111話 ゆずとエルセイ姉妹


 七月三十日。

 司君がベルブブゼラルによって昏睡状態に陥ってから一週間が経ちました。

 

 私は羽根牧駅から一駅先にある与野刈ショッピングモールに来ています。


 今日の私の装いは、夏らしくピンクのキャミソールの上に、袖がフリルになっている青と水色のストライプ柄のオフショルダーTシャツを重ね着して、白色のスカートは膝丈程の長さのものを穿いて、靴は黒のヒールサンダルです。


 集合場所になっている与野刈駅東口改札前には、後姿ですが既に私以外の五人が揃っているのが分かりました。


「あ、ゆっちゃ~ん! おはようございますです!」

「おはようございます」


 私が来た事に気付いた翡翠ちゃんから挨拶をされた私は翡翠ちゃんに挨拶を返しました。


 翡翠ちゃんは淡い橙色のワンピースチュニックのトップスに、ボトムは紺のホットパンツを穿いて下には黒のスパッツを着けていて、靴は赤と黄色のショートブーツを履いています。


「おはようさん、ゆず。今日も暑うなるんやって」

「オッハヨ~ユズ!」

「Good morninおはようg……」

「はい、おはようございます」

 

 季奈ちゃんは着物ではなく、黄色の半袖ブラウスに丈が足首辺りまである緑と青のチェック柄のマキシスカートに白色のフラットサンダルという恰好です。


 アルベールさんとベルアールさんは紫と白の半袖パーカーと茶色のハーフパンツ、白のソックスにグレーと黒のスニーカーを履いていて、二人が被っているパーカーのフード部分には動物の耳を模した可愛らしいデコレーションがされています。


 アルベールさんには犬耳、ベルアールさんには猫耳が付けられていて、二人共可愛く仕上がっています。

 

 翡翠ちゃんに続いて季奈ちゃん、アルベールさん、ベルアールさんも同じように挨拶をしてくれました。

 

「おっはよー、ゆず」

「おはようございます、鈴花ちゃん」


 そして鈴花ちゃんはいつもポニーテールにしていた髪を下ろして、白色のTシャツの上にミニジーンズジャケットを羽織って、緑色の迷彩柄のカーゴパンツにベージュのフリンジブーツといつもより大人っぽい雰囲気でした。


 本当は今日こうして買い物に来るつもりはありませんでした。

 一日でも早く司君を助けるために柏木さん達と同様ベルブブゼラルを探そうとしたのですが、昨日一日中駆けずり回ったのだから休めと鈴花ちゃん達に念押しされたことで、買い物に同行することになりました。


 そもそも、そんな行動に出た理由としてはまたベルブブゼラルによって昏睡状態させられた人が十人も判明したからです。


 これ以上被害者を増やさないために一日をかけて羽根牧区内を捜索しましたが、ベルブブゼラルの姿を見つけることは出来ませんでした。


 あの日に遭遇した際に取り逃がしてしたことも併せて悔しさを感じるまま、私は鈴花ちゃん達の後ろに付いて行きながらショッピングモールの中に入りました。


 与野刈ショッピングモールは西棟と東棟の三階建ての建物が二つあって、西棟は家具や衣服に服飾系列のお店が多く、東棟は電化製品や趣向品を取り扱う系列のお店が多いと、目的によってどちらの棟に行くのか行動しやすい構造になっている……ということが事前調査で把握済です。


 こういった事前に行く場所に関する調べものは司君から教わったことです。

 今日は夏物の衣服を買うために訪れているので、西棟をメインに行動する予定です。


「六人で固まって動いてもちょっと窮屈きゅうくつだろうから、三人二組に分かれよっか。昼ご飯を食べる時に合流して、メンバーを替えてまた別行動でいいかな? あ、お昼はどうする?」

「ひーちゃんはざるうどんを所望しますです!」

「ワタシはざるそばを食べてみたいなぁ」

Me tooワタシも……日本の食べ物を食べたい」

「なんで和食に偏ったん……まあ夏やしええけどな」


 鈴花ちゃんが今日の行動指針をまとめていって、昼食をどうするかの話になりました。

 翡翠ちゃん達の希望で、すでに和食に決まりそうですね。


「ゆずも和食系にする?」

「はい、異存はありません」


「本当に? 中学生達に無理して合わせなくても食べたいのがあったら遠慮しなくていいよ?」

「だ、大丈夫です!」


 何だか鈴花ちゃんから〝圧〟を感じます……。

 私が和食じゃない物を食べたいのではと勘繰られているみたいです。


 鈴花ちゃんに大丈夫だと訴えると、折れたのか渋々と引いてくれました。

 何か不安にさせてしまったのでしょうか?


「……ん、それじゃお昼は和食で決まりね。場所は……〝真田の蕎麦屋〟に十二時集合でいい?」


 鈴花ちゃんの提案に全員賛成して、早速私たちは三人二組に分かれて別行動を始めました。


「ユズ、これはどう?」

Wait待って……こっちの方がユズの髪色に合ってる」

「お二人が選んで頂いた物ならどれもよいのですが……」


 私は午前中はアルベールさんとベルアールさんの二人と回ることになりました。

 季奈ちゃんと翡翠ちゃんは鈴花ちゃんと一緒に行動しています。


 アルベールさん達は自分たちの分を選び終えると、私に似合うアクセサリーを選び始めました。

 国が違えば美的感覚も違うため、彼女達の選んだアクセサリーは中々面白いものがありました。  


 ふと、司君とデートに行った際に二つのアクセサリーのどちらが似合うのか尋ねたことがあったことを思い出しました。


 司君はどっちも似合うと言ってくれて、私は嬉しくてどちらも購入したというたったそれだけの……私にとって当たり前で幸福な出来事です。


 司君が昏睡状態になって一週間が経つということは、司君の声を一週間も聞いていないことと同じです。


 司君が私の名前を呼んで、私が司君の名前を呼んで、私が疑問に思ったことを尋ねれば答えてくれて、戦闘が終わればお疲れ様と頭を撫でてくれて……。


 この一週間だけでそれらが恋しくて堪りません。

 でも、病院で眠る司君に呼びかけても返事はなく、手を握っても握り返されず冷たいままです。


 そう感じる度にベルブブゼラルへの憎しみは沸々と湧いて来るように感じます。

  

Thinking考え事? 話せば楽になる」

「えっ?」


 不意にベルアールさんに話掛けられて、私は二人と買い物中であるにも関わらず思考に耽っていたと理解しました。


「すみません、少しベルブブゼラルのことで考えていました……今日は休日だというのに申し訳ありません」

「エッ、別に謝る必要ないでしょ?」

I do no気にしt mindてない……」

「そうですよね、簡単に許せることでは……え?」


 予想していた返事とは違う言葉に私は呆気に取られました。

 

「ダッテサー、ユズはワタシ達とこうして買い物に来てくれるけど、〝破邪の戦乙女ヴァルキリー〟だったら絶対に来ないもん。その分ユズの方が接しやすいからね」

Exactlyその通り……日頃から仲が良いと連携も取りやすい」

「〝破邪の戦乙女〟……」


 世界中にいる魔導士・魔導少女の中で最高序列に位置する五人の内、二つ名に違わぬ突出した美しさと華麗な戦いぶりを誇るアメリカ所属の二位の魔導少女です。


 性格は季奈ちゃん曰く司君に出会う前の私に似ていると話していたことを思い出してなるほどと納得しました。


 司君と会う前の私は周囲の魔導士達を味方と認識していても仲間とは思っていませんでした。

 彼女もそのような性格であれば、今のアルベールさんの話も頷けます。


「でも、普段からの仲の良さで連携に変化が出るなんて……」

「アマイ! 職場での共同作業において、苦手な人とそうじゃない人でモチベもやりやすさも天と地の差があるんだよ!!」

namelyつまり……ユズがワタシ達を頼らなかったのは、ワタシ達をよく知らないから」

「ソウソウ、これから仲良くなってお互いを知っていけばいいだけだもん!」

「お互いを知っていく……」


 アルベールさん達の言葉を受けて、初咲さんから言われたある言葉が頭を過りました。

 

『ゆずの中に他の魔導士の動きに対する期待が一切感じられなかったわ……まるで自分以外の魔導士では悪夢クラスの唖喰に敵わないという風にね』


 私が慢心していると突きつけた初咲さんがそう告げた根拠……実際に私は柏木さんが唖喰の大群を薙ぎ倒していく様を見て、あの人にそれだけの実力があるとは知りませんでした。

 

 初咲さんの言葉とアルベールさん達の言葉を借りるのであれば、私は柏木さんをよく知らないから彼女の実力を計れなかったということになります。


 だとすれば、私は……。


「あれ、並木さん。久しぶりじゃん」

「! 石谷さん」


 不意に声を掛けられたので、振り向いてみると、同じクラスで司君の友人である石谷さんでした。

 

「奇遇ですね。石谷さんも何かお買い物ですか?」

「ああ、まあその……最近気になってる子に三日後に会う約束してるんだけど、何かアクセサリーとかプレゼントしようかと思って見て回ってるところなんだ」

「そうなのですね……」

「んで、後ろの可愛い外国人の双子って並木さんの知り合いなの? 美少女の周りには美少女しか集まらないってくらいの可愛さだね~、これは将来有望だわ~」


 あ、あまり二人に好色な目を向けては……と言う前には手遅れでした。


「A mootfully pervertedじっとりと見るな変態 metamorphosis」

「I will notify通報するよyou?」


 いまいち分かりにくい配慮をした上での罵倒がアルベールさん達から出ました……。


「……わぁ、何言ってるのか分からないのに、罵倒されたことだけは分かっちゃった……」


 石谷さんの目から光が失われていました。

 

「あの、流石に初対面の男性に好色な目を向けられるのはいい気分ではないので、そういった行動は控えたほうがよろしいかと思います……」

「はい、ごめんなさい……」

「お、お詫びと言っては何ですが、プレゼントのアクセサリーを選ぶのをお手伝いさせて頂いてもいいでしょうか?」

「えっ!? いいの!? 助かる~、同じ女子目線なら安心して選べるぜ!」


 ほっ、何とか持ち直せたようです。

 

「ところで並木さん、司がどうしてるか知らない? 最近電話してもRINEしても返事がなくてさ~」

「――っ!!」


 石谷さんから司君の様子を尋ねられて、私は本当のことを言えないもどかしさと、司君の現状を思い返して胸が締め付けられるように痛むのが解りました。


「えっ、どうしたの並木さん!?」

「I got mine ste地雷踏みやがったpped……」

「Coincidentally it偶然とはいえ酷い is terrible……」

「だから何で意味だけ分かるように言うの!? 怖いよ君等!?」

「あの、大丈夫……ですから……」


 不意打ちのように司君の話題を出されて思わず動揺してしまいました。

 石谷さんの口ぶりからすると、司君の現状について知らないようです。


「司君は……用事で遠くに出かけているのですが、携帯を忘れて行ってしまったと鈴花ちゃんから聞いています」

「マジかぁ~、デートの注意点とかアドバイスをもらおうと思ってたのになぁ……」


 咄嗟にでっち上げた嘘を石谷さんはあっさり信じたようです。

 それにしてもデートの注意点ですか……。


「私も経験豊富というほどではありませんが、何か助言になるかもしれません」

「俺もう並木さんに足向けて寝れねぇや……」


 石谷さんから感無量といった表情を浮かべながらお礼を言われました。


 そうしてプレゼント選びとデートのアドバイスを終えて石谷さんとは別れました。


 その間、アルベールさん達は私と石谷さんの様子をじっと見ていましたが、何か気になることがあるのでしょうか?


「ネエネエ、ユズ」

「はい、何でしょうか?」

「デートの経験があるってさっき言ってたね」

「はい、言いましたよ」

「デートの相手ってニチジョウシドウカカリのオニイサンでしょ?」

「はうっ!!?」

「Easy to unders分かりやすいtand……」


 先程とは違う意味での不意打ちを受けてしまいました……。

 どうして司君だとバレてしまったのでしょうか?


「ど、どうして……?」

「ユズの周りで一番仲が良さそうな男の人って言ったら、そのおにいさんしか思い付かないもん」

「Simple thin単純なことg……交友関係の男女比からの簡単な予測」

「ううぅ……」


 以前から司君にもう少し男性の友人を増やさないかと言われたことがあるのですが、何だか下心が見え透いているせいで気後れしてしまい、中々実行に移せなかったことがあります。


 そのため、司君以外の男性との交流は全くと言っていいほど変化がありません。そんな方法でバレるなんて思っても見ませんでした。


「イヤァ~、ユズっも隅に置けないね~」

「Life short, love命短し恋せよ乙女 maiden……」


 アルベールさん達が凄くにやけた表情を浮かべながら私を見ています。

 い、居たたまれません……。


「ユズ、そういうことならワタシ達の力、いつでも貸してあげるよ」

「え?」

Reason理由は……ユズの大切な人を助けるお手伝いがしたい」

「アルベールさん……ベルアールさん……ありがとうございます」


 胸の奥が暖かくなっているのが分かりました。

 その気持ちを忘れないよう、私は二人にお礼を言おうと思いました。


「ベル、今何時なの?」

Wait待って……午前十一時半」

「そろそろ真田の蕎麦屋に向かって移動した方がいいですね」


 買い物も一段落しましたし、ちょうどいいということで、私達はお昼の待ち合わせ場所である蕎麦屋まで移動しました。


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