24話 橘鈴花の初戦闘 前編


 二人が放った砲撃は三百メートル先にいる唖喰の群れをいくつか飲み込んでいった。

 山岳の中腹にある高原は目立った森林や岩がないため、見渡しやすい場所となっていることから、唖喰達の様子がよく見えた。


「先行します、付いてきてください」

「わ、分かった!」


 その事を確認する間もなくゆずが駆け出し、鈴花もそれに続く。

 

 今でこそ付かず離れずの距離を保って移動は出来ているが、訓練で行った身体強化術式をフル活用したランニングでは、学校の体育館と同等の広さがある訓練場内を五十周し終えた時の鈴花は虫の息に等しい状態だった。

 

 自分より五十周多く走ったゆずに余裕があることを知って愕然としたこともあった。


 今日までの訓練でゆずが重要視したのは鈴花の体力面である。

 スポーツにしろ戦闘にしろ、如何に技術が優れていようともスタミナが伴っていなければ折角の技術を活かすことも難しくなってしまう。


 ましてや鈴花は平穏な現代に生きてきた女子高校生であるため一朝一夕にはいかないが、それでも鈴花自身の魔導の才能と身体強化術式の恩恵で三十分は余裕を持って全力疾走は出来る様になった。


 一応ゆずから今回の戦いにおいて、鈴花は出来る事だけをこなしていくよう伝えられている。

 

 ――初陣だから気負わせないようにって配慮ね……。


 指示の裏側にある意思をしっかり読み取った鈴花は先頭にいる三体のラビイヤー達に向けてこの三日間で使いなれた攻撃術式を発動させる。


「攻撃術式発動、光弾五連展開、発射!」


 ゆずが立ち止まり、鈴花の術式の妨げにならないように前後を交代する

 そして鈴花が右手をふるうと、展開された五つの光弾が前方百メートル先にいる三体のラビイヤーに向かって放たれる。


 光弾に気付いたラビイヤー達が回避をしようとするが、鈴花の光弾はラビイヤー達に狂いなく被弾し、その姿を塵に変えた。


「いい感じです」

「……」


 ゆずから称賛されたが鈴花は声を上げることはしない。

 手に感触が残らない手段とはいえ、明確に生き物の命を奪った罪悪感が胸に重石となってのしかかっているように錯覚するが、それでもと首を左右に振って少しでも雑念を晴らすように次の目標を定める。


 次に狙うのはローパーと呼ばれる白い球体に赤い触手を生やした唖喰だ。

 赤い触手は艶めかしく蠢いており、あれが唖喰にとっての生殖器なら薄い本さながらのシチュエーションが待ち受けていただろうが、残念ながらあれは触れたものを溶かして吸収する凶器であるため、どちらにしても捕まるわけにはいかない。


 ローパーは鈴花に目がけて四本ある触手を全て伸ばす。

 触手は切り落とすことは出来るが、程なく再生して再び伸ばしてくるため、本体の白い球体を叩くのがセオリーだと聞いていた。


「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」


 鈴花の背後に三つの光の槍が展開され、ローパーに向かって放たれる。

 光の槍はローパーの全ての触手を射抜いて球体の本体の動きを止める。

 ローパーはすぐに振り払おうとするも、偏差で飛ばした三本目の槍で貫かれ、塵となって消えた。


 これで鈴花は四体の唖喰を倒したことになる。

 肉体的にはまだまだ問題はないが、生き物の命を奪っていく罪悪感と唖喰という怪物に対する嫌悪感から精神的にきつくなってくる。

 

 ただでさえ、得体のしれない外見をしている上にその攻撃手段のどれもこれもが凶悪なため、恐れるなというのは無理があるが、直ぐに〝気にしてる場合ではない〟と気持ちを切り替えようとすると、後ろにいるゆずから声を掛けられた。


「橘さん、もうすぐ唖喰の群れと接敵しますが群れの中にリザーガの姿が見えますので注意してください」

「リザーガ……!」


 ゆずが示す通り唖喰の群れの上を飛翔する生物がいた。

 リザーガはトカゲ顔にモモンガのような体をしており、どういう原理なのかモモンガのグライダーのような飛び方とは異なり鳥類と何ら変わりない飛行能力を持っている。

 

 地球にも似たような生物が外国にいるのだが、それらと比較すると体積はかなり大きく、全長は二メートルを超えている。


「確か動き自体は早くはないけど、大きく宙返りをしたら獲物に向かって時速二百キロを超える急降下で体当たりをしてくるんだったよね?」

「はい、他の唖喰に気を取られて前兆である宙返りを見逃さないように気を付けて下さい」

「そんなにうまくいけるかな……」

「では他の唖喰は私が受け持ちますので、橘さんはリザーガのみに集中して下さい」

「ありがと」

「当然のことです……攻撃術式発動、爆光弾五連展開、発射」


 鈴花がそう言うとゆずは彼女の前に出て唖喰の群れに攻撃を仕掛けた。


 ゆずが右手に持つ杖……魔導杖を前方に突き出すと、後方に五十センチほどの魔法陣が五つ形成され、そこからバスケットボールよりも大きい光弾が唖喰の群れへと放たれた。


 唖喰は回避など考える素振りも見せずにゆず達の元へと一直線に突き進んでいくが、それは視界を埋め尽くすほどを爆発によって阻まれた。


「すごっ……あ!」


 鈴花が爆発に驚く間もなく、閃光から抜け出すように二つの影が飛び出してきた。

 身体強化術式による五感強化により、視力を強化された鈴花はその影の行き先を咄嗟に捉えた。

 

 そうして上空を見ると二体のリザーガが見えた。


 未だ宙返りをしている様子はないため、先手必勝と言わんばかりに鈴花はリザーガ達に向けて手のひらを突き出した。


「攻撃術式発動、光槍二連展開、発射!」


 両手をリザーガに向けて詠唱した鈴花の光の槍は一体のリザーガを貫いて塵に変えたが、もう一体のリザーガに対しては僅かに身を捩って躱されたため、しっぽを撃ち抜く程度になってしまった。


「っ避けられた!? なら、攻撃術式発動、光剣四連展開、発射!」


 鈴花は舌打ちをしたくなるのを抑えて光剣の術式を放つも、リザーガは先の攻撃で尻尾を撃ち抜かれたことで鈴花の攻撃を警戒しているため、避けられてしまう。

 

 それどころかリザーガは空中で大きく宙返りをし始めた。

 リザーガと戦う上で最も警戒すべき突進攻撃の前兆だった。


「っ来るっ!?」


 鈴花は攻撃を中断し、防御術式の詠唱を始める。


「防御術式発動、障へ――わひゃああっ!!?」


 鈴花が詠唱を終える前にリザーガが突進攻撃による急降下を始めたのだが、その速度が鈴花の予想を遥かに上回るものであったため、術式の詠唱を中断してしまう。


 身体強化術式によって強化された視覚ですら残像しか見えなかったが、咄嗟に回避は出来たものの不安定な体勢での回避だったため、躱した先で鈴花は尻餅をついてしまった。


「ギイイイイィッ!」

「ヒィッ可愛くない鳴き声!?」


 突進を躱されたことに憤慨して爪を振るって来るリザーガに対してどうでもいい感想を抱きつつ、鈴花はその場から立ち上がってからバックステップすることでリザーガから距離を取った。


「あ、やば……」


 鈴花がそう声を漏らした理由は距離を取ったリザーガが跳躍して再び宙返りを始めたためである。

 リザーガは再び突進攻撃を繰り出そうとしていると理解したのだ。


「あんな攻撃をまともに受けたら……って一回見たんだから今度は失敗しないはず……!」


 一瞬リザーガの突進によって胴体に風穴を開けられる姿を幻視したが、鈴花は両頬を手でパンっと叩いて自らを鼓舞した。


「ガアアアァッ!!」

「攻撃術式発動、光刃展開!」


 宙返りをしているリザーガの突進を迎え撃つため、鈴花は右手に光の刃を形成する。

 リザーガの突進には一つ弱点がある。

 突進は速度と威力こそ脅威であるものの途中で軌道を変えることが出来ない。

 そのため一直線にしか進めないのだ。

 ゆえに突進は下手に動かずに攻撃を誘導して、タイミングを合わせればカウンターを叩き込むことが可能なのである。


 肉眼ではまず不可能だが、身体強化術式で強化された視覚なら容易に捉えられると、ゆずから教わった鈴花はそれを実行するつもりなのである。


 そしてリザーガが突進攻撃を仕掛けた時……。


「ここっ!!」

「ギ……」


 鈴花は左足を軸に右半身を反らして突進の軌道からずれた鈴花は、右手の光刃で刺突を繰り出す。

 するとそこに割り込むかのようにリザーガが突き刺さり、その体は塵となって消滅した。


「ふぅ……」


 多少苦戦したとはいえリザーガを倒した鈴花は一度大きく息を吐いたあと、他の唖喰を受け持っていたゆずの元へ駆け寄った。


「はぁはぁ、並木さんこっちに来たリザーガ二体は倒したよ」

「怪我はありませんか?」

「ん、大丈夫。並木さんも大丈夫みたいだね」

「はい、このくらい造作もありません」

「さ、さすが……」


 鈴花は司から事前にゆずがゴリ押しのような戦い方をすると聞いていたため、彼女の心配をしていたのだが、ゆずの魔導装束には傷一つついていないことから怪我はないということが本当だと安堵した。


「橘さん、探査術式を使ってポータルを探してください」

「分かった。探査術式発動」


 鈴花が探査術式を発動して瞼を閉じると、その裏にはソナーのようなレーダーが映っており、唖喰と自分達の生体反応が判るようになっていた。


 なお探査術式では生体反応のみを拾うためポータルの位置を見つけ出すことは出来ない。


 ならどうやってポータルを探すのかというと、唖喰はポータルから這い出てくるため、唖喰の生態反応が密集している地点にポータルがあるということになる。


 それをゆずから教わった鈴花はレーダー上に唖喰が密集している地点を探す。

 魔導の才能があると先輩であるゆずから太鼓判を押された鈴花の探査範囲はこの高原どころか、山岳一帯ならゆうに見渡すことができる。


 当然探査術式を発動している鈴花は無防備であるため、ゆずが近くにいる唖喰の相手をすることになる。


 ゆずが見据える唖喰はラビイヤー数十体、ローパーも同じく数十体、イーター十数体、先程鈴花が相手にしたのとは別個体のリザーガが十体ほど、そしてムカデのような細い体と無数の足を持ち、頭部に近い前足が一本だけ異様に肥大化してカニのはさみのような形状をしている唖喰……シザーピードが数体いた。


 はさみには空洞があり、そこがシザーピードの口腔部分である。

 成人男性だろうと簡単に丸呑みにしてしまう。


 シザーピードはムカデのように普段はゆったりした動きをしているが、獲物に攻撃をする時と危険を察知したときは目にもとまらぬ速さで動く習性がある。

 

 その移動速度から繰り出されるはさみによる攻撃は、鉄筋コンクリートだろうと豆腐のように砕けるほどの握力がある。

 

 なおはさみは脅威であると同時にその大きさ故にシザーピートの高速移動を阻害しているという、直しようのない弱点がある。


 そのためはさみに注意していればそこまで厄介な唖喰ではない。


「シュゥ……」


 二体のシザーピードがゆずに向かって高速で接近する。


 ゆずは魔導杖を地面に向けて術式を発動させる。


「攻撃術式発動、地雷陣十連展開、設置」


 地雷陣は魔法陣を地面に設置する魔導版地雷である。 

 周囲を高速で動き回るシザーピードに対しては絶大な効果を発揮する術式だが、設置できる時間は一分と少々心許ないが、それでも使わないよりマシな方でもある。


 そして現に……。


「ギゲッ……!」「グシュッ……!」


 瞬間的に背後に回ったシザーピード達は地雷陣による爆発により塵となって吹き飛んだ。


「ゲガァ!」


 声のした方へ目を向けると三体のリザーガが宙返りをしていた。

 連続で突っ込んできたリザーガに対して、ゆずはバックステップをしただけであった。


「ゲゲッ!?」「ガ……!」「ギギッ……!?」


 元々ゆずが立っていた場所にも地雷陣が設置されていたため、軌道を変えられない三体のリザーガは飛んで火に入る夏の虫のようにそこに突っ込んだ結果、爆発により消え去った。

 

「シャアアア!!」

「っ!」


 今度は十数体のラビイヤーが鈴花に向けて襲い掛かってくる。

 ゆずがそちらに気を向けるより先に一体のシザーピードがはさみでゆずを挟もうとして接近し、三体のローパーがゆずを捕らえようと触手を伸ばし、五体のイーターが口を開けて光弾を吐きだしてくる。

 大方ゆずが守っている鈴花を襲えば彼女が隙を晒すと考えたのだろう


 相も変わらず醜悪な性質たちをしているが、ゆずの表情に焦りはなかった。


「グシャアアア!!?」


 鈴花に肉迫しようとしていたラビイヤー達が突然爆ぜた。

 残っていた地雷陣は鈴花の周りに設置されていたため、それを見抜けなかったラビイヤー達はものの見事に吹き飛ぶ結果となった。


 その光景に他の唖喰達の動きが一瞬だけ鈍った。


「攻撃術式発動、光槍三十展開、発射」


 その一瞬でゆずは自身を狙っている唖喰達に向けて光の槍を放った。


「グッゲェッ!?」「ゲゲアッ!?」「グルアァ!」「ギャゲェア!」


 光の槍は一本たりとも外れることなく唖喰達を次々に貫いていった。

 そうして周囲は静寂に包まれた。


「ふぅ……」

「後ろに目でも付いてるみたいな正確さだったたね……」

「いえ、それよりポータルの位置は?」

「うん、この高原の先にある崖近くにあったよ」

「分かりました、それでは早急に対応しましょう」


 探査術式でポータルの位置を割り出した鈴花と四十体にも及ぶ唖喰達を息も切らさずに殲滅したゆずは、高原を進んで行った。

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