64話 修学旅行準備


 五月二十五日。

 

 今日は朝のホームルームの時間と一限目を使って、海洋合宿における様々な事項を決めることになった。


 でも一個気になるんだよなぁ……。

 

 なんで教育実習生である菜々美さんが一緒に居るのかってことが。

 関係ないはずですよね?


「それではまず、修学旅行中における班を決めましょうか」


 さっちゃん先生の司会進行に合わせて班やバスの座席に部屋割りを決めていく中で、まず班を決めることになった。


 班は男女各三名ずつの計六人で行動する。このクラスは男子十八人、女子十八人の合計三十六人だから、六組の班が出来る。


 この班決めはとても重要だ。

 中の良いやつと組めたらそれでいいが、体育の「はい、二人組み作ってー」でペアの人が出来ないぼっちには苦行でしかない。


 最悪周りは仲良い人達で自分だけその人達となんの交流もない状況が出来上がったりする。

 

 クジか生徒の自主性に任せるかはわからないけど、どうかまともな結果になりますように!


「班決めは……皆さんで決めて下さい」

「「「「っしゃああ!!」」」」


 男子達がガッツポーズをした。

 これなら自分達がゆずと同じ班になれると希望を見出したからな。

 その中で俺はホッと安堵のため息を出していた。

 これで少なくともゆずと鈴花の二人とは同じ班になれると思ったからだ。

 まぁ、俺はともかく二人は確実に同じ班になるだろ。


 早速男子達が立ち上がってゆずの席の前に集まった。


「「「並木さん! ぜひ俺達と一緒に……」」」

「えっとすみません。一緒に班行動したい人は決めているので、お誘いには乗れません……」

「「「orz……」」」


 ゆずと一緒に行動したいという欲望垂れ流しな男子達の誘いを、ゆずはやんわりと断った。

 振られた男子達は見事な四つん這いを披露して撃沈した。


 ゆずは席を立って、俺の近くに来た。

 あーまあそうなるよな……。


「司君と一緒の班になっていいですか?」


 男子達が断れオーラを発しているが、素直に乗ってゆずを傷つけるわけにはいかないので俺は二つ返事で了承する。


「おう、よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 俺の返事を聞いたゆずの表情がパアァッと笑みを浮かべてそういうと、男子達が鼻血を出していった。汚いなぁ……。


「あ、ならアタシも~」


 流れに興じて鈴花も同じ班になった。

 なんかいつも通りのメンバーだな……。


「あ~、竜胆、僕もいいかな?」

「あれ? 色屋しきやつくだ達と一緒じゃなくていいのか?」

「男子それだと男子が四人になっちゃうし、どうしても一人あぶれちゃうから、僕が先に抜けたんだ」

「そうなのか……」


 色屋しきやすぐる

 黒髪に茶色の目をしてて、佃を筆頭としたガチオタグループの一員で一番のイケメンだ。

 これはグループの中でっていうより、2-2組で一番だ。


 ただし、オタクであることが災いして彼女がいたことがない。


 そんな色屋とはアニメ談義で盛り上がったことがあるんだけど、班の人数制限で自分から率先して抜けたようだった。


 自然と気遣いが出来る良いやつ。

 しかもそれでイケメン、なのにオタク。

 色々惜しいやつだ。


 ……いい機会だしそろそろゆずにも他の男子と交流を持ったほうがいいかもしれない。

 既に好意が俺に向いているけど、友達が増えること自体は悪いことじゃない。


「分かった。俺からゆず達に話しておく」

「ありがとう」


 色屋がニコリと微笑んだ。

 イケメンの爽やかスマイルは大変絵になる。

 

 ゆず達にも色屋が班に加わっていいのか聞くと……。


「司君が良いと判断したのでしたら反対はしません」

「まぁ、色屋だったらアタシも良く知ってるし、いいよ」


 そんな感じに二人の許可を得て色屋も俺達の班に入ることになった。


 後男女共に一人ずつ。

 

 後は誰が来るのか、それともこっちから声を掛けるべきか?

 

「あ、竜胆君、私も班に入っていいかな?」

 

 眼鏡に茶色の髪を三つ編みにして左肩に流している2-2組の委員長――中村美佳さんが俺に話しかけてきた。

 それも班に入りたいという希望だった。


 普通ならぜひと言いたいところだが……。


 俺は知っている。

 この一見真面目の権化みたいな委員長が、俺の両親に勝るとも劣らない恋愛脳だということを。


 俺とゆずの中を一番勘繰って来てるのも、菜々美さんとの仲を勘繰って来るのも、大体この人が筆頭となって根掘り葉掘り暴こうとしてくる。


 そんな彼女を見ていると嫌でもあの両親を思い出すので、大変心苦しい。


 正直班に入れるとロクなことにならない気がする。

 それでもこの人は鈴花を除くとゆずと仲が良い女子だったりする。


 あれ? 

 これ外堀埋められてない?

 って気付いた時にはすっかり仲良しになってた。


 ……仕方ない。

 ゆずのためだ。


「分かった。ゆず、委員長が班に入っていいかってさ」

「はい、美佳ちゃんなら構いませんよ」

「やったー、ゆずちゃんありがとうー(これで二人の恋愛模様を間近で見れる……!)」

「? 何か言いましたか?」

「なんでもないよー」

 

 やっぱり嫌な予感しかしない。

 でもゆずが嬉しそうだから我慢しよう。


 そう、うちの親と同じように扱えばいい。


 後は男子が一人だけなのだが、こうなってくると、余った一枠を賭けて男子達が醜い争いを繰り広げ出すのだ。


「「「「じゃんけんグー!! パー!! チョキ!!」」」」


 俺と色屋、彼女のいる大梶を除いた男子十三人がじゃんけんで争うが、人数が多くて中々決まらないため、俺は同じ班の四人にある提案をする。


「最後に余った男子一枠に石谷を誘っていいか?」

「……え?」


 鈴花が正気を疑う目を向けてくる。

 やめろ、確かにスケベ野郎だが、俺の数少ない男友達なんだから……その中でゆずと一番交流があるのは石谷しかいないからな?


「私は司君が決めたことに反対しませんが……」

「僕も並木さんと同じで」

「私も同じく」


 鈴花以外の三人から賛成意見が上がり、残りは鈴花の意見だけだが……。


「……まあ石谷一人ならどうにか出来るか……オッケーよ」


 どうにかって何をするつもりなんだ!?

 前線で戦ってないだけで魔導少女の鈴花が言うと洒落にならねえよ。

 ちょっと本当に石谷でいいのか不安になったが、多分鈴花の言う〝どうにか〟は石谷が馬鹿なことをしない限り起こらないと信じるしかないか……。


 とにかく、班員の許しが出たので、俺は石谷に声を掛けた。


「おーい、石谷。よかったら…「お前は最高の親友だぜぇ!!!」…返事が早いよ……」


 あと、手の平返しが早い。

 菜々美さんに好意を向けられていることがバレた時に「お前は祖国非モテ連合を裏切った!!」という所属した覚えのない祖国から追い出されたのに……。


「よろしくお願いします石谷さん」


 ゆずが石谷に挨拶をする。

 当の石谷は……。


「並木さん、せっかく同じ班になったんだし、気軽に〝伸也君♡〟って呼んでいいんだぜ?」


 うっぜぇ……。

 確かにゆずの許可はもらったが、お前が同じ班に入れたのは俺が提案したからな?


「えっと、すみません、それはまだちょっと……」

「ジーザス!!」


 あ、断られてやんの……。

 てかゆずがはっきりと拒絶するとか珍しいな……。


「竜胆貴様ァ!! 何故俺じゃないんだ!?」

「ぼ、僕だって……並木さんと同じ班が良かったのに……」

「アーッハッハッハ!! 司との友情を築き上げてきた俺の勝ちだぁー! m9(^Д^)プギャー!!」

「「「石谷ぃぃぃぃぃ!!」」」


 怨嗟が怖い。

 醜態の晒しっぷりが酷過ぎるだろ……。

 石谷も煽るなよ。


「えっとさっちゃん先生。俺達の班はこれで集まりました」

「はい、一番早く決まったので竜胆君達の班は一班となります」


 それって男子達がじゃんけんをしていたせいで他の班の男子が決まらなかったからだよな?

 未だにゆずと同じ班になれなかったことで項垂れている男子達に、女子達が〝さっさとしろやボケ!〟っていう養豚場の豚を見るような冷ややかな目で見ていた。


 その視線を受けた男子達は恐る恐るといった感じに他の班へと加わって行った。


「それでは次はバスの席順を決めますね。こっちはくじ引きで決めます」


 そう言ってさっちゃん先生が教壇の上に箱を置き、黒板にバスの座席表を書いていった。

 クジを引いたあと、座席表にふってある番号を引いた人が座席表に自分の名前を書き込んでいく形だ。


「出席番号順にクジを引いて下さいねー」


 てことは俺が最後か。

 出席番号一番から順にクジを引いていったが、男子がクジを引く前に神頼みする様子がちらほら見られた。


 そんなにゆずと隣の席になりたいのか……。

 

 やがて俺の番が来て、クジを引くと〝2〟と書かれていた。

 2番っていうと、バスの左側で一番前の列だな。


「では1番の人から名前を書いて下さい」

「はい」


 1番の番号を引いた人――この場合ゆずが立ち上がった。

 1番の人からってことで最初に立ったのがゆずだと?

 

 俺は2番でゆずは1番……。

 隣じゃねえか。

 男子達の祈りが込められた番号を最後に引いちゃったんですけど……。

 残り物には福があるっていうけど、こんなアタリっぽい貧乏クジやだなぁ……。


「並木さんが1番ってことは、2番……クソ、11だ……!」「俺8番」「僕36番なんですけど……」「っち、18かよ」「おい2番誰だよ」「あくしろよ」「はよ」「2番のやつは死刑な」「異議なし」


 うわああああ怖い!?

 こんな空気の中で「俺が2番だ」って言わなきゃならないのかよ!?

 

 でも出ないと授業が進まないし……行くしかないよな?

 

「では次2番の人ー」


 ああもう、呼ばれたよ……。

 いや2番なんだから当たり前なんだけどさ。


 遂に観念した俺はゆっくりと席を立ちあがった。

 

 瞬間、背中に殺気を感じた。

 一つ二つじゃない。

 ごく一部の男子を除いた男子達からの殺気の視線だった。


「……2番は俺です」

「「「「「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」


 どっかの新世界の神みたいな悲鳴が上がった。

 そんなこと言われてもクジだもん。

 運だもん。

 

「妙なところで持ってるね……」

「つ、司君が隣……!」


 鈴花の憐みの視線とゆずの期待の視線も向けられた。

 まだ二人の方が優しいな。


「あ、アタシ3番だからついでに書いといて」

「お前も人の事言えねえだろ!?」


 なんでピンポイントで1から3まで揃うんだよ!

 どんな強運の持ち主だよ!?


 そうして男子達の嫉妬の視線を浴びながらも、どんどん座席表は埋まっていった。

 

 そして最後にさっちゃん先生から話があると言われた。


 一体なんだろうかと皆が注目していると……。


「今回の修学旅行……柏木先生も一緒に来てくれることになりました!」

「よろしくね」

「「「え……」」」


 俺、ゆず、鈴花の三人が声を揃えた。


 え、何?

 菜々美さん、修学旅行に来るの?


「「「「えええええええええええええええええええええ!!?」」」」



 クラス中で絶叫の歓声が上がった。 

 いやいやいや、菜々美さん、教育実習生だよね!?

 どういうこと!?


「本来、教育実習生が同行するには個人で旅費を学校に払う必要があるのですが、柏木先生は皆さんとの交流を深めたいとのことで、今期の教育実習生で唯一の参加となりました!」


 そりゃそうだろ!?

 わざわざ修学旅行に付いて行くために高い金を払う気になれないって!! 


 でも菜々美さんならその条件を簡単にクリア出来るんだよなぁ……。


 魔導士の菜々美さんにもゆずと同様給料が支払われている。

 あの人は無駄遣いとかしなさそうだし、一年も魔導士として戦って来たから貯金もあるだろうし、旅費ぐらいポンッと出すことも容易だろうな。


 でも男子達の喜びはあんまりない。

 確かに美人の菜々美さんが修学旅行に来てくれるのは嬉しいだろう。

 

 でもみんなは菜々美さんが俺に好意を向けていることを知っている。

 つまり……。


((((交流を深めたい生徒とか約一名以外いないだろ!!?))))


 俺に集まる殺気の視線がさらに強烈になる。

 ただでさえゆずと同じ班でバスでも隣同士なのに、俺に好意を向けている美人な女子大学生まで来るとなると、もう発狂した奴が俺を殺しにかかってもおかしくない。


「それで柏木先生にもバスの座席のクジを引いてもらいます。その番号でどこかの列の補助席に座るというわけです」


 公平性を期すため、菜々美さん用のクジを引くことになった。

 菜々美さんはなんの躊躇いもなく箱に手を入れ……。


「えっと、1番だね」

「1番というと、竜胆君と橘さんの間ですね!」

「オワタ……」


 この人クジ運強すぎだろ。


 今日の帰り道は月夜ばかりと思わないようにしよう。

 どこからか暗殺者がやってくるかもしれない。


 もう驚き過ぎて声も出ていない。

 そうだもんな、せめて菜々美さんが隣に来てほしいって願ってたのに、また俺の隣ですもんね。

 修学旅行……荒れる予感しかしない。

 

 そんな不安を拭えないまま、夏が来る。

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