39話 竜胆夫妻は恋愛脳
ゆずが家に泊まることになった。
まずいなぁ……。
俺が気にしているのは女の子を家に泊めることじゃない。
鈴花だって家に何回か泊まったことがあるから、異性が来るってだけで緊張はしない。
俺が気にしているのは……両親のことだ。
うちの両親は共働きなのだが、連休などの日は休める職業であるため、今日は自宅でゆっくり過ごしている。
別に息子の教育に関心がないだとか、そういう暗い事情は一切ない。
じゃあ何が問題なのかというと……二人共、恋愛に関しては鬱陶しいほど首を突っ込んできたり、男女仲を勘繰る恋愛脳だったりする。
なんでも学生時代共通の友人をくっつけるために暗躍してる際に、互いに何度も顔を合わせることがあり、意気投合のちに惹かれあい結婚したという経緯がある。
会社においてもよく恋愛相談をされるそうで、二人が仲介人としてくっつけたカップルは高確率で結婚まで行くという、まさに恋愛のプロフェッショナルだ。
ここまで説明すればゆずを連れて行くことに乗り気じゃない理由は大体察しが付くというもので、会社の人以上に息子の男女関係には酷くうるさい。
最近はゆずの日常指導係になったことで帰りが遅くなりがちだが、そのことを女の子と付き合っているからでは? と勝手に勘違いするレベルで恋愛脳だ。
前科として鈴花を家に連れて来るたびに「「孫の顔が早くみれるな(わね)」」とセクハラ同然のセリフをほざいたことがあった。
今は両親のテンションに慣れきっているが、当時そんなことを言われた鈴花は羞恥心からか、しばらく俺とギクシャクした。
幼心ながら鈴花に避けられたことに傷付いた俺は、その時に余程のことが無い限り女友達だろうと家に誘わないと誓った。
そんな恋愛ジャンキーな両親の前に、絶対的美少女なゆずを見せるとなると……もう不安でしかない……。
せめてもの予防線として親にメールで『女友達が泊まることになった。絶対に迷惑を掛けるな』と釘を刺してみたものの……。
『キタアアアアアアアア! 今夜は赤飯よおおおおおおお!!!』
『女の子が家に泊まりに来るなんて鈴花ちゃん以来じゃないか! よくやったなこのハーレムボーイめ!』
この反応だ。
連れて来るのが女の子だと明かしてるのはどうせバレるからだ。
そして俺の不安を煽るように場所はすでに我が家の前である。
「ここが司君のお家なんですね」
「どこにでもある平凡な二階建ての家だけどな」
そう特に何の変哲もない普通の家である。
家主とその妻が恋愛腦な点を除けばだが………。
「すぅ~、はぁ~」
一回深呼吸をする。そして意を決して玄関のドアを開ける。
両親は玄関で二人揃って仁王立ちをしていた。
「これからお客さんが来るっていうのになんでそんなに威圧をバンバン放っているんだよ……」
楽しみ過ぎているのが伝わって呆れるしかなかった。
父さんはちょっと白髪が混じった黒髪を短く切り揃えており、ひげは剃っている。
母さんは黒髪を後ろで束ねている。
外見だけ見ればどこにでもいる一般的な親なのになぁ……。
「……ただいま」
仁王立ちにツッコミを入れても返事をしない両親に帰宅の声を掛けた。
「「おかえり、それより早く女友達に会わせなさい」」
ハモんな。
それに息子の帰宅よりゆずに会うのが優先順位上なのかよ……。
親としてそれはどうなんだ……?
絶対ロクなことにならないって……嫌だなぁ……。
それでもゆずを橋の下で寝させるよりはマシだと自分の中で正当化させ、ゆずに声を掛けた。
「……ゆず、入ってくれ」
〝おお、鈴花ちゃんに続いて呼び捨てか〟と妙な関心をしている両親をよそにゆずがしずしずと入ってきた。
「あ、あの、並木ゆずです、本日はご自宅に泊めることを許可して頂いて、ありがとうございます……」
ちょっと両親の威圧に驚きながらも丁寧に挨拶をするゆず。
そしてゆずを見た両親はというと……。
「「…………」」
絶句である。
初めて鈴花を家に連れてきたときは〝将来安泰じゃあああ!!〟と大騒ぎしたのに、ゆずの場合は彼女のあまりの美少女っぷりに時が止まった。
うわぁ、こんな反応初めて見た。
「あ、あの……?」
ゆずが何か失礼があったのではと不安になっている。
大丈夫だよ、失礼なのはうちの両親のほうだから。
そんなゆずの言葉に我を取り戻した両親は……。
「「…我が人生には一片の悔いのみ……」」
ないじゃなくてあるのかよ……。
「く、悔いってなんですか?」
生真面目なゆずが聞き返す。
うん、その子ネタが通じないからね……。
「「……初孫…」」
「……え?」
「父さん、母さん!! お客さんの前だからちゃんとしてくれ!! ゆず、とりあえずシャワーを浴びてきてくれ! 玄関から突き当りまで行って左に曲がれば風呂場があるから!」
「は、はい!」
これ以上余計なことを口走らせる前に、会話を強制的に終わらせる。
「それと母さん、ゆずに着替えを用意してくれ!」
「はいはい、分かったわ」
母親にゆずが着る服を頼んでおくことも忘れない。
ゆずが浴室へ向かうのを確認すると、両親は俺とゆずの関係を問いただしてきた。
「つ、司!? あんな可愛い子が女友達なんて本当なの!?」
「……本当だよ」
「お、お前、なんであんな美少女と知り合ったのに、親である父さん達に知らせなかったんだ?」
「親だからだよ」
どこの世に自分の女友達を、嬉々として親に報告する高校生がいるんだよ……。
幼児期から小学校低学年までの子供じゃないんだから……。
「司、お前一生の運を使いきったんじゃないのか?」
それは否定のしようがない。
あれ程の美少女に命を助けてもらった上に、日常指導係なんて役目を引き受けたのだから。
「そ、それでゆずちゃんとはどれくらい進んでいるの?」
「母さん、友達って言ってるよな? 俺もゆずも互いに恋愛感情は持ってないよ」
これだ、男女が隣り合っていたらすぐに恋愛関係を疑いだす。
男女間の友情を信じてやれよ。
「ばっかお前! あんな美少女が仲良くしてくれるうちに唾つけとくのが普通だろ! 父さん達はお前をそんな草食系に育てた覚えはないぞ!!」
「肉食系になって女の子をとっかえひっかえする方が色々と問題あるだろ!」
両親から受けた教育(恋愛方面全振り)はあんまり効果がないように感じる。
なんか細かい気配りとか〝モテるから覚えておけ〟とか言われながら教わったが、十六年生きてきて成果がでた試しがしない。
「(フッ……天然ジゴロ男子に育てられたという自覚は無くて当然だ)」
「ん? なんか言ったか?」
「いいや、とにかく今晩はゆずちゃんと一緒のベッドで寝なさい」
「おい待て今なんつった?」
何当然のように男女を
「聞こえなかったか? ゆずちゃんと一緒のベッドに寝て、既成事実を作るんだ!」
「馬鹿か! なに率先して息子に間違い起こさせようとしてんだ!」
「おやおや~? 美少女と一つ屋根の下で一緒に寝たら、間違いを犯さない自信がないってことかしら~?」
うっぜぇ!!
母さんがしたり顔で煽ってきやがった!!
「最悪のケースを想定してだよ!!」
「最高のパターンの間違いだろう? 司は可愛い嫁が出来て父さん達も可愛い義娘が出来る! Win―Winじゃないか!!」
「向こうの気持ちをガン無視してなかったらな!!」
俺は恋愛に関してはキチンとした好意の上で、関係を結びたい純情派だ。
仮にゆずが俺に好意を持った場合、しっかりと向き合うつもりではある。
「とりあえず、他に部屋あっただろ? そこにゆずを寝かせて貰えれば……」
「空き部屋は今、司のオタグッズを収納してるから、司の部屋しか空いてないわよ」
「お客さんが泊まるのに空き部屋じゃなくて息子の部屋の方を掃除したのかよ!!?」
ファッ〇ンマザー。
さてはメール見てから動いたな……。
完全に向こうの手のひらの上だったわけだ……。
「……せめて俺が寝る用の布団を出す」
「やれやれ、なんとヘタレなことだ」
せめてもの抵抗として捻り出した案を聞いた父さんが肩をすくめて〝やれやれ〟のポーズをする。
落ち着け、殴ったら負けだ……。
それにヘタレで結構……そんなことをしてゆずに嫌われるよりずっとマシだ。
「あの、シャワーありがとうございました、服も……ありがとうございます」
「あ、もう上がった、の……か……」
両親との話し合い(?)が終わったところで、ゆずがシャワーから出てきた。
ゆずの方に振り向くと、俺は思わず絶句した。
濡れた髪をタオルで拭うゆずはグレーの大きなトレーナーに紺色のスウェットを着ていて、風呂上り特有の色気を放ちながら礼をする。
距離があっても届く女の子の香りに俺はドキリと心臓が跳ねたのが分かった。
うちのシャンプーとかボディソープってこんなにいい匂いしてたっけ?
というか問題はそこじゃない。
ゆずの着替えとして母さんに用意してもらった服に問題があった。
「え? ちょっと待って? なんで俺の服なの?」
そう、ゆずが今着ているトレーナーとスウェットは俺の服だった。
男の俺が着ていたものであるため、俺より体の小さいゆずには少し大きすぎて袖が余っており、手が半分隠れてしまっている。
ゆずの生萌え袖可愛いな……翡翠も可愛らしさがあったが、ゆずもなかなか……って違う!
今はそんなことを考えている場合じゃない!
俺の指摘にゆずは困ったように自分の着ている服を見た。
「え、あの、脱衣所にあった着替えがこれだけだったので……間違ってしまったのでしょうか……?」
ダイジョーブ、ユズ、ワルクナイ。
俺はこんなことをしでかした張本人に問い質す。
「なあ母さん、なんで俺の服なの? 普通異性の服を用意したりしないよな?」
「ふふふ、甘いわね司。あなたは私に〝服を用意して〟とは言ったけど〝女性向けの服を用意して〟とは言ってないわ。だから司の服を選んだまでよ……」
呆れて何も言えなかった。
それはあんまりだよママン……。
「そんな屁理屈で女の子のゆずに男の服を着せるとか頭おかしい……」
「安心しなさい、使用済か洗濯済で迷ったけど、後者を選んでるから!」
「どっちだろうが安心要素が一ミリもねえよ!! 」
そもそも使用済と迷う理由がわからない。
〝これが彼の匂い〟みたいなシチュエーションは恋愛感情があって初めて成立するものだ。
友達にやったら引かれる。
「だ、大丈夫ですよ司君、私はこのままでも大丈夫ですので」
「……けど、嫌じゃないのか? 男が着ていた服なんて……」
いくら日常に疎いって言っても、さすがのゆずもこれが異常だとは把握しているようだった。
それに母さんは知らないとはいえゆずは前任の日常指導係とのことがあって、男性に苦手意識を持っている。
なのに男物の服を着ていると落ち着くわけがない。
でも……。
「……司君の服ですから気になりませんよ」
俺を安心させようとゆずが微笑んだ。
「――っ、嫌になったらすぐに言ってくれよ?」
その微笑みですっかり毒抜かれた俺は、ゆずの表情と俺への信頼を表す言葉にそっぽを向きながら頭を掻いて照れ隠しをしつつ、そう言うしかなかった
……まあ本人がいいと言うなら俺が文句を言うこともないか。
「(やだ、嘘でしょ……司とゆずちゃん相性抜群じゃない……!?)ささ、早く司もシャワー浴びてきなさい」
「(やはり父さん達の目に狂いはなかった……!!)そうだな、司が上がったら夕食にしよう」
「? なんか急に大人しくなったな……まあ分かった、シャワー行ってくる」
両親の変わり身に戸惑いつつ、俺はシャワーに向かった。
余談だが、ゆずが先に入ったことを途中で思い出して、浴室の空気を妙に意識してしまったため、心の保養のために早めにシャワーを終えた。
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