163話 魔導少女とフランスデート ゆず編


 クロエさんと会話した翌日の金曜日、フランス時間午前十時。

 俺とゆずはノートルダム大聖堂から南西にある〝モンパルナス駅〟に隣接しているデパートにやって来ていた。


 今日ここに来たのは以前約束したゆずと過ごすためだ。

 もちろん、ゆずだけでなく菜々美さんとも約束しているのだが、訓練との兼ね合いもあってあまり長時間はうろつけない。


 そのため、ゆずと菜々美さんに、お土産選びを希望する鈴花の三人で別々に時間を設けて、案内役としてフランス人のルシェちゃんも同行するという変則的デートとなった。


 くじ引きの結果、今日の午前はゆず、午後から鈴花、翌日は訓練に集中し、明後日の午前に菜々美さんということになった。

 クジ運の強い菜々美さんが最後なのは意外だったが、残り物には福がある……最後になった彼女にとってプラスになることが起きるかもしれないことを頭の片隅に置いておく。


 とにかく、ルシェちゃんオススメのデパートに行くためにグーグノレマップと彼女の案内により、何とか到着したが、正直魔導器の翻訳機能を過信し過ぎていた。


 なんせ、会話は出来てもフランス語を読めるわけじゃないからだ。

 ゆずとルシェちゃんがいなかったら確実に迷子になる自信がある。

 俺のフランス語力は挨拶しか出来ないゴミだしな。


 ゆずの服装は先週、アリエルさんに会いに行った際に着ていたものと異なり、白と赤のストライプ柄の半袖のカットソーで、袖の部分が風船のように丸みを帯びているバルーンスリーブになっている。


 貴重品を入れている茶色のショルダーポーチを右肩に掛けて左腰につけているため、非常に身軽だ。

 

 カットソーの裾はピンクと白の花柄のプリーツタイプのミニスカートの内側に入れ、腰に紺色のカーディガンを巻くことでカジュアルさを出し、髪も気合を入れているのか三つ編みにして左肩に流していた。


「ゆずは季奈と翡翠に初咲さん、あとは学校のクラスメイトに渡すためのお土産をみるんだよな?」

「はい、せっかくの外国ですし、日本には無い珍しいものだと面白いかと思ったのですが……」

「全然いいと思うぞ。俺も何か選びたかったし一緒に日本にいる皆を驚かそうぜ」

「はい!」


 俺に褒められたことが嬉しいのか、ゆずはニコリと微笑んだ。

 実際のところ、ゆずの〝せっかく〟や〝面白い〟という感覚は普段の日常指導が実を結んだ成果だと実感できるし、何よりゆず自身が率先してそうしたいと望んだところが大きい。


 日常指導係としても、彼女の考えを褒めるべきだ。


 ルシェちゃんは俺達が買い物をしている間は気を利かせて待機しているそうだ。

 終わった時に連絡するようには伝えているため、帰りも心配はない。


 俺達が土産選びのために訪れたフランスのデパートは、日本のデパートと構造が似通っていて、吹き抜けになっている四階建ての建物は天井がガラス張りだ。

 そこから日差しが中に入ってきて明るい雰囲気があった。


「それで、お土産が並んでいるのはどのスペースなんだ?」


 何度も言うがフランス語力がゴミの俺に館内地図を見ても分かるはずもなく、フランス語を読めるゆずに聞くしかない。

 

「えっと……丁度一階の……現在位置から東側の方にテナント店がいくつかあるので、そこがいいと思います」

「おし、それじゃ行くか」


 図と大まかな位置さえわかればフランス語が分からなくとも理解できるので、ゆずとはぐれないように手を繋ぐため、彼女に右手を差し出す。


「……はい」


 頬を赤らめて嬉しそうに微笑むゆずに胸の高鳴りを覚えながらも、俺の右手を握る彼女の左手を握り返す。


 やけに右手から熱を感じるが、俺が緊張していてはゆずを不安にさせてしまうため、何でもないと平静を装う。


 なお、アリエルさんがずば抜けているといってもゆずもかなりの美少女だ。

 そんな美少女と日本人の冴えない男と仲睦まじく手を繋いでいる姿を周囲が見逃すだろうか?

 その答えがこれだ。


「なんて……なんて世の中は不公平なんだ……!」

「あんな美少女と手を繋ぐなんて……一体いくらつぎ込んだんだ!?」

「ちょっと! 隣にあたしがいるのに何他の女に見惚れているのよ!? どうせあたしじゃ敵いっこないけれど!!」

「あらあら~、若いっていいわね~」 


 男の嫉妬に国境はないようだ。

 カップルが喧嘩し出したり、おばさんが自分の若かりし頃を思い返しているのかニコニコと生暖かい視線を向けて来たりと落ち着かない。


「ふふ、私と司君は何も知らない人から見れば恋人に見えるみたいですね」

「まぁ実際は普通の恋人より複雑な事情があるようには見えないよな」


 告白された相手へ未だに返事を保留している状態であるため、正確には恋人じゃないけど、そんな事情を知らない人からすれば普通の恋人にしか見えないのだろう。


 でも勘違いとはいえ俺と恋人に見られるのが良かったのか、ゆずは終始嬉しそうにニコニコとしていた。


 わざわざ何度も恋人じゃないと言ってこの笑顔を曇らせる程野暮ではないし、彼女が楽しそうならそれでいいと思うことにした。 


 そんな会話を交えながら目的地のテナントエリアに着いた俺達は、どのお店から見て回るか考えるが、実物を見て決めようということになった。


 というか一人だと選べない。

 精々、手に取った箱の中身がお菓子かそうじゃないか……お菓子でもチョコかクッキーしかわからないのが現状だ。

 それだったらフランス語の分かるゆずと一緒に選んだ方が遥かにマシだ。


 ゆずさんマジハイスペック。


「これなんだ?」


 俺は目に留まった商品の一つを手に取る。

 木皮で編まれたアイスのカップのような形の篭の中にラッピングされた袋が入っていて、『ECHIRE』と書かれている。

 

 どういう意図の商品なのか全く分からない俺はゆずに尋ねてみた。


ECHIREエシレ……エシレというフランスの村で作られているバターのようですね」

「バターなのか。確かにそんな香りがする……値段はちょっと高いのか?」


 フランスはユーロ通貨なので、事前に買い物代をユーロに替えてもらっているが、あまり相場に詳しいわけじゃないし、すぐに円換算出来る程器用でもないので、おおよその感覚でしかない。


 なお、後で調べて分かったのだがこのエシレバターというのは日本でも売られているらしい。

 しかし、その値段はかなり高く、所謂高級食材だったのだ。


 だが、本場フランスで売られているの物は日本で売られている物に比べて、約四分の一の値段だという。

 多分関税とか諸々の事情なのだろうけど、こういった本場だからこそ安値で手に入るというのは正直ありがたい。


 とはいえバター……つまり乳製品なので、日持ちの面から考えて交流演習が終わって日本に帰る前日くらいの時期に買ったほうが良いだろう。


 次に、ゆずがある箱を手に取った。


「Savon de Marseille……これは石鹸せっけんですね。円形や長方形の物から正方形のキューブ状のものまで様々な形がありますよ」

「色とか模様も特徴的で面白いな……」


 ゆずが手に取った石鹸……マルセイユ石鹼は先程のエシレバター同様、日本でも販売されているようだが、同じく値段は割高だ。


 だがオリーブオイルを元に作られていて敏感肌にも優しく、日本でも愛用している女性が多いとかなんとか。


 しかし、見た目より意外に重さがある。

 魔導少女として鍛えているゆずは何なく片手で持っているが、俺でも手に取った瞬間予想外の重さに驚いて落としそうになった程だ。


 今日はお土産選びではあるがデートでもある。

 それにこういった重いものは却って邪魔だ。


 なのでこれもまた後日購入だ。


「お、これはクッキーだって俺でもわかったぞ」


 今度手に取ったのは、箱詰めされたクッキーの箱だ。

 赤色を基調としたパッケージにはモノクロのエプロン姿の女性と、どこかで見たことのあるお城のような建物がプリントされていた。


「このお城ってなんだったっけ……」

「それはフランスの世界遺産の一つの〝モン・サン・ミッシェル〟ですね。このクッキーはラ・メール・プーラールという名称で、サブレとガレットにパレの三種類がある様です」

「ん? サブレはよく聞くけど、ガレットとパレってなんだ?」

「サブレはサクサクとした薄焼きのもの、ガレットは薄焼きでザクッとした歯ごたえのもの、パレはガレットを厚くしたクッキーです。以前菜々美さんに教えてもらいました」

「あー、あの人クッキーとか良く焼いてたよな」


 工藤さんのことがあってからはあまり作っていないようだが、夏休み前の恋愛対決の一環でクッキー作りに発展したことがあって、結果は二人共甲乙付け難い名勝負だった。


「これならお土産にいいですね」

「ああ、食べ物は基本喜ばれるし悪くないと思うぞ」 


 ラ・メール・プーラールは塩キャラメル味のようなので、苦手な人も少ないだろう。

 丁度よく三種類のクッキーがセットになった物があったので、それを買うことにした。


 その後も色んな商品を見て回って、休憩スペースのベンチに腰を掛けて休むことにした。

 お土産選びは順調に進み、ある程度の目星もついた。

 少なくとも帰る間際になって慌てることはないだろう。


「もっと時間があれば色々見て回りたいなー」

「そうしたいですが、あと三十分程で鈴花ちゃんと交代しないといけませんから、寂しいです」


 思いの外お土産選びが捗って、気付けば三十分でゆずとのデート時間である午前の時間が過ぎようとしていた。


 好きな人と同じ時間を共有したいという想い故に寂しさを口にするゆずに、俺は頬が赤くなるのを実感しながらも彼女にそんな不安を感じさせてしまったことを謝る。


「ごめんな、ちゃんとゆずと過ごす時間を作るって修学旅行の時に約束したのにさ……」


 だが、俺の言葉を聞いたゆずは首を横に振った。

  

「いえ、司君に謝ってほしいわけではなくて、寂しいというのは私の我が儘です」

「我が儘?」

「はい。最近の司君はルシェアさんに構ったり、アリエルさんにドキマギしたり……昨日なんて午前の訓練後にクロエさんと談笑したり……私の告白を忘れているのではないかと気が気ではありませんでした……」


 ゆずの心に蒔かれた不安の種が張った根は、俺が思ったより深かった。

 彼女の俺に対する強い独占欲を目の当たりにした俺は……。


「……悪い」


 やっぱり謝ることしか出来なかった。

 

 自分の鈍感さが本当に不甲斐無いし、彼女の不安も当然の帰結だった。

 好きな人に告白したのに未だ返事を貰えていない状況で、他の異性に構われているとゆずのように不安になることなんてわかり切っていることだろ。


 本当は一秒でも告白の返事を知りたいのに、俺が自分の気持ちを決め兼ねて、ゆずに甘えていたせいで寂しがらせてしまった。


「怒られても仕方ないよな」

「ち、違うんです! 私が勝手に嫉妬しているだけで……」

「それでも俺が悪い。今だってフランス支部のいざこざで頭働かせてるから、自分の気持ちを考える余裕がないなんて答えを出すのを先延ばしにしてるようなダメなやつだよ」

「そんなことはありません! 司君が困っている人を放っておけない性格だということは知っていますし、私が惹かれたのはそんな一面です! 司君がアリエルさんやルシェアさんを助けたいと思うのなら、私は持てる力でその手伝いをするだけです!」


 自分の恋心と嫉妬を抑えて、俺とフランス支部の問題を解決すると言ってくれる彼女の言葉は紛れもない本心だろう。


 ゆずは自分の気持ちを抑える期間が長かった。

 だから今さら嫉妬ぐらい抑えるのは簡単だと思う。

 けれど、抑えて耐えられるからといって感じていないわけじゃない。 


 やっぱり今のままじゃいけないなと反省すると共に、ゆずの頭を撫でる。

 黄色の髪はサラサラと非常に手触りがよく、普段の手入れが行き届いている証拠だと分かる。


「……頼りにしてるけど、無理はするなよ?」

「し、しません……もう自分の身を犠牲にするようなあんなゴリ押しをして、司君達を不安にさせたくありませんから」

「不安にさせないようにするのは俺も同じだ。それとゆずに告白されたことは本当に嬉しかったし、あんな情熱的な告白は早々忘れられないからな?」

「うぁ……」


 俺が至らないばかりに溜め込ませていた不満を口にするゆずを励まそうと正直な感想を伝えると、彼女は顔を真っ赤にして俯かせた。


 そしてそのままゆずは俺の右肩を顔を乗せる。

 右腕も彼女の両腕にがっちりホールドされているため、柔らかい物に挟まれている。


 そんな突然の行動に今度は俺がドキドキさせられる。


「ゆ、ゆず?」

「……せめてこれくらいはさせて下さい」


 サンドイッチされている右腕に柔らかさ以外の妙に早い振動を感じて、それがゆずの鼓動だと解って、彼女自身も非情に恥ずかしいのだと解った。


 離れる前に肌を密着させていたいと、羞恥を堪えて勇気を出した末の行動であることが理解出来た。


「あー……どうぞ……」


 全身が火照るような緊張を感じつつ、そう言うのが精一杯だった。

 

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