124話 コイバナ


 菜々美さんとの模擬戦と心内の吐露を終え、私達は訓練着から私服に着替え、オリアム・マギ日本支部の建物の外に出ました。


「わぁ、やっぱりゆずちゃんは何を着ても可愛いね」

「な、菜々美さん程ではありません……」


 あまり時間を掛けられないため、ささっと選んだ服を菜々美さんに褒められて、なんだか体がムズムズしました。


 選んだ服はオレンジのノースリーブワンピースです。

 スカートは膝上程の丈で、V字の襟から見える胸元を隠すように水色のキャミソールを着て、靴は白のサンダルを履いています。


 対する菜々美さんはグレーのタンクトップの上に、薄手の素材で作られている白色のシフォントップスを重ね着していて、薄緑のロングスカートは風によってカーテンのように揺らされていて、ブラウンのショートレザーブーツが良く見えました。


 バッグには青のショルダーバッグを肩に掛けていて、言葉通りちょっとした外出であっても装いに手を抜かない菜々美さんを称賛しました。


「さて、それじゃ魔導も唖喰も関係なく楽しんでいこうっか!」

「は、はい……」


 菜々美さんは私の手を引いて先導します。


 司君との初デートで行った事のある公園でした。


 夏休みであるためか、野球場より少し小さめの公園で、家族連れや子供達が夕陽に照らされる中、遊具で遊びながら楽しげな表情を浮かべていました。

 そんな人たちの知らぬうちに、ベルブブゼラルの魔の手が差し迫ろうとしていると考えると、やはり悠長に出掛けている場合ではないと思ったのですが……。


 踵を返そうとした私の左手を菜々美さんが掴み止めました。


「だ~め。今は魔導も唖喰も関係なしに楽しもうって決めたでしょ?」

「っ、ですが……」

「焦る気持ちもわかるけど、張り詰めすぎると切れた時に立ち直り辛いんだよ?」

「……」


 菜々美さんの言葉に不思議と胸を打たれました。

 鈴花ちゃんと同じように、私の気持ちが解ると言われても不快感は一切ありませんでした。


 それは恐らく……いえ、確実ですが、彼女と私が同じ人を好きになっている事に起因していると感じました。


 更に張り詰めすぎると言われて、今まさに私の現状と当て嵌まる言い分に黙るしかありませんでした。


 気負わなくてもいいと言われたのに、またこの調子ではいけないと深呼吸をして逸る気持ちを落ち着かせました。


 よし、もう大丈夫です。


「その、どうして公園なんですか?」

「えっと、質問に質問で返すことになるんだけど、ゆずちゃんは司くんとここに来たとき、どんな風に過ごしたのかな?」


 菜々美さんに言われて、初デートの時の事を少し思い返します。


「確か、公園のベンチに座って景色を眺めたあと、二人で会話をしたり、二人の幼児の女の子と会話をしていました」

「へえ、どんなことを話したの?」

「司君とは魔導少女の名称が採用されたと伝えました」

「ああ、あれにはビックリしたよ」


 菜々美さんが苦笑しながら同意してくれました。

 今ではすっかり馴染んでしまっているため、慣れというものは不思議な感じがします。


「二人の女の子とは、私達がカ――ぁ」


 思い返したところが顔に熱が集中しました。

 あの頃は司君の事を友達と認識していたため、気にも留めませんでしたが、あの子たちは私と司君をカップル……つまり恋人なのかと問いかけていました。


 それをそっくりそのまま菜々美さんに伝えていいのか迷ってしまいました。


「か?」

「え、ええっと……」

「ゆずちゃん、なんだか顔が赤いよ? そんなに恥ずかしいことを言われたの?」

「い、いえ! ただ私と司君の関係を尋ねられただけです!」


 う、嘘は言ってません!

 当時は友人関係だと伝えたのですが、今となってはそう答えることが出来ない程、私は変わっています。


 私の返答に菜々美さんは何やらニヤリとした表情を浮かべて……。


「ふぅ~ん。恋人なのかって聞かれたの?」

「ええっ!? どうして解るんですか!?」

「あ、やっぱりそうだったんだ。ゆずちゃんの反応からそうかな~とは思っていたけれど、本当だったんだ~」

「あ……」


 菜々美さんの言葉に、私は自分がカマを掛けられたと理解しました。

 図星を突かれたことで否定できず、ただ黙ることしか出来ませんでした。


「沈黙は肯定として受け取りまーす。その時はなんて答えたの?」

「うぅ……友達と答えました……言っておきますが、当時は本当にそうでしたけれど、今は違いますから!」

「うんうん、分かってるよ」


 菜々美さんは何故かニコニコと微笑むだけで、私が想像していたような動揺は見てとれませんでした。

 

「それじゃ私がここにゆずちゃんを連れてきた理由だよね……実は司くんに聞かれて答えた私の理想のデートがまず最初に公園に来ることだったんだ」

「え、それはどういうことですか?」


 菜々美さんの口から語られた私の知らない司君の努力の一片を垣間見た私は、驚きを隠せずに詳細を尋ねました。

  

「教育実習の時に中村さんの質問で答えたのは、確かに司くんに対する気持ちを自覚した時なんだど、正確にはゆずちゃんとのデートのプランを練る時に、私の意見を聞かれたのが司くんを意識し始めたきっかけなの」

「? その時はまだ菜々美さんと司君が知り合って二日が経過したばかりの頃では? そんなに早くからなんですね」

「うん、だって『聞きたいことがあります』って言われた次の一言が『柏木さんって彼氏がいたりしますか?』なんだよ? 思いきり私に気があるのかって勘違いしちゃったもん」

「――へぇ、そんなことが……」


 幸せな思い出を語る菜々美さんを余所に私の心中は嫉妬が渦巻いていました。

 あの初デートは菜々美さんのアドバイスの元で成り立っていたものだと明かされ、面白くない気持ちで一杯です。


 それに司君の尋ね方にも大いに問題があります。

 どうして相手のデートの経験を問うのに交際相手の有無を尋ねるんですか?

 

「しかも居る居ないを答える前に『彼氏がいるならデートをする時にどんな場所で、どんな内容だったら嬉しいのか』なんて聞かれたんだよ? あっちは完全に私に恋人がいる前提で話が進んでたなんてどう思う?」

「率直に言いますと、どうして司君は早々に事態をややこしくするんですか!? せめて相手の返事が来るまで待てなかったんですか!?」

「あっはは~、あの時は私もテンパってたし、デートプランを練ってるとは言ってもゆずちゃんとのデートだなんて一言も言わなかった上に、続け様に私の事を褒め倒すから、この子は私の事が好きなんだって思い上がって、自分の理想のデートプランを赤裸々に語っちゃったんだ」


 菜々美さんは恥ずかしそうに両手を合わせてもじもじと指を交差させていました。


「結局目的を成し遂げている辺り、わざとではないのかと疑ってしまいますね……」

「鈴花ちゃんが初訓練の時に真相を教えてもらった時は本当にショックだったよ……」

「あの時にですか……」


 前々から思ってはいたことですが、司君は異性の感心を引きつける術に長けています。

 鈴花ちゃん曰くあのご両親の教育が原因だそうですが、本人の才覚も多少影響していないと、こうも策略を疑うレベルで菜々美さんが恋愛感情を向けることにはならない気がします。  


 夏休み前には鈴花ちゃんと一緒に居た小学生の女の子にも好意を向けられていましたし、今後は良く目を光らせておかないと更に司君を巡る競争相手が増える一方です。


「菜々美さんが司君を意識し出した本当の時期は分かりましたが、それを私に説明してどうしろというのですか?」

「ん? 私が教えたんだし、次は並木ちゃんの方から教えて欲しいなって思ってるよ?」

「わ、私ですか!?」


 さも当然のように私が司君を意識し出した理由を促す菜々美さんに驚きつつ、私はどう答えたものかと思案しました。


 別段難しいことではありません。

 司君から貰ったミサンガのお守りに籠められた願いの効果か、そのお守りを魔導装束の上に着けた状態で行った戦闘で特攻する寸前で思い留まり、比較的軽傷で戦闘を終えることができました。


 その時、共闘していた季奈ちゃんとの会話で司君に守られたという実感と同時にそれまで感じたことの無い熱を感じました。


 当時は戸惑うばかりでしたが、今思えばあの時から司君に恋愛感情を抱いた時だと確信しています。


 それらの出来事を菜々美さんに説明すると、彼女は感心したかのように頷いていました。


「なるほど~、それがきっかけだったんだ~」

「えっと、何か変ですか?」

「全然! むしろあからさま過ぎて気付いてないの当事者達だけだったもん」

「え……そんなに私の好意は分かりやすかったですか?」


 あの時はソワソワとしていて、司君を避けてばかりの頃だったのですが……。


「好き避けっていうのがあってね、並木ちゃんはあの時に司くんの近くにいるとドキドキして普段通りに振る舞えなかったでしょ? それでうっかり避けちゃって、相手を不安にさせちゃうことは良くあることなんだよ」

「へ、へぇ~……そんな心理があったのですね……」


 避けていたのに分かりやすかったのではなく、避けていたから分かりやすかったということですか……。

 

「それで、私も司くんのことが好きだって知って、どんな気持ちになったのかな?」

「う、その……私が自分の気持ちを自覚したのは修学旅行の肝試しの時で……やっぱり肝試しで司君とペアになった菜々美さんが羨ましかったです……」


 私の羨む言葉に菜々美さんは頬を少し膨らませて不満を口にしました。


「え~、私なんて司君とゆずちゃんが同じ学校で同じクラスなのが羨ましいんだよ?」

「ふふ、こればかりは若者の特権ですから」

「あー! 年齢の事を引っ張り出すなんて卑怯だよ! それに私はまだ二十歳だから十分若いし、大人の魅力で司くんを夢中にさせられるんだから!」


 心外だという風に年上の特権を主張する菜々美さんに、私も対抗心を燃やしていきます。


「五歳も年下の私と張り合っている時点で、大人の魅力があるとは思えませんが……」

「ちょっと! 言っていいことと悪いことがあるよ!?」


 私の一言一句にここまで賑やかな反応を返す菜々美を見ていると、不思議とこの人ともっと会話を交わしたいと思えます。


 きっとこれこそが、菜々美さんの持つ魅力に他ならないと実感しました。

 それでも素直に負けるつもりはありませんが。


「司君が私の日常指導係である限り、私の優位は揺るぎません」

「前々から思ってたけれど、司くんから合法的に気に掛けてもらえる日常指導係ってやっぱりズルい! 代わってよ!」

「ズルくありませんし、代わりたくありませんから、却下です!」


 あろうことか、代われと要求する菜々美さんを一蹴します。

 絶対に嫌です。

 例え司君が嫌だと言ってもこの繋がりは断ちたくありませんから。


 私の意地を見たからなのか、菜々美さんは悔し気な表情を浮かべて間もなく、スッと勝ち誇ったような表情に変わりました。


「ふ、ふーんだ! 私なんて、司くんの家に泊まった時に押し倒されてほっぺを触られたり、指を舐められたりしたもんね!」

「え、は、えええええぇぇぇぇぇぇっ!!?」


 なんですか、その羨ま――ハレンチな状況は!?

 私が司君の家に泊まった時はそんなことなかったのに!!


 いえ、冷静に振り返ってみれば、あの時の私はまだ司君に恋愛感情を抱いていませんでしたね……。


 それより菜々美さんが口にした内容の方です!


「ほっぺを触るのはともかく、指ってなんですか指って!? それって、司君が、そ、その……な、菜々美さんの指を、舐めた、の……?」


 口にするもの恥ずかしくなるほどの特異な状況の真偽を菜々美さんに尋ねると、菜々美さんも今更自分の口走ったことが恥ずかしくなったのか、頬を真っ赤に染めて……。


「……うん。こう、棒アイスを舐めるみたいに、私の、指を口に含んで、指先を……舌で……あぅ……」


 言っている最中に羞恥心が限界を迎えた菜々美さんは、リンゴのように真っ赤なった顔を両手で覆って、俯いてしまいました。


 好意を向けているとはいえ、まだ交際していない異性の指を舐めるなんて……司君は女性の指が好きなのでしょうか?


 思わず自分の指をまじまじを見つめてしまいます。


「私が司君の家に泊まった時は、あのお母様に彼の服を着替えとして渡されたり、彼の布団で同衾したぐらいなのに……」

「え、同衾って添い寝ってこと? しかも司くんの服を着て? そっちもそっちで羨ましい……」

「いえ、菜々美さんの方が羨ましいのですが……」 

「ぜ、全然そんなことないよ!? 司くんが家にご両親がいないタイミングで誘ってくれたから、もあるかもってちょっぴり期待して、見られても大丈夫な下着をつけて行ったり、舐められた指をこっそり舐めて関節キスもしたけど、ゆずちゃんの方が優位なのは事実だから!」

「今まさに優位が崩されかねない発言がちらほら聞こえてきたんですが!?」


 ご両親が家にいないタイミングで菜々美さんを自宅に招いたり、押し倒されたり、指を舐められたり、なんだか先程まで日常指導係の距離感で優位に立っていた自分が道化のように思えてきました。


「それでもやっぱり一緒にいる時間が多いのは羨ましい!」

「私だって菜々美さんのように司君と恋人らしいことがしたいです!」 

「……」

「……」


 互いの羨ましい部分を打ち明けて、しばらく沈黙が続き……。


「――っぷ」

「――っふふ」

「「あっはははははは、はははははっ!!」」


 互いに耐え切れずに笑い出しました。


 なんだが、ようやく菜々美さんとの距離感を掴めてきた気がします。


 友達で、恋のライバルで、好きな人のことで語り合える。

 先の模擬戦のこともあって、私にとって司君とは違う意味で気兼ねなく本音で話せる人。


 それが私が思う柏木菜々美という女性です。


 私の日常に、なくてはならない人がまた一人増えたと実感出来ました。

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