82話 動き出す歯車
二人が入り口に戻ると、既にゆずと色屋のペアは森の中に入って行ったとゴールで待機していた先生から聞かされた。
「はぁ、よし、今から二人を追って行きます」
「うん、気を付けてね」
菜々美に掛けてもらった身体強化術式の効果が切れないうちに、司は再び森の中へと駆けて行った。
ゴールで待機していた教師は、菜々美が話しかけて気を引いていため、司は容易に森の中へ入ることが出来た。
「それで、柏木先生は泉の水を飲みましたか?」
「……いえ、泉に頼らなくても、私にはたくさんの縁が巡っていますから」
「? ま、まぁ、本人が納得しているならそれでいいですが……」
待機していた教師の質問に、菜々美は特に誤魔化さずに答えた。
魔導士として戦い続けてきたのは、こんな日々を送るためだと思えて来た菜々美は、既にゴールに着いていた鈴花に声を掛けた。
「鈴花ちゃん!」
「あ、菜々美さん、司は?」
「司くんは……今並木ちゃんのところに行ったよ」
「ってことは菜々美さんにこっぴどく叱られたってわけか……」
「あれ、なんでわかったの?」
「ゆずがストーカーに狙われてることを知った菜々美さんが司に怒るのは容易に想像出来たましたよ? 大方〝何それ、バカなんじゃない!!?〟って怒られたんだろうなって思ってますよ」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
あの一連のやり取りが鈴花に予想されていたことに、菜々美は動揺を隠せなかった。
「で、菜々美さんは良かったんですか? アタシが言うのもなんですけど敵に塩を送るみたいな真似して」
「……司くんにも言ったけど、不戦勝は嫌なだけだよ」
「不戦勝って……それが普通じゃないですか?」
「自分でも変だなーって思うよ? でも司くんには流されたままの答えじゃなくて、ちゃんと自分の答えを持って、私達のことを考えて欲しいの。そのためには並木ちゃんがいないと話にもならないしね」
「……司が美沙の時以上に悩んでるわけだ」
鈴花の口から司の元カノである〝美沙〟の名前が出て来たことで、菜々美は鈴花にあることを訊いてみた。
「鈴花ちゃんは司くんの彼女とも仲が良かったんだよね?」
「あ~、菜々美さんに話したのか……まぁ、ゆずと同じく司繋がりですけど、普通に友達やってましたね」
「……二人の仲も応援してたの?」
「はい、美沙からよく恋愛相談されてましたし……アタシがもっと司と節度を持った付き合いをしてればあんなことにはならなかったんですけどね」
司は司で自分の気持ちを固めていなかったことを責めていたが、鈴花も鈴花で責任を感じていたのだと菜々美は悟った。
お互い他人より自分が原因だと自らを責める姿を見て、菜々美は美沙が何を不安に思ったのか理解した。
(確かに、ただの腐れ縁にしては二人共家族みたいな距離感だもんね)
言葉では言い表せない司と鈴花の信頼関係は、並みの恋人達よりも強固な絆で結ばれていた。
美沙はそんな二人の距離感に焦りを感じて、鈴花を問い詰めたのだと相手側の心情を理解出来た。
「鈴花ちゃんって、司くんに失恋してから新しく好きな人って出来てないでしょ?」
「え、よく分かりましたね……司以上のイケメンと仲良くなっても、友達以上には思えないんですよねー。菜々美さん、大学で良い人いませんか? アタシも菜々美さん達を見てたら恋をしてるのが羨ましいなって思ってたんです」
鈴花の言葉に菜々美は何が合点がいったように頷いたあと、鈴花の頼みに言葉を返した。
「ん~、多分今の鈴花ちゃんじゃ紹介しても意味が無いかな?」
「え、なんですかそれ!?」
「ふふ、内緒だよ~」
「えええ~!?」
菜々美の含みを込めた言葉に、鈴花は戸惑うばかりだった。
そんな二人の耳に先にゴールをして、泉の水を飲んだのかさらに仲睦まじい姿を見せる大梶と横村の話声が聞こえてきた。
「だから~本当にいたんだって!!」
「それはごみ袋と見間違えただけじゃないか?」
「そんなわけないって! あたしこの目でちゃんと見たんだから~
あの兎みたいな白い耳と赤い線のある生き物! あれってUMAだよ!」
「「――え」」
横村が口にした生物の特徴に、二人は全身に冷水を浴びせられたかのような悪寒を感じた。
菜々美は鈴花の顔を見やると、彼女も同じように感じたらしい。
菜々美は駆け足で横村に掴み掛かり、彼女の肩を両手で抑えた。
横村は菜々美の突然の行動で驚いたが、菜々美は内心で謝罪しながら彼女に生き物の詳細を尋ねた。
「え? どうしたの~、柏木先生?」
「横村さん、今の話は本当?」
「えっと、UMAのこと?」
「そう、そのUMAの特徴をもう一度教えてくれない? それでどの辺りで見たのかも教えてほしいの!」
「え、柏木先生も信じるんですか?」
「えっと、そういうのにちょっと興味があって……」
大梶の問いに菜々美は適当に誤魔化した。
正直早く確証が欲しくて一杯であるため、大梶に構っている余裕が無かった。
菜々美の変わりように戸惑いつつ、横村は答えた。
「ええっと、UMAを見かけた場所は〝縁結びの泉〟からそんなに遠くなくて、大きさはバスケットボールより大きくて体に兎みたいな耳に赤い線があったよ~」
「――!!」
息を呑むとはこの事だろう。
それはこの合宿中に見かけることはないだろうと思っていた生き物だった。
最下級の唖喰、ラビイヤー。
唖喰がこの島にいる。
そう思った時に菜々美は肝試しの入り口まで走り出していた。
隣には鈴花も並走している。
「ねえ菜々美さん! あれがいるのに警報も何も無いってことは……」
「多分、はぐれ! もう、なんで修学旅行の時に!!」
やり場の無い怒りを愚痴に混ぜながら入り口に向かっていると、ある人に呼び止められた。
「おお、君達は!」
「馬場さん!?」
「知ってる人?」
「はい、今日の午後の体験講習の時に……」
午後の体験講習でスキューバーダイビングのインストラクターをしていた男性――馬場だった。
しかし菜々美はまずいと思った。
唖喰が現れていると分かった以上、ここで時間を取られるわけにはいかないからだ。
「すみません馬場さん、ちょっと用事が……」
「? なんだか切羽詰まっているようだが何があった?」
「ええっと、その、説明している時間が勿体ないというか、説明が難しいのもありますし……」
「……もしかして〝唖喰〟か?」
「そう! そうです……え?」
「な、なんで馬場さんが知っているんですか!!?」
「知っているもなにも俺は組織からこの島の警戒を任されているからな。君達の特徴も教えてもらっている」
本島から離れたこの島に組織の構成員がいたことに、二人は驚きつつも、それなら話は早いとばかりに状況の説明をする。
「馬場さん、肝試しから戻った学生からはぐれを見かけたっていう情報がありました! 幸い襲われることはなかったんですが、ラビイヤーと特徴が一致しています。他のはぐれがいることも考慮して今すぐ肝試しを中断して、今森の中にいる他の人達の安全の確保とはぐれの討伐をするために手を貸してください!」
いちいち質疑応答をしている暇はない。
まくしたてるように状況を説明して協力を仰ぐことにした。
「……流石魔導士だな、たったそれだけの情報で今森の中で起きている状況と迫る危機を察知できるとは……と、感心している場合じゃないな……ではこうしよう。今から森の中にいるであろう並木ゆずに連絡、そして彼女とペアの男子からのSOSメールを偽装するんだ。そうすることで先生方に肝試し中止の説得力を持たせる。俺が先生達と集団で森の中に入るから君達は別ルートから森に入って他の生徒たちの安全を確保してほしい」
年季は違うというべきか馬場は即座に作戦を組み立てていった。
鈴花は素早くゆずと司に状況説明と作戦内容を伝えるために電話を掛ける。
「私、探査術式を発動させます……探査術式発動!」
菜々美は目を閉じて、探査術式を発動させる。
彼女の瞼の裏に、レーダーが表示されるが……。
「――え!?」
「え、どうしたんですか、菜々美さん?」
「百、百三十……ううん、それより多い! しかも中央公園に唖喰の生体反応が密集してるってことは……ポータルが開いてる!?」
「はあ!? でもおかしくないですか!? ポータルが出たら警報が鳴るはずなんじゃ……」
「そのあたりは俺が日本支部に聞いておく! 今は唖喰の対応が優先だ!」
戸惑う二人に馬場は叱責を飛ばす。
それにより二人は多少の冷静さを取り戻す。
「だが唖喰の数が多いとなると魔導士が一人だけでは手が足りない……」
「っ、そうですね……森の中の唖喰を討伐する人と関係者をホテルに集めて警戒する人……鈴花ちゃん、並木ちゃんと司くんに連絡は着いた!?」
「――っ駄目です! 司には繋がったんですけど、ゆずには何度連絡しても繋がらないんです!」
「そんな……」
ゆずが電話に出ない――否、出られないということは、件のストーカーが何らかの手段でゆずの行動を制限しているということになる。
負の連鎖がこんなときに繋がってしまっていた事態に、菜々美は動揺を隠せない。
今から日本支部に連絡しても、魔導士と魔導少女の編成と転送術式の準備など早く見積もっても二十分以上は掛かる。
それでは島や人への被害が出てしまう。
(昨日の昼頃に季奈ちゃん達が来たけれど、あの時作った転送術式の魔法陣はもう消してしまってる……本島から離れてるここに座標を合わせるのには時間が掛かっちゃう……!)
菜々美はあの時、二人に魔法陣を残しておくよう言っておけばよかったと後悔したが、今それをしている暇はないと首を横に振る。
「せめて並木ちゃんと連絡がつけば……」
「っく、この今に魔導士がいれば……!」
打開策が出ない二人に、ゆずに電話を掛け続けていた鈴花は一度深呼吸をして二人の前に出て来た。
「あの、アタシ、魔導少女なので何とか出来るかもしれません……」
「! そうなのか! なら頼もしいな!」
「鈴花ちゃん、それは……」
馬場は光明を見出したかのようだが、菜々美は鈴花の提案に不安でしかなかった。
「……鈴花ちゃん、大丈夫なの?」
「何がですか?」
「唖喰と戦うかも……ううん、交戦は避けられないだろうから戦闘は確実だよ……トラウマだってまだ拭い切れていないのに……」
「だから何が言いたいんですか?」
「怖くないの?」
そう、鈴花はゆずと同じ魔導少女ではあるが、上位クラスの唖喰に殺されかけたことがある。
その時に戦う意思を折られて、今では後方支援に回っている。
死にかけたトラウマから以前観測室で唖喰の姿を見た時は目に見えて怯えていたと菜々美は司から聞いたことがあった。
そんな状態なのに自分から名乗り出たのだ。
心配するなというほうが無理な話である。
「……唖喰とは無関係の人達が殺されるかもしれないでしょ? それなのに〝戦える力があったけど、怖くて戦えませんでした〟じゃ絶対後悔する」
「それはそうだけど……」
「よくいわれるじゃないですか。悔いが残るならなるべく少なくなる方を選べって。アタシにとって今戦うことが一番後悔しないで済むから……」
そう言う鈴花は頼もしくはあるが、やっぱり恐怖を押し殺した表情をしていた。
それでも引く姿勢を見せない鈴花を見て、菜々美は大きくため息をついたあと……。
パァンと大きな音を立てて、彼女は鈴花の背中を思い切り叩いた。
「痛ぁ!?」
「絶対に無茶はしないこと。危ないと思ったらすぐに逃げること。この二つを必ず守って……それが条件だよ」
「……菜々美さん……解りました!」
鈴花は菜々美の提示した条件を呑んだ。
「それで、まずはどうするんだ?」
「まずは森の中に入っている先生方や生徒達の救助を優先するために、私と鈴花ちゃんが二手に分かれて行動します」
「ホテルはアタシが結界を張っておきます! アタシの方が魔力量に余裕があるんで!」
「分かったよ。一通り救助を終えたら、私がホテルの周囲の警戒、鈴花ちゃんは並木ちゃんと合流して唖喰の討伐に専念して!」
話がまとまったことにより、三人はそれぞれ行動を開始する。
(司、ゆず……お願い、無事でいて!)
鈴花は未だ恐怖を訴えてくる左腕を抑えつつ、まずは肝試しを中止するためにスタート地点まで走った。
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