29話 グランドローパー戦、そして……
「攻撃術式発動、光槍十連展開、発射!」
鈴花はまず、グランドローパーの取り巻きであるローパーから殲滅する。
形成された光の槍は鈴花へと伸ばしてきたローパーの赤い触手ごと貫通する。
その二~三本がローパーを貫いてグランドローパーに突き刺さった。
「クィィィィッ!!」
唖喰に痛覚があるかは判明していないが、今の様子を見るに痛みはあるようであった。
グランドローパーは下位互換であるローパーと同じく、移動速度自体は遅いため、触手を警戒しながら距離を置いて戦えば格好の的である。
それをいいことに鈴花はさらに攻撃を重ねる。
「攻撃術式発動、光剣六連展開、発射!」
左手をグランドローパーに向けて六つの光の剣を放った。
「クルアアアアア!」
光剣によるダメージにグランドローパーは苦悶の声をあげる。
自身を傷つける獲物を捕らえようと夥しい量の赤黒い触手を鈴花に向けて伸ばし出した。
「っち! 攻撃術式発動、重光槍三連展開、発射!」
鈴花は自分を拘束をしようと迫ってくる触手に対処するため、追撃しようと準備していた術式の詠唱を中断し、別の術式を発動させる。
そうして放たれた三本の大きな光の槍は鈴花の前方を覆い尽くす赤黒い触手の波を突き抜け、本体であるグランドローパーへと突き刺さった。
「攻撃術式発動、光槍四連展開、発射!」
鈴花はダメ押しのように続け様に光の槍を放った。
「クルルルルァ!!」
四本の光の槍はグランドローパーの胴体部分である五つの球体の内、鈴花からみて右上の部分を貫いた事により、その一つを消滅させた。
グランドローパーは五つの球体の内、どれか一つでも残っている限りその身体が塵になることはない。
そのためこの唖喰と戦う際には五つの球体を全て消滅させる必要がある。
しかし、敵もなすがままというわけではなく、獲物を捕らえるための触手を複数突きだしてくるため、本体ばかり狙うのも難しくなっていく。
鈴花は自分に迫ってくる大量の赤黒い触手をサイドステップをして回避したが、触手は一本一本が意思を持っているかのようにうねうねと鈴花の方へと迫っていく。
バックステップをしても跳躍しても鈴花は中々触手を振り切ることが出来ず、攻勢に出られないでいた。
「この……!」
思い通りにいかないことに若干苛立ちが募っていくが、そのまま怒りに身を任せれば敵の思う壺だと、怒りを振り払うように首を振った。
このまま逃げに徹するだけでは埒が明かないため、鈴花は術式の詠唱を始める。
「防御術式発動、結界陣展開!」
術式が発動すると、鈴花の足元を中心に半径一メートルの魔法陣が展開され、そこから円柱形の結界が形成された。
グランドローパーの触手が結界に触れると、流れる水が障害物によって二つに分かれて流れていくように、結界の中にいる鈴花を避けて行った。
結界陣も込められた魔力量によって強度が変わるため、このまま結界陣の中で閉じこもっていても結界が破られて触手の餌食になってしまう。
が、鈴花は触手を凌ぐ十数秒の時間を稼ぐのが目的だった。
両手を前方に構えて攻撃術式を発動させる。
「攻撃術式発動、爆光弾三連展開、発射!」
大きな光弾は結界を越えて触手の波に触れると、閃光を伴う爆発を発生させた。
やがて光がおさまると、結界を覆っていた赤黒い触手が全て吹き飛んでいた。
それにより、触手を盾にしていたグランドローパーの姿が見えた。
「今の内に! 攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」
展開された三つの魔法陣から放たれた光の槍をグランドローパーは避ける間もなく。左上にある球体が貫かれたことにより消滅した。
これで残りの球体は三つ。
グランドローパーは中央の球体から生えている触手の再生を始めるが、触手よりも先に鈴花の手が早かった。
「もう一つ! 攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」
「クィアアアアアアアア!!」
グランドローパーは再生したばかりの数本の触手で三本の光の槍を止めようとするが、その程度では鈴花の放った光の槍を止めることは敵わなかった。
故に今度は右下の球体を消滅させられてしまう結果となった。
残り二つ。
「ふふん、上位クラスって言うからどんなものかと思ったけど、大したことないね」
順調に進む戦況に鈴花は戦闘中であるにも関わらず頬が緩むのが抑えられなかった。
ここに来て鈴花の慢心はさらに増長してしまっていた。
「シュウーッ!」
「っち!」
グランドローパーへさらに追撃をしようとした鈴花を六体のローパーが自らの赤い触手で以って立ち塞がった。
突然の横やりに鈴花は舌打ちをしてローパー達から距離を取った。
「攻撃術式発動、光剣八連展開、発射!」
鈴花はグランドローパーを守るように立ち塞がるローパー達に光の剣を放った。
「シャグ」「ググガァ」「フシュシュゥ……」
ローパー達は光の剣を避ける素振りも見せず……寧ろ自ら
「はぁ!? 自分の命より親玉を守るとかどうかしてんじゃないの!?」
唖喰が見せた仲間意識のような振る舞いに鈴花は驚きというより、嫌悪感から怒りを募らせた。
唖喰は自身の原動力となっている飽くなき食欲を優先するために、時には自らの身を犠牲にすることも厭わないと授業で教わったが、それを聞いた鈴花は死んだら食欲を満たすも何もないと思っていた。
だがいざその行動を目の前にすると、動物が同族を気に掛ける姿は微笑ましく、弱肉強食の自然界においては誉れ高いそれを唖喰が見せるというのは、ただひたすらに気持ち悪いと感じた。
それは一見すると差別のようにも思えるが、唖喰が人類の……世界の敵だという事実がある故に必然ともいえるものだった。
相手のことを知らないから争うなどという次元の話ではない。
唖喰は世界と人類にとっては敵という認識から外れることは決してない。
どちらかの種が途絶えるまで戦い続けることになる……それが鈴花が魔導少女になる際注意されたことだった。
「クィアアアアアアアア!」
「!?」
グランドローパーが甲高い咆哮をあげる。
ローパー達がその身を挺してグランドローパーを守ったため、吹き飛ばされていた触手の再生が済んだという合図だった。
その証拠だと言わんばかりにグランドローパーの中央にある球体から、大量の赤黒い触手を見せびらかすようにうねうねと
「~~あったまきた! 攻撃術式は——っ!?」
鈴花は見せびらかしている触手をまた吹き飛ばしてやろうと攻撃術式を発動させようとするが、不意に嫌な予感がしたため、慌てて詠唱を中断してその場からバックステップをして飛び退いた。
その直後、鈴花の立っていた場所の下から赤い何かが飛び出てきた。
「あれは……! 見せびらかしていたのは陽動ってこと!?」
赤い何か――ローパーの触手だと把握した鈴花は驚愕した。
鈴花の考えを肯定するように、グランドローパーの影に隠れるように身を潜めていた数体のローパーが姿を現した。
グランドローパーがこれ見よがしに再生した触手を見せびらかしたのは、地面からの奇襲を悟らせないための挑発だったのだ。
本来はそれでグランドローパーへ気を向けた鈴花を捕らえる算段であったが、身体強化術式による五感強化で殺気に敏感だった鈴花に気付かれたことにより失敗に終わった。
「でも残念だったね。これが初実戦だったら引っ掛かっていたかもしれないけど、この一週間で強くなったアタシには通用しないよ~だ!」
咄嗟にとはいえ鈴花が殺気に気付けたのは豊富とは言えないまでも濃密な戦闘経験を積んできたためであった。
まるで一流の戦士のような動きが出来たことに、鈴花の慢心はより一層増長してしまった。
「お返し! 攻撃術式発動、光剣六連展開、発射!」
鈴花は姿を現したローパー達に光の剣を放って塵に変えていった。
それにより、戦場となっている建設跡地には鈴花とグランドローパーだけとなった。
鈴花の残り魔力量は半分を切っているものの、グランドローパー一体だけならなんの問題は無いと判断した。
「さてと、お仲間はもういないみたいだし、一気にケリをつけるよ!」
既に自らの勝利を確信している鈴花は笑みを浮かべながらグランドローパーの元へ悠々と歩みを進める。
「クイイイィィィィィィィッ!!」
グランドローパーは鈴花の勝ち誇った笑みか、仲間である他の唖喰達が消滅されたことか、あるいは両方かに憤慨したような悲鳴をあげた。
鈴花へ赤黒い触手を放つが、鈴花は勝ち誇った笑みを崩さないまま術式を発動させた。
「攻撃術式発動、光刃展開!」
鈴花が両手に光の刃が形成する。
その光の刃を振るって迫り来る触手を次々に切り落としていく。
グランドローパーもただ闇雲に触手を向けるわけではない。
地面に潜り込ませて奇襲をする、鈴花の逃げ道を塞ぐように触手を張り巡らせる、敢えて隙間を作って誘導するなど触手で多種多様な動きを見せる。
しかし、地面から奇襲してくる触手は先程行ったことにより警戒されていたため、軽くサイドステップをしただけで躱され、切り裂かれる。
逃げ道を塞ぐように張り巡らした触手は鈴花が逃げずに触手を切り落としていくため、そもそも目論見として成立していなかった。
わざと作った隙間へ誘導することは出来たものの、すれ違い様に触手を斬られてしまい、余計に隙間を増やすだけだった。
このように鈴花はグランドローパーの触手による攻撃を余裕を持って
さらに鈴花はその間も光刃による攻撃の手を緩めることなく歩みを進めていたため、鈴花とグランドローパーの距離は二十メートルを切っていた。
鈴花は左手に形成していた光刃を解除し、別の攻撃術式を発動させた。
「攻撃術式発動、爆光弾二連展開、発射!」
鈴花が左の手の平に展開した魔法陣からバスケットボールよりも大きな光弾が二つ出現し、それをグランドローパーへ向けてボウリングの玉を投げるように放った。
連なった二つの光弾に対し、グランドローパーは触手を盾にして防ごうとする。
そうして触手と光弾が接触し、何度目かの爆発と閃光が迸る。
光が収束した時、グランドローパーの球体は中央の一つのみとなっていた。
触手が吹き飛ぶ瞬間、咄嗟に左下の球体で庇ったためであった。
五つあった球体は一つになり、触手も再び吹き飛ばされたため再生に時間が掛かる……グランドローパーの状態は見れば誰もが満身創痍であるとわかるものだった。
「攻撃術式発動、光弾二十連展開、発射!」
鈴花は止めを刺すべく光弾による弾幕で追い詰めていく。
「グイイイイアアアアアアアァァァァァァァ!!!」
最早グランドローパーに光弾を防ぐことも、避けることも出来ず、次々に被弾していく。
「いける、このままなら——っきゃああ!?」
倒せる。その先を口に出すことは出来なかった。
なぜならグランドローパーの中央の球体がぱっくりと二つに割れ、中から真っ黒に染まった巨大な触手が顔をだし、光弾を放っていた鈴花を地面に殴り飛ばしたのだ。
勢いよく地面に叩きつけられた鈴花は、しばらく地を転がった。
いくつか擦り傷が出来たが、怪我の功名というべきか殴り飛ばされたことでグランドローパーから距離を置くことが出来た。
触手の一撃は咄嗟に左腕でガードしたため、頭に当たらず意識は保てていた。魔導装束のおかげで骨は折れたりしていないことに安堵するが、衝撃を殺せたわけではないため、肺の空気が押し出され、体が酸素を求めて大きな呼吸を繰り返していた。
「げほっけほっ……はぁ……はぁ……やばい、あの黒い触手のこと忘れてた……」
何とか呼吸を取り戻し、先ほどの光景を思い返す。
グランドローパーは中央の球体の中に黒い触手を隠し持っている。
それはグランドローパーが追い詰められない限り、一切見せない敵の切り札だった。
鈴花はゆずの授業でそのことを教わっていたのにも関わらず、今の今までその情報を失念していたのだった。
『橘さん、最近慢心が過ぎるのではないのでしょうか?』
『唖喰が大したことないって認識が慢心そのものじゃねえか?』
ふと鈴花の頭に司とゆずの言葉が過った。
そして授業で教わった内容を忘れてグランドローパーから攻撃を受けた自分の今のあり様は——鈴花はそこまで考えたところでその考えを否定するように首を振った。
「し、してない! ちょっと忘れてただけでアタシは慢心なんてしてない!」
誰に訴えるわけでもなくそう否定の言葉を口にした鈴花は治癒術式を発動させるために四つん這いになって立ち上がろうとする。
「……あ、れ?」
しかし何故かうまくいかず左肩から再び地面に倒れてしまう。
「……な、なんで?」
体力はまだある、魔力量もまだ半分を下回ったぐらいであり、戦う意思もある。
なのに立てないことに鈴花は動揺を隠せないでいた。
左腕に力が入らなかったため、気付いていなかっただけで骨折していたのかもしれないと、左腕に目を向ける。
「――ぇ」
鈴花の口からか細い吐息が漏れた。
それは目の前の光景を信じられないがためであった。
そんなはずはないと、鈴花は何度も
鈴花の目に映ったのは……。
左腕が二の腕半ばから先にかけて抉られたように無くなっていた。
左腕から噴き出る真っ赤な鮮血が自身と足元を赤く染め上げていく。
「――は、え、なん、で?」
頭と心の処理が追い付かない。
どうして左腕が無い?
元から無いというわけではない。
健康優良児として生まれ育ってきたはずだ。
ではこの赤色はなんだ?
まだ四月下旬なのに体の奥底からどんどん冷えていくのは何故だ?
疑問が次々と浮かんでは消えを繰り返していて、鈴花はふと先ほど自分を叩き落したグランドローパーを見る。
「――ぁ」
またか細い吐息が出た。
視線はグランドローパーの球体に隠されていた黒い触手に釘を刺されたように固定された。
人の腕が黒い触手の中にあった。
触手に呑まれ中で漂っていた腕は肌色から徐々に赤色に滲んでいった。
ローパーの触手は触れるものを溶かす強酸性の粘液そのものであるため、腕の皮膚が溶かされて筋肉や神経が剥き出しになっているのだと理解した。
人の腕は赤色から真っ白になった。
肉すら溶かされたため、骨だけになったと分かった。
骨だけになった腕はドロドロと
「――うぐっ、お゛え゛え゛っ!!?」
それをみた瞬間、鈴花は全身が酷く冷たくなる感覚に襲われ、嘔吐した。
吐しゃ物の鼻をつまみたくなるようなつんとした匂いに構わず鈴花は思案する。
――ここにはアタシ以外に並木さんと工藤さんに柏木さんだけ……グランドローパーの相手をしていたのはアタシだけだし、三人はまだ来ていない……。
どこからか〝考えるな、止めろ〟と聞こえていた。
鈴花はその言葉を無視して続ける。
――かといって探査術式を使った時には一般人はいなかった……死体があったのかもしれないけどここは何年も前に閉鎖されているから人が寄り付く場所でもない……。
〝駄目だ、理解するな〟。
また聞こえた言葉に耳を貸さず鈴花は結論に至った……至ってしまった。
「――じゃあ、溶かされたのは……アタシ、の……!?」
鈴花は体をぶるぶると震わせた。
それは今まで感じたことのない恐怖だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
過度の恐怖で過呼吸に陥った鈴花は浅い呼吸が繰り返す。
「はぁっうそ、だ……はぁはぁ、こんなの、はぁ、ゆめに、きまって……」
嘘であってほしい、夢であってほしい。
そんな儚い思いは左肩からくる身を焼くような激痛に脆くも砕かれた。
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