25話 橘鈴花の初戦闘 後編
鈴花が探査術式を用いて割り出したポータルがある高原の崖付近まで行くと、そこには空中にポッカリと赤い穴が広がっており、さらにラビイヤーやローパーなどの唖喰が我先にと這い出て来る様子が見えた。
その光景は巣からわらわらと出てくる蜂を思わせた。
「うぅ、なんか気持ち悪い……」
「そのうち慣れます」
そんな想像をして顔を青褪めさせた鈴花を慰めもしないゆずのドライな対応に、鈴花は若干物悲しい気持ちが湧いたが、すぐに持ち直してゆずにどうするのか尋ねてみた。
「ねぇ並木さん、ポータルを壊して唖喰を倒すっていうけど、どうするの?」
「そうですね……橘さん、魔力量にまだ余裕はありますか?」
「うん、まだ三分の二は残っているよ」
魔導士の残り魔力というのは、ゲームのように数値が判るわけではないため、自身の中にある魔力量を常に把握する必要がある。
そうでなければ重傷を負った時に治癒術式を発動出来なかったり、唖喰に止めを刺す時に攻撃術式を発動出来ないというのは、魔導士にとってどれだけ致命的なことか、鈴花はゆずから今日までの訓練でこれでもかと教え込まれた。
「分かりました。ポータルの破壊は橘さんにお任せします」
「え、そんな大役を新人のアタシがやっちゃっていいの?」
「むしろ新人だからこそです」
そもそも唖喰との戦いというのはポータルを破壊してお終いというわけではない。
その場に残党する唖喰達の殲滅とはぐれ唖喰がいないかの周辺捜索、唖喰に食われた建造物や自然の修復など戦闘後の処理も含めてようやく戦闘が終わるのだ。
なお治癒術式では魔力を持つ人物しか治せないが、作物や自然に無機物などの修復を目的とした修復術式というものがある。
特殊術式に分類される修復術式によって直せるのは生物以外だが……この術式がなければ齧られた建物や自然が一般人に見つかってしまえば唖喰の存在を秘匿するのは不可能だったろう。
ただしこの術式で直せるのは半日が限界とされている。
なぜ半日なのか、なぜそれ以上はどうあっても修復できないのか、この術式が作られた経緯だけが失伝していると鈴花は教わった。
ゆずは鈴花にポータルを破壊させたあと、残っている唖喰を自分が殲滅することで、鈴花にそういった後処理を経験させるつもりなのだ。
「何事も経験か……分かった、上手くいけるかわからないけど、ポータルを破壊してみせるよ」
その旨を端的に説明された鈴花はそう答えた。
「それでは道を切り開きます。背中は任せて下さい」
「やだ、アタシの先輩が年下の女の子なのにカッコイイ……」
思わずそうときめいてしまったと口にした鈴花だが、本気ではなく緊張を解すための冗談である。
それはつまり鈴花がそれほど緊張しているというわけである。
鈴花の冗談など耳に入らないと言わんばかりに、ゆずは右手に持った杖を唖喰の群れに向けて術式を発動させる。
「攻撃術式発動、魔導砲、発射」
杖の先に展開された一メートルほどの魔法陣から大きなレーザービームが放たれた。
唖喰達をのみこんであっという間に塵に変えていく光線を追うように鈴花がポータルまで駆け出す。
「グルアァ!!」
「ひゃあああ!?」
しかしそこに、光線の射線上から逃れていたイーターが鈴花を丸齧りにしようと大口を開けて襲い掛かってきた。
それに驚いた鈴花は右方向へダイビングをするように飛び込んでイーターの攻撃を回避した。
咄嗟に立ち止まらなかったのは訓練の賜物である。
だが明らかに隙だらけな躱し方をした鈴花に追撃を加えない程唖喰という怪物は優しくない。
イーターは再度鈴花に食らいつこうと大口を開けて飛び掛かり、いつの間に接近していたのか二体のローパーもその赤い触手で鈴花を捕らえようと仕掛けて来た。
さらに鈴花は地面にうつ伏せになっているため、次の回避行動に移れないという危険な状態だ。
「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射」
「グアア!?」
そこへゆずの攻撃の意思を示すかのような三本の光の槍がイーターと二体のローパーを貫いた。
今まさに攻撃をしようとしていた唖喰達は光の槍を躱せずに直撃を受けたため、塵と化した。
「シャアア!!」
「っし!」
ゆずが鈴花を襲おうとした唖喰に気を取られた隙を突くように六体のラビイヤーが飛び掛かってきたが、ゆずは魔導杖に魔力を込めて振り向き様に振るうことで、半分の三体を薙ぎ払ったあと跳躍をして残りの三体の攻撃を躱した。
「攻撃術式発動、爆光弾展開、発射」
「シャブア!?」
ゆずが攻撃を躱したことで隙が出来た唖喰達に対し、爆発効果のある光弾を落とすことで残っていた三体も消滅した。
「ありがとう並木さん!」
鈴花はうつ伏せ状態から立ち上がり、ゆずにそう礼を伝えた。
再び駆け出した鈴花の進路を妨害するように今度はシザーピードが立ちふさがり、人も挟めるほどの大きなはさみを広げて、ギロチンのように鈴花の体を両断しようとするが、はさみを振り切った時そこに鈴花の姿はなかった。
「それは残像だ……って現実で言えるなんて思ってなかったよ!」
いつの間にか鈴花はシザーピードの背後に移動しており、そのままポータルへ走り続けていた。
シザーピードは鈴花を逃がすまいと追いかけるが、一向に差は縮まらなかった。
鈴花は今、身体強化術式の出力を限界の百パーセントまで上げていた。
今まで彼女は四十パーセントの出力で動いていたが、戦闘では緩急をつけることで相手を翻弄することが出来るとゆずが訓練で指導したため、今ここで実行したのだ。
体が慣れていないうちに出力百パーセントを使用するのは、体にかなりの負担を掛けるため、後のことを考えれば悪手なのだが、鈴花はゆずなら自分を危険に晒すことはないと信じているからこそ、実行できたことだった。
もちろん悪いことばかりではない。
鈴花がポータルに近づくということは、その周辺の唖喰達が彼女を標的にするのは当然であり、その身に危険が迫るのは避けようのない事実である。
だが身体強化術式を出力百パーセントで発動させている鈴花なら、敵を掻い潜って本丸を叩くという暗殺者さながらの行為が可能となる。
現にイーターが鈴花の姿を視認した時には既に彼女はイーターと距離が開き、ローパーが触手を網漁に使う水網のように張り巡らそうとしても鈴花は通り抜け、シザーピードも追いつけないため、どの唖喰達も鈴花を止める手段がなかった。
そうして唖喰達が通り抜けていく鈴花に気を取られた瞬間……。
「攻撃術式発動、光剣八連展開、発射」
後方にいるゆずが放つ攻撃術式の餌食になるという一連の流れが出来上がっていた。
やがて鈴花とポータルの距離は五十メートルを切った。
「この距離なら……攻撃術式発ど――」
「ギイイイィ!!」
「うわっ!?」
鈴花がポータルに攻撃術式を放とうとした瞬間、リザーガが彼女に突進攻撃を繰り出してきた。
出力百パーセントのおかげで突進自体は回避出来たが、それを切っ掛けに鈴花は足を止めることになった。
「カハァッ!」
その瞬間を待っていたというようにポータルの中からイーター達が光弾を吐きだしてきた。
「っ防御術式発動、障壁展開!」
鈴花は防御術式による障壁を展開することで光弾を防ぐことは出来たが……。
「シュゥ!」
――パリィン!
「うっくぅ!?」
ポータルの周囲にいた三体のシザーピードが鈴花に目掛けて大きなはさみを振り下ろしてきた。
それにより鈴花が展開した障壁は金槌でガラスを割るように破られた。
障壁が破られる寸前にバックステップが後方にさがったことで鈴花にダメージはないが、せっかく近づけたポータルと離れる結果になった。
鈴花はすぐにまたポータルへ接近しようとするが、シザーピードが進路上に立ち塞がり、それを避けたところでイーターが飛び掛かってくる。
イーターの攻撃を跳躍をして躱すもそこにリザーガが爪を振り下ろしてきた。
「このっ、攻撃術式発動、光刃展開!」
両手に光の刃を形成し、左手側の刃でリザーガの攻撃を防いで隙が出来たところに右手側の刃でその胴体を真っ二つにした。
着地して再びポータルへ接近しようとして、今度はローパーの触手が進路を妨害してきた。
鈴花はまだ両手に形成している二つの光の刃を振るって切り裂くが、触手を切るために一瞬だけ足を止めた途端、複数のラビイヤーが飛び掛かってくる。
ラビイヤー達を切り裂いてポータルのほうへ視線を向けると、リザーガが突進攻撃を繰り出してきたため、鈴花はサイドステップで躱して地面に不時着したリザーガを切り裂く。
「ああもう! 次から次へと鬱陶しい!」
進もうとして妨害を繰り返されれば鈴花の中に苛立ちが募っていく。
唖喰という怪物はそういった狡猾さを発揮して獲物の感情を昂らせ、判断力を鈍らせようと企んでいるため、感情を殺して相対しろというのはゆずから教わっている。
だが今日が唖喰との初実戦である鈴花にいきなりその心がけをしろというのも無理な話である。
特に鈴花は感情的になりやすい部分があるため、魔導の才能はあっても唖喰との戦闘には不向きではないかというのがゆずから説明されたこともあった。
「今度こそ……!」
苛立ちの必死に抑えながら鈴花はポータルへ駆け出す。
「グルルルゥ!」
「っしま……」
しかし、四体のイーターが鈴花の前後左右囲い、さらに跳躍したとしても逃げ場を無くすようにリザーガが突進攻撃の前兆である宙返りをしていた。
負傷覚悟で行けば切り抜けられるのかもしれないが、鈴花には怪我を負ってでも戦うほどの強さはないため、恐怖から足が竦んで次の行動を躊躇してしまう。
頭の中ではどうすればこの局面を切り抜けられるか必死に模索するが、経験の浅い鈴花に妙案が思い付くはずもない。
そしてイーター達が同時に鈴花へ飛び掛かった時……。
「攻撃術式発動、光剣十連展開、発射」
光の剣が四体のイーターと宙返りをしていたリザーガを貫き、その体を塵にした。
「え、これって……並木さん!?」
「橘さん、走ってください」
「手厳しい……!」
追いついたゆずが攻撃術式を放って自分を助けてくれたことを理解した。
そのことに感激する鈴花とは反対にゆずの表情と態度は至って普段通りだった。
ともかくゆずの援護があればポータルに接近して破壊出来ると確信した鈴花は、さっきまで感じていた唖喰への苛立ちも忘れて一気に駆け出す。
何度やっても同じだと言わんばかりに鈴花の進路を妨害しようとローパーの触手が突き出される。
「無駄です。攻撃術式発動、光槍八連展開、発射」
放たれた八本の光の槍はローパーを貫くだけに止まらず、触手の奥で機会を窺っていたイーターやシザーピードも巻き添えにしていった。
ポータルへの道が手薄になったことを把握すると同時に鈴花はさらに足を速める。
鈴花を止めようと唖喰達が立ちはだかろうとするも、後方に控えるゆずが彼女に近づけさせまいと攻撃術式を放っていくことで、唖喰達の目論見は破綻していく。
ポータルと鈴花の距離は五十メートルを切り……。
「攻撃術式発動、重光槍二連展開、発射ああああ!」
光槍の術式の時より大きな二本の光の槍が鈴花の右手に展開された魔法陣から放たれた。
重光槍の術式は光弾、光剣、光槍の攻撃術式の中で一番の威力・速度・射程を誇る術式だが、一本分を展開して放つだけでも光槍五本分の魔力量が必要となる。
それを二本も放った時点で鈴花の残り魔力量はもう一本の重光槍を放つことも出来ないほど少なくなった。
唖喰達も黙って自分達の通り道を壊されるわけにはいかないため、その身を挺して重光槍を止めようとするが、一本だけでも強力なのに二本もあるため、大きな光の槍の勢いを削ぐことは敵わず……。
――ドドッ!
――パリィィィィィィィン!!
唖喰達の通り道となっていたポータルは、鈴花の放った光の槍により破壊された。
「やっ……」
「ギュルアァッ!」
「!?」
鈴花が歓喜の声を上げようとした瞬間、ポータルを破壊されたことに憤慨したリザーガが突進攻撃を繰り出してきた。
戦いにおいて勝利を確信した時が敗北の瞬間という言葉があるが、一瞬とはいえ安堵と歓喜に駆られた鈴花がその突進攻撃に気付けただけでもまだ褒められるだろう。
本来そんな事態になれば自分の身に起こったことに気付かないまま死ぬものもいるからである。
そして鈴花がそうならなかったのは……。
「ポータルの破壊お疲れ様です。ですがまだ唖喰は残っていますので油断はしないでください」
ゆずが突進攻撃によって高速で飛来してきたリザーガを魔力を込めたかかと落としで粉砕したことによって阻止されたからだ。
リザーガの攻撃に気付いた鈴花はゆずの行動にポカンと呆けていた。
自分が気付いた時は回避が出来ないと悟った攻撃をゆずがねじ伏せた……それはつまり、ポータルを破壊した瞬間、鈴花が油断するとゆずに予測されていたことに他ならない。
そうでなければあんな示し合わせたようなタイミングで攻撃術式でも杖で殴るでもなく、かかと落としを決めるなど出来ないと鈴花は数舜で理解し……。
「あんな戦闘の片手間にアタシの様子を見てたってどんだけ余裕なのよ……」
頼もし過ぎる先輩にそう苦笑するしかなかった。
それから十数体いた唖喰の残党討伐は鈴花の頼もし過ぎる先輩の活躍により、五分と掛からず完了し、鈴花の初戦闘はかすり傷が数か所という結果に終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます