45話 第一位と第五位の共闘 後編


「フウェルフィームとかついてないわぁ~……」


 大型の唖喰、フウェルフィーム。

 全長三十メートルに及ぶ巨体を持つ鯨の体であるが、フィームと違って体に腕は生えていない。

 しかし前肢を鳥類のようにバサバサと羽ばたかせることで、宙に浮遊しているため、行動に制限など存在していない。


 倉庫内で戦い、次に港で戦い、これで三連戦となることに季奈は面倒そうな表情を浮かべた。


 何が厄介かというと、とにかくデカい。

 この一言に尽きる。

 それだけで相手をするのも面倒だというのが、季奈の心情だ。


 一方のゆずは多少の動揺こそしたものの、すぐにフウェルフィームに対処するため、季奈に先程の続きを話した。


「和良望さん、私は潜水してポータルの破壊に向かいます。その間に……」

「あのデカブツの相手しろって言いたいんやろ? あんま気は進まんけど受け持ったるわ」

「助かります。すぐにポータルを破壊して援護に入ります」


 ゆずはそう言って海に飛び込んだ。

 フウェルフィームは単身潜水したゆずに向けてを巨体で突進しようとするが……。


「余所見しとったらあかんでぇ!! 攻撃術式発動、魔導砲発射!」


 季奈が左手を向けて魔導砲を放つ。

 直撃した魔導砲のダメージは微々たるものだが、怯ませて季奈に意識を向けさせるのには十分だった。


「やっぱ阿保みたいかったいわぁこいつ……ってうわあ!?」


 フウェルフィームは大きな鳴き声で周囲を揺らしたかと思えば六つの鼻孔から潮を噴き出すように、上空に産み飛ばされた一メートルもあるおびただしい数の稚魚が季奈に目掛けて降って来たのだ。


 それを見た季奈はすぐさま迎撃に移るために術式を発動させる。


「固有術式発動、八桜大蛇やざくらおろち!!」


 薙刀に魔力を込め、勢いよく刺突を繰り出すと、八つ首の蛇を思わせる八つの魔力による砲撃がうねるように放たれ、季奈へと降り注いで来たフウェルフィームの稚魚を飲み込んで塵にしていった。


 固有術式〝八桜大蛇〟は八つの変則軌道を描く魔力波を放つ攻撃系の術式で、八つとも季奈の意思で操作が可能であるため、追尾性に優れている。


「クゥオオオオオオオオ!!」


 稚魚を潰されたことに怒ったのか、フウェルフィームは並みの船なら丸呑みに出来るその大きな口を開けて雄叫びをあげた。


 二~三度バサバサと羽ばたくと、浮遊していた巨体がさらにふわりと浮き上がり……季奈を押し潰そうとのしかかって来た。


「転送術式発動、ショートワープ!」


 走っての回避は間に合わないと判断した季奈は転送術式を発動させ、その場から姿を消した。


 季奈がいなくなろう構わず、フウェルフィームは巨体を港に押し付け、波止場やそこに止まっていた船毎海の藻くずにして沈めてしまった。


 その衝撃で地震と大波が発生し、港から近い市町村に若干の混乱を起こした。


「これ、後で怒られるんとちゃうか……」


 転送術式で上空に逃れ、障壁を足場にして港の被害状況を確認していた季奈は、戦闘後のことを思い浮かべてそう呟いた。


 こちらの術式による攻撃は建築物を破壊することは出来ないが、唖喰の攻撃は建築物相手でも容赦なく通じるため、なるべく被害を出さないように戦うことを義務付けられている。


「いやいや、相手は上位クラスやし、多少は多目に見てくれるやろ……」


 ましてや上位クラスの中でも最大級の巨体であるフウェルフィーム相手では、被害を抑えろというほうが無茶である。


 仕方ないと言い訳しつつ、季奈は障壁を解除して、フウェルフィームの上から襲撃する。


「攻撃術式発動、重光槍六連展開、発射!」


 季奈の薙刀と同等の大きさの光槍は、六つの帯を残しながらフウェルフィームの背中部分に突き刺さる。


「クゥオオオオ……」


 あまりの巨体故、見た目的には手にサボテンの針が刺さったかのような規模の差があるが、季奈の放った光の槍はフウェルフィームに確かなダメージとなった。


 その証拠にフウェルフィームはUの字に仰け反った。


「固有術式発動、龍華閃!」


 フウェルフィームが痛みに悶えている隙に季奈は重力による落下速度も含めた薙刀による渾身の刺突を繰り出した。


「グルゥオオオオ!!!?」


 季奈の突きはフウェルフィームの巨体全身に衝撃を与え、その威力は背中からボンッと腹部が爆ぜる程の貫通力を見せた。


 季奈の一撃により、フウェルフィームは浮遊を保つ出来ず、今しがた自身が破壊したボロボロの船着き場に、大きな音と波を立てながら落下した。


 季奈フウェルフィームが落下する前には跳躍をして、唖喰の十五メートル先に着地した。


「ふぅ、まだまだみたいやな」


 唖喰は塵となって消滅するまで、活動をやめることは決してない。


 現に背中から腹部にかけて穴を開けられたのにも関わらず、翼のような前肢を羽ばたかせて、再び浮遊を再開した。


「クゥオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 痛手に怒りを抱いたのか、フウェルフィームは大きな咆哮を上げて、六つの鼻孔から稚魚を産み飛ばした。


「あぁ、またかいな面倒やな……固有術式発動!」


 季奈が固有術式を発動させると、薙刀の刀身部分が霧状に変化し、それを空に向けて構えると、霧はみるみる広範囲に広がりだし、月光に照らされてキラキラ光り出した。


 季奈は両手で握った薙刀の持ち手を稚魚とフウェルフィームに向けて一気に振り下ろす。


「ウチの最大出力の術式を食らえやあああああ!! 百華繚乱ひゃっかりょうらん!!」


 振り下ろされた霧に稚魚が触れると一瞬で粉微塵にし、産み飛ばされた稚魚を次々と塵に変えていき、霧がフウェルフィームにまで到達した途端……。


「――――!!?」


 一瞬で相手の体に斬撃が発生し、その巨体に無数の裂傷が刻まれていった。


 固有術式〝百花繚乱〟は魔力を宿した霧を刃とし、対象を切り刻むものである。

 斬撃を霧で起こすという繊細な術式は〝術式の匠〟である彼女でさえ一筋縄でいかないほどの集中力を要するため、季奈自身もあまり乱発できない程の制御が困難な術式である。


 それだけに季奈の持つ数多くの固有術式の中で、必殺技として確かな威力を誇る。


「うっ……」


 術式の発動時間を過ぎ、強制的に発動が解除された季奈は、一度に大量の魔力を消費したため、足元がふらふらと不安定になり、薙刀を杖代りにしてなんとか倒れることは避けた。


 しかし……。


「グ……グゥオオオオオオオオ……!」


 季奈は渾身を叩き込んだが、しぶといことにフウェルフィームはまだ動けるようだった。


「うええ、タフにも程があるやろ……」


 季奈の額に冷や汗が伝う。

 フウェルフィームがその大きな口を開いて波止場にいる季奈を波止場ごと喰らおうと突進してきた途端、間に立ち塞がるように水柱が上がる。


 全身を濡らしたゆずがポータルの破壊を終えて飛び出てきたのだ。


「和良望さん、トドメはお任せください」

「頼むわぁ、出来たらウチが仕留めたかったんやけどな……」


 フウェルフィームは飛び出してきたゆずをも喰らおうと勢いを止めることなく突進をして来る。

 

「固有術式発動、プリズムフォース」


 七色に光る障壁を七重に重ねて突進を受け止める。

 衝撃で大きな波が起き、障壁は四枚割れるが、ゆずにはダメージがなかった。


 突進を止められたフウェルフィームは助走をつけるために後退し、もう一度突進することでゆずの七色の障壁を破壊しようとするが、それより先にゆずが動いた。


「固有術式発動、パネルドーム」


 跳躍したゆずは空中で固有術式を発動させた。

 するとフウェルフィームを包囲するように、多数の四角形で出来た小さな障壁をドーム状に張り巡らした。

 ゆずはその障壁を足場代わりにして障壁から障壁へと次々に飛び移っていき、身体強化術式の恩恵も相まって、フウェルフィームの周囲を高速で移動していく。


 固有術式〝パネルドーム〟は相手の周囲に四角形の障壁をドーム状に多数展開し、障壁から障壁へと飛び移ることで普通は身動きが取れない空中において、立体的な行動が可能となる。


 障壁一枚一枚の大きさはそれぞれ一メートルと足場にしても問題のない程度であるが、それらを一度に展開するのにはかなりの魔力量を必要とするため、並みの魔導士には到底真似できない。


「攻撃術式発動、光刃展開」


 ゆずがフウェルフィームの背後に回ったあたりで、彼女は右手に持つ魔導杖を水平に構え、杖の先に光の刃を形成した。


 それをさながら両手持ちの剣のように構えて、障壁へ飛び移る。


「――っふ!」

「クゥオァッ!?」


 そのすれ違い様にフウェルフィームの右前肢を切り裂いた。

 すかさず水泳のターンのように体を半回転させ、再び別の障壁へ飛び移るために跳躍する。


「――たぁっ!」

「クゥウゥ!?」


 今度は左前肢を切り裂き、上空の障壁を蹴った勢いと重力を重ねて光刃を振り下ろすことにより、尾びれに大きな一筋の傷が刻まれた。


 フウェルフィームの下腹部に回ったゆずは光刃を上に突き立て、腹部に一閃を走らせる。


 フウェルフィームは自身の巨躯の周囲をあらゆる角度からで動き回るゆずを捉えることが出来ず、体をくねらせるという悪あがきをするのがやっとだった。


 季奈の百華繚乱とゆずの剣戟により、巨体に刻まれた裂傷はその白い体を埋め尽くすほどになった。


「魔導武装、装備解除」

 

 その時、ゆずが右手の魔導杖を消して両手を空けた。


「固有術式発動、クラックブロウ」


 そしてチェックメイトだというように、ゆずの左手に魔力が凝縮され、光輝きだす。

 固有術式〝クラックブロウ〟は極至近距離でしか効果がないが、相手の防御に関係なくその体をガラスのように砕くことが出来る。


 これまで与えてきたダメージと合わせ、その一撃を当てることが出来れば、フウェルフィームを倒すには十分であった。


 そう、当てることさえできれば。 


「グゥゥオオオオオオオ!!!」

「っ!」


 フウェルフィームが空間全体を揺らすかのような大きな咆哮を上げると、六つの鼻孔から一メートルの夥しい数の稚魚を、潮吹きのように産み飛ばした。


 稚魚達はパネルドームの障壁により、周囲へ飛び散ることはなかったが、反面中にいるゆずがフウェルフィームにトドメを刺すことが難しくなってしまった。


「っち!」


 無表情が崩れたゆずは忌々し気に舌打ちをする。

 左手に凝縮するクラックブロウを直撃させれば、ゆず達の勝利である。

 

 しかし、それを成すには産み飛ばされた稚魚が非常に邪魔であり、中々近づくことが出来ないでいる。


「っ! 今なら……!} 


 どうにかならないかとチャンスを探っていたゆずにようやくそれが訪れた。

 現在位置はフウェルフィームの真上。

 敵まで一直線のラインが見えたゆずは、距離を詰めるために足場にしている障壁を蹴ろうとする。


 だがそこに一匹の稚魚がゆずに目掛けて飛んできた。


 この稚魚からの攻撃を避けてしまうと、せっかくのチャンスが無意味となり、いつ来るか分からない次のチャンスまで再び膠着こうちゃく状態となっては拉致が明かない。


(特攻をするしかありませんね……)


 そうするしか状況の打破は不可能だと判断した。

 そのために左手と急所以外ならくれてやろうと右腕を稚魚に食わせて囮にしようと前に構えた。



「――ぁ」



 その瞬間、自身の右手首に巻かれている黄色と緑の糸で編まれたミサンガがゆずの視界に入った。


 不意にゆずの視線はミサンガに釘付けになった。

 そんな場合ではないと分かってはいるのに、ゆずにはなぜだか時間がゆっくりと流れるように感じた。



『ゆずはいつも無茶をするから、その……怪我しないようにって気持ちを込めたお守りだ』



 彼の願いを思い出し……。



 ゆずは稚魚の攻撃を回避するために正面ではなく、左方向に移動した。


「っ!? 私はなにを……!?」


 ほとんど無意識でした咄嗟の行動に、ゆずは信じられないと驚愕した。

 しかし、まだ戦闘中だと自分を律することで無理やり動揺を抑え、意識を切り替える。

 

 これで直線からずれたため、別の障壁に着地し、また障壁を蹴って飛び出して、再び直線のラインが来るチャンスを待たねばならなくなった。


 が、ゆずの予想よろ早くそのチャンスは訪れた。


「固有術式発動、閃光糸せんこうし!!」


 ゆずにフウェルフィームの相手を任せていた季奈が、放射線状の光る糸を放ったことによって、ゆずと敵の直線の妨げになっていた稚魚を散らしていったからだ。

 

 固有術式〝閃光糸〟は光の速度で飛ばされる糸で唖喰を切り裂く術式である。

 光の糸は寸分の狂いなく稚魚を消してゆずの進路を妨げないように飛ばされた。


「これなら!」


 ゆずはフウェルフィームの上にある障壁を蹴って、真下に落下する。


「はああああああっ!!」


 ゆずのクラックブロウを纏った左拳がフウェルフィームの巨体に当たり、全身に余すことなく衝撃を与えた。


「グ、ゥオ、オォ……ォ……」


 巨体にヒビが入り、ガラスのように砕け散っていった。


 大型を倒しても産み出された稚魚は消えないため、ゆずは残敵処理のために術式を発動させる。


「攻撃術式発動、爆光弾十連展開、発射」


 放たれた爆発性の光弾で以って逃げ出そうとする稚魚たちを速やかに殲滅したゆずは、季奈のいる波止場に降り立った。


「お疲れさん、今日のは中々骨が折れたなぁ~」

「……ええ、そうですね」


 季奈の労いの言葉に曖昧気味に相槌をうつゆずに、季奈はどうしたのかと疑問を浮かべる。


「どしたん? 右手をジ~っと見つめて……ってなんやそのミサンガ?」

「……司君からもらったお守りです」


 ゆずがミサンガを見せながら答えると、季奈は合点がいったという風にうんうんと頷きだした。


「ほうほう、なんか止めの一撃の直前に珍しくごり押しせんかったなぁ思てたらお守りのおかげやったんか……」

「……はい、怪我をしないようにと……和良望さんのサポートがなければあの唖喰を倒せなかった可能性がありましたが……」

「いやいや、怪我なんてせんほうがええに決まっとるやん」


 お守りに込められた願いを教えると、季奈はさも当然というように答えた。


「でも、唖喰を早く倒せるなら、多少の怪我はしても平気ですし……」

「かぁ~、そりゃつっちーがお守りの一つも渡したなるのはしゃあないわ」

「? どういうことでしょうか?」

「えぇ~……」


 季奈が何を言いたいのか分からず、ゆずは首を傾げながらそう尋ねた。

 ゆずの言葉に季奈はますます呆れた表情を浮かべる。


 やがて季奈は仕方ないと言ったあと、ゆずの問いに答えた。


「ゆずが女の子やのに怪我ばっかするからつっちーが心配するんや。そう考えたら今日のゆずはつっちーのお守りにで、文字通り守ってもうたってことになるで?」

「――え?」


 ゆずは季奈の言葉を反芻する。


「司君が……守ってくれた?」

「間接的にって意味やけどな。まぁ概ねそんな感じや」

「……」


 ゆずの呟きに続けた季奈の言葉は、ゆずの耳に入らなかった。


 ゆずは右手首に巻かれているミサンガに目を奪われていた。


 思い返すのは、季奈の援護がない状態でフウェルフィームにトドメを刺す機会を見出した時。

 右腕を犠牲に突撃しようとしてミサンガが視界に入った瞬間、確かに司の願いを頭が過った。


 それはまるで、季奈の言う通り司がゆずを守ろうとしたようで……。


 そう思ったとき、ゆずは自分の胸の中が言葉で言い表せられない程の熱を帯びたことがわかった。

 その熱に驚いて、思わず手で胸を抑える。


「ちょ、どないしたん!? なんか苦しいんか?」


 ゆずの変調に季奈が動揺しだす。

 ゆずは心配をかけまいと、季奈に強がりの言葉を投げかけた。


「だ、大丈夫です、連戦で少し、疲れただけだと思いますので……」

「あぁ……まぁ、いくらゆずでもあんなに消費の激しい固有術式を連発しとったらそうなってしまうやろうな……せやったら日本支部に帰ったら報告はウチがしとくから、異変があらへんか医務室で診てもうたらええと思うで」

「……ええ、そうさせて頂きます」


 そうして季奈が展開した転送魔法陣に乗ってオリアム・マギ日本支部に戻ることになった。

 未だ胸に渦巻く熱は、部屋に戻ってすぐに休めば落ち着くはずと思い、ゆずは転送術式の魔法陣に足を踏み入れた。

 

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