32話 一章エピローグ 並木ゆずの歓迎会
四月二十日金曜日。
今日は前から石谷と企画していたゆずの歓迎会の日だ。
時刻は午後四時前、2ー2組の教室で行われる。
歓迎会は石谷が「サプラァイズでやろーぜ!」と言うので、ゆずには一切知らされていない。
俺はゆずを屋上に連れ出している間にクラスメイト達が机や椅子を歓迎会用に並べ替えたり、黒板にお祝いのメッセージを書いたりといった準備をする。
準備が出来たら俺のスマホに鈴花が連絡する手筈だ。
「司君、話というのはなんでしょうか?」
「ええっと、次のデートの事なんだ」
これは嘘でもなんでもなく、こうして二人で話すにはちょうどいいタイミングだっただけだ。
初デートの時に約束した次のデートのために、昼休みの間になんとか計画を練ったのだ。
「いつ頃の予定でしょうか?」
「ゴールデンウイークの初日にするつもりだ。場所は隣駅の近くにある
そう、場所は次のデートに行こうと約束していた水族館だ。
イルカショーを見るためにショーがある水族館で検索をしたら、丁度隣駅の水族館でゴールデンウイークから開催されるとあったので早速チケットを予約した。
特にイルカショーがあると知った時のゆずの反応は新鮮だった。
「イルカショー……覚えていたんですね」
「約束したからな、ゆずも覚えてくれていたようで何よりだ」
「忘れてしまっては約束をした意味がありませんから」
「そうだな」
無表情でも向けられた眼差しからゆずからの確かな信頼を感じた俺は、ちょっと胸が高鳴った気がした。
いかんいかん、すっかり慣れて来たけどゆずみたいな美少女にそう言ってもらえると頬が緩みそうになる。
自分の表情がにやけていないか気になりつつもゆずと当日はどこで待ち合わせをするのかとかを話し合っていると……。
『ビリっと来たら~そ、れ、は~♪」
スマホから〝魔法の静電気少女ピリカ〟のOpテーマが流れた。
鈴花からの連絡だ。
俺はスマホを手に取って電話に出る。
「鈴花、どうした?」
『司~、いつでもいいよ!』
「分かった」
たった三秒の会話だった。
「もういいのですか?」
「ああ、そろそろ教室に戻ろうか」
「はい、わかりました」
ゆずは何の疑問も抱いていないようで、俺の言葉に素直に頷いた。
俺はゆずが歓迎会の会場となった教室を見て、どんな反応をするのか楽しみになって来た。
ゆずと二人で屋上を出て、二階にある2-2というプレートがある教室の前に立つ。
「ゆず、さきにどうぞ」
「はい、失礼します」
ゆずが教室のドアに手を掛けてガラッと音を立てて開くと……。
――パパパパーンッ!!!!
「!?」
「「「「「並木さん! 羽根牧高校二年二組へようこそ!」」」」」
ドアを開けるなり大量のクラッカーが鳴らされ、ゆずは驚いて肩をビクッと揺らした。
「――え?」
突然のことでゆずは無表情から目を見開き、口が半端に開いたままになっていた――つまりポカンとした表情になっていた。
俺は教室の前で立ち尽くすゆずの横を通り抜けてネタ晴らしをした。
「ゆずが転入して来て二週間が経ったから、皆がもっとゆずと仲良くなるために歓迎会を企画していたんだ」
「……私と仲良くなるために?」
「うん、今ここにいるクラスメイト全員がゆずと仲良くなりたいって人達だよ」
ゆずの疑問に鈴花が答えた。
今日のために部活を休む人もいるくらいだ、ゆずがどれだけ周囲の注目を集めていたのかよく分かった。
転入してきたのが美少女だったり、友達になろうと言って来た男子に手酷い断り方をしたり、治癒術式で怪我を治さないまま登校してきたり、本当に色んな意味で注目を集めていた。
もしかしたらあまり集まらないかもしれないと思っていたけれど、結果はクラスメイト全員。
ゆずがクラスに馴染めるように歓迎会をしたいと言ったら皆快く参加をすると言ってくれた。
「最初はちょっと変わった子って感じだったけど、なんか竜胆と橘と仲が良いところを見て、実はとっつきにくいだけでいい子なんじゃないかって思ってさ」
「最初は顔が良いから男子に色々興味を持たれていい気になってるのかなって思ったけど、男子達が友達になりたいって言い寄って来たのをバッサリ断ったから、あまり男に媚びないところがちょっとかっこいいなって……」
「わたしなんて落とし物を届けてくれたことがあったんだ!」
「怪我をして来たのにはびっくりしたけど、何か悪いことをしてたわけじゃないしね」
「やっぱ美少女と仲良くなりたいよな!」
「え、っとその……」
クラスメイトの皆がゆずと仲良くなりたいと思った理由を口々に話始めた。
それらを聞いたゆずは動揺を隠せないのかあたふたとしていた。
俺と鈴花はそんな普段見せない表情を見せるゆずを遠目から見て、穏やかな気分になっていた。
「そういえば鈴花、腕のギプスはなんて誤魔化したんだ?」
鈴花は昨日の戦いで左腕を欠損する重傷を負った。
腕自体は治癒術式で治せたけど、後遺症として軽い麻痺が残っていた。
昨日は家の前で別れたため、鈴花が周りにどう誤魔化したのか気になった。
「転んだって言った」
「それすぐにウソってバレるだろ」
あんまりな言い訳に思わずツッコミを入れると、鈴花はクスクスと笑い出した。
「そんな端的に言わないって。階段から足を滑らせたって言ったよ」
「ギプスはなんて説明したんだ?」
「たまたま通りがかった親切な人に病院に連れて行ってもらったって誤魔化した。ちなみに司のことじゃなくてゆずのことだからね?」
「……まぁ、嘘は言ってないな」
グランドローパーに襲われた鈴花を助けたゆずが日本支部の医務室に連れて行った。
医療関係者に診断と処置をしてもらっているし、唖喰や魔導のことを伏せる必要があるとはいえ全部が嘘じゃないからある程度の真実味を帯びているはずだ。
「おばさんすっごく心配したんじゃないか?」
「そうだね~、『こんな時間にほっつき歩いているのが悪い!』って十分くらい説教された」
鈴花自身は母親の説教を煩わしく思っているようだが、鈴花のお母さんとは俺も面識があるから娘想いのいいお母さんだというのはよく知っている。
「むしろよく十分で済んだな」
「あっははー、そのあたりでアタシが泣いたせいだよ。あの時ゆずに助けられていなかったら、いつも嫌だった説教が聞けないんだな~って思ったらこうポロリとね」
「……その気持ち、よく分かるよ」
俺もゆずに助けられてから、家に帰って当たり前の日常が如何に暖かくて幸せだったのかよく分かった。
それこそ鈴花同様、生の実感で泣いたくらいだ。
「……立ち直るのには時間が掛かるかもしれないけどさ、こんな何気ない日常を守りたいって思えたよ」
「……」
何から、とは聞かなくても伝わった。
今は死の恐怖から唖喰と戦うことは難しいけど、鈴花はまた魔導少女として戦うつもりなんだろう。
友達想いの鈴花が、友達であるゆずが戦うところを黙ってみているはずがないっていうのは俺でも容易に想像できたことだ。
なら俺がここで言うべき言葉は、止めろでも、頑張れでもない。
「……無理するなよ」
「無理なんてしたらあっという間にあの世に逝っちゃうからしませんよーだ」
鈴花はそう言って女子のグループへと入って行った。
しばらく会場を眺めていると、主賓であるゆずと目が合った。
するとゆずが俺の元に駆け寄ってきた。
「司君、今日はありがとうございます」
ゆずは恭しい佇まいっで頭をぺこりと下げた。
何に対して、とは言っても野暮だろう。
「俺は大したことしてない。歓迎会に賛同して集まってくれた皆のおかげだ」
「司君がそれだけ皆さんの信頼を集めているということです。それくらいのことは私にだってわかります」
「そうだといいけど……」
「私も司君を信頼している一人ですから」
「お、おう……」
ゆずは淀みのない緑の瞳でじっと見つめながらそう告げた。
面と向かってそんなことを言われた俺は恥ずかしさから素っ気ない返事をしてしまった。
なんだこれ恥ずい。
純粋な信頼を向けられたこともそうだけど、この歓迎会の主賓はゆずだ。
さっきまでクラスメイト達に囲まれていたゆずが移動すれば、そのゆずを囲んでいたクラスメイト達の視線もゆずの方に向けられるのは当然のことだ。
つまり何が言いたいのかと言うと……。
大勢の人の前で今のやり取りが繰り広げられたというわけだ。
その証拠にさっきまで騒がしかった周囲がシンと静まり返った。
やっべぇこの空気どうしよう、と考えていると……。
「司ー! 飲んでるかー!?」
「うおぅっ!?」
コーラを片手に石谷が絡んできた。
「飲んでるかってお前それコーラだろ……」
「俺が酔ってんのはコーラせいじゃねえ、会場の空気だ」
「うまくねえし、うぜぇ……」
テンションが高いといつも以上にうざいな……。
「それよりお前並木さんと仲良くなるコツとか教えてくれよ~」
「えぇ、コツって言われても……」
人を簡単に食い殺せて肉眼では見えない怪物に襲われたからなんてありのままに伝えるわけにいかないしな……言っても誰も信じないだろうけど。
「コツなんて無いぞ? ただ友達になろうって言っただけで……」
「いやいや、俺らが友達になりたいって言った時にはバッサリ断られたのに、なんで司だけすんなり友達になったんだよ」
「お前らの場合、下心が見え見えなんじゃないか?」
「そ、そそ、そんなことねえし!?」
動揺し過ぎてどもってんぞ。
それに俺もすんなり友達になれたわけじゃないんだけどなぁ……。
その紆余曲折を説明出来ないのがもどかしい。
「なら並木さん! 今から俺と友達に――」
「お断りします」
「なんで!?」
「がっつき過ぎだろ……ゆずは一年くらい前に同級生に襲われかけたことがあるから、男子の相手はあまり得意じゃないんだよ」
「「「えっ!?」」」
ゆずの場合前任の日常指導係のことがあって、男性に対して苦手意識みたいなものがある。
日常指導係に赴任したばかりの頃もゆずは俺を同列視していたけれど、友達になってからはそんな壁を感じなくなった。
命の恩人にそんな不貞を働く奴の気が知れないし、俺自身の貞操観念的にも論外だ。
魔導や唖喰の事を伏せつつゆずが過去に受けた心の被害を簡潔に伝えると、俺を除いた男子からゆずを守るように女子達による壁が形成された。
行動早えー……。
ちなみに俺とゆずは壁の内側に誘導されている。
「並木さん、まずは同性から友達を増やしていこうね!」
「え、は、はい……」
クラス委員長である中村さんがゆずに友達づくりのアドバイスを送って来た。
アドバイスをされたゆずは戸惑いながらも了承の返事をした。
「ちょっと待て女子ぃ! なんで司がそっち側なんだよ!」
「ゆずが過去のことを司に話している時点で司は信頼されてる証拠でしょうが!!」
「「「そうよ、そうよ!」」」
「っぐ……!」
俺の扱いに納得がいかない石谷が反論するが、壁の最前列にいる鈴花が論破した。
さらに鈴花の意見を後押しするように壁と化している女子達がシュプレヒコールを起こした。
嬉しいことを言ってくれているが、俺がその話を知ったのはゆずから信頼されていない時なんだけどね。
ゆずとしては俺を遠ざけるために教えた過去が、巡り廻って俺とゆずの信頼を助長することになった。
だからなのだろうか。
「ふ、ふふ、あははははははは、はははははは!!」
ゆずが目に見えて笑いだしたのは。
彼女の笑い声に隣にいた俺を含めて全員がゆずのほうに顔を向けた。
「「「「「――!!!?」」」」」
その笑顔は今まで見て来た僅かな微笑みより、ゆずの心情を明確に表すほどの満ちた笑顔だった。
クラスメイト達もだが、俺や鈴花も初めてみたゆずの一切含みを持たない心からの笑顔を見て固まっていた。
「あははは、ははは……ん? 皆さん、どうかしましたか?」
笑い終え、目尻に溜まった涙を指で拭うゆずの表情はいつもの無表情ではなく、どこにでもいる……いや、この世とは思えない程の華やかさを見せる美少女らしい笑顔だった。
そんなゆずを見て俺は胸の高鳴りを明確に感じた。
顔に熱が集まるこの感じ……鏡を見なくても赤面していることがよく分かった。
「あの、司君? 顔が赤いようですがどこか体調が悪いのですか?」
「……ぇ、あ、い、いや、大丈夫だ、大、丈夫だから!」
「司君がそう言うのでしたら……それに他の皆さんも一体どうし――」
「「「「「「「うおおおおおおおおおおおお(きゃあああああああああああああああ)!!!!!!????」」」」」」」
「っきゃ!?」
「おおっ!?」
シンと静まり返っていた教室が一転して熱狂に包まれた。
突然の騒ぎに俺とゆずは驚いた。
「やべえええええ! 並木さんの笑顔可愛すぎんだろおおおおおお!!?」「はい死んだ! 今俺は美少女の笑顔で死にました! で、美少女の笑顔で生き返りました!!」「美少女の笑顔は時間をも止められるって本当だったのか……!?」「惚れた」「私女の子相手にドキッてしちゃった!」「妬みより尊敬の域だよね!?」「しゅき」「お姉さまって呼ばせて!」「あたし、ノーマルだと思っていたけれど……」
ところどころおかしな発言が聞こえたが、皆ゆずの笑顔でノックアウトされたようだった。
「えっと、司君……これは……?」
「あ~、えっと、ゆずの笑顔で皆幸せってところかな?」
「……私の笑顔はこんなに騒ぐほどのものなのでしょうか?」
あれ、ゆずさんって自分の美少女っぷりを自覚していらっしゃらない!!?
そりゃ周りがいくら美少女だってもてはやしても涼しい顔しているわけだ。
自覚ないんだから自分のことだなんて微塵も思わなかったんだろうな……。
「……次の課題は自分が周囲にどんな風に見られているか知ってもらうってところかな」
「え?」
「何でもない。それより俺からもこれだけ言っておく」
未だ熱狂冷めやらぬ教室で、俺はさっき動揺してゆずに言いそびれていたことを言う。
「俺もゆずのことを信頼しているんだ。そうじゃなかったら鈴花のことを任せたりしないって」
「――!」
大切な友人が唖喰なんて怪物と戦うことを本気で止めようと思えばきっとすぐにできていたはずだった。
それをしなかったのは、俺が並木ゆずという少女なら最悪な結果にならないだろうと信じていたからだ。
「これからもよろしくな、ゆず」
俺は唖喰と戦う力はない。
でも、彼女達が戦いから戻ってくるこの何気ない日常を共に過ごすことで、少しでも彼女達の支えになれるように、俺に出来ることを精一杯やって行こう。
そんな思いを込めて伝えた言葉を……。
「はい、こちらこそよろしくお願いします、司君」
今度は俺にだけに向けた笑顔で以ってそう答えてくれた。
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