第三章 夏と海と恋の修学旅行
63.5話 3章プロローグ 異質な視線
五月下旬。
学校の授業を終えて放課後の時間となり、学校の生徒達は部活に勤しみ、帰りに遊びに行ったりするなど、自由な時間を過ごしていた。
ゆずと鈴花はオリアム・マギ日本支部で魔導の特訓をするため、道のりにある商店街を歩いていた。
六月が近づいて来たため、日差しが強くなってきたため、二人は道中でアイスクリームを買って食べながら歩いていた。
「はぁ~、あっついね~」
「そうですね……」
ちなみに司は日直の仕事で教室に残っている。
後から日本支部に来て射撃訓練をすると言っていたため、二人は先に学校を出ていた。
「河川敷ではぐれ唖喰に殺されかけたっていうのに、よく続けられるなぁ」
「私も驚きです。司君はちょっと変わってますね」
「アタシとしてはゆずもそう大差ないけどね」
事諦めの悪さで言えば二人共相当なものだと鈴花は思っていた。
「っと、それより明日はいよいよ修学旅行のあれこれだね」
羽根牧高校では六月十日から十二日までの二泊三日の日程で修学旅行が行われる。
そのための班の組み合わせやバスの座席、オリエンテーションで回る場所などを明日に決めるのだ。
「修学旅行……」
「ゆずは小中学校の時に行かなかったの?」
「はい、どちらも行くとなると組織に休暇扱いとなるのですが、私は鍛錬のためにどちらの時も参加しませんでしたね」
「やっぱり……今回はどうするの?」
小学校の高学年から四月に転入してくるまでの間、ゆずはまともな学校生活を送っていなかった。
なら修学旅行も行っていないだろうと予測していた鈴花の考えは的中していた。
ただ、司がゆずの日常指導係になってからは、彼女の人付き合いは過去最高のものとなっている。
今でこそこうして十四歳ながら飛び級をして高校生をしているゆずだが、その本質は世界を食らおうとする怪物――唖喰から世界と人々を守る魔導少女だ。
それも一介の魔導少女ではなく、世界中の魔導士・魔導少女の中で最強とされる、最高序列第一位〝天光の大魔導士〟と呼ばれる組織において最高戦力である。
修学旅行に参加しようとすれば最低でも三日の休暇を取る必要があるが、最強の彼女が三日もいないとなれば、組織はかなり戸惑うことになるだろうと、鈴花は思っていた。
結局修学旅行に参加するかどうかはゆず次第であるため、鈴花はゆずがどうするのか問いかけたのだ。
鈴花の問いにゆずは……。
「今回は……参加します。司君や鈴花ちゃんがいますから」
「っはぁ~、良かったぁ……後で司が来た時に教えてあげなよ? アイツ絶対喜ぶから」
「え、ほ、本当、ですか?」
鈴花が司が喜ぶと伝えると、ゆずは頬を赤くして期待と不安が入り混じった視線を鈴花に向け、半信半疑といった風に尋ねた。
「本当本当! あぁ~ゆずは可愛いなー!!」
「きゃあ!? ちょ、鈴花ちゃん、ここは人前ですし、暑いです!」
鈴花がゆずに抱き着いてきた。
危うくアイスを堕としそうなったゆずだが、何とか持ち堪えた。
「いーじゃん、いーじゃん、友情のスキンシップだって!」
「もう……ふふっ」
口では文句を言うゆずだが、その表情はとても幸せに満ちたものだった。
去年まで自分がこんな暖かい日常を過ごせるとは思っていなかった。
自分には一生縁が無いと決めつけていたそれを与えてくれたのは、自分の日常指導係である竜胆司の尽力に他ならない。
ふと司のことを思い浮かべたことで、胸が高鳴った。
未だゆずは自分の気持ちの正体を知らないでいるが、焦らずにゆっくり知って行こうと決めたゆずに、焦りはなかった。
そうして鈴花と談笑しながら商店街を出る寸前……。
「そういえば鈴花ちゃん、中間テストは私があれだけ教えたのにかかわらず赤点回避がやっとだったそうですね?」
「うげ、なんでそのことを……司ね?」
「司君は鈴花ちゃんが留年しないか心配しているだけです」
「余計なお世話だってのー」
「そんなことを言わずに――っ!!?」
不意にゆずの背中に悪寒が走り、咄嗟に背後に振り返った。
「ゆず?」
「っし……探査術式発動」
ゆずの様子を不穏に思った鈴花を制止して、ゆずは目を閉じて探査術式を発動させる。
探査術式を発動させたことで、ゆずの瞼の裏にソナーのようなレーダー映像が映し出された。
そのレーダーにより、人間と唖喰の生体反応を確認しているのだった。
(……唖喰の生体反応は無し……では今の悪寒は一体……?)
しかし、ゆずのレーダーに唖喰がいる様子はなかった。
念のため索敵範囲を商店街全体に広げるが、やはり唖喰の生体反応は確認できなかった。
「気のせい? でもあれは……」
「唖喰じゃないの?」
「はい、商店街周辺に唖喰の反応はありませんでした」
「なんだか不気味だね……人気のいないところに行って、転送術式で一気に日本支部に行こうよ」
「……念のためそうしましょうか」
悪寒の正体が気に掛かるものの、すれ違う人達一人一人を観察することは出来ないため、ゆずは鈴花の提案に乗って、商店街の裏路地に行って転送術式を発動させる。
「いない……〝てんそうじゅつしき〟とか言ってたけど、ワープしたのか? だとしたら〝あくう〟とか〝まどうしょうじょ〟とかもホラ話じゃなくて、実在してるってことか?」
二人が去った地点を見つめながら、そんなことを呟く人物がいた。
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