150話 パワーレベリングと劣悪な環境


 交流演習の初日からフランス支部のボイコットというマイナススタートだが、あのままポーラの言う通りにするのはもちろん、悔恨を残したまま無理に交流演習をしても余計に拗れるだけだったと考えれば、まだ最悪でもないだろう。


「ツ、ツカサさん、ユズさん、日本支部の皆さんも……ボクのせいでごめんなさい……ボクがちゃんとポーラさん達を説得出来ていれば、こんなことにならなかったんですけど……」


 罪悪感で一杯な表情のルシェちゃんがそう言って頭を下げる。


 この子は本当に……あんな女の言動に無駄に責任を感じているのだと分かった俺は、彼女に振り向き、両手で頬を挟む。


 おお、柔らかい。

 

「ちゅ、ちゅかしゃしゃん?」

「ルシェちゃんは悪くない……って言っても余計に気にしちゃうだろうから、言い方を変えるよ」

「ふえ?」


 頬から手を離して、右手で彼女の頭を撫でる。


「ルシェちゃんは俺達と訓練をしようって正しいことを言ったのに、あいつが君を殴ったのが許せなかっただけだよ」


 それに、と一度区切って続ける。


「所属する支部は違うけど、俺だってルシェちゃんの先輩なんだ。だから先輩として可愛い後輩が酷い目に遭ってたら助けるのは当たり前だよ」

「あ……」


 彼女に目線を合わせながらそう笑い掛ける。

 ルシェちゃんは目を見開いて俺の目をじっと見つめ、頬はすこし赤くなっているように見える。


 余程嬉しかったのか?

 

「ルシェちゃん?」

「――はっ!? あ、あのあの! ツカサさん!」

「ん?」

「ボクのために、ポーラさんを怒って、お世辞でも好ましく思ってるって言ってくれて、とっても嬉しくて……えと、ありがとうございます」

「ど、どういたしまして……」


 そう感謝の言葉を口にしたルシェちゃんは、朗らかにはにかんだ。


 その表情がとても愛らしく、俺は無性に照れ臭くなって顔を逸らす。


 おっとぉ……アルヴァレスさんを見たから、今度こそ早々に動揺しないだろって思った矢先にとんだ伏兵がいたもんだ。


 美少女の笑顔は国が違っても変わらないか……。




「「「じ~……」」」




 逸らした視線の先で、何か意味深な視線を向けるゆず達と目が合った。


 あれ?

 俺、変なこと言ったか?


 戸惑いから動揺していると、三人は輪になって何か話し始めた。


「(どう思う?)」

「(まだセーフだと思うけど……)」

「(いずれにせよ、もう少し様子を見ましょう)」


 何を話しているんだろうか?


 しかもゆず達だけでなく、他の日本支部の人達も俺を見ながらヒソヒソと何か話してる……。


 やだ、なにこの疎外感。


 気になるけど、男の俺に話せないようなことだったら失礼だろうし、黙っておこう。


 そう決めるや否や、三人は話し合いを終えたようで、俺に近寄ってきた。


「司、アンタ案外やるじゃん! 特に〝人の姿をした唖喰みたいな性格〟の皮肉とか最高にスカッとしたし!」

「お前との口喧嘩で鍛えられて来た甲斐があったよ」

「うっわ、素直じゃないのー」


 口では文句を言っているが、鈴花は本当によくやったと言うように明るい表情だ。


「本当、かっこ良かったよ。私なんて言い返せずに手を出しちゃったし……」

「あれはあれでいい一発だったと思いますよ」


 それにあれは煽ったポーラが悪い……因果応報だ。


「司君らしくて、私は惚れ直しましたよ」

「ぶっ!?」


 さらりと惚れ直したとか言わないでゆずさん。

 ポーラに重光槍を放たれた時以上に驚いたぞ……。


「さて、フランス支部のほとんどの魔導士のボイコットという事態が起きましたが、交流演習の最低限の形は保てそうですね」


 先の発言が嘘のようにゆずはそんなことを言いながら、ルシェちゃんを見やった。


「え、えええええ!?」


 その視線を受けた彼女は、ゆずが言わんとしていることに気付いたようだが、戸惑いを隠せずにわたわたと手を振った。


 まぁ、現状はそうするしかないよな。


「え、何? どういうこと?」

「あぁ、そういうことなんだね……」

「な、菜々美さん、分かったの?」

「俺も分かってるぞ」

「司まで!? 何このクイズ番組で一人だけ正解が分からない疎外感!?」


 俺もさっきそれ感じてたけど、まさかこんな形で意趣返しが出来るとは……。

 けれどこのままだと純粋に鈴花が可哀想なので、答えを教える。


「日本支部の皆でルシェちゃんを鍛えて、ポーラ達と実力差をつけてやろうってことだよ」


 そうして彼女が実力を身に付ければ、さっきのようなポーラのパワハラに反抗出来るし、何よりアルヴァレスさんの役に立ちたいという夢を叶えるための大きな一歩になる。


「代わりにルシェアちゃんにはフランス支部の技術を見せてもらう……ね、これも立派な交流でしょ?」

「彼女のひたむきな性格は慢心とは最も無縁ですし、急激な成長に対する精神面の問題も容易に解決できますよ」

「おぉ……フランス支部長が言ってた将来有望な魔導少女って誇張じゃないってことね……」


 俺達の回答に鈴花が納得のいった表情を浮かべた。

 そういったことをすぐに理解出来たルシェちゃんは、未だあたふたしていた。


「え、ええっと、ボクが皆さんといっしょに訓練をしてもいいんですか……?」


 どうやらさっきのポーラの態度で、自分が居ていいのか不安に思っているようだ。

 だがそこで、ゆずがルシェちゃんの手を取る。

 

「むしろルシェアさんと一緒に訓練をすることこそが交流演習の目的なんです。最高序列第一位の立場でなくとも、私個人があなたと訓練を共にしたいと思ってはいけませんか?」

「い、いえ! ボクの微力を尽くしますので、是非、よろしくお願いします!」


 感無量といった風にルシェちゃんは慌ただしくも礼儀を欠かさない綺麗な礼の姿勢をとった。


 ひとまず、最低限の体裁を保った交流演習が幕を開けた。



 ~~~~~



「右側に注意を向けてる内に左側の警戒が緩んでいます。唖喰相手であれば左腕を食われていましたよ」

「は、はい!」

「返事は声でなく、行動でしてください」

「~~っ!」


 ゆずのスパルタ式指導を受けているルシェちゃんの表情は、さっきまでの可愛らしいものから一変、瞳から伝わる真剣な思いから険しいものになっていた。


 何度も言うようだが、ゆずの指導はスパルタだ。


 体力の限界を迎えてからが本番だというように、忙しなく体を動かし、今のように左右同時に警戒しろなんて無茶ぶりもよく言う。


 けど、厳しいだけでなく、ちゃんと相手の限界のレベルに合わたり、指摘の際に重傷を匂わせて重みを混ぜたり、適度に休憩を挟んだりする。


 所謂厳しい優しさだ。

 普段からこの指導を受けている鈴花が耐え抜けているのが、その証拠だ。


「たああっ!」


 右手に光刃を展開しているルシェちゃんがゆずに袈裟斬りで斬りかかる。

 素人目でもわかるほど拙い踏み込みだが、それでも身体強化術式によって強烈な一閃となっている。


 攻撃術式が人体に影響がない故の遠慮のない一撃に、ゆずはというと……。


「狙いが分かりやすいです」

「っ!?」


 ルシェちゃんの右手を左手で払い除け、重心がのっている右足をゆずに足払いされたことでバランスを崩す。


 そのまま倒れるかと思ったが、ルシェちゃんは倒れる勢いに逆らわず、体を半回転させて体勢を立て直した。


「唖喰は常にこちらの隙を窺っています。倒れなかったからといって、そのことに安堵した一瞬を突いてきます」

「うあぅ!?」


 が、次の行動に移るよりゆずの追撃の方が早かった。

 それも指摘をしながらという余裕を持ってだ。


 加減しているとはいえ、ルシェちゃんの右脇腹に無詠唱で放たれた光弾が直撃する。


「――っ、まだ……!」


 新人の魔導少女といえど、ある程度の意地なのか、光弾を受けて怯みながらも、ルシェちゃんは光槍の攻撃術式を発動させる。


「そこは素直に引く。ゴリ押しという無策な攻撃は自分に跳ね返って来ますよ……攻撃術式発動、魔導砲発射」


 どの口が言ってんだ、と思わなくもないゆずさんの愛と罰の鞭が、人一人を容易に飲み込む大きな光線となって放たれた。


「えっ……!?」


 ゆずの魔導砲によって、ルシェちゃんの放った光の槍は川に落ちた水滴のように虚しく掻き消され、彼女も閃光に巻き込まれたことにより、ルシェちゃんのリタイアとなった。


「これで十戦十勝ですね」

「うぅ……十戦十敗です……」


 五年も戦ってきたゆずと、二ヶ月のルシェちゃんでは当然の結果だろう。

 床に仰向けになっているルシェちゃんにゆずが手を差し出す。


「あ、ありがとうございます……やっぱりユズさんはすごいです……一撃も当たりませんでした」

「いえ、足払いを受けた時の咄嗟の動きは良かったです。一戦を経るごとに成長出来ているので、そう悲観しなくても大丈夫ですよ」

「ど、どうなんでしょうか……ボク自身はよく分からないんですけど……」

「私が保証します。ルシェアさんにはまだまだ伸びしろがあるので、いい魔導士になれると思いますよ」

「え、えへへ……ありがとうございました!」


 ゆずの称賛にルシェちゃんが恥ずかし気に微笑んだ。

 アルヴァレスさんの役に立ちたいという目標を持つ彼女にとって、ゆずに将来性を認められたことは夢への大きな前進となるはずだ。


 て言っても、この場でルシェちゃんの夢を知っているのは俺だけなんだけど。

  

「お疲れ、ルシェちゃん」

「あ、ツカサさん、ありがとうございます」


 模擬戦を終えたルシェちゃんに飲み物と濡れタオルを渡す。

 それを受け取った彼女は中身が半分になるまで飲み、激しい訓練を物語るように蒸気して赤い顔と汗で張り付く髪を濡れタオルで拭き取って冷ましていった。


 時刻は午後十二時前……訓練を開始した午前九時から既に三時間が経とうとしている。


 午前中はルシェちゃんの今現在の力量を量るため、ひたすら模擬戦を繰り返すことになった。

 いきなりゆずが相手ではルシェちゃんが委縮してしまうため、まずは菜々美さんや鈴花を筆頭に日本支部の魔導士達が相手を務めた。


 その様子を観戦していたゆず曰く、ルシェちゃんは二ヶ月の魔導士の水準と比較すると、若干低いという。


 これはフランス支部としての基準では分からないが、十中八九で先輩魔導士のポーラの指導が悪いというのが一番の理由だろうという。


 船上パーティーでルシェちゃんの夢を聞いて俺が応援すると言った時、あの子は『笑わないんですか』と返した。


 あのエゴイストのことだ……新人のくせに生意気だとか言って彼女の夢を馬鹿にしたに違いない。

 一応必要最低限の指導はされているようだが、それ以降は放任されていた可能性が高い。


 ゆずとの模擬戦の際、普段の訓練はどうしているのか彼女に問い掛けたところ……。


『普段は……一人で訓練をしていました。一か月前に初実戦をした時からですが、唖喰も下位クラスしか倒したことがありませんし……最高序列のことも独学で勉強しました』


 女子グループのいじめを彷彿とさせるポーラの所業に、鈴花と二人で飛び出し掛けてゆずに止められた程腹が立った。


 ともかく、ルシェちゃんの現状を知った日本支部の面々が総力を挙げて、彼女のレベルアップに努めた。


 そうしてみんなの心が一つになったこと、ルシェちゃん自身がひたむきな意志でもって訓練に臨んだため、驚く程順調に進んでいた。


「さて、一段落着いたし、そろそろ昼食休憩にするか」

「そうですね、では食堂に――」

「あ、食堂は止めておいた方がいいんじゃない?」

「え、どうして?」


 鈴花の提案に菜々美さんが反応した。

 ゆずもどうしてかわかっていないようで、首を傾げている。


 俺には鈴花の言いたいことが伝わったので、理解出来ていない二人に説明する。


「俺達より先に訓練を切り上げたポーラ達が、食堂を占領しているんじゃないかってことだよ。近いからって食堂に行ってあの顔を見るより、外の飲食店にすれば余計な時間を割かずに済むだろ?」

「そうそう! それくらいあの女ならやりそうでしょ?」

「「おぉ~……」」


 俺の言葉に鈴花が頷き、ゆずと菜々美さんが感嘆の声で称賛する。


「ス、スズカさん、凄いです……!」

「まぁ、典型的ないじめる人の思考だしね。今までいじめを止めさせようとしたら大体分かるようになって来たっていう、経験則だって」

「そうだ、良かったらルシェちゃんのオススメの店を紹介してくれないか?」

「え、ボクのオススメですか?」


 俺の提案にルシェちゃんはきょとんとした表情を浮かべる。


「あ、そうだね。フランスに疎い私達よりルシェアちゃんの方が詳しいだろうし、いいかな?」

「……えっと、それって、ボクが教えたお店で皆さんと訓練だけじゃなくて、お昼も一緒に食べるってことですか?」


 菜々美さんの賛同の声に、ルシェちゃんはオロオロと戸惑っている。

 

「当然です。むしろどうして別々で食べると思っていたのですか?」

「ルシェアも友達なんだし、一緒にの方がいいに決まってるでしょ?」


 ゆずも鈴花も当然と言い切り、日本支部の魔導士達もうんうんと頷く。

 俺達が本当に自分と一緒に食事をすると理解したルシェちゃんは、瞳を潤わせ、手で口を覆い、信じられないといった面持ちになり――。


「う、嬉しいです。ボク、訓練の後のご飯はいつも食堂の隅に一人で座って食べてたので、皆さんとご飯を一緒に食べると思うと、もうお腹一杯です……!」

「「ポーラアアアアァァァァッッ!!」」


 俺と鈴花の叫び声が訓練場に響いた。


 あいつ、絶対にルシェちゃんに酷い目に遭わせたことを後悔させてやろう。

 そう誓った。


 とりあえず、今すぐ突撃し兼ねない気持ちを落ち着けてから、フランス支部の外で昼食を摂ることにした俺達は、訓練場を出る。


 訓練後なので、シャワーを浴びて汗を流したゆず達と合流して、フランス支部の外へと出た。

 九月のフランスの空気は、事前に聞いていた通り、少しひんやりとしていた。


 飲食店は支部が地下に建てられている廃アパートのすぐ近くにあった。

 日本の飲食店と違って、道路沿いに椅子と中央に日差し除け用のパラソルが突き立てられたテーブルが

並べられている。


 こういった細やかな文化の違いに、若干心躍らせながら、フランス料理を食べていると……。

 

 ――ビィーッ! ビィーッ!


 国を跨ごうとも変わらない報せに、穏やかな雰囲気だった食事が一変、剣呑なものに変化した。


 唖喰が、出現した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る