Bullet 5 : 逆巻く時の銀弾

 あれから監視を続けて二日が経ってしまった。その間は全く彼女に変化はなかったが、今日四日目にして急に変化が訪れた。


「ななみ、おはよう」


 朝の通学路で彼女の背を見かけたのでいつものように声をかける。だが少しだけ変だ。いつもしゃんと背筋を伸ばしているのに今日はうつむきがち。しかも声を掛けても何の返答もなかった。


「……ななみ?」


 もう一度声をかけると、ようやく気づいたのかハッとしてこちらに顔を向けた。いつもと変わらない顔――に見えて、少しだけ陰りがある。


 ただ彼女は僕を見るなり、ジト目になってため息をつく。いやいつもそうなのだが、今日は無理に作っているような……?


「オダジンか。おはよ」


「なんだ素っ気ないな。何かあったのか?」


「彼氏でもないアンタに振りまく愛嬌なんてないっての。ってか基本的に私、男嫌いなの。特に日本人の顔は嫌」


「だからハリウッドスター好きってか。辛辣だな。幼馴染同士、ちょっとくらい親しくしてくれたっていいだろ」


「そうやってまた他の男子からラブレターなり何なり頼まれているんじゃないの?」


「あれは軽率だったよ。今は『自分で言え』って破り捨ててる」


 そう言うとななみは意外そうな目で僕を見た。


「うわ、まだいんのかそういう男……ってオダジン、そういうキャラだったっけ?」


「ちょっとはモブに興味を持ってくれた? お返しにその眉のシワの理由聞きたいんだけど」


「……ウザ。彼氏でもないのに踏み込んでこないでくれる? つーか昔のトレンディドラマの見過ぎじゃないの?」


 そう言いつつも、僕に歩調を合わせてくれるのは嬉しいことだ。


 その日も彼女を監視していたのだが、時間を追うごとに彼女の影は深く、そして大きくなっているように見えた。


 外見上の変化というのもはあんまり変化の無いようにも見える。本人の気配り上手も会って、よく見ていない人にとっては何の変化もなさそうだが……僕にとってはしこりのような違和感がまとわりついていた。


 それから、日に日に彼女は暗くなっていった。六日目の今日に至っては、周りが心配するほどになっている。朝も誰があいさつしても、彼女は幽鬼のように歩いていて、誰とも話さず、そして部活も休んでいた。



「仁くん、あっという間に六日目だけどどうすんの?」



 ザミーが僕のベッドの上でクッキーを食べながらそう言った。彼女の食べ方は汚くて口周りや服、そしてベッドに零しているのだが――もうそんな事は気にならなかった。


「う、うーん……色々と可能性を潰していったんだけど。僕の考えうる限りでは全てダメだった」


「へえ。例えば?」


「例えば恋愛。でも彼女は誰とも付き合ってる様子もなかった。外に自分を出さないから、彼女の跡を学校内で出来る限りついてったんだけど……男の気配すらなかった」


「どうでもいいけど仁くんってストーキング上手いよね。前世はニンジャか何か? マジモンみたいだったからすっごい犯罪臭がするよ。通報していい?」


「う、うるさいな! あとは友達との不仲。これは自殺に繋がるのか正直疑問なんだけど……女の子ってほら、ドロドロしてるからイジメでもあるのかなって思ってたけど」


「それどころか、更衣室で皆に『抱かれたい』だとか『先輩が男だったらいいのに……』って泣いてる子がいっぱいいたね。クラスでもあの子と話す時にメスのニオイ出してる奴がいっぱいいた。モテモテだね!」


「クソ! 男ならいっぱい空いてるってのに! 何なんだ女の子って!」


「仁くんのモブ顔じゃーねー」


 ジロリと睨んでもザミーは何処吹く風だった。キシシと笑ってクッキーを魔法でポイポイと口に運んで、子供のように頬張りモゴモゴしている。


「あとは他の生徒に脅迫されてるだとか、ベタすぎるけど教師とのイケない関係だとか。危ない薬だとかだとか、お金の為に援助交際でもしてるのかとか思ってたけど全部空振りだった」


「ねえ、仁くんってなんで考え方が童貞臭いの? ぜんぶエッチなDVDのタイトルみたいだよ?」


「なんでスマホは知らなくてDVDは知ってるんだよ。あと童貞臭いは余計なお世話だよ! 童貞だよ!」


「知ってるよ。だから私で捨てればいいって言ってるじゃん。私、悪魔だけど仁くんの奴隷なんだよ?」


「そういうのはいいです。貞操は守りたいのです」


 ちえ~と言いながら、ザミーはベッドでゴロゴロしはじめた。僕もベッドに座り、腕を組んで考える。


「そうするともう、彼女の家の問題なのかもしれない」


「家? あー近親相姦とか?」


「ザミー、君ほんっと容赦無いな」


「え、でも。こんなに人と人が合う時代じゃないし、辺境の村とかだけだと男も女も限りがあったから。王や領主だって近しい人しか信じられないってヤリたい放題だったし」


「歴史と時代の闇をかいつまんで教えてくれてどうもありがとう。うーん、でも、ななみのお父さんって確か大学教授とかじゃなかったっけ……」


「聖職者っていう人ほど中はドロドロしているものよん仁くん。ワタシの生まれた時代では、その職についている連中は八割くらいクソ野郎だった」


「いや、しかし……」


「ほら、今日だってどこかの先生がインコ―してるみたいよ?」


 ザミーがいつの間にか僕のスマホを使ってニュースを見ていた。この前までは知らないって言ってたくせに、もう扱えるのか。ってか僕のパスワード何で知ってるんだ?


 ……まあ、今更か。どうせ彼女と僕は契約をした時点で何かしら繋がってる。やろうと思えば僕の事は何でもザミーにお見通しなんだろう。


「ホントだ……高校教師、複数人の女子中学生といかがわしい行為……か……って! 


「四、五年前から常習犯で十人以上手の少女に手をかけてるってよ。うわぁキモい。脅して黙らせるとか。まだまだ余罪がいっぱいあるって!」


 ザミーからスマホを受け取ってマジマジと見てみる。犯人は至って真面目そうだが、記事を見るとザミーの言う通りかなり昔から生徒に手を出しているそうだ。しかも巧妙に脅して口を封じていたと書いてある。自分の住んでいる街に、こんな犯罪者がいるとは。虫唾が走る。


「四角メガネに七三分けの真面目そうな人なのに。世の中わからないもんだ」


「今ってさー、ガッコーの先生って凄くストレス溜まるんでしょ? 大体あんなタコ部屋みたいなトコに残ってる奴なんて誰であれロリコンの気があるんだからさ、可能性は無くもなくない?」


「君、それ今の本気で頑張ってる先生たちに全力で失礼だからね……」



 とはいえ。


 



 加えてななみはかなりの美人だ。父親と言えどもしかしたら、もしかすることもある。身近にこんな事例があれば、ななみの親父さんだとしても無くはない……ような気がする。


「否定した所で、もう手立ては無いからな。探ってみる――か」


「おっ、やる気になったね。その顔好き」


 ふわーっと浮かんできて、僕の顔を抱きしめるザミー。豊満な胸に顔を埋められてしまってドキドキしてしまう。


「ちょっと! エッチな事はいけません!」


「そろそろ慣れようよ~仁く~ん。ワタシだって欲求不満になるよ~」


「嘘つけ。僕のこと見てゲラゲラ笑ってるくせに。この性悪女め」


「いやだって悪魔だし。それよか行こうよ~」


 グイグイと服を引っ張るザミー。僕はハイハイと応えて、学生服から私服に着替える。ベージュのチノパンによくわからないカッコイイロゴの白のTシャツ、そしてその上からグレーのジップパーカーを羽織った。


「仁くんってさ。コーデもほんっとモブいよね。もっと背中に羽を生やすとかしたら?」


「それコスプレだから。ファッションなんていいんだよ、目立たずズレていなけりゃ」


 そう言って僕は再びライフルの霊体を呼び出す。右手からズズズと出てきたフリントロック式ライフルは、ザミーの気分に反応してか淡い紫色のオーラを纏っている。


 そしてザミーから貰った銀の弾丸を一つライフルに近づける。それがフッと消えたら装填が完了した合図だ。


「お、やるの? 仁くん、いつに飛ぶの?」


 ザミーの飛ぶ、と言ってるのはのことだ。


 実はこの弾丸、狙い通りの場所に着弾させる以外に少しな力を持っている。


 それは、自分の生きた時間を自由に遡り、三十分から一時間程度その世界にいて――干渉することができる。



 つまり、のだ。



 僕は銃を逆に持ち銃口を口に加えて、親指でトリガーを引く姿勢になる。傍から見ればそれは――


 こうやって銀の弾丸が脳を貫くことで、僕は時間を遡ることができる。射手は死なないということだし、これまで弾丸の試練を乗り越える上で何度もやっていることだが――いつまでたってもこれは慣れはしなかった。


「戻るのは三日前。変化があった四日目の前日だ。いくよ――」


「キシシシ。ついてくよ仁くーん」



 そう言って、ザミーは僕の背中にピタッとくっついた。



逆巻く時の銀弾タムリープ・バレット!」



 カチッとトリガーを引く。蒼い炎を上げて、弾丸が僕の脳を貫いた。


 瞬間、目の前に真っ黒な穴が現れて、勢い良く吸い込まれる。僕は蒼いフレームでできたトンネルの中を、ザミーと共に落下してゆく。


 スパークのように光るフレームの端々に見えるのは、僕が見て体験してきた映像群。僕は今、確かに僕の歴史を遡っているのだ。


 次第に光の出口が見えてきた。あそこが僕が戻るべき三日前。


 もしかしたら、僕の想像する以上の事が待ち受けているかもしれない。


 はたまたこれは全部夢で、とっくの昔にザミーに魂を喰われていて――その腹の中でのたうち回る姿を見られているのかも。


 だとしても、もう仕方がない。賽は投げられているのだ。


 彼女を助ける。助けるしか無いのだ。


 そうしないと、僕も死ぬ。


 やってやる。


 例え悪魔の力を使ったとしてもだ。

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