44話 第一位と第五位の共闘 中編


 ゆず達は倉庫を出て夜の海を見渡す。


 海の中にポータルが現れたため、それがどの方角に、どれだけの深さの位置にあるのか、確かめるためである。


 潮風が香るが、早々にケリを着けないとその潮風で髪が痛んでしまうため、暗闇の中でポータルを探すため、目を凝らす。


「っうわぁあああ! あかんあかん! アイツがおる!」


 その最中、季奈が悲鳴に近い声を上げながら、海の一角を指さした。

 

 そこには魚にゴリラのような筋骨隆々の大きくたくましい腕を二本くっつけた全長四メートルの唖喰だった。

 相も変わらず白い体に赤い線があるのでその醜悪さはかなりのものだった。


「フィーム、ですか……確かにあれは厄介ですね」


 フィームと呼ばれた可愛らしい名前に程遠い唖喰は魔導士間では厄介なタイプであることが知れ渡っている。


 まず、魚っぽい見た目なのに陸でも活動可能なのだ。

 口も魚なので小さくパクパクするだけかと思いきや、獲物を見つけると口をワニのように大きく開いて捕食しようとする。

 その体積を完全に無視した捕食方法は、少なくない数の魔導士にトラウマを植え付けている。


 次に腕……フィームは無駄に筋骨隆々な腕で地を這って移動する。

 それを知った司は「泳げよ」と突っ込んでいたが、その地を這うスピードが異様に速いのだ。

 そして見た目通りとんでもない膂力りょりょくで以って対象を殴ったり叩いたり、鷲掴みにして握り潰すことも可能である。

 チーターのように一度狙った獲物は逃さんとばかりに這いずり回る姿はそれなりの魔導士にトラウマを植え付けている。


 最後に尻尾。

 一見なんの変哲もない尻尾に見えるが、縦方向にパッカリと二つに割れ、そこから稚魚を生み出すのだ。

 それも大量に。

 しかもその稚魚も腕が生えていて、やっぱり体積を無視した捕食能力も健在という見た目も攻撃方法も他の唖喰より一際凶悪なのがフィームの特徴だ。


 魚のような外見が要因なのかは不明だが、水辺にポータルが現れた時によく出没し、逆に水の無いところでは全く姿を見せない。


 ちなみに季奈がフィームを見て叫んだのは、彼女もフィームにトラウマを植え付けられた経験者の一人だからだ。

 

 さすがに最高序列第五位にもなって苦手な唖喰だから戦えませんというほど、季奈は唖喰と戦って来たわけではないため、過去のトラウマを抑え込むように大きく深呼吸した。


「まあ、強い弱いやなくて他の唖喰に比べて苦手意識が持たれやすいっちゅうのが原因やけどな」

「それもそうですね、では殲滅を開始します」


 ゆずはそういうや否や唖喰の群れに突撃して行った。


「攻撃術式発動、光槍六連展開、発射」


 展開した六つの光の槍は四体のローパーと二体のフィームを貫いた。

 

 攻撃されたことでこちらに気付いた唖喰達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 イーターは光弾を吐き出し、フィームは両腕をバタバタ動かして近づいてくる。


「うわわ、こっち来やんとってや!!」


 季奈が嫌悪感を隠さずにそう叫ぶ。

 接近して来るフィーム達に向けて光弾を放つも、フィームはその剛腕で光弾を弾いていく。

 その様は某龍球を思い出すが、実際に目にしてみると嫌な気分でしかなかった。


「弾くんやったら、これはどうや!!」


 季奈は薙刀を構えて、魔力を流し込む。


「固有術式発動、龍華閃りゅうかせん!!」


 フィームが大きな口を開いて季奈を飲み込もうとした瞬間、季奈は大きく踏み込んで渾身の突きを放った。


 突きによって繰り出された一直線の斬撃はフィームを容易に貫き、後方にいたシザーピードやフィームを巻き込んでいった。


 〝龍華閃〟は魔力を乗せた突きをにより、強大な貫通力を誇る斬撃を放つ固有術式だ。

 しかし、接近してくるフィームはまだいる。

 攻撃後の隙を狙って襲ってくるが、季奈は余裕の表情を浮かべている。


「転送術式発動、ショートワープ」


 足元に展開された魔法陣によって季奈の姿が消え、フィームの捕食が失敗する。

 その頭上に移動した季奈は薙刀を振り下ろしてフィームを両断する。


 季奈が着地すると、まだ息があったフィームの右半身が季奈に腕を伸ばして握りつぶそうとするも、少し遅れて降って来た苦無がフィームの腕に突き刺さり、爆発によって吹き飛んだため失敗に終わった。


「ゆず、陸の方は受け持つから、海のほうどないかしてや!」


 季奈はゆずにそう伝える。


「了解しました」


 ゆずは簡潔に答える。

 そうして海をみてゆずは鳥肌がたった。

 五体のフィームが海面から顔だけ出して、何やらプルプルしていた。


「っ和良望さん! 稚魚が来ます!」

「うっ、分かったわ!」 


 それは尻尾を開いて稚魚を生み出している時の動作だった。


 ゆずの悪い予感を肯定するように、フィームが海面から尻尾を出し……パックリと二つに割れた。


「「「「「「ピィーッ!」」」」」」


 そこからフィームの稚魚が陸にいるゆず達に向かって産み飛ばされた。


 フィームの稚魚は一度に三十匹程生まれる。

 一匹みたら三十匹はいると言われる黒い悪魔と同じようにサーチ&デストロイが望ましいとされている。


 なぜなら、稚魚が多いせいで波止場に止めてある船やコンテナ、海の生き物まで被害が及ぶからだ。

 さらにフィームの攻撃手段の中で最も危険なものだ。

 繰り返すが、稚魚の時点で体積を無視した捕食能力を持っているため、防御しなければ骨も残らずに食い殺されてしまう。


 ゆずはすぐに飛来してくる稚魚に向けて攻撃を仕掛ける。


 「固有術式発動、ミリオンスプラッシュ」


 ゆずの左手にピンポン玉サイズの小さな光弾が現れる。

 それを自身に向かってくる稚魚の方へ投げる。


 小さな光弾が稚魚に触れた瞬間、稚魚の体が破裂し、その体内から小さな光弾がいくつか飛び出し、他の稚魚に当たったかと思えば同じように破裂と分裂を繰り返していき、ゆずの前方が瞬く間に閃光に包まれていった。


 固有術式〝ミリオンスプラッシュ〟はネズミ算式に増える光弾を放つ術式で、ゆず自身もあの稚魚の大群に嫌な記憶があるため、その対策として構築した術式である。


 広範囲に起こった閃光は稚魚を産み飛ばしていたフィームにも及び、多くの唖喰を巻き込んでいった。


「ヒュ~、さっすがやな~」


 いつの間にか自身の受け持った唖喰の殲滅を終えた季奈がそんな感想をもらした。


 そう安堵したのも束の間、また別のフィームが海面から上がってゆず達に襲い掛かって来た。


「攻撃術式発動、爆光弾五連展開、発射」


 五つの光弾をフィーム達に放った。


 バスケットボール大の光弾はゆず達に接近するフィームを塵毎吹き飛ばすが、海にはまだフィームが次々に顔を出していた。


 そして爆発から逃れたフィームがしっぽをゆずの方に向けて、開かれる。

 そこから無数の稚魚が産み飛ばされ、ゆず達に襲い掛かっていく。


「っち!」


 ゆずは舌打ちして防御態勢に入る。


 「固有術式発動、プリズムフォース」


 七色の障壁が稚魚の襲来を防ぐ。

 障壁に当たった稚魚は七重に張られた障壁にへばりつき、大きな口で食い破ろうとするが、理論上は核ですら防ぎきる障壁を食い破れるはずもない。

 

 その間に季奈が術式を発動させた。


「攻撃術式発動、爆光弾二連展開、発射!」


 季奈が左手で爆光弾を放ち、七色の障壁に張り付いていた稚魚達を消し飛ばした。


「ゴオオオオオ!」

「っ!」


 閃光がおさまると同時に今度はフィームが七色の障壁毎ゆずを殴り飛ばそうと、その剛腕を叩きつけるが、衝撃が走っただけで、障壁を破壊することは叶わなかった。


「こんのぉ!」


 季奈が薙刀を両手で構え、フィームの胴体を突きを入れたあと、一気に上に振り抜いて斬り裂き、右から水平に薙ぎ払った。

 

 十字に斬られたフィームは塵になって霧散した。

 

 しかし、入れ替わるように再び何体かのフィームが海面から顔を出して、ゆず達がどう動くかを窺い始めた。


 舌打ちしたあと、季奈は不快感を表すように顔を顰め出した。


「あかん、海の中にポータルがあるせいでフィーム祭りみたいになっとる!」

「これは早々にポータルを破壊しないとキリがありませんね」

「こっちの増援は来てくれるんやろうか?」

「来てくれるはずですが……先の戦闘の時間を含めてもまだ十分も経っていませんから、最低でもあと十分は二人だけですね」


 ゆずの予想を聞いた季奈はげんなりとため息を漏らした。


「うあっはぁ~、最高序列が二人揃っとるからって歩いて来とるんとちゃうか?」

「そんな意識の低い人は今日まで戦い続けることは出来ていませんよ」

「せやねんけどなぁ~」


 イマイチ気乗りしないと言った風な季奈の態度に構わず、ゆずはフィーム達に向けて攻撃術式を発動させた。


「攻撃術式発動、光槍五連展開、発射」


 杖から展開された五つの魔法陣から、五本の光の槍が放たれた。

 

「ゴ……オオオオオオ!!」


 三体のフィームが槍に貫かれ、残った二体の内の一体には回避されたものの尻尾を消し飛ばすことは出来たが……。


「――は?」

「うえええっ!? なんやそれ!?」


 ゆずと季奈は驚きの声を上げた。


 もう一体のフィームはなんと光の槍を真剣白刃取りのように両手で挟むことで受け止めたのだ。

 魔力そのものは唖喰にとって毒であるため、光の槍が消えたあとのフィームの腕はグチョグチョに爛れていたため、すかさず季奈が苦無を飛ばしてトドメを差した。


 正直何がしたかったのか理解できないでいたゆず達だったが……。


「ゴオオオォ!」

「っ!?」

「しま――」


 残っていたフィームが潰された尻尾からゆず達に向けて稚魚を産み飛ばした。 

 フィームの奇妙な行動は二人の油断を誘うためだったと気付いた時には、既に稚魚が二人へ飛来して来ていた。


 固有術式の発動が間に合うタイミングではない。

 光弾や光剣の術式では数だけは多い稚魚を倒しきることが出来ずに、数で押されてあっという間に食い殺されてしまう。


「攻撃術式発動、光刃展開!」

「クゥオラアアアアアア!!」


 ゆずは魔導杖の装備を解除してから両手に光の刃を形成し、降りかかる火の粉ならぬ稚魚を素早く切り刻んでいく。

 季奈は薙刀の刀身とは反対にある石突部分に光刃を展開して、風車のようにグルグルと回転させることで、自身に稚魚が噛み付くのを防いだ。


 しかし、背後や前に落ちた稚魚までは手が届かないため、後ろから飛び掛かってくるのも時間の問題である。


 故に稚魚が降って来なくなったタイミングで勝負を決めなければ、そのまま死に直結する。


 二人は焦らず機会を待ち続け……その時が来た。


 まずはゆずが跳躍する。


「固有術式発動、槍旋舞そうせんぶ!!」


 次に季奈は薙刀を両手で持ち、大きく旋回し出す。


「どっっ……せぃいいい!!!」


 四回転したところで遠心力に任せて薙刀を大きく振りかぶり、五回転目を決めると彼女の周囲に魔力による斬撃が放たれた。


「ピィーッ!」「ギギギギギ!」「ピギィーッ!」


 季奈に襲い掛かろうとしたフィームの稚魚達は斬撃を避けられずに塵になって消えていった。


 固有術式〝槍旋舞〟は刀身に魔力を込め、回転による遠心力を利用して季奈の三百六十度に斬撃を放つ。

 シンプルだが癖がないため、扱いやすい術式である。


「ゴオオオ!」


 海面にいるフィームがまた稚魚を産み飛ばそうと上空に尻尾を向けるが、その先には跳躍していたゆずがいた。


 彼女が何をしようと関係ないと、フィームは稚魚を産み飛ばした。


「固有術式発動、ミリオンスプラッシュ」


 それが彼女の攻撃術式の最大威力を発揮する狙いだと知らずに。


 ゆずが右手に持った魔導杖から放たれたピンポン玉サイズの小さな光弾は、稚魚に触れると爆発を起こし、分裂と爆発を繰り返して瞬く間にゆずとフィームの間を閃光が埋め尽くし、その光はフィームも巻き込んでいった。


 ゆずが地面に着地して周囲を見渡すと、フィームもフィームの稚魚も一旦は殲滅出来た。


 そうなれば後は海中にあるポータルを破壊するだけだ。


「さてと、ポータルの反応は海ん中や……ちょいと面倒やけど、どっちかが潜って破壊するしかあらへんで」

「そうですね……一方がポータルの位置を伝えて、もう一方が陸から海中に攻撃術式を放って破壊する方がいいでしょう。私が潜水します」

「んじゃ頼むわ。早速――っ!?」


 季奈が最後まで言い切れなかったのは、発動中の探査術式にポータルから新たな唖喰の出現を察知したからだ。


 それがフィームであれば季奈も焦ったりしない。


「クッソ、今日はホンマにツイてへんわ!!」 

「っ和良望さん、もしかして……!」


 季奈が何に焦っているのか把握したゆずが答える前にそれは水柱を上げて、ゆず達の前に姿を現した。


 唖喰特有の白い体と赤い線は変わらないが、なにより目を引くのはその大きさだった。

 フィームなど比べものにならない程の巨体……魚の胸びれのような形に変化していて、爪がない前肢……発達した尾部とその先端にある尾びれは魚類と違って横向きで、イルカやクジラが体を上下にくねらせて推進力を生み出すのに適応したものである。


 そう、クジラ。

 その唖喰の大きさと外見はクジラとしか形容しようがない。

 が、普通のクジラと完全に同じというわけではない。


 まず前肢を鳥類のようにバサバサと羽ばたかせることで、宙に浮遊しているのだ。

 

 本来クジラの頭頂部にある鼻孔は一つしかないのだが、その唖喰はなんと六つもあるのだ。

 そこから潮吹きの要領でフィームと同じく稚魚を産み飛ばすが、その稚魚の大きさがフィームより少し小ぶりな一メートル程であるため、ひとたび産み飛ばされてしまうと、惨事は免れない。


 月を隠すほどの巨体を持つ唖喰は……。

 

「あれは……上位クラスの唖喰、フウェルフィーム……!!」


 上位クラスの中でも最大級の大きさを誇る唖喰が現れた。 

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