115話 双子姉妹の戦い
北方面の奥へと歩みを進めること五分足らずで、ベルアールが発動させていた探査術式に数十体の唖喰の反応をキャッチした。
「I
リザーガ五体、シザーピード四体、スコルピワスプ六体と……。
「Oh……トレヴァーファルコがいる」
ベルアールはその唖喰の存在が分かった瞬間、面倒だという表情を浮かべる。
トレヴァーファルコと呼ばれた唖喰は下位クラスの中でも強力な唖喰で、三つ首と三対の翼を持ちその四メートルに及ぶ体を大きな足一本で支えている。
その一本足の爪による攻撃はコンクリートを紙のように切り裂く程の鋭さと頑強さがあり、三つ首の嘴による噛みつきにイーターのように光弾を吐き出すのだ。
しかもイーターと違い三つ首であることが手伝って連射性に富んでいるため、イーターと同じ感覚で挑めばあっという間に蜂の巣にされてしまう。
そして三対六枚の翼による飛行速度もリザーガの突進速度に引けを取らない。
これらの理由があってトレヴァーファルコは下位クラスでも脅威だという認識が魔導士間では知られている。
そんなトレヴァーファルコが五体いた。
ベルアールが面倒だと思った理由はトレヴァーファルコの三つ首から放たれる光弾……それが五体もいるということは合計十五の銃口を向けられているのと同様だからである。
このまま五体のトレヴァーファルコが光弾を放ってしまえば商店街東方面は跡形も無く消え去ってしまうだろう。
「固有術式発動、バブル・フィールド」
そう思い至ったベルアールは固有術式を発動させると、彼女の体を包めるほどの大きな光弾が現れ、それがシャボン玉のように弾けた瞬間半径三十メートルに及ぶ長円球型の結界が周囲を包みこんだ。
固有術式〝バブル・フィールド〟は結界の内側で放たれた攻撃を反射する性能を持っている。
それが自身や味方の攻撃、唖喰の攻撃であろうと関係は無い。
ゆずを相手にした模擬戦の時は半球の形だったが、今回は周辺被害を抑えるために長円球の形に調整している。
「Ready……」
「クエエエエ!!」
「シュアアア!!」
ベルアールがそう呟いたのが合図と言わんばかりに五体のトレヴァーファルコの三つ首から三点バーストのように発射される黒い光弾を、六体のスコルピワスプがサソリのしっぽから散弾のように広がる大きな針を飛ばしてくる。
「――っ」
ベルアールは身を屈めて姿勢を低くしながら駆け出す。
放たれた弾幕の嵐を、器用に身をよじって躱したり、魔導ハンマーを盾代わりにして防いだりして、一番前にいたトレヴァーファルコの背後に回った。
――と同時にベルアールに当たらなかった光弾や針が結界に触れて反射していく。
反射と言っても真っ直ぐ跳ね返っているわけではなく、四方八方飛び跳ねるようにして結界内を縦横無尽に跳ね返っている。
そのいくつかが唖喰達にダメージを与えていく。
唖喰達も自らの放った攻撃によってダメージを負うなど思いもしなかったようで、
ベルアールが防御術式を使わずに回避に徹したのは、守りに徹するより短時間で殲滅するためである。
ベルアールは魔導ハンマーを両手で縦向きに握り直し、勢いよく上半身を後方に逸らして魔力を込められたことで淡い桃色の光を纏うハンマーを、結界で反射する攻撃の盾代わりにしたトレヴァーファルコに向けて叩きつける。
「グアァッ!!?」
ブリッジの姿勢でトレヴァーファルコを塵にしたベルアールは魔導ハンマーから手を離してその勢いのまま地を蹴って宙に飛び上がり、身を縦に翻して攻撃を仕掛ける。
「攻撃術式発動、光槍六連展開、発射」
ベルアールの後方に展開された六つの魔法陣から一本ずつ光の槍が放たれ、トレヴァーファルコに三本、スコルピワスプに一本、シザーピードに二本突き刺さる。
「――グエエッッ!!」
ベルアールが声のした方に視線を向けると、五体のリザーガ達が宙返りをしている途中だった。
リザーガの宙返りは突進を仕掛ける予備動作であるため、空中で身動きの取れないベルアールに目掛けて突進をするつもりだろう。
当然、ベルアールにはそのままやられるつもりは毛頭ない。
「……
そう呟くと、先程手放した魔導ハンマーが消えたと同時にベルアールの左手にハンマーの柄が握られていた。
左手で握った魔導ハンマーに魔力を流し込み、今まさに突進を繰り出してくるリザーガ達に向けて固有術式を発動させる。
「固有術式発動、エア・シェイク」
魔力の籠ったハンマーを振り抜くと、ベルアールの前方を魔力が放射線状に走り、リザーガ達のいる空間が大きく振動した。
その振動を受けたリザーガ達は突進中の運動エネルギーも影響したのか塵となって霧散していった。
〝エア・シェイク〟はアルベールの固有術式〝アース・シェイカー〟の対となる固有術式で、放射線状に施した魔力による干渉によって、空間に衝撃を発生させることによって唖喰に攻撃する。
ベルアールが着地すると、再びトレヴァーファルコとスコルピワスプによる弾幕攻撃が放たれるが、それに動揺することなくベルアールは防御術式で障壁を展開ことによって攻撃を防いでいく。
障壁を展開するためにその場から動けないベルアールに向かって二体のシザーピードがジクザクの軌道で弾幕を回避しながら接近していた。
シザーピードが獲物を両断しようと大きな鋏を広げて襲い掛かってくる。
このまま障壁を展開していては、ベルアールは障壁毎鋏で真っ二つにされてしまうだろう。
「Shit……仕方ない……!」
ベルアールは舌打ちをしながら障壁を解除して、魔導ハンマーを左から右に水平をなぞる様にして振りぬくことで、二体のシザーピードを殴り飛ばして塵に変える。
障壁が無くなったことで、飛び交っていた弾幕攻撃のいくつかがベルアールに被弾していく。
魔導装束に魔力を流すことで防御力を底上げし、急所を腕や魔導ハンマーで庇うことでダメージを最小限に抑えているが、それでも光弾を受けた腕や足には内出血による鬱血が起き、針が皮膚に細い傷をつけていった。
さらに残っているもう二体のシザーピードが鋏を広げながら接近してきていた。
「
今魔導装束に流している魔力を魔導ハンマーに流してシザーピードを迎撃することは出来る。しかし、そうすると致命傷とまではいかないでも光弾の直撃と針に貫かれることが避けられず、重傷を負ってしまう。
治癒術式で怪我を治せるとはいえ、この弾幕攻撃を止めることが出来なければ状況が好転せず、結局魔力の無駄遣いをして徒労に終わってしまうことは予想できた。
かといってこのままではシザーピードの鋏によって体を上下に両断されてしまうことも事実であり、ベルアールは攻めるも守るも厳しい状況になっていた。
そして二体のシザーピードがベルアールに向けて鋏を振りかぶったと同時に、
「シャオラアアアア!! ヒトの妹に手出しは厳禁だよ!!」
聞き慣れた声が響いて閃光が迸った。
その閃光によってベルアールに肉薄していた二体のシザーピードが塵となった。
光が収まらない内に声が続けて聞こえた。
「防御術式発動、結界陣展開!」
ベルアールと声の人物の足元に二人を囲むような大きさの魔法陣が現れ、筒状の結界によって唖喰の弾幕攻撃から守られる形となった。
「
双子の姉であるアルベールだった。
逃げ遅れた一般人の救助を終えてここに駆け付けてくれたのだ。
「
「Ok……治癒術式発動」
姉の勧めるままにベルアールは自分の体に治癒術式を発動させて傷を治す。
治療を終えたベルアールの魔導装束は、スカートの裾や一部が切れてしまって若干露出が増えていたりしているが、当人は気にしている様子は無く“戦闘後に修復してもらえればいい”と考えていた。
「ヨシ、ここからはワタシ達の番だよ!」
「Yeah……一転攻勢」
アルベールが結界を解除するのと同時に、二人はハンマーを構えながらベルアールは左方向に、アルベールは右方向にステップすることで左右に分かれる。
唖喰達はどちらに攻撃をするのか一瞬迷う。その一瞬を見逃すはずも無く二人は着地と同時に前方に駆け出す。
「……Smash!」
「ホームランだよ!!」
まずは一番前に出ていた二体のシザーピードをハンマーで叩き潰す。
スコルピワスプ達が針を放ってくるが、その時には二人共攻撃術式の発動を済ませていた。
「「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」」
一人だけで発したのではと思われる程綺麗に声を被せた二人が放った合計六本の光の槍は、針を放とうとした六体のスコルピワスプ達を貫いていき、塵に変えていった。
これで残っているのは四体のトレヴァーファルコだけである。
そのトレヴァーファルコ達は二体が三つ首の口から光弾を放ち、もう二体が爪で二人を切り裂かんと近接戦を仕掛けて来る。
接近してくるトレヴァーファルコの爪を防御術式で防ごうと、ハンマーで受け止めようと後方にいるトレヴァーファルコの光弾に晒されてしまう。
そうなれば必然的に足を止めることとなり、立ち止まった片方を狙い撃ちにするつもりだろう。その意図を察した二人は互いの前方から接近してくるトレヴァーファルコを見据えて術式を発動させる。
「「攻撃術式発動、重光槍展開、発射!!」」
大きな光の槍がトレヴァーファルコ達を貫き、後方にいるもう二体も貫ければ良かったのだが、残った二体のトレヴァーファルコ達には三対の翼で宙へと羽ばたくことで槍を回避された。
さすがに戦闘前にベルアールが張った結界からは出られないため、二階建ての建物より少し高い位置までしか飛べないが、それでも制空権を取られたことに変わりは無い。
「「グエエッ!!」」
そして空中から再び光弾を連続で吐き出してくる。
アルベールは光弾を回避しながら双子の妹の名を声に出して呼ぶ。
「ベル!」
「! Ok」
アルベールは防御術式による結界を発動して光弾を防ぎながら魔導ハンマーを右下に構える。
アイコンタクトで姉が何を求めているのか察したベルアールは、光弾の雨の隙間を潜り抜けてアルベールの隣へと跳躍する。
ベルアールが着地したのはアルベールの右隣りではあっても地面ではなく、ハンマーの上であった。
「レディ~、Go!!」
アルベールが掛け声とともにハンマーを振り上げ、ベルアールはその勢いを利用して空中にいる二体のトレヴァーファルコの元へ大きく跳躍する。
一瞬でトレヴァーファルコ達を通り過ぎたが、ベルアールは反転して自分が張った結界を蹴って降下しながら固有術式を発動する。
「固有術式発動、ブレイブ・レーヴァティン」
詠唱を終えると同時に魔導ハンマーの打撃部分から小柄なベルアールでなくとも大きな――二メートルにも及ぶ――光が迸り、光の大剣と化した。
「……Finish!!」
その光の大剣をベルアールは横薙ぎに振るってトレヴァーファルコ達を両断し、身体が上下に分かれたトレヴァーファルコ達はサラサラと塵になって消えていった。
シュタっと華麗に着地したベルアールのもとにアルベールが駆け寄って労いの言葉をかける。
「ベル、お疲れさま~。ベルは出来る子だっておねえちゃんは信じていたよ!」
「Thank you……アルも無事で良かった」
「トーゼンだよ!」
ムフーと息を漏らしながらドヤ顔をする姉にベルアールは苦笑する。
残っているのは東方面にいる二体の上位唖喰と南方面にいるベルブブゼラルだけとなったが、後者はゆずや季奈達が相手をしているため、二人が次に向かうのは東方面ということになる。
「ベル、次は東方面にいる大型が相手だね!」
「Yes……早く片付けよう」
「ソウダネ!
さっきみたいにベルがピンチになるまで待っていたら時間がもったいないからね!」
アルベールがそう言った瞬間、ピシリと空気が凍りつく音が響いた。
「……
ベルアールはまず自分の耳を疑ったが、何度思い出しても聞き間違いではないことは分かった。
だがそれでも姉の口から出た爆弾発言については理解出来ても到底受け入れられるものでも無い。
つまり、本当はもっと早く着いていたのに明らかな自己陶酔の為にあのタイミングまで様子を見ていたということだった。
その事を理解したベルアールは光の消えた目で姉を睨みつける。
睨まれたアルベールは滅多に怒らない妹の表情にたじろぐ。
「ベ、ベル? そりゃちょっとカッコイイことしたいな~とはいえ、ピンチになるまで様子を見ていたのは悪かったよ……だからそんな目でおねえちゃんを睨むのは止めてほしいな~って思うんだ~?」
アルベールは必死に弁明するが、氷河期を感じさせる程冷え切った目をしたベルアールには情状酌量の余地はなかった。
「……
「イヤアアアアアアアアア!!!」
唖喰よりも身内の対応の方が大変だったと、後にアルベールは語った。
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