186話 絶望を齎す悪夢の糸
「イヤアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!??」
ゆず達が上位クラスの唖喰を撃破し、ようやく安堵したのも束の間に現れた
遂に我慢の限界を超えて恐慌状態に陥った何人かが、我先にと一刻も早く戦場から離れようと一気に駆けだして行った。
「っ、いけない、それ以上動かないでっ!!」
ゆずが余裕の無い悲鳴にも似た制止の声を響かせるが、冷静さを欠いている人間に逃げるなという指示が届くはずもなく、逃げ出した者達は立ち止まることなく駆けて行った。
だが……彼女達はアルニーケネージの脚の外側に踏み出そうとした途端、その動きをピタリと止めた。
「えっ!?」
「やだ、どうして体が動かないの!?」
「いやぁっ! 誰か助けてぇっ!!」
身じろいで自らを縛る何かを振り払おうとするが、全く効果が無い様子だった。
「攻撃術式発動、光剣六連展開、発射!」
ゆずが動きを止めた三人に対し六つの光の剣を放った。
迷いのない動きに鈴花達は驚きを隠せない表情を浮かべるが、それはすぐに別の意味での驚愕に変わることとなった。
ゆずの放った光の剣を遮るように、影が割り込んできたのだ。
影の正体は胴体を伸ばしたアルニーケネージであり、その鎌のような腕でゆずの光剣を金属音を立てながら弾いた。
「遅かった……!」
攻撃を弾かれて悔しげな表情を浮かべるゆずに対し、アルニーケネージは然程興味を持たずに動きが止まっている彼女達へと振り向いた。
「ゴハァ……」
「え、あ、いやあああああああ!!?」
「たす、たすけ……」
「うぐぇ、い、きがぁ……ぁ……」
アルニーケネージは動けない彼女達に対し、口から糸を吐き出し始めて瞬く間に三人の全身を糸でグルグル巻きにした。
「な、なにアイツ……人をあんな風にして、どうする気なの……?」
唖喰の不可解な行動に、鈴花が声を震わせながら疑問を口にした。
その答えは、誰が答える間もなく唖喰自らの手によって齎された。
――ドシュッ!
「あ……」
誰かが声を漏らした。
何故なら、アルニーケネージは拘束した三人の内、一人を鎌で串刺しにしたのだ。
串刺しにされた一人は全身を大きくくねらせて必死の抵抗をするが、白い繭が徐々に赤に染まっていき、真っ赤に染まり切った頃にはピクリとも動かなくなっていた。
そしてアルニーケネージはそのまま大きく口を開き……肉を、骨を、命を、人だった赤い繭をバリバリと咀嚼して飲み込んだ。
「――っ!!!? ぶ、お゛え゛えぇえっっ!!?」
全身に立つ鳥肌を抑えきれず、鈴花はその場で嘔吐した。
目の前で人が拘束されて息の根を止められて捕食される光景を見て、一連の行動があの唖喰の食事だと理解し、その悍ましさに心が受け入れられずに吐瀉物となって出てきたのだ。
自分の左腕を溶かされたことのある鈴花だからこそ、アルニーケネージの行動の一つ一つが酷く彼女の心を揺さぶり、トラウマを刺激された。
「ググガァアアアアア!!」
「ひやああああぁぁぁぁっ!!?」
「っ、固有術式発動、プリズムフォース!!」
次の獲物を捕らえようとアルニーケネージが襲いかかってくるが、ゆずが固有術式によって七色の障壁を展開したことにより、敵の攻撃を防いだ。
「……アルニーケネージは、自身の脚と脚の間に肉眼では捉えられない程の細い糸を網のように貼って、糸に触れた獲物を拘束して捕食するんです」
障壁による防御を続けながらゆずが重くなりそうな口を開いて、鈴花達に説明する。
百聞は一見に如かず……あの唖喰の恐ろしさはこれでもかと見せつけられていた。
「さっき、ゆずちゃんが攻撃術式を放ったってことは、一応は糸を払うことが出来るんだね?」
「はい……ですがそれも一瞬だけで、すぐに糸を貼り直されてしまいます。糸に触れない距離で切断して外に出ることは私でも難しいです……」
「そんな……」
「それに、あの糸のせいなのか、唖喰本体が特殊な力場を発生させているのか、脚の檻の中では転送術式ですら封殺されてしまいます」
「は、はぁっ!? じゃあここから出るにはあの唖喰を倒すしかないってこと!?」
ゆずから齎される情報は、悉くこちら側の希望を潰すような物ばかりであることに、息を整えた鈴花の怒号が飛び出た。
だが、それでアルニーケネージの脅威が変わることなどあるはずもなく、鈴花はため息をつくしかなかった。
「というか悪夢クラスって十年に一度の周期で出る唖喰なんでしょ? なんでベルブブゼラルを倒してから一か月も経たない内にまた出てくんの!?」
鈴花の憤慨は尤もだった。
十年に一度のはずだった悪夢クラスの唖喰が、こうも短期間に現れてはいくら最高序列がいたとしても安心要素が皆無になっていく。
「十年に一度の周期は、国ごとの周期です。日本ではまさにベルブブゼラルがそうでしたが、フランスではアルニーケネージが出現している今が、その前回の討伐から十年が経過していることになります」
「うっわぁ、もう最悪も最悪じゃん……」
何が悲しくてあんなに苦戦した悪夢クラスの唖喰と一か月も経たずに挑まなければならないのか……。
何より厄介なのが、ベルブブゼラルが雑魚を盾代わりにして逃走するのに対し、アルニーケネージはボス戦のような強制エンカウントという点である。
足の檻の中にいる以上、撃破以外の選択肢が取れない。
「攻撃……するにしてもどうしたらいいの?」
どのみち倒さなければ現状の打開は不可能だというのなら、そうするしかないと鈴花は尋ねる。
「幸い、アルニーケネージは悪夢クラスの唖喰といっても、ベルブブゼラルと違って過去に討伐された情報がある唖喰です。その情報によりますと、あの蛇と蜘蛛の合わさった胴体が弱点だとのことです」
「よし、じゃあ――」
「待って下さい鈴花ちゃん!」
ゆずの返答に意気揚々と攻撃に乗り出す鈴花を、ゆずが再び制止する。
「迂闊に手を出しては反撃されてしまいます。私達だけならともかく、親衛隊の皆さんがいる状況で敵を無暗に刺激するのは得策ではありません」
「っ、ああもう!」
ゆずの言葉を要約すると、足手まといの命を守るのに敵に攻撃するな、ということになる。
ままならない状況に鈴花は苛立ちを隠すことなく、頭をガリガリと掻いた。
「そ、そうだわ! アリエル様が来てくれれば、こんなやつどうにでもなるわ!」
「そうよ! それならきっと……!」
「っ!」
アリエルの失踪など露も知らない親衛隊達の思い付きの声に、クロエはビクッと肩を揺らした。
ゆずが居たおかげでどうにか誤魔化す手間が省けたと思っていたが、どうにもそう上手くはいかないようだった。
それどころか、蔓延していた絶望を紛らわすように、アリエルが来ればと希望の声が広がっていった。
その希望は、未だ行方が解っていないアリエルの現状を知るゆず達にとって重く圧し掛かっていた。
「く、クロエ様? アリエル様は、どうして今ここにいないのかしら? それとも、遅れているだけなの?」
「あ、アリエル様は……」
縋るようなポーラの質問に、クロエは目眩がする程頭がクラクラしていた。
悪夢クラスの出現に、アリエルが居ない現状で気が気でないまま戦闘に乗り出しているクロエの心は、限界に近付いていた。
「アリエル様は……来られないのだ……」
「は?」
だからこそ、そう誤魔化すのが精一杯だった。
だがそれでも、親衛隊達の抱いた希望を砕くのには十分すぎる程だった。
「はああああぁぁぁぁぁぁっ!? あの女、ワタシ達を見捨てたって言うのかしら!?」
「ち、違う! アリエル様がそのような非情なことをするわけが――」
「じゃあどうして来ないのよ!? 同じ支部の、味方が、既に六人も殺されているのよ!?」
「そ、それは……」
ポーラの怒号にクロエは強く否定出来なかった。
それほどまでに、アリエルの失踪と言う現状が深刻なのだった。
ふと、それまで怒りの形相だったポーラが妙案を思いついたようににやりと顔を明るめさせた。
「あぁ、そういえばここには〝天光の大魔導士〟いるじゃない! 彼女なら、同じ悪夢クラスのベルブブゼラルを倒したことがあるし、アルニーケネージもきっと簡単に――」
「無理です」
「――は?」
おべっかを使うポーラの陽気な声を遮って、ゆずが否定した。
当然、ポーラは鳩が豆鉄砲を食らったように呆けたが、それは鈴花達も同じだった。
否、鈴花達は何故ゆずが否定したのかを理解しているが、ポーラの露骨な態度の変化に呆れていたのだった。
「一つ……私がアルニーケネージを倒すのに困難を極めることです」
「こ、困難……?」
「ええ、威力の高い固有術式を当てることが出来れば倒す事は出来ます。ですが、問題はどうやって当てるかです」
「そ、それはなんとか接近して……」
「いいえ出来ません。非常に癪ですが、アルニーケネージは自分の周囲にも糸の罠を仕掛けてます。例えば私が〝クリティカルブレイバー〟を発動させたとしても、糸で身動きを封じられて殺されてしまいます」
ポーラの返答をにべもなく次々と切り捨てるゆずに対し、菜々美がある術式の存在を尋ねた。
「ねえゆずちゃん。ベルブブゼラルを倒した時の固有術式は?」
菜々美の言ってるのは、〝ルミネッセンスシャワー〟という、天高くに巨大な魔法陣を展開し、隙間の無い無数の光の雨を降らせる強力な固有術式なのだが、当のゆずの表情は思わしくなかった。
「あの固有術式は……あの場で構築したので隅角さんに調整を依頼したのですが、思っている以上に複雑なもののようで、今現在も難航しているようなんです……」
「えぁ、そんなぁ……」
地上からが駄目なら上空からとアイデア自体は良かったものの、そんな高度な固有術式を編み出したゆずの凄さに呆れを感じ始めていた。
「それで二つ目ですが、先程挙げた固有術式を使わずとも時間を掛ければきっと勝つこと自体は出来ると思います」
「じ、じゃあ何が駄目だっていうのよ!?」
「わかりませんか? 私が戦闘に加われば、あなた達を守る盾が無くなると言うわけです」
そう、ゆずが攻撃に参加するということは、今現在ポーラ達を守っている七色の障壁に匹敵する障壁を誰も展開出来ないため、自分達の守りが無くなってしまうことと同義なのである。
だが反対にゆずが防御に専念していては、いつまで経ってもアルニーケネージを倒すことが出来ない。
あちらがたてばこちらが立たずというデッドロック状態故に、ゆずは今まさに板挟みになっていたのだ。
「はあああああ!!? 人の命を危険に晒すなんて酷いマネはしないでよ!」
「ですが、守ってばかりではあの唖喰を倒すことは出来ません」
「何よそれ!? なにが人類最強の魔導少女よ! そんなんでよくそんな肩書きを名乗れたわね!?」
自分の命は守りつつ、悪夢クラスの唖喰を倒せなどという無茶な指示をするポーラに、ゆずはますます呆れが募っていた。
確かにゆずは人類最強の魔導少女である。
だがそれはあくまで人類側のものさしで決めた〝最強〟であって、唖喰に対して常にマウントを取れるような意味ではない。
そんなことも知らないのかと呆れる他なかった。
「ならさっさとワタシをここから逃がしなさいよ!」
「話を聞いていなかったのですか? 敵の力によって転送術式を封じられていますし、糸の檻を破るにしてもこの防御を解除するしかないんですよ」
「あぁもう、アリエルも〝天光の大魔導士〟も皆役立たずね!!」
最終的には上から目線の命乞いをする始末だった。
ここまで来ると、どうして今まで魔導士を続けられて来たのかが不思議に思えていた。
「こ、のぉ……いい加減にしなさいよ、自分からは何もしないくせに、人に守ってもらってる立場なのにさっきからギャーギャー喚いてばっか……うざったいのよ!!」
ポーラの自己中心極まる言い分に、もう我慢ならないと鈴花が前に出ようとする。
「――待って鈴花ちゃん」
「な、菜々美さん?」
だが、それを菜々美が制止した。
何故ルシェアに次いでポーラに傷付けられた彼女がと鈴花は訝しむが、その表情を見た瞬間、彼女は自分の言葉をポーラに伝えようとしているのがわかった。
ならばと、鈴花は菜々美に任せることにした。
自分が手を出すのは簡単だが、それでポーラを黙らせることは出来ても、考えを改めさせることは出来ない。
それどころか、殴ってしまえば余計にヒステリックに喚くのが目に見えていた。
ゆずが防御に専念している間は安全ではあるが、時間を掛けない方が得策なのは確かだった。
そして、菜々美はゆっくりとポーラに歩み寄り……。
「――
「――っ!?」
ただ可哀想な人だという
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