193話 復讐の終止符
魔導士と魔導少女を支えるために人の悪意から守る。
その意志を顕わにしたリンドウ様に、ワタクシは目を奪われていました。
「守る、だと? 貴様のような小僧に何が出来る!? 私は、フランス支部の支部長なのだぞ!? 貴様一人のちっぽけな小僧など、存在を抹消することが出来る程の地位と財力があるのだぞ!!」
リンドウ様の覚悟に対し、叔父様は自身の持つ権力や地位を盾に彼の宣言を否定しようとします。
ですが、それでもリンドウ様は顔色一つ変えることはありませんでした。
「別に俺一人で全部どうにかしようだなんて思ってねえよ。現にここに来るのだってルシェアの協力あっての成果だしな」
「ふ、ふん! こけおどしだったか! 所詮小僧一人に私の復讐を止めることなど――」
「だから、伝手の伝手に頼らせてもらったよ……もういいですよ――
「えっ!?」
「は——?」
リンドウ様から告げられた名前に驚愕していると、彼はズボンのポケットからスマホを取り出し、何かしら操作をして叔父様の方へと向けました。
『――随分と好き放題をしてくれたようじゃないか、ダヴィドフランス支部長。これは到底無視できない由々しき事態だよ』
「ま、マードリック本部長!!?」
リンドウ様のスマホから聞こえた男性の声に、叔父様は全身に冷や汗を流す程大いに狼狽していました。
ワタクシも電話の主の声に聞き覚えがあります。
唖喰対策機関オリアム・マギがアメリカに構える、本部のトップである本部長……マードリック・J・エルセイその人でした。
「な、何故本部長がっ!?」
「ローラさんを殺した時に、警察に金を握らせて情報を隠蔽したアンタを、ただ牢屋にぶち込むだけじゃ意味が無いと思ってな。ならより上の人間に頼るのが筋だろ」
「だ、だが〝天光の大魔導士〟にはそんな人脈はない! どうやって貴様のような小僧が、本部長への連絡先を確保したのだ!?」
人類最強の魔導士の〝天光の大魔導士〟であるナミキ様は、リンドウ様が日常指導係に就くまでは、対人関係に乏しい人でした。
では叔父様が言うように、どうやってリンドウ様はアメリカ本部長との通話を実現させたのでしょうか?
「言ったろ『伝手の伝手に頼る』って。日本にはそういった上層部の人と深いパイプを持ってる人が一人だけいるだろ」
「あ……まさか……〝術式の匠〟のワラモチ・キナ様ですか!?」
『ご名答や。さっすがアリエルさんやな』
リンドウ様のスマホから、マードリック本部長とは違う独特の口調で話す少女の声が聞こえて来ました。
ワタクシとナミキ様と同じく、最高序列の第五位に名を連ねるワラモチ・キナ様……その彼女の声が、マードリック本部長と同じくリンドウ様のスマホから聞こえました。
なるほど。
世界中の支部に開発した術式を提供しているワラモチ様なら、確かにマードリック本部長との連絡先を知っていても不思議ではありませんわ。
「ば、バカなああああぁぁぁぁぁ!?」
『バカもアホもあらへんで。つっちーはアンタのやらかしたこと全部ばらすのに、確実な証拠が必要やって判断したんや。いやぁ~、まさかスマホを通話状態にして犯人に喋らせるやなんてよう考えたなぁ』
『あぁ、流石〝天光の大魔導士〟殿の日常指導係だ。只者ではないと思っていたけれど、中々周到な策士じゃないか』
「あーはは、ありがとうございます」
叔父様の驚愕をよそに、ワラモチ様とマードリック本部長がリンドウ様を称賛して、彼は大したことはしてないと謙遜が窺える苦笑を浮かべていました。
「お、おかしいではないか!? 私がアリエルへ復讐の話をしていた時には貴様は確かに気絶していたはず! ルシェア・セニエが拘束を解いた時には既に話を終えていた! 手足を拘束された状態でどうやって本部長へ電話を繋げたというのだ!? さ、最初から気絶の振りをしていたとでも言うのか!?」
「いいや、確かに俺は気絶してたよ。尤も電話を掛けたタイミングはアンタが拘束された俺を見る前だけどな」
「っは!?」
叔父様は目玉が飛び出るのではという程に驚いていました。
それもそのはずです。
叔父様が全てを明かす前に、マードリック本部長が電話に出ていたということは、本部長が確証の無いリンドウ様の話を信用したということに他なりませんわ。
以前から交流があれば然程不思議はありませんが、リンドウ様はナミキ様の日常指導係というだけで、本部長との接点は皆無でした。
つまり、今回の通話がお二人の初対面ということなのです。
普通であれば、初対面の相手から他国支部の支部長が組織を私利私欲に利用していると聞かされても、すぐに信用することなど出来ません。
いくらリンドウ様がナミキ様の日常指導係であってもです。
にも関わらず、マードリック本部長はリンドウ様の話を信じ、その提案を受け入れたのです。
叔父様の驚きは当然とも言えるでしょう。
『そこでウチの出番や。つっちーの人柄を保証人っちゅう立場で一緒に本部長に話したら、つっちーの策には乗ってくれたんやで!』
『はは、〝術式の匠〟のワラモチ殿が信頼できると太鼓判を押した相手だ。そう無下には出来ないよ』
「そういうことだ。予め通話状態にしておくこと自体は出来たってわけだ」
「であれば、リンドウ様が気絶する必要はなかったのでは?」
叔父様を欺くためであるとは理解しているのですが、話し振りからして敢えて気絶するためにルシェアの協力があったのは確かです。
わざわざ気絶までする必要があったのか、という疑問が浮かびました。
そのワタクシの問いに対し、リンドウ様は苦笑を浮かべながら答えました。
「あー、それなんですけど、俺の我が儘なんです」
「我が儘?」
どうして気絶することが彼の我が儘なのか、ますます分からないでいると、彼はその戸惑いを察して答えて下さいました。
「ルシェアから話を聞いた時点でダヴィドが黒幕なのは確定してたんですけど、季奈が言ったように確かな証拠が欲しかったんです。そのために今やったような通話状態にして筒抜けにすることを思い付いたまでは良かったんですが……」
リンドウ様は一度もそこで言葉を区切り、叔父様を睨みながら続けました。
「起きてたらアイツの自白最中にブチキレて割り込みそうな気がして、証拠を押さえるどころじゃなくなりそうだと思ったんです」
『実際におっさんがアリエルさん襲い出したら、つっちーガチギレしとるもんなー』
「そ、そうですわね……」
今になって自分が叔父様の手によって裸に近い格好になっていることを思い出して、こんな状況にも関わらず恥ずかしさで顔が暑くなって来ました。
「すみません、今の間は我慢して下さい」
「え、えぇ……」
よほど叔父様に対する怒りが強いのか、ワタクシの格好に見向きもしないリンドウ様に何故かやきもきしながらも、ワタクシは状況を見守ることにしました。
『さて、僕は今からこの電話の内容をFBIへ報告させてもらうよ』
「はい、ありがとうございました」
確実に検挙出来る証拠を確保したため、マードリック本部長は一足早く通話を終えました。
「くそがああああぁぁぁぁっっ!! ならばルシェアも含めて道連れにしてやるぅっ!!」
絶対的な優位が、既にリンドウ様の策によって崩されていたことにショックを受けた叔父様は、手にしていたスマホを操作しました。
「っ、叔父様!!」
「はははははははっっ!! これでルシェアは終わりだぁっ! 貴様はルシェアの社会的人生を守れなかったぞ小僧ぉ!!」
窮鼠猫を噛むともいうべき叔父様の悪足掻きによって、ルシェアを始めとした多くの魔導士のあられもない姿が世界中に散布されてしまいました。
叔父様の勝ち誇るような狂笑が部屋中に木霊する中、焦燥するワタクシを他所に、リンドウ様や被害者の一人であるルシェアは動揺する素振りを見せませんでした。
ただの強がり……というわけではないようでして、一向に動揺しない二人を見て叔父様は笑い声を止めて、リンドウ様達を訝しげに睨みました。
「……おい、何故そんなに平然としている?」
「季奈、頼む」
『ほいほーい。おっさんが今まで食いもんにして来た人らの写真とかは、ウチがハッキングして確保しとるから万が一でも広まることはあらへんから安心してやぁ』
「は?」
なんと、ワラモチ様が既に手を打っていたそうです。
またもや自身の手札を潰されていた叔父様は、愕然とする他ない様子でした。
「これもルシェアから聞いた話で簡単に予想出来たことだ。ダメ元で季奈にどうにか出来ないかって頼んだら秒で済ましてくれたよ」
「な、なな……っ!?」
『セキュリティ甘過ぎんでぇ~。おっさん、準備時間掛けた割にはえらい雑な管理しとってんなぁ』
「今まで地位に胡坐掻いてたツケが回って来たんだろ」
『あっはは、まぁおかげで助かったけどなぁ。ほな後は上手くやりやぁ』
「あぁ、色々ありがとな、とびっきりとお土産を期待しててくれ」
『ん、おおきにな』
リンドウ様はそう言ってワラモチ様との通話も終えました。
個人の要領を把握し、自身の頼れる伝手に頼っての用意周到な手際の良さに、ワタクシは感嘆するばかりでした。
何の力もないと思われたリンドウ様は、あっという間に叔父様を追い詰めていきました。
最早叔父様の命運は尽きたと言っても過言ではありません。
「終わりだ」
「……」
たった一言だけ、リンドウ様はそう締め括りました。
「ぬ、ぬがああああああああっ!!」
「え、きゃあっ!?」
「なっ!?」
「ルシェアっ!?」
ですが、自らの敗北を受け入れれば叔父様は復讐などに手を染めなかったでしょう。
ワタクシ達に人の執念というものの凄まじさを見せつけるかのように、叔父様は最後の悪足掻きとして自身の近くにいたルシェアを自らの元に引き寄せ、その首元にワタクシの修道服を引き裂く際に使用したナイフを添えました。
ルシェアを人質に取ったのです。
「動くなぁっ!! 動けばこの小娘を殺ぉすっ!! けははは、冗談やハッタリではないぞ? 私が殺人を厭わないことは既に知っているだろう?」
「あ、うぅ……」
「――っ!」
悪辣極まれりとはこのことですか……。
叔父様はお母様の命に手を掛けた時のように、リンドウ様が少しでも抵抗する素振りを見せれば、言葉通りにルシェアの首元に当てているナイフで彼女の首を裂くつもりだということが伝わりました。
「っち、往生際の悪い……」
リンドウ様は舌打ちをしながらもいつの間にか右手に魔導銃を出現させ、その銃口を叔父様に向けていました。
しかし、ルシェアが人質に取られている以上、その引き金を引くことが出来ません。
このまま膠着状態でいられればよろしかったのですが、叔父様はルシェアを抱き寄せたままじわじわと部屋の入り口を後退っています。
どうやらこのままルシェアを連れて逃亡を図るようです。
「小僧ぉ……貴様のせいだ……貴様がいなければ私は復讐を完遂出来ていたのだぁ……必ず私に楯突いたことを後悔させてやる!!」
「つ、ツカサさん! ボクのことはいいんです! こんな人、早くやっつけちゃってください!!」
ルシェアは自身のことは気にしなくてもいいと主張しますが、リンドウ様はそういった手段を酷く嫌うことは容易に察せました。
でなければとうに引き金を引いていたはずですわ。
人質という下劣な行為は、リンドウ様に大変有効な手段でした。
そんなルシェアの言葉が癪に障ったのか、叔父様は空いている片手で彼女の首を握りました。
「黙れ小娘ぇ!! 元はと言えばお前が裏切らなければ上手くいっていたのだ!! そうだ、共にここから抜け出した暁には二度と歯向かうことが出来ないように徹底的に調教してやろう。
「ヒィッ、あ、あぁ……」
下卑た笑みを浮かべる叔父様の言葉に、ルシェアは目に見えて顔を蒼褪めさせました。
その行いにワタクシは腸が煮えくり返る程の怒りが渦巻くのが分かりました。
今魔導器が手元にあれば……この手足が拘束されていなければ……。
最高序列に名を連ねる魔導士として何も出来ない恥ずべき失態に、ワタクシは歯を食いしばることしか出来ない思いでした。
――パアァァンッッ!!
「「「――っ!!?」」」
その瞬間、鼓膜を激しく揺らす程のけたたましい破裂音が部屋中に響きました。
音の方向へ視線を向けると、魔導銃を天井に向けたリンドウ様の姿が目に映りました。
カランカランと薬莢が床で音を奏でながら転がっていることから、彼が引き金を引いたことは明白でした。
「離せ」
「な、何を――」
「その子を、離せ」
「――ぐっ!?」
リンドウ様の表情は静かに激怒していることを察せれるものでした。
普段は優し気な彼の眼が、叔父様の足を止めさせるほどの鋭い殺気を放っているのです。
そんな殺気を放ちながら発せられた声音は、冷淡でありながら抑えきれない激情が垣間見えました。
彼は本気なのです。
ルシェアにさらなる危害を及ぼそうとする叔父様に対し、殺害を厭わない程の激情を抱いているのだと分かりました。
天井を撃ったのは僅かの残った良心から……いえ、悪人だからと殺すことを忌避するリンドウ様の自制でしょう。
見栄でも虚勢でもない殺気をぶつけられた叔父様は……。
「ふ、ふざけるなぁ!! 私には人質がいるのだぞ!? それ以上動けば本当にこの小娘を殺してやる!! 小僧、貴様もだ! いいや! ただ殺すだけでは足りない!! そうだ、
「――あ」
叔父様がリンドウ様への報復を口にした途端、銃声がもう一発響きました。
リンドウ様の腕は天井にではなく、
リンドウ様が右手に持つ魔導銃の銃口は、
叔父様がナイフを持っていた右手が何かに弾かれたように斜めに向けられていました。
ナイフは、ルシェアに当たることなく明後日の方向へ飛んでいきました。
叔父様の右手から、赤い液体がボタボタと溢れ出ていました。
「い、ぎ、ぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!???」
叔父様が凄まじい断末魔のような悲鳴を上げました。
ルシェアはその隙に叔父様から離れてワタクシとリンドウ様の元へ駆け寄って来ました。
ここでワタクシはようやく自分の認識が追いついたのです。
リンドウ様が、叔父様の右手を撃ち抜いた……彼は人を撃ったのです。
「おいおい、右手を撃たれただけで騒ぐなよ。急所は外してあるのに大袈裟だな」
「あ、がぁ、ああああぐがああぁぁ……て、てがぁ、い、いたひ――」
「魔導士と魔導少女は、アリエルさん達はそんな痛みの何十倍も痛くて辛い怪我を日単位で経験してるんだぞ? 俺だって一週間前に下半身を嚙み潰された時はしんどかったけど、それだって比較にもなりゃしねえんだよ」
「ぐ、ぐぐぅ……ゆる、さん……貴様に、必ず……地獄を、みせて、やるぅ……」
「その屈辱の何百倍の心の傷を、アンタはルシェアや元魔導士達に与えて来たんだ。むしろ全然足りない」
彼は魔導士を特別扱いしない。
それは相手が自分達と何ら変わりない心を持っていることを知っているから。
知っているからこそ、彼女達が受け続けて来た傷は自分の物とは比べ物にならないと理解している。
ワタクシからすればリンドウ様の方が大袈裟に認識しているようにも思えますが、唖喰の脅威を直に味わい、魔導士の苦心を間近で見て来た彼だからこそ、その認識を抱いていると分かりました。
「で……」
リンドウ様は床に蹲る叔父様にゆっくりと歩み寄り……。
「――誰と誰をぐちゃぐちゃにするって?」
「――っ!?」
一瞬、誰の声なのか分かりませんでした。
なんて冷たく、鋭く、一歩でも動けばそのまま射抜かれそうな鉄のように無感情な声音が、リンドウ様から発せられたのです。
「あの二人に……指一本でも触れてみろ……」
「ひ、ひぃ……」
「今度は右手だけじゃ済まさないからな」
予測も憶測も推測も必要ない、ただ淡々とそうすると彼は事実を述べました。
彼にとってそれほどまでに、ナミキ様とカシワギ様は大切な存在だと見せつけられました。
ワタクシにはそれが……
「が、あぁ……た、助け、助けてくれぇ……! 血が、血が止まらない! も、もう復讐はしないと、約束する! だから、早く助けて……」
「……月並みだけど、アンタはそう言われて止めたことがあったのか?」
「あ……」
「ルシェア、アリエルさん、どうだった?」
リンドウ様は首だけを後ろにいるワタクシ達に向けて問いかけて来ました。
その問いに対するワタクシ達の答えは当然……。
「「止めてくれませんでした(わ)」」
「ま、聞くだけ野暮の考えるまでもない答えだったな。じゃあな。次起きた時は牢屋の中だろうよ」
「おい、ま――げびゅっ!!?」
叔父様の命乞いを一蹴したリンドウ様は、振りかぶった右足で叔父様の側頭部を蹴り飛ばしました。
自らの敗北を認められず、フランス支部を私物して逆恨みの復讐を成そうとした叔父様の野望は、こうして潰えたのでした。
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