137話 夏祭り 前編

 

 八月二十二日午後三時半。

 今日は羽根牧市の河川敷で夏祭りがあります。

 

 私は今、鈴花ちゃんの部屋にいます。

 何をしているのかと言いますと、鈴花ちゃんと鈴花ちゃんのお母様に浴衣の着付けをしてもらっています。


 最初は季奈ちゃんにお願いしようとしたのですが、ベルブブゼラルに苦戦したことが相当悔しかったようでして、術式の改良に勤しんでいたため、声を掛けられませんでした。


 私一人では着ることが出来ず、初咲さんも知らなかったため(見せる相手が居なかっただけだと言っていました)鈴花ちゃんに相談したところ、鈴花ちゃんのお母様が浴衣の着付けが出来るとのことだったのでお願いしたところ快諾して頂けました。


 そうして着付けをしてもらっている最中、こんなやり取りがありました。


「そういえばゆずちゃんは好きな男の子とかいるのかしら?」

「 え 」

「ああ、ごめんなさいあまり他人に言いふらしたいことじゃないわね。ただ、女の子が浴衣を着たがる理由ってオシャレか、好きな人に普段と違う姿を見てもらいたいかの二つだから……」

「あ、いえ、その……」

「そうそう、ゆずって司のことが好きなんだよ~」

「鈴花ちゃん!?」

「あらあらまあまあ、相手は竜胆君なのね~それじゃ綺麗に着飾らないと」

「あの、そうすれば司君はどう言ってくれるのでしょうか?」

「ゆずちゃん可愛いんだから自信を持ちなさい。うちの娘なんて中学の時〝竜胆君はアタシの運命の人かも〟って張り切っていた時期が――」

「ぎゃああああああお母さん!!? 何言ってんの!?」


 といったようなことがありました。

 鈴花ちゃんの初恋の相手が司君だということは知っていましたが、運命の人と形容していた程とは思っていませんでした。

 

 私ですか?

 あの出会いは運命だったと思っていますよ。


 それどころか司君が私の日常指導係になってくれたことも、私が司君に惹かれたのも……。


 コホン、鈴花ちゃんの家を出たあと、私は司君との集合場所である商店街南方面の入り口に辿り着きました。

 

 時間まではあと二十分です。

 私はガラスウィンドウを姿見代わりにして自分の装いを再確認しました。


 着付けてもらった浴衣は黒地に柚子の花をあしらえたデザインで、白色の帯がよく映えるようになっています。

 髪は後ろ髪をまとめてサイドアップにして、結び目には青色のペチュニアという花の造花の髪飾りを着けています。


 ペチュニアはブラジルが原産地の花で、鈴花ちゃんから花には花言葉という、その花に込められた言葉があるそうです。


 このペチュニアの花言葉は……〝あなたと一緒なら心が和らぐ〟〝心の安らぎ〟の二つだそうです。

 私に合わせて鈴花ちゃんが選んでくれた花の花言葉を聞いて、本当に私に合わせて選んだのだと嬉しくなりました。


 そのことを思い出して微笑んでいると、声を掛けられました。


「ねえ君、可愛いじゃん~、俺と一緒に花火が一番見えやすい場所までいこうよ?」


 ……はぁ、ナンパですか……。

 せっかく幸せな気分だったのに台無しです。


「申し訳ありませんが、人と待ち合わせしていますので、そのお誘いはお断りさせていただきます」

「いやいやいや、そんな固いこと言わないでさ~、なんなら待ち合わせの人も一緒でいいよ?」


 ハッキリと断ったのですが、どうしてなお誘おうとするのでしょうか? 言葉が通じていないのですか?


「待ち合わせているのは男性なのですが、よいのですか?」

「ええ、男なの~、じゃあ二人でいこうよぉ~」

「なにがじゃあですか? 私は人と待ち合わせていると言ったはずです。私が話しているのは日本語ですよね? 宇宙人と会話しているわけではないはずですよね?」

「は……な……」


 いい加減鬱陶しいので、断る理由を強調しました。

 すると男性は少し呆けたあと、怒りで顔を真っ赤にして怒鳴りだしました。


「ごちゃごちゃうるせぇ! どうせ待ち合わせてる男だって大したことないんだろ!!?」

 

 今司君のことをよく知りもせずに、彼に暴言を吐きましたよね?

 

 私が怒りを感じていると、横から誰かが割り込んできました。


「まぁまぁ、お兄さん、一旦落ち着こうぜ」

「あぁっ!? なんだクソガキ!?」

「この子の待ち合わせ相手だよ」

「司君!」


 割り込んできたのは司君でした。

 どうしましょう、心臓の鼓動が早くなっています!

 顔が火照っているのが分かります……今、両頬が紅潮しているかもしれません……。


 私が動揺している間に、男性は司君の言い分が気に食わなかったのか、今度は彼に食って掛かりました。


「ウソつけ! てめぇみたいなメガネがそんな可愛い子と待ち合わせしてるわけねぇだろうが! 女の前だからってかっこつけてんじゃねぇぞ!?」

「まぁ俺自身も信じられないけど、これ現実なんだよ……」


 この男性は何を言っているのでしょうか?

 司君とは元から待ち合わせの約束をしていますし、かっこつけているのではなく元からかっこいいんです。

 そこをはき違えるだなんてその両目は節穴なのでしょうか? 


「うっせぇ! ぶん殴られたくなかったらさっさと失せろ!」

「殴る前に言うあたり平和ボケが透けてみえるな……まぁ仕方ないんだろうけど……」

「あぁ!? なんか言ったか?」

「いいや何も。けど周りの目は気にした方がいいと思うぞ」

「あ……?」


 司君の言う通り、周囲を見渡してみると、通り掛かりの人達が足を止めてこちらを見ながらこそこそ会話をしていました。


 なおその会話の内容は全てナンパをして来た男性を非難するものでした。


 それは男性の方にも伝わったようで、男性はやがて居たたまれなくなったのか舌打ちをしてから足早に去っていきました。


 その一部始終を眺めていた人達も散り散りに去っていきました。


「ふぅ、変なことをされなかったかゆず?」

「はい、司君が来てくれたおかげで何ともありません」


 私に振り返って司君はそう声を掛けてくれました。

 司君は白のTシャツに紺の半袖ジャージ、ジーンズのズボンに茶色のスニーカーという装いです。


 私には何もなかったことを伝えると、司君は頭を掻きながら苦笑いでこう言いました。


「まあ俺が来なくともゆずなら何とか乗り越えそうだけどな」

「本当のことでも女性にその物言いは失礼ですよ?」

「――ああ、そうだな、悪かった」


 司君の言う通りあの程度なら簡単に対処出来ますが、先程のように助けられるのも悪くはありませんでした。

 

 司君とそんな会話をしていると、彼はハッとして私に声を掛けてきました。


「そうそうゆず、浴衣似合ってるよ。特に柚子の花があしらっているのがいい。おかげで遠目からでもすぐにわかった」

「~~っそ、そう、ですか!」

「じゃあ河川敷に行こうか」

「っは、はい……!」


 司君は私の浴衣を称賛した後、私の左手を司君の右手が繋がれました。

 その瞬間、胸が高鳴ったのが分かりました。

 顔が熱いです……嬉しさのあまり顔を背けてしまったせいで司君を傷付けていないか不安になりましたが、司君は前を見て歩いていたため、気付かれてはいないようでした。 


 私は気付かれなかったことに安心半分、不満半分といった気持ちになりました。

 

 気付かれなかったことにホッとしましたが、気付かれないというのもなんだがモヤっとしますね……。

 司君に告白してから彼との間が大きく変化することはありません……とはいえ彼へのアプローチを欠かすつもりは毛頭ありません。


 途中、段々とすれ違う人が多くなってきました。

 夏祭りの会場となっている河川敷が近くなってきたみたいですね。

 

 司君とはぐれないように繋いでいる左手に少し力を込めて、離れ難いようにしました。

 すると司君にも伝わったようで、同じように右手に力が入るのが分かりました。


「……ふふっ」


 思わず小さく噴き出してしまいました。

 たったそれだけで私の心は幸せな気分で満たされたのですから。


 河川敷に着くと、まだ陽が落ちていないのにも関わらず人混みと売り込みの喧騒で賑わっていました。


「花火が打ち上げられるのが八時半ぐらいだったから、まだ四時間もあるし……いくつか屋台で遊んでから夕食を挟んで、花火までまた遊ぶってことでいいか?」

「はい、問題ありません」


 行動時間の確認をした私達は、まず射的屋に寄りました。


 司君が三週間も眠っていたことで、射撃の腕が鈍っていないか確かめるためです。

 私は病み上がりなので控えてはと訴えたのですが……。


唖喰あっちはこっちの事情を汲んでくれるような相手じゃないだろ? 襲われた時に腕が鈍っていたら自分の身も守れないし、早めに慣らしておくに越したことはないよ」

「そうならないように私が二十四時間付きっきりで護衛すれば……」

「この上なく頼もしいけど、隅角さんや季奈が俺に作ってくれた魔導銃の存在意義と俺のささやかな努力が無くなるからお断りします」

「ですが……」


 鈴花ちゃんから聞いた〝男の意地プライド〟というものを見せた司君は、私の護衛を拒否しました。

 

「まぁ、ベルブブゼラルの事で心配かけたから、神経質になるのも仕方ないけどな」

「っそうです。もうあんなことは二度と御免です」

「そうならないように、感を戻しておきたいんだよ」

「……わかりました」


 そう言われてしまっては私には言い返す言葉がありませんでした。


「おじさん、射的二人分お願いします」

「はいよ、一人五発三百円だよ」


 私達は射的屋の店主さんから、射的用の銃を手渡されました。


 五発あるコルク弾で、奥の四段棚に並べられているいくつかの商品を倒すことが出来れば、その商品を貰えるというルールです。

 

 まずは私にお手本を見せるということで、司君が銃を構えて商品に狙いを定めました。


 ――パンッ!


 コルク弾が音を立てて打ち出されて、上から二段目にあるイルカのアクリルキーホルダーが掛けられていた板に当たって、板はグラグラ揺れたあと後ろにパタンと倒れました。


「おお、お見事だ坊主。可愛い彼女にイイトコ見せられたじゃねえか」

「ええっ!?」

「あ~はは、まあかっこ悪いとこ見せずに済んでよかったです」


 私は店主さんの〝彼女〟扱いに驚いてしまいましたが、司君は苦笑いを浮かべて否定も肯定もしませんでした。


 そのため歓喜の驚きはすぐに冷めて、胸の内には少しだけ不満が残りました。

 

 私は司君に告白をしていますが、まだ恋人になったわけではありませんので、肯定しないのは仕方ありませんが……。


「ゆず」

「はい?」

「これあげるよ」

 

 司君はそう言って今しがた貰ったイルカのアクリルキーホルダーを手渡してきました。


「これ……」

「今日の夏祭りは色々のお礼みたいなもんだ。その一個目に一応ゆずの好きなイルカのキーホルダーを選んでみたけど、安っぽい礼じゃ嫌か?」

「……嫌では、ありません」

「ならよかったよ」


 不満はあっさり無くなりました。

 我ながら何とも単純になったと思いましたが、それだけで一喜一憂するほど彼と触れ合える時間が好きなのだと理解してしまえば、大した問題ではないと結論付けました。


 そうして私達は射的屋で遊びました。

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