23話 完成と実戦
それは放課後、鈴花が魔導少女になってから五日目となる訓練の後だった。
訓練後、食堂の一画で飲み物を飲みながらゆずと鈴花と三人で過ごしていると……。
「あ、つっちーとゆっちゃんとすーちゃん見つけたです!」
技術班班長の隅角さんの助手である元気っ娘、天坂翡翠が俺達の座っている席に駆け寄ってきた。
出会った時と変わらずジャージ姿だった。
体をすっぽりと覆う程のサイズの差があるため、手は袖の中に納まって萌え袖状態になっており、裾から露わになっている太ももはソックスを身に付けていないため健康的生足だった。
口ぶりからして俺達を探していたようだった。
「こんにちは、翡翠」
「こんにちは天坂さん」
「やっほー翡翠」
「こんにちはです!」
三者三様の挨拶に翡翠は元気に返事をした。
一体何のようなのか尋ねると……。
「さっきすーちゃんの魔導器が完成したので渡しに来たです!」
「おおお、やっと出来たんだ!」
翡翠がそう言って鈴花に魔導器を手渡した。
鈴花の魔導器は二つの輪がX字に交差したブレスレット型だ。
鈴花は留め具を外して利き手である右手首に装着した。
「……凄い、なんて言えばいいのかな、一つになった感じがする」
「はい! 魔導器はその人の好みに合わせて作るので、必然的に馴染むようになっているです!」
鈴花が感慨深いようにそう呟くと、翡翠が肯定した。
俺から見てもブレスレット型の魔導器は元から身に付けていたように感じたから、勘違いということもない。
まぁ完成したかっていうより、完成しちゃったかっていう気持ちのほうが強いんだけど、それを言ったら鈴花の機嫌を損ねてしまう。
「これがアタシの魔導器……大切にするよ」
「おめでとうございます、橘さん」
「……おめでとう」
「おめでとうです、すーちゃん!」
そう言った翡翠が何故か俺の膝に乗ってきた。
どうしてこっちなんだ……ああ、翡翠の髪からいい匂いが……。
「なぁ翡翠、なんで俺の膝の上に乗るんだ?」
「そこにつっちーの膝があったからです!」
「人の膝を便利グッズみたいに言うなよ」
男の俺の膝よりゆずや鈴花みたいな美少女の膝のほうがいいだろうに……。
ていうか軽いし、膝越しに翡翠の柔らかいお尻と太股の感触が伝わってくる。
俺はロリコンじゃないからいいけど、ちょっと無防備すぎませんかねぇ!?
「翡翠、膝から降りてくれないか?」
「どうしてです?」
「どうしてって翡翠みたいな美少女が男の膝の上に座るっていうのは色々まずいだろ……」
「え~、ひーちゃんはつっちーの膝が良いです……」
「翡翠が良くても俺と世間がだめなんだ、頼む」
「なるほど~、だが断るです!」
「正しい使い方をされた分余計にショックなんだが!?」
なんで女子中学生の翡翠がジョ〇ョの有名な名言を知っているんだ……。
「ちょっと司~、並木さんより年下の女子中学生と仲がいいのは下手したら犯罪よ?」
「そうなのですか?」
「ちょっと鈴花は黙っててくれないか!? ゆずも真に受けなくていいから!」
シャレにならない冗談を口にし出した鈴花と、それを鵜呑みにしかけたゆずにそう突っ込んでいると……。
――ビィーッ! ビィーッ!
居眠りをしていなくても目が覚めそうな程のけたたましい警報が食堂だけでなく、建物全体に響いた。
警報が鳴ったということは……唖喰が出たということだ。
「きゃああ! つっちー、怖いです! 一緒に居てぇです!」
膝の上に乗っている翡翠が俺にしがみ付いてきた。
やめろー、そのBカップの感触を近づけるんじゃない!
うわ、鈴花が呆れてる!
「馬鹿なことやってないでさっさと観測室に行くよ司、翡翠!」
御尤も!!
翡翠が一向に離れる気配がないので、仕方なく抱きかかえながら席を立った。
しがみ付く美少女を抱きかかえる男子高校生……。
うん、絵面だけを見たら通報されてもおかしくないな。
「橘さん」
「うん、分かってるよ並木さん、アタシも二人と一緒に観測室に……」
「いえ、丁度いい機会です」
「え?」
ゆずが何を言いたいのか分からず、鈴花は首を傾げていた。
鈴花には伝わっていないが、俺にははっきりと伝わった。
――ゆずは鈴花に実戦を経験させようとしている。
そのことに鈴花も遅れてようやく気付いたようで、目を見開いていた。
「当初は一か月程訓練を積ませた後にする予定でしたが、橘さんの成長速度を鑑みて魔導器が完成したら実戦を経験させることにしました」
「え、ええ!? い、いくら才能があるからってまだ魔導少女になって五日のアタシがもう実戦なんてしていいの!?」
鈴花の戸惑いも当然だ。
本人が言うように才能があるからといってもここまで初戦闘のタイミングが早いとは思っていなかったのだから。
「橘さんがそう言うのも無理はないかと思います。ですがこのまま訓練を積むよりは早めに実戦を経験したほうが、練習だけで唖喰に勝てるような慢心を抱かずに済むと判断したまでです」
「いや、実際戦わないとわからないのに練習だけで慢心するのは……」
鈴花はさすがにそれはないというが、これまでと同様に過去に練習だけで自分は唖喰を簡単に倒せると慢心した新人が、初戦闘で重傷を負ったか死亡したケースがあったのだろう。
そう思えば早めの実戦は悪くないように思えた。
鈴花の身に危険が迫らないようにゆずがサポートするだろうし、もしかしたら唖喰の凶悪さに戦う意思を無くしてそのまま魔導少女を辞めてくれるかもしれないからだ。
まぁ実戦を経験してより覚悟を決めるかもしれないけど、その時はもう鈴花の意思を尊重しよう。
俺もいつまでも鈴花に戦って欲しくないっていう気持ちを割り切らなきゃ、アイツに迷惑が掛かってしまう。
「……ついに唖喰と戦うんだ……落ち着け、アタシ…」
降って湧いた初戦闘の機会に鈴花は傍目から見ても緊張しているのが分かった。
鈴花が呟きを聞いた俺は、鈴花に告げる。
「鈴花」
「ん? なによ?」
「……無茶すんなよ」
「……小さい女の子を抱きかかえてるやつに心配されるほどヤワじゃないっての」
忘れてた! てかまだくっついてた!
なんだかしまらない感じになってしまったが、俺は唖喰との戦場に向かうゆず達と別れた。
結局離れようとしない翡翠を連れたまま、観測室に入る。
この観測室ではモニターに映るレーダーで捕捉した生体反応で戦闘の様子を確認することが出来る。
魔導器に通信を繋げることで音声によりナビケーションも可能というまさにSFチックな要素がてんこ盛りだが、今は暢気に見渡す暇はない。
部屋に入るとすぐに初咲さんの姿が目に入った。
俺が初咲さんの姿を見つけると同時に向こうも俺に顔を向けて……あ、吹き出して笑い出した。
大方俺が翡翠を抱きかかえている姿が原因だろうな……。
「はぁ……はぁ……、ホントに緊張感がないわね、竜胆君」
「それは翡翠に言って下さい。なんでここまで懐かれているのか分からないんですから」
「まあ、可愛い妹分ってことで大目にみてあげなさい。それより、もうすぐ戦闘が始まるわ」
初咲さんに促されるまま画面をみると、転送術式で現場に到着したゆずと鈴花が待機していた。
「頼む、死なないでくれよ……!」
「つっちー……」
俺の呟きは未だ密着している翡翠以外には聞こえることはなかった。
頬を撫でる風が生温く感じる。
時刻は夜の七時をまわっている。
唖喰のポータルが出現したのは羽根牧区と隣県を跨ぐようにそびえる山の四合目だった。
四月の山の空気は少し冷えるが、戦闘が始まればすぐに気にならなくなるぐらいだった。
「生麦生米生卵、アメンボ赤いなあいうえお、かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこあわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ………」
司に啖呵を切ったものの、鈴花の緊張は継続していた。
早口言葉をしているのは焦って詠唱を噛まないよう早口言葉の練習をしておくと良い、と先輩であるゆずに言われてから暇があればやっていたことだ。
おかげでかなり滑舌が良くなったが、緊張を紛らわすのにはてんで効果がなかった。
「……橘さん」
声が大きかったのか、ゆずに声を掛けられた鈴花は早口言葉を止めてゆずに向かい合った。
「あ、ごめん並木さんうるさかった?」
「いえ、初戦闘ですから緊張されるのも無理はないと存じていますので気にしていません」
ゆずは五年(先程十年分の経験があると判明したが)も唖喰と戦い続けるベテランであり、過去にも鈴花のような魔導士の教導として指導したことがあるが、その全員が鈴花と同じように緊張していたことを思い出していた。
だから、これからする話も何度もしてきたことだった。
「橘さん、私が初戦闘の時がどうだったか知りたいですか?」
「え? いや……うん、教えてもらえるなら……」
「分かりました、それで私の初戦闘はどうだったかと言いますと……」
ゆずはちょっとだけためて続けた。
「泣いていました」
鈴花が眼を見開く。
それを見てもゆずの表情は少しも崩れなかった。
聞いた人、皆がそんな顔をしていたと思い返していた。
「泣いたといっても頬に涙が一滴伝っただけなんですが、私の教導係だった先輩も大変驚いたそうです」
それもそうだろうと鈴花は思った。
基本的に無表情であるゆずが、涙を流したというのは未だ彼女が笑ったところを見たことがない鈴花には想像できないことだった。
「なんで泣いたの?」
鈴花が続きを促した。
それを聞いたゆずは考える腕を組んで考える素振りをした
これはその時の気持ちを何とか言葉にしようとするものだった。
そうしてまとまったのか、組んでいた腕を解いてゆずは告げた。
「そうですね……虚しさを感じたから、かもしれません」
「虚しさ?」
「戦う覚悟を持ってこの場にいる橘さんには申し訳ありませんが、魔導士である人達が必ずしも唖喰と戦う必要なんてないんです」
「え……」
ゆずの言葉に鈴花は驚愕からそんな声が出た。
魔導士は世界を守るために唖喰と戦っているのに、それを根本から否定するような言葉をゆずの口から出るとは思いもしなかったのだ。
「命が惜しければ逃げても構いません、私がなんとかします。唖喰と戦って辛いトラウマを抱えてしまったのなら、記憶消去を引き受けます……唖喰と戦う力を持っているからといって、戦う事を強制するのは力を持たない人達の身勝手な願いです。そのために自分の命や心を犠牲にしていい理由にはなりません」
例えばボクシングや空手といった格闘技術を身につけている人に、迷惑な人を懲らしめてほしいと言われたとしても、その力を振るう理由にはならない。
その人はそんなことのために格闘技術を身につけた訳ではない。
さらにそういった格闘技術を修めた人はそれらが凶器であると判断されるため、逆に悪者扱いされてしまうこともある。
いくら周りが力があるのなら人の為に使え、正しいことに使えと訴えようが、結局その力をどう扱うのかはその人次第であるため、誰かに強制されていいものではない。
それは魔導においても同様であり、例え唖喰という脅威に立ち向かうためだけの力であっても、自分の命には代えられないのだ。
そういった〝力〟という意味を鈴花はゆずから説明された。
それらを聞き終えた時にはいつの間にか鈴花の緊張は無くなっていた。
(そっか、別にアタシやゆずだけが戦えるわけじゃないから、同じ魔導士の人に頼ってもいいんだ……)
何も自分だけが矢面に立つ必要はないという安心感から、緊張がほぐれたと鈴花は理解した。
『二人共、そろそろ唖喰と接敵まで五百メートルを切ったわ』
タイミングを見計らったように初咲から通信が入ったことで、鈴花は術式の発動準備に入った。
「大丈夫、訓練通りにやれば最悪死ぬ事は無いはず……!」
「その意気です。ただ橘さんに危険は及ばない様私もサポートします」
「ん、ありがと並木さん」
鈴花の目は完全に迷いはなかった。
ゆずから頼もしい言葉も聞いたため、先程とは打って変わってやる気に満ち溢れている。
『接敵まで後三百メートル!』
その通信が聞こえたと同時に、発動準備が整った術式を放つ。
「「攻撃術式発動、魔導砲発射!!」」
ゆずと鈴花が声を揃えて発動させた術式は、大きな魔法陣を砲台に見立て、そこから人一人を簡単に飲み込めるほどの大きなレーザービームは放たれた。
橘鈴花の初戦闘が幕を開ける。
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