122話 ゆず対菜々美


 柏木さんから模擬戦に誘われた私は、オリアム・マギ地下五階にある訓練場の一つである第三訓練場に連れられました。


 正直に言いますと、あまり戦闘をしたい気分ではありませんでした。


 しかし、私を訓練に誘った柏木さんの微笑みを見て、何か断り辛いものを感じ取ったため、こうしてご一緒することにしたのですが、一体どういうつもりなのか未だに解らずにいます。


「うん、ちゃんと来てくれて良かった」

「お誘いを受けておいて逃げる訳にはいきませんから……」


私はグレーのワンピース型の訓練着に身を包み、スカートの下には動きやすいようにスパッツを穿いています。


 柏木さんは淡いピンクの魔導装束を身に纏っていて、右手には彼女の魔導武装である鞭が握られていました。


 私は本来の魔導器は修復中であるため、訓練用に貸しだされている腕輪型の魔導器を使用します。

 対する柏木さんは彼女自身が普段から使用しているイヤリング型の魔導器です。


 つまり、私は魔導武装の杖も使えず、一切の固有術式を使用することが出来ない反面、柏木さんは魔導武装も固有術式も従来通りに扱えるというわけです。


 それだけなら柏木さんが圧倒的有利に見えますが、私と彼女には実力に雲泥の差があるため、こう言っては何ですが、ハンデとしては十分だと思います。


「それにしても、まさか柏木さんから訓練に誘われるとは思っていませんでした」

「あはは、受けてくれなかったらどうしようかなんて思ってたけど、杞憂だったね」


 柏木さんは苦笑を浮かべながらそう言いますが、あの瞬間の並々ならない気迫を見れば、断るほうが面倒な気がしました。


「……どうして私なのでしょうか? 柏木さんの訓練相手はいつも工藤さんだったはずです」

「どうしてって、私が並木ちゃんと模擬戦をしたいってだけだよ?」

「私でなくとも、鈴花ちゃんや季奈ちゃんだっているじゃないですか……」

「もう、私だって模擬戦をする相手くらい選ぶよ?」


 模擬戦相手に選ばれたことに納得がいかず、煮え切らない態度を取り続ける私に柏木さんは不満げな表情をしました。

 

 とはいえ大方察しはつきます。

 最近目に見えて強くなっている柏木さんは、〝天光の大魔導士〟相手に自分の実力がどこまで通じるかを確かめることで自身の成長を実感するようです。


 であれば模擬戦とはいえ、手を抜くことはないと決めた私は柏木さんに宣言します。


「先手をどうぞ」


 私がそう言うと、柏木さんはあからさまにムッと不機嫌な表情になりました。

 

「それじゃ、遠慮なく!」


 柏木さんは挑発を受け取り、右手を振るって鞭を大きく旋回させてから勢いよく振りぬきます。


 ――ッピシン!!


 風を切る音が耳に入った時には既に私の左足に目掛けて鞭の先端が迫っていました。

 対する私は彼女が鞭を振るった瞬間にバックステップをすることで、初撃を回避し、右手を向けます。


「攻撃術式発動、光弾四連展開、発射」


 四つの魔方陣が展開され、そこから放たれた四つの光球が柏木さんに目掛けて高速で迫って行きます。


「っせい!」


 しかし、柏木さんは鞭を素早く引き戻して横薙ぎに振るうことで四発の光弾を掻き消しました。

 

 とはいえ、私も動揺することなく、次の攻撃を仕掛けます。


「攻撃術式発動、光刃展開」


 右手を覆うように光の刃を形成して身体強化を最大出力で発揮しながら踏み込み、一気に柏木さんとの距離を詰めます。

 

「速――」


 柏木さんは驚愕して動きが一瞬鈍りました。

 口を開く暇があるなら行動しろとばかりに一閃で返答を送ると、柏木さんは咄嗟に光刃を左腕で防御しますが踏ん張りが効かずに後方へ殴り飛ばされました。


「う、ぐぅ……っ!」


 何とか尻餅をつくことは回避したようで多少のふらつきがみられますが、それで手加減をするほど私は彼女を甘く見ていません。


「攻撃術式発動、光剣六連展開、発射」


 今度は六本の光の剣が柏木さんへと放たれます。

 それを見た柏木さんは私から見て右方向へ飛び込んで光剣を回避しました。


「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」


 お返しという風に柏木さんが光の槍を三本、私に向けて放って来ます。

 

 右手を三度振るい、光刃で光槍を打ち払います。


「っ……のぉ!!」


 悔しげな表情を浮かべて愚痴を溢しながらも、鞭を振り上げて音速の一撃を向けて来ます。


「緩い」


 私は普通ならば視認出来ない速度の攻撃を光刃で弾き、左手を向けて攻撃術式を発動します。


「攻撃術式発動、光槍二連展開、発射」


 二本の光の槍が、鞭を弾かれたことで隙が出来た柏木さんに向けて飛翔します。


「う、あぁっ!?」


 柏木さんは慌てながらも左へサイドステップしますが、光槍は彼女の左脇腹を掠めました。


 それにより着地時にバランスを崩しました。

 ふらつく柏木さんに情けを掛けまいと私は追撃をします。


「攻撃術式発動、爆光弾展開、発射」

「きゃあ!?」


 バスケットボール大の光球が足元の覚束無い柏木さんに被弾して、彼女は爆発と閃光に飲み込まれました。


 ――ビィーッ!


 柏木さんの敗北を報せる警報が鳴り、決着がついたことを悟りました。


 五秒とない光の奔流が静まり、元の景色を映すようになった視界の先には壁に手をついた状態で柏木さんが立っていました。


「ぁ、くっ……」

「模擬戦、ありがとうございました」

「あっはは……やっぱり並木ちゃんは強いなぁ……」


 柏木さんは負けたことを気負う素振りを見せずに、苦笑を浮かべていました。


 一方、彼女に勝利した私は別段心象に変化はなく、命が懸かっていない模擬戦に勝利したところで無意味だと感じていました。


 だからこそ、息を整えた柏木さんから告げられた言葉が信じられませんでした。


「じゃあ、もう一戦しよっか」

「――え?」


 予想だにしなかった言葉に、私は思わず呆然としました。

 

「柏木さん、どういうつもりですか?」

「ん? 言葉通りにもう一戦したいだけだよ?」

「いえ、そういう意味では……ああもう、分かりました……」


 戸惑いを隠せない私と対照的に、柏木さんはさも当然のような表情で答えました。


 本当に柏木さんの考えていることが解りません。

 一度の模擬戦では自分の実力が私に通じなかったことに不満を抱いているのでしょうか?

 

 そうであれば、もう一度負かせば納得するだろうと思い、私は彼女から提案された再戦の申し出を受けることにしました。


「攻撃術式発動、光剣七連展開、発射」


 右手を柏木さんに向けて七本の光の剣を放ちます。

 

「はあっ!!」


 対して柏木さんは鞭を二、三回振るって、自身に飛来する光剣を打ち消しました。


 そしてそのまま続け様に私へ音速の攻撃を繰り出して来ます。


「っ!」


 私は向かって左側から来る攻撃身を屈めて躱し、彼女へ接近します。


 鞭は射程と速度に優れますが、遠くへ攻撃する際にはどうしても隙が出来ます。


 こうして攻撃を躱して近付かれると自身を守ることが難しくなってしまいます。


「攻撃術式発動、光刃展開」


 右手を光刃を展開し、柏木さんの右脇を狙って水平に薙ぎ払おうとしますが――。


「固有術式発動、セルパン=マヌーヴル!」


 柏木さんが固有術式を発動しますが、既に肉薄している私に当てることは出来ないと踏み、右手で一閃を描き始めます。


「遅――いあっ!?」


 しかし、右足に何かが触れた瞬間、柏木さんから離れました――いえ、右足から遠ざけられるようにして後方に引っ張られました。


 それにより一閃は空振り、私は地面に頭を向ける体勢になりました。


 柏木さんに目を向けると、彼女は鞭を持つ右手を後ろに引き、その動きに合わせるように私の右足に巻き付いている鞭が引き寄せれました。


 ここでようやく先程柏木さんが発動した固有術式のタネに予想がつきました。


 恐らく、鞭の軌道を自在に操る固有術式です。

 軌道を操るのであれば、鞭を振るった際に出来る隙を無くすことが出来、さらに予想が困難な攻撃を仕掛けることが可能です。


 そしてこの状況……初撃をわざと回避させ、鞭が私の死角に出た時にこうなるよう予め仕組まれていたということに他なりません。


 正直してやられた気分です。

 隙を突いたつもりがフェイントだったとは……。


「よしっ、攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」


 柏木さんは完全に私の虚を突けたことに歓喜する間も無く、左手を向けて三本の光槍を放って来ます。

 引き寄せられる速さと光槍の速度を考えれば、回避は困難です。

 

 だからといってこのまま為すがままでいるつもりはありません。


「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射」


 右足の裏に魔法陣を展開し、三本の光の槍を放ちます。


「え!?」


 柏木さんが驚くのも無理はありません。

 何せ彼女が放った三本の光槍が、不安定な体勢から放たれた同数の光槍で全て相殺されたのですから。


 反撃を想定してはいても、相殺は想定していなかった様子の柏木さんが動揺している内に、私はさらに術式を発動します。


「攻撃術式発動、爆光弾展開、発射」

「っ防御術式発動、障壁展開!」


 こちらの術式発動のタイミングと柏木さんが防御術式を発動が同時に起き、訓練場が再び閃光に包まれました。


 視界は閃光によって白色に染め上げられているため、柏木さんの様子が窺えませんが、敗北を報せる警報が鳴っていないことからまだ健在であることは確かです。


「固有術式発動、ディミル=スウェール!」

「っ、攻め……防御術式発動、障壁展開!」


 どんな手段に出るかと警戒していると、柏木さんは攻勢に出てきました。


 さらに仕掛けて来た攻撃は、柏木さんの持つ固有術式の中でも攻撃範囲に優れたものです。

 閃光の中で狙いが定まらないから範囲攻撃に打って出たのはいい判断です。


 咄嗟に展開した障壁の周囲を広範囲の斬撃が遅い、髪が風で少し揺らされました。


「攻撃術式発動、重光槍展開、発射」


 術式の発動途中で閃光が治まり、鞭を振り切った柏木さんの姿が映りました。


「まず――きゃあっ!?」


 そこへ目掛けて大きな光の槍を放つと、彼女は成す術もなく直撃し、訓練場の壁にまで吹き飛ばされました。 

 

 ――ビィーッ!


 重光槍が直撃したことで、柏木さんに敗北判定が出ました。

 

「先程の鞭の不意打ちは見事でした」

「……」


 壁を背に立ち上がった柏木さんの健闘を称えると、彼女は先程の苦笑を浮かべてはいませんでした。

 それはただ二度目も負けたというわけではなく、何か納得がいかないようでした。


 いくらか逡巡したあと、柏木さんは顔をあげて……。 


「もう一回行くよ」

「っ、またですか? 柏木さんが多少強くなったところで私に勝てないことくらい、いい加減に理解してください」

「そんなの、とっくの前に理解してるよ」


 何故か三戦目を要求する柏木さんに微かな苛立ちを覚え、少し強めの口調で反論すると、彼女は首を振りました。


「私がどれだけ努力を重ねても、並木ちゃんに勝てないことくらい解ってるよ」

「……だったらどうして――」

「でも今私があなたと戦ってるのは、勝ち負けより大事なことのためなの……そしてその目的はまだ全然達成出来てない……だからもう一回行くよ!」

「待ってください! 私には柏木さんと戦う理由が――」

「攻撃術式発動、光剣四連展開!」


 柏木さんはで光剣を四本展開しました。

 そして鞭を持つ右手を後方に下げて、今度は彼女の方から接近してきました。


「てやあああぁぁぁぁ!!」

「っ攻撃術式発動、光刃展開!」


 右手で鞭高速で振るい、四本の光剣を操って立て続けに斬りかかる柏木さんの攻撃を両手に展開した光の刃で捌きながら聞こえた彼女の掛け声は何か強い圧力を感じました。


 一撃一撃は決して重くありません。

 むしろ軽いくらいです。

 ですがそのどれもが訓練用の魔導器であるとはいえ、身体強化術式を最大出力で発揮して強化された五感でようやく対処できるほどの途轍もない速度を見せていました。


 司君が日常指導係となってから見るようになった柏木さんの戦闘スタイルは、鞭による高速の手数攻めに特化したものです。


 先端が音速を越える鞭の一撃は、実はそこまで殺傷能力は高くありません。

 鞭の素材にもよりますが精々皮膚に内出血を作るのが精一杯です。


 そんな威力に秀でた訳ではない鞭で唖喰を切り裂くことが出来るのは、ひとえに魔力で強化しているが故です。


 鞭に魔力を流すことで斬撃効果を付与し、一撃の殺傷能力を引き上げるように作られ、身体強化術式で強化した運動能力で放たれる音速の一撃は、塵も積もれば山となるように一秒に十回以上も浴びせられるとのことです。


 彼女一人で唖喰と戦う場合、強力な個体との一対一より、下位クラスの群れなどを相手にする多対一が得意分野であることは、ベルブブゼラルが〝ポータル強制開放〟で呼びだした唖喰の群れを蹴散らす様から容易に見てとれました。


 つまり、鞭の連打と四本の光剣による連撃を合わせた手数攻めは、柏木さんらしくもなく苛烈な攻めに出ていると言う事です。


 たかが模擬戦に何故そこまで限界に挑むのか、私には全く理解できませんでした。


「はあああああぁぁぁぁぁ!!」

「っ!」


 私は右手に形成した光刃だけで彼女の攻撃を捌いていますが、その気迫に当てられたのか反応が一瞬だけ遅れて、ついに左太ももに一撃を受けました。


「や――」


 私に一撃を当てられたことで、柏木さんの気迫が緩んだ瞬間を私は見逃しませんでした。


「そこ!」

「あうっ!?」


 右手の光刃で刺突を繰り出し、柏木さんを後方へ大きく突き飛ばしました。

 その勢いは凄まじく、彼女は訓練場の壁に背中から叩きつけられました。


 背中で壁を擦りながらゆっくりと床に膝をつけた柏木さんを見て、決着はついたと察した私は彼女の健闘を称えようと右手の光刃を解除し、歩み寄ろうとして……。



 ――素早い動作で顔を左手を上げた柏木さんがで放った重光槍を直撃で受けてしまいました。


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