第四章 色濃く彩られる夏休み

97.5話 四章プロローグ 悪夢へと誘う蝿の笛


 七月二十日。


 静岡県某所。


「せ、せんぱ~い! 待ってください~!」

「遅いよ真彩! もう魔導士になって二年経つんだからシャキッとしなさい!」


 夜であるにも関わらず、街灯で明るい高層ビルが立ち並ぶ街の一角で、屋上伝いで移動する二人組が居た。


 先導する魔導士である女性は青みがかったストレートの黒髪を肩甲骨付近に届く長さまで伸ばしており、言動からキツイ印象を受ける。


 そんな女性の後ろをノロノロと追従する魔導士は赤色っぽい茶髪をツインテールにしていた。


 先導する魔導士……喜多嶋きたしま桐香きりかは自身の後ろをノロノロと付いてくる後輩の魔導士……智原ともはら真彩まあやの様子を時折見やりながら、ビル群の上を進んでいた。


 静岡県で魔導士として活動する二人は夜間巡回に出ている際探査術式に唖喰の生体反応を発見したため、その反応の主の元へ向かっている。


 敵数は一体だが、上位クラスが相手である可能性もあるため、二人は細心の注意を払っていく。

 

「そういえば昨日意識を失っていた人ってまだ起きていないんですか?」

「起きるどころか全くの逆。起きる気配がないみたいよ」


 先日、唖喰との戦闘の際に意識不明の女性が戦闘区域で倒れていた。

 唖喰に襲われたからかと思われていたが、被害者に外傷は見当たらず、ただ眠るように意識だけがなかった。


 何かの持病かと疑われたが運び込まれた病院で検査しても異常は発見できなかったと医師は語っていた。


 医師ではない魔導士の二人がその人物の様子を気に掛けているのは、被害者は彼女以外にも複数いることが関係している。


 そんな不可解な現象ならば唖喰の仕業と判断されても不思議ではないのだが、飽くなき食欲という本能に忠実な唖喰が人を食い殺さずに放置するとは考えられなかった。


 だが唖喰の生態や詳細は未だ不可解な部分が多い。

 そのため一概に有り得ないと切り捨てることも出来ないというのが組織の現状だった。


 特に最近日本ではポータルの出現回数、はぐれ唖喰の遭遇数などが多くなっている。

 一連の集団昏睡事件と関係があるかも併せて調査している最中に一体だけのはぐれ唖喰を発見するというのは、桐香は胸中に染み込むような不安を感じていた。


「見えてきた……」


 発動させていた探査術式で接敵まで百メートルを切ったと把握した桐香は不意打ちを警戒しながら戦闘態勢に入った。

 

「せ、先輩……」

「しっ!」


 警戒する二人の前に反応の正体である唖喰が姿を現した。

 しかし、二人はその唖喰を見た瞬間、驚愕の表情を浮かべることになった。


「――な、なに、こいつ……!?」

「うそ、そんな……」


 唖喰は多くの種類が存在するが、過去さん三百年の戦いを経てもなおその全貌が明らかになっていない。


 だからこそ、二人のように過去に出現したことのない個体――即ち新種の唖喰に遭遇することも珍しくはないのである。


 呆けたのも束の間で、すぐに冷静さを取り戻した桐香は真彩に指示を飛ばした。


「新種の唖喰だ、真彩! 至急日本支部に応援要請を!」

「は、はい! こちら日本支部応答願います! 新種の唖喰を――」


 ――ブオオオオオオオオオオオオオッッ!!!


「「!!?」」


 二人が行動を起こしたと同時に、新種の唖喰から周囲を揺らす暴風のような大音量が響いた。


「な、なにが……え?」


 を見た瞬間、桐香は全身が凍り付くような恐怖を感じた。


 そう思ったと同時に、桐香の視界は黒に染め上げられた。


 次に理解したのは自身の体の端から肉を抉られる激痛だった。


「ああああああ、があああああ!?」

「ご……ぶが……」


 グチャグチャと肉と血を混ぜた音が響き、バキバキと硬いものが砕かれる音が鳴り出した頃には二人の声は途絶えた。


 応援要請を受けた他の魔導士達が現場に辿り着いたとき、二人の物と思われる肉塊を複数のラビイヤー達が貪っており、間もなく死亡が確認された。


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