11話 最初の一歩
一先ず立ってもらおうと彼女の手を引くが、並木さんはうまく立ち上がることが出来なかった。
「申し訳ありません、竜胆君……私は大丈夫ですので、あなただけでも先に……」
「フラグっぽいことを言うなよ……じゃあ自転車のあるところまで背負うから、ほら捕まって」
「ですが……」
俺は並木さんに背を向けるようにしゃがんで、おんぶの体勢を取ったが、並木さんは俺に迷惑をかけると思っているのか、中々捕まろうとしてくれない
「いいから。嫌かもしれないけどこの方が楽だ」
「……分かりました、よろしくお願いします」
俺の説得に並木さんが折れた。
並木さんが俺の首に腕を回したのを確認して、彼女の足を持って立ち上がる。
――うわぁ、軽い!?
腕や背には並木さんの重さを感じられなかった。
あまりの軽さに驚きつつ、俺は並木さんを背負って自転車を停めてある場所まで歩き始める。
「そういえば怪我の治療も出来るとか魔導ってとんでもないチートだよな」
「ちーと、とは?」
「なんでも出来るってこと」
「でしたら、魔導はチート等とは言えません。死者を生き返らせることは出来ませんし、攻撃術式は人には効果ありませんから」
さすがに死者蘇生は高望みだったか……とはいえ、人に危害を加えることはないのなら魔導戦争勃発とかの心配はないのか。
「竜胆君」
「うん?」
「どうして、来たんですか?」
並木さんの問いは当然だ。
関わるなと忠告していたのに、自分から死地に赴くような馬鹿な真似をした俺に怒りを
誤魔化しもせずに堂々と言ってやろう。
「並木さんの日常指導を続けるかどうか決断するに必要だったからだ」
俺がそう言うと、並木さんからまた問い掛けられた。
「では実際の
並木さんの声音はどこかで不安が混じっているように思えた。
彼女と唖喰の戦いを思い返してまとめようとしていると……。
「……ごめんなさい」
「え?」
並木さんから謝罪された。
「どうして並木さんが謝るんだよ。どっちかっていうと謝るのは俺の方だろ?」
「いえ、竜胆君を不安にさせてしまったのは事実ですから」
おもいっきり怒鳴られるのを覚悟していただけに、並木さん謝罪に俺は動揺した。
「いやいや、俺の自分勝手な都合で戦場に割り込んだだけだから……まあ、色々言いたいことはある」
「……どのようなことですか?」
「唖喰はとんでもない化け物だし、何度もヒヤヒヤさせられたし、あんまりにも酷いもんだからおもいっきり吐いちまったし、不安を通り越して気が狂いそうだったよ」
「……」
これだけ言えばトラウマが増えただけかもしれないけど、並木さんが唖喰と戦う姿を見て、ようやく自分がどうするべきか分かった。
「けど、並木さんの戦う姿を見れて良かった。だから来なければよかったっていう気持ちより来てよかったっていう気持ちの方がずっと強いよ」
不安になったことは認めても、後悔はしない。
工藤さんとの約束がなくても、それは変わらなかったと思う。
それに……。
「最後のラビイヤー達を倒す時の並木さんの目……俺はそこに希望を見つけたんだ」
「希望……?」
「ああ、俺はあの時、確かに並木さんに希望を感じたよ」
魔法少女達が見せる希望……俺は並木さんの中にあるそれをちゃんと見つけられた。
それが何より一番嬉しかった。
「……どうして、私のためにそこまで?」
そう問い掛ける並木さんの表情は俺に対する疑問に満ちていた。
その証拠に緑の瞳は動揺で揺れていた。
どうして自分ために死ぬかも知れない場所に首を突っ込んだのか。
どうして恐怖を押し殺して自分に関わろうとするのか……。
並木さんの表情からそんな気持ちが読み取れる。
彼女をそんな顔にさせてしまうことに罪悪感はある……が。
「なんだ、そんな表情が出来るんだな」
「なんだってなんでしょうか? 私をなんだと思っていたのですか?」
「仏頂面な美少女だな」
「……正直が取り柄だと言っていましたが、発言内容によっては女性に対して失礼では?」
覚えていたのかと、ちょっと驚いていたら並木さんがちょっぴり拗ねたような目を向けてくる。
「お、また新しい表情だな。
「これから……ということは……」
「ああ、続けるよ、日常指導係」
「っ……どうしてそんなに私に構うのか理由を聞いていません」
並木さんは一瞬声を詰まらせたが、すぐに話を戻してきた。
さて、随分遠回りになったけど、ここからが日常指導の始まりだ。
覚悟を決めて俺はある言葉を口にだした。
「並木さんと友達になりたいからだ」
「友達、ですか?」
「ああ、くだらないことで笑い合ったり、放課後や休みの日に遊んだり、俺は並木さんとそういう関係になりたいんだ」
俺がそう言うと、並木さんは少し考えるように黙ったあと口を開いた。
「……竜胆君も知っているはずです、私は友達という存在に必要性を感じないと」
「でもそれって今まで並木さんに友達がいなかったから知らないだけだろ?」
「……どうして私に友達がいないということを知っているのですか?」
並木さんの声音は驚きを隠せないといった感じだった。
如何にも今までの言動で言い当ててやった感があるけど実際は違う。
「実は工藤さん達に普段の並木さんの様子を聞いたんだ」
本当は聞く前からそんな感じはしていたことは黙っておこう。
口は災いの元だ。
「そういうことですか……」
「怒らないのか?」
「事実なのに怒る必要があるとは思えませんが?」
普通は怒るんだけどな……。
まあ友達がいないことをひた隠しにしようとするぼっちより潔いいけどさ。
「並木さんにとって友達が必要かどうか、実際に俺と友達になってから必要ないって判断するまで付き合ってくれればいい。その時に出した並木さんの答えはどんな内容でも受け入れるよ」
「……」
これが最初の一歩だ。
友達を必要ないと断じる彼女に友達がいることの良さを教えるなら自分から率先していけばよかったんだ。
俺との交流を通じて友達同士の関わり方を知ってどうするかは、並木さん次第だ。
それ以上踏み込んでしまうのは前任の二の舞だ。
それだけは絶対に避けないといけない。
そんな覚悟を秘めた俺の提案を聞いた並木さんは……。
「……分かりました。その考えに賛同します」
そう言って俺の耳元に顔を近づけて……。
「それでは、色々至らぬところがあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
心なしかその声音は喜びで弾んでいるように思えた。
――勘違い……だよな?
俺はそう思って気にしないことにした。
「ああ、よろしく頼む」
俺は並木さんにそう返事をした。
これで、俺と並木さんは晴れて友達だ。
――はあああ、なんとかなってよかった。
ようやくスタート地点から抜け出したことに内心安堵していると、自転車を停めてあった場所までたどり着いた。
「お、着いた。ここから自転車で二人乗りをして拠点まで送るけど、並木さん立てるか?」
「えっと、ゆっくりと降ろして頂ければなんとか……」
俺は言われた通りゆっくりと腰を下げて背負っていた並木さんを降ろした。
立ち上がって並木さんに向かい合うと、足取りがフラフラと不安定だが全く立てなかったさっきとは違って回復したようで安心した。
「さてと、早速自転車に乗るか」
「はい……えっと私はどのように乗るといいのでしょうか?」
「あ、二人乗りのやり方を知らないのか……じゃあ……」
並木さんに荷台のところに乗って両足は自転車の右側にそろえてフレームに乗せるように促した。
そうすれば二人乗りの準備完了だ。
「じゃあ行くぞ」
「はい」
並木さんに俺の腰に腕を回して捕まるよう伝えて、彼女を後ろに乗せた状態で自転車のペダルをこいで走らせていく。
春風キャンプ場までの道は行きは上り坂だが帰りは下り坂になるから、並木さんに負担を掛けることはないはずだ。
四月とはいえまだ夜は少し冷えるが、不思議といつもより涼し気に感じた。
きっと後ろに捕まる並木さんから伝わる温もりも関係しているのかもしれない。
「……あの、竜胆君。今私達がしているふたりのりというのは一見難しいように思えるのですが、大丈夫なのですか?」
「最初はな。鈴花……俺の友達を乗せたことが何回かあるから次第に慣れたよ」
鈴花のやつ、なにかと〝しんどい、乗せろ〟〝駅まで乗せてけ〟とかいって人をタクシー代わりにするからな。
まぁその分魔法少女アニメに出てくるキャラクターのコスプレを頼んでいるから結果イーブンだけど。
「竜胆君は、友達が多いんですね」
「何故か男女比が女性側に偏っているんだけどな。並木さんと友達になってくれる人も何人か紹介出来ると思うぞ?」
「いえ、今は竜胆君一人で問題ありません」
なんとも嬉しいことを言ってくれる。
そういえば前に電話帳に登録されている人の七割が女性のものだと石谷に話した時、血の涙を流して恨み言を向けられたことがあるんだよ。
それからいらぬ恨みを買わないように気を付けてはいる。
いるんだが……ここ四日で四人も増えちゃったんだよなぁ……。
並木さん、初咲さん、工藤さん、柏木さん……あれ、なんか四人とも今まで知り合って来た大半の人達より顔面偏差値高いぞ?
あのレベルに並んでいるのって鈴花含めて両手で数えられるくらいしかいない……魔導士は採用基準に顔面偏差値でも決められてんのか?
そんなくだらないことを考えていると並木さんに話しかけられた。
「友達といえば、一つ思い出したことがありました」
「なんだ?」
「初咲さん曰く〝友達はファーストネームで呼び合うものだ〟と聞いたことがあります」
なんだその古い知識は……。
ファーストネームって死語じゃないか?
そんなことはどうでもいいか、重要なのは名前呼びのことだ。
「じゃあ俺達も下の名前で呼び合うか? もちろん並木さんが嫌なら止めるけど」
「いいえ、友達のことを深く理解するのに必要だと判断します。やってみましょう」
おお、なんだか乗り気だ。
こうして並木さんが何か提案してくるだけでも初めてなのに……少しでも彼女の信頼を得られたと実感出来たことで、俺は頬が緩むのが止められそうになかった。
「それじゃあ……しっかり捕まってろ、ゆず!」
俺がそう言うと、彼女は落ちないように俺の腰に回している腕に少し力を入れてしっかり捕まるようにした。
「はい、司君」
彼女――ゆずが俺をそう呼んだ瞬間、明確に互いの心の距離が縮まったのが分かった。
古い知識とか言って馬鹿にするものじゃないな、偶然とはいえありがとう初咲さん。
そうして長いようであっという間に日本支部の建物の前に着いてしまった。
二人乗りに名残惜しさを残しつつ、俺とゆずは自転車を降りた。
ゆずの足の調子は万全とまではいかなくとも、歩けるくらいには回復していた。
「送ってくださってありがとうございました」
ゆずはそう言って俺に向かって頭を下げた。
「いやゆずは唖喰と戦って疲れていたんだからこれくらいは当然だって」
どちらかと言えば迷惑を掛けた方になるから、それくらいしないと俺が罪悪感に押しつぶされそうになるから、ある意味工藤さんの提案は渡りに船だった。
「それじゃ、俺は帰るけど……あ、最後にこれだけ言わせてくれ」
「? なんでしょうか?」
あれだけの戦いを繰り広げたというのに、俺はゆずに言っていない言葉があったことを思い出した。
きっと彼女は何度も言われ慣れているだろうから、今更俺一人が同じことを言ったくらいじゃ大した意味はないけど、ここでどうしても言っておかないといけない気がした。
「――お疲れ様、よく頑張ったな」
俺はそう言ってゆずの頭を撫でた。
うわ、あんな戦いをしていたのに髪サラサラ……。
「……あの、確かに私は十四歳で司君より二歳年下ですが、頭を撫でられるほど子供ではありませんよ?」
「え、あ、悪い……なんか撫でやすい位置に頭があるからつい……」
無意識だった。
怒らせたかと思ったが、俺の手を跳ね除けたりしないあたり気分を害したようではないらしい。
とはいえいつまでも撫でるわけにはいかないから、ゆっくりとゆずの頭から手を離した。
「それと……魔導士たる私が唖喰と戦うのは当然です」
「だよな……」
そう言うと思った。
「ですが……」
「ん?」
「そう言ってもらえてよかったと、思います」
「っ!」
そう答えたゆずの顔は、口元がほんのり微笑んでいた。
それを見た俺は沸騰したように顔が熱くなるのがわかった。
やばい、すごい細やかな変化なのに、すごく可愛いし、すごく嬉しい。
心臓がバクバク音を立て始める。
「司君? なんだか顔が赤いように見えますが……」
「い、いや大丈夫だ! ちょっと疲れが出たかもしれないから!」
「そうですか……」
ゆずに顔色を指摘されて、そう誤魔化した。
その言い訳を信じたゆずからそれ以上追究する意思は見られなかった。
ふぅ、何とかなった……。
「眩いばかりの青春を繰り広げているところで申し訳ないのだけれど、報告と検査のために早く中に入って来てもらえないかしら?」
「うおおおびっくりしたぁっ!? 初咲さん、急に会話に割り込んで来ないでくださいよ……」
突然現れた初咲さんに俺は大いに驚いた。
いや、いつからいたんだよこの人……。
俺の反応に初咲さんは面白くないという表情を浮かべる。
「何よ~、これでも一応気を遣ったほうよ? 全く、こちとら浮いた話がないのをよそに最近の若い子はイチャコライチャコラと……とと、それより早く中に入ってらっしゃっい。ゆずも魔導装束の修復しないといけないでしょう?」
「はい、了解しました。それでは司君……またよろしくお願いいたします」
「あ、ああ。またな」
ゆずは初咲さんの登場に何の感想も言わずに、建物の中に入っていった。
その様子を見届けた初咲さんは俺に向かい合い……その表情は怒りに満ちていた。
あ、そうだった。
この人に大人しく中で待ってろって言われたのを無視して出て来たんだった。
そりゃお怒りも当然だよな……。
「さて、竜胆君」
「は、はいい!!」
「色々言いたいことはあるのだけれど、今日はもう遅いからそれは明日にするわ」
つまり明日もここに来いってことですね、分かります。
「これだけ質問……日常指導係を続けるのね?」
初咲さんの問いは至極真っ当だ。
唖喰との戦いを見たあとで日常指導係を続けると答えるのは、今後もあんな化け物達と関わり続けると言っているのと同じだ。
普通の人ならきっとやってられるかって断るだろうけど……。
『そう言ってもらえてよかったと、思います』
あの小さな微笑みで元々百パーセントだった覚悟が二百以上に固まった。
もう引くつもりはない。
「はい、続けますよ。それが命の恩人である友達に出来る俺の恩返しですから」
自信を持ってそう答えると、初咲さんは瞑目して頷いた。
「分かったわ。それではまた明日」
「はい、また来ます」
初咲さんはそう言って建物の中に入って行った。
俺は再び自転車をこいで自宅へ帰った。
夕食を食べてないことと吐いたことでお腹はもうぺこぺこだ。
これからもゆずと色んな話をして、色んな出来事を経験していく。
そんな毎日が過ごせるという期待に胸を躍らせていたらいつの間にか家についていた。
母親に遅くなったことを咎められながらの夕食だったが、後悔は微塵もない。
そうして俺は一日を終えた。
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