巻いているタオルにテントが出来上がるのも時間の問題だろう。
「ん、どう、でしょうか? はぁ、何分このようなことは練習こそ、していても経験がありませんので、ふぅ、上手く出来ているか、どうか……」
アリエルさんが体を上下させる度に、柔らかい感触と耳に甘い吐息が届き、これでもかと情欲を煽ってくる。
気のせいか、ここ数日で慣れて来た石鹼の香りが全く別の物に感じる。
あれだ、ふと嗅いだ女の子の匂いが普段使ってるシャンプーと同じやつだった、みたいなやつだ。
──って違うだろ!
それより突っ込むべきポイントがあるだろうが!
なんて練習してるんだとか、ここは一般家庭の風呂場で決してそういうお店じゃないとか!!
「だ、だだい、大丈夫、です……」
だが、その心の声と裏腹に俺の声帯はその声を発することなく、がっちがちに緊張しながらなけなしの平静を装うことしか出来なかった。
「そう、ですか……そういえば、ツカサ様にはワタクシの胸のサイズをお答えしていませんでしたわね」
「はいっ!? い、いや、聞きたいって言った覚えはないですし、何も今言う必要は──」
「100センチのHカップですわ」
「話を聞けよ──って、えっ!?」
今この人なんて言った?
俺の背中に押し付けられているコレの大きさって、そんなにあるの!?
100って……1メートルあるってことだよな?
しかもH……Hってどの辺りだったっけ……ABCDEFGH、レベル8ってことか!?
そう認識すると改めて背中に触れている二つの存在感がずっしりと増したような気がして来た。
「うふふふ、Hという語感は官能的だと思いませんか?」
「それを俺に答えさせてどうしろっていうんですか!?」
完全におちょくられてる。
ドギマギする俺の反応が面白いのか、アリエルさんの表情はとてもイキイキとしている。
やがて満足したのか、俺の背中から体を離した。
ホッと安堵する気持ちと惜しいような気持ちに苛まれつつ、やっと一息つけると思った途端……。
「よいしょ」
──ぼにょん。
「ゴフッ!?」
シャワーを手に取るために前に出たアリエルさんの胸が、俺の後頭部を挟んだ。
そう、挟んだんだ。
当たるとかそんな温いもんじゃない。
思いっきり俺の頭を谷間に挟み込み、両肩に彼女の大きな胸が乗っかったんだ。
さっきまで背中を擦っていたためか、アリエルさん自身の体温なのか、絶妙な心地良い温かさで首元からほんのりと全身が温まる感覚がして……下半身にも熱が集まり出したところでスッとアリエルさんは再び俺から離れた。
そのままシャワーからお湯を出して俺の背中にある泡を流し出した。
心臓の爆音と流れ出るお湯の流れる音だけがしばらく鼓膜に張り付く中、やがて背中を流し終えたのかシャワーを止めたアリエルさんから声を掛けられた。
「ツカサ様、前の方は──」
「自分でやりますから!!」
遮る形で彼女の厚意(?)を却下する。
これ以上されるとマジで心臓が持たない。
そんな危機感にも似た緊張を感じつつ、アリエルさんから渡されたタオルでさっさと体を洗い切る。
これまた微妙に温もりを感じるため、そのことに意識をむけないように必死に思考を逸らしていく。
そうやってやっと自分の分を洗い終えるが、後ろにアリエルさんがいる状況で俺が動けるはずもなく、先に出てもらえないか尋ねることにする。
「あの、アリエルさんがそうやって後ろにいると、俺は脱衣所まで行けないんですけど……」
「あぁ、そうですわね……ではワタクシが体と髪を洗い終えるまで湯船に浸かられては如何でしょう?」
おっとぉ、この人はこのまま俺と混浴をするつもりらしい。
さっきのでもうお腹いっぱいだっていうのに、まだやる気のようだぁ。
このまま流されてしまえば、俺の貞操がマジで危ない。
それだけは絶対に阻止しないと……。
「えっと、アリエルさんが出るっていう選択肢は──」
「ございませんわ」
「……そっすか……」
駄目だ。
にっこりと微笑んでるけど、あの目は俺を逃がす気無しだわ。
むしろ逃げようとしたら、罰としてより苛烈な攻めを繰り出してくる口実を与えることになる。
どっちにしろ八方塞がり……アリエルさんが風呂場に突入して来た時点で俺は詰んでたということだ。
どうにもならないという諦念を抱えたまま、俺はゆっくりと湯船に浸かる。
タオルを腰に巻いたままなのは行儀が悪いが、アリエルさん前で全裸になるよりはマシだ。
なるべくアリエルさんの方に向かないように顔を逸らす。
体を洗うのに水着が邪魔だとかで、男の俺がいるのにも関わらずスルスルと脱ぎ始めたからだ。
いくら好きな人の前だからって、一糸まとわない姿になるのはどうかと思います。
そんなツッコミを心の中でしている俺の耳には、アリエルさんが体や髪を洗う音だけが聞こえて来た。
そういえばアリエルさんの白銀の髪は、毛先が彼女の腰に位置する程長い。
あの髪を洗い終えるまではそれなりの時間を要するだろう。
ならば、彼女が髪を洗っている今なら、逃げることは出来るかもしれない。
そこにチャンスを見出した俺は、音を立てないようにゆっくりと湯船から上がる。
アリエルさんは……体を洗い終わって髪に手櫛で洗っているため、俺の方を見ていない。
ちょっとだけ椅子で潰れているお尻に目が行ったが、すぐに誘惑を振り切って俺は脱衣所へ繋がるドアへ手を伸ばし……。
──ガッ!
「──っへ!?」
ドアは何かに阻まれるのか、どれだけ押しても開くことはなかった。
押してダメなら引いてみろって?
これ押戸だから無理だよ。
それより、なんでビクともしな──。
「あら、やっぱり逃げようとされましたわね?」
「──ヒィッ!?」
背後から刺されたと錯覚する程に鋭い驚愕で、心臓がキュッと締まった。
いつの間にか髪を洗い終えたアリエルさんが再び水着を身に纏って、俺の肩に手を置いて来たからだ。
びっくりして顔だけ後ろに向けると、アリエルさんはわざとらしく目に涙を浮かべていた。
「酷いですわ……ワタクシはただ、ツカサ様と共に湯浴みをしたいだけですのに……」
「で、でも俺はアリエルさんの恋人じゃないですし……」
「ツカサ様がワタクシの告白を了承してくだれば……と、ここで申し上げましてもそれは気持ちの押し付けですわね。そうそう、小耳に挟んだことですが、ツカサ様は女性の指を舐めるのがお好きだそうですわね?」
「どっちだぁっ!? ゆずと菜々美のどっちが教えたんですか!?」
俺の指フェチが一番知られたくない人に知られたことに、そのことを知っている二人のどちらが洩らしたのかを尋ねる。
「ほら、あの王様ゲームの際にワタクシがナナミ様を抱き締めたではありませんか」
「今日じゃねえか!?」
行動に移すのが早くない?
というか、もうこの後の流れが解って来たんだけど……。
そう思ったのがいけなかったのか、アリエルさんは椅子に腰を掛けて優雅に足を組み始めた。
肉付きのいい太腿と外国人故の長身を成す長い脚は、所謂美脚というもので、否応なしに目が向いてしまう。
そしてアリエルさんはその体勢のまま、上にある右足をクイッと差し出し……。
「では、罰としてツカサ様にはワタクシの足の指を舐めて下さいませ♡」
あなたは一部の変態に罰という名のご褒美を与える女王様ですか?
俺の嫌な予感を的中させるようなことを要求するアリエルさんに、俺は頭の片隅でそんなことを考えながら絶句するしかなかった。
「あら? 女性の指であれば、手の指でも足の指でも問題はないのではなくて?」
妙にノリノリなアリエルさんは、嗜虐的な笑みを向けながら足の指を艶めかしく動かす。
その挑発的な態度に、俺はついに堪忍袋の緒が切れた。
ここまで好き放題されるのはいい加減に看過できない。
そろそろお灸を据えてやろう。
そう思った俺はススッとアリエルさん前に跪き、彼女の右足に顔を近付ける。
「え、つ、ツカサ様? 確かに舐めるようには申しましたが、何も本当にすることは……」
「アリエルさん」
「は、はい?」
俺の行動に戸惑いを隠せないアリエルさんの名前を呼ぶと、彼女は素直に返事を返してきた。
普段からそうして欲しいと思うが、俺は顔を上げてアリエルさんと目を合わせる。
そしてニコッと笑顔を作り……。
「足の指は
「──え?」
きょとんとするアリエルさんに構わず、俺は彼女の右足の踵に手を添えて、真っ白な親指をパクリと口に含む。
「きゃっ!?」
未知の感覚から、アリエルさんは非常に可愛らしい声を上げた。
耳に入るその声はとても嗜虐心を煽ってくるが、それでも俺は彼女の親指を舐めることは止めない。
アリエルさんの指は、つい先ほど洗ったばかりであるため、石鹸の香りが口腔内から鼻にスウッと通る。
それがよりスパイスとなって、彼女の足の指はかなり美味だった。
ゆずがフルーツの甘味、菜々美がケーキの甘味だとすれば、アリエルさんは高級チョコみたいな感じだ。
実際にそういう味がするわけじゃないけど、感覚的にそれが一番近い例えだ。
「ん、ぁん、なな、なんですの、これは……!?」
艶やかな吐息を混ぜながら、アリエルさんが度惑い気味に声を漏らす。
アリエルさんに色々仕込んでいるレティシアさんも、流石に指を舐めることは……それも足の指は予想出来なかっただろう。
というか出来たら逆に俺が反応に困る。
──っとと、それより
足の指っていうのは、先より根本──もっと言えば指の間が一番効く。
なので、そこを重点的に攻めるべく親指と人差し指の間に舌を入れる。
「やあっ!? く、くすぐった──んく!」
アリエルさんは全身をビクビクと小刻みに震わせるが、もうちょっとだけお仕置きが必要だ。
なのでその抵抗も無視して一層舌攻めを強くする。
無心だ。
俺はアリエルさんの指の間の掃除係だ。
いや、それだと色々ダメだな。
そうやって変なことを考えている内に、もういいかとアリエルさんの指から顔を放す。
「はぁ……はぁ……」
完全に油断していたという風に、肩を大きく揺らして息を整えるアリエルさんへ、俺は一言だけ投げ掛ける。
「あんまりイタズラが過ぎるようなら、俺だって反撃くらいします。これに懲りたらちょっとは反省して下さい」
これでしばらくは大丈夫だろうと思って脱衣所へ出ると……。
「──たまには仕掛けられる側も悪くありませんわね……♡」
……。
聞かなかったことにしよう。
そう心内に秘めながら、俺は風呂場を出た。
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