第45話

 脅迫状の犯人が父親とわかり、ヨルカ達は探すことにした。

「いたか?」

「いえ」

「こちらもです」

 ヨルカ、コルト、ニアは二階、ワイドリーとブランは一階に別れ、くまなく探した。

『ヨルカ様、会場の外の壁に先端が刃物で切られた長い縄がありました。まだ少し温かいです』

「そうか、わかった」

 魔道具からブランの声が聞こえ、何かを見つけたらしい。

「おそらく我々が階段前にいたから、念のため用意しておいた縄で上に登ったんだと思う。そして追い付かれないよう縄を切ってな」

「用意がいいですね」

「ということは……」

 ヨルカ達は上を見上げた。

 残っているのは一番上の時計台のみとなった。

「よし、我々は上に行く。ブランとワイドリーは警護班と合流してフルールを守ってくれ。一応ワイドリーが放棄しようとしたら、永遠に女性のままだと伝えてくれ」

『りょ、了解しました……』

「行こう」

 ヨルカはコルトとニアと共に時計台へと向かった。



 ***



 一旦馬車に戻り、ハイヒールから普通の靴に履き替え、二階から鉄のはしごを登り、雨避け程度の小部屋を出ると、そこには何もない屋上と古い巨大な時計があった。

「……ん?」

 会場の照明の薄暗い広場の前に進んでいくと、時計の真下に人影が見えた。

「うぐ……うぐ……」

 上を見上げながら何かを顔に近づけているような様子だった。

 さらに近づくと、その後ろ姿に見覚えがあった。

「主役の娘を放って、何をしているのですか? 男爵」

 背中を向いていた人影が振り向いた。

 人影の正体は探していたフルールの父親、アンフェール男爵だった。

「ぐ……それは」

「単刀直入に言います。あなたが娘に脅迫状を出したんですよね?」

「…………」

「違うと言うなら、主催者であるあなたがこんな人気ひとけのない屋上で何を?」

「…………」

 ヨルカが問うと、アンフェールは何も言わなくなった。

「……殺すため……娘を……フルールを殺すためだ! あのバカ娘、もう限界だ!」

 優しい印象のあったアンフェールは怒り狂った。

「お、落ち着いてください! 実の子供を殺すなんて相当なことです! 何かあったか話してもらいますか? 言いたいだけ言えば少しはすっきりするでしょうし……」

 ニアは相手の怒りを静めるため、聞き役に徹し始めた。

「……あいつは浮気性が激しいんだ。男を付き合っては捨て、付き合っては捨てを繰り返し、おかげでせっかくの子爵家の婚約も破談。おまけに付き合う相手も貴族の子供ばかりで、あいつが別れる度に私の貴族として築いてきた来た友好関係が一気に崩れてしまった。今回のパーティーも来てもらう代わりに色んな家にお金を払ってまで参加させたんだよ……」

「……」

 彼の苦労を聞いて、ニアはかける言葉が見つからなかった。

「そして本人も反省すらしていない。自分を磨くために化粧品や服、怪しげな薬まで手を出して我が家の貯金や徴収した税金を使って散財する。最終的にはアークロード派の人間と付き合って洗脳され、自分が神様かのようにわがままが増え、私のコツコツ貯金を貯めて集めた美術品を売る始末。いくら叱っても『私が美しいとお父様も嬉しいでしょ? うふふふ♪』だと……ふざけんなあぁぁぁ!」

 ニアの作戦とは裏腹に、アンフェールが喋れば喋れるほど怒りが増し、とうとう叫んだ。

「もう私や民の平穏を保つにはあの娘を殺すしかないんじゃあぁぁぁぁ!」

 両手を上げながら時計に向かって叫ぶ光景にヨルカは哀れみを感じた。

 彼自身は民を思うちゃんとした領主だった。

「……アークロード派に染まった娘か。そうすればたしかに平和になるとは思う。しかし依頼がある以上、殺すわけにはいかない」

「それも百も承知!」

 アンフェールは振り返った。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 振り返った次の瞬間、ニアはその場でしゃがみながら悲鳴を上げた。

「こちらも全力で行くのみ!」

 それはアンフェールの姿にあった。

 彼は高級そうな正装の上着だけを着て、あとは何も着ていない。簡単に言えば下半身の毛だらけの汚い一物が丸出しだった。

「裸、裸が……うぅ……」

 男性の裸にトラウマがあるニアは、顔を隠しながら泣き始めた。

「なんて下品な……」

「とうとう頭がおかしくなったのか?」

 コルトは汚物を見るような目でアンフェールを見つめ、ヨルカも呆れている。

「はははは! それはどうかな!」

 アンフェールは服を広げて裸体を露にした。

「これは……魔法陣」

 彼の腹部にはインクで魔法陣が書かれていた。

「あれは水の新式魔法陣だな。暗くてよく見えないな……」

 ヨルカは魔法の分析を始めた。

 そしてアンフェールの横にあるのは、よく見ると大きめの革の水筒。

「水を飲んでいた。あの魔法は……まさか!」

 いつも冷静なヨルカは珍しく顔を青くした。

「おぉ! きたきたきたきたぁ!」

 アンフェールはテンションを上げながら下半身を前に出した。

「まずい。ニア立て!」

「ふぇ……?」

 ニアがヨルカの方を向いた次の瞬間ーー。

「水魔法『水の光線アグ・レズアー』」

 アンフェールの体の魔法陣が光だし、彼から真っ直ぐ一直線に放たれて、ニアの横をかすった。

「へ?」

 ニアには何が起こったかわからなかった。

 全員が後ろを振り向くと、小部屋の扉に小さな穴が貫通し、扉から父親までまっすぐ濡れていた。

「これは一体……」

「加圧された水を一点に集中させて放つ水の攻撃魔法だ。岩をも貫く威力を持つ。おまけにあれは『相乗効果』が出ている」

「相乗効果?」

「例えば目標との間にたき火があり、そこに火の魔法を放つと、同じ火の相乗効果により魔法の威力が一気に上がる。同じ属性の物を使うことにより、魔法の力を何倍にも引き出すことだ」

「じゃああの魔法の場合な水……ということは」

 コルトも察しがつき、顔を青ざめた。

「そう……尿だ。あの水筒を飲んで水分を取ることにより、尿を放ち、威力を上げているということだ」

 ヨルカとコルトは一直線に伸びた水の跡から遠ざかった。

 最早狂っているとしか思えないアンフェールは下半身をプルプルと震わせながら尿を我慢している。

「見よ、この印を!」

 アンフェールが指差したのは床にチョークで書かれたバツ印。

「時計の鐘がなると、フルールは会場で締めの挨拶をすることとなっている。フルールにも一階にあるバツ印の上に立てと言っておいた。何回もここに来ては、会場の場所、位置を把握した。そして挨拶をすると同時にこのバツに向かって魔法を放てばあいつの脳天に直撃する。ひひひひひ自分の美を追求した奴に最も汚らわしい最後を迎えてやる!」

 アンフェールは壊れたかのように不気味に笑う。

 ヨルカは何も言わない。

 苦労した末にイカれた者をこうも哀れと思ったことがなかった。

「ヨルカ様にその汚い物を見せつけた罪、万死に値します」

 コルトは光沢の無くなった目で殺気を放ちながらミスリルの短剣を構えた。

「では頼むぞコルト、ニア……ニア?」

 ずっと無言のニアの方を向くと、ニアは白目を向いて倒れていた。

「失神したようですね」

「あ~……」

 ニアは先程横切ったのが尿と知り、ショックで再起不能となった。

「ではコルト、頼むぞ」

「おまかせください。行きます」

 コルトは足に力を入れると、姿を消した。

「捕まってなるものかあぁぁぁぁ! 『水光線アグ・レズアー』」

 アンフェールはくるくると回りながら、放尿水魔法を放った。

「うあっ!」

 縦横無尽に放たれた尿が、その威力に周囲を傷をつけた。

 あまりの汚さにコルトは声をあげ、すぐに姿を現し、避けるのに必死だった。

 ヨルカもニアを引きながら必死に避け、床や壁に飛び散った尿に触れないようにしている。

 コルトがヨルカの元に戻って来た。

「ヨルカ様、申し訳ありません」

「さすがに無理か……」

「すみません。さすがに私もあの汚ならしい液体に触るのには抵抗があります……」

 いくらヨルカの奴隷でもコルトも乙女、尿を触れてでも立ち向かうほど捨て身にはなれない。

「せめてもう少し近づけられたら……」

 屋上には障害物も何もなく、隠れることが出来ない上に距離があるため、いくら素早く移動出来るコルトでも相手が尿で攻撃するため、生理的に受けつけず、難しい。

「うぐ、うぐ……」

 アンフェールは水筒の水を飲み始めた。

「どうやら燃料切れのようですね。今のうちに攻めましょう」

「いや尿がなくても普通に撃てる。幸い相手は尿を使うことに執着している。だが、今攻めれば咄嗟に光線を撃つ可能性があるから今のうちに策を練ろう」

 ヨルカは考えた。

「どうするか…………あれを使うか」

 ヨルカが見つけたのはあれとは気絶しているニアだった。

「とりあえずこれだな」

 ヨルカは杖を取り出し、ニアに向けた。

「変異系魔法第十三術式、『軟体化テージ・オブ・ソウド』」

 ヨルカが杖から魔法陣を出すと、そこから赤い光を放ち、ニアに当てた。

「う……」

 色気のない声で、ニアはビクッと身を震わせると、変化が始まった。

 ニアの体がまるで氷のようにドロドロに溶けていった。

 可愛かった顔もスタイルのよかった体や手足が段々と溶け、ドレスからはみ出す肌色の液体に近い柔らかい物体をヨルカは手を使って床に広げた。

「よし、次に変異系魔法第二術式、『石化テージ・オブ・ログ』」

 肌色の水溜まりと化したニアに、ヨルカは再び魔法をかけた。

 下からピキピキと音を立てると、柔らかかったニアだった肌色の物体は灰色に固くなった。

 ニアは若干目や口の原型が残っているドレスが引っ付いた平たい楕円形の石と化した。

「よし、ふん! ………………コルト」

「はい。よいしょ」

 ヨルカは一人で持ち上げようとしたが、非力と重さゆえに上がれず、コルトに手伝ってもらった。

「これで盾にして前に出る。あとはわかるな」

「了解です」

 ヨルカの言葉にコルトは了承し、ヨルカ達の準備は整った。

「来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 向こうも異様な速さの尿意に、汚い一物を構えた。

「行くぞ」

「「せーの!」」

 ヨルカとコルトは石を持ち上げて前に出た。

 ガリガリと時々擦りながらも、しゃがんで身を隠しながら進んだ。

「そんな物で防げるつもりかぁ! 『水魔法水光線アグ・レズアー』」

 アンフェールは再び一物を構え、水魔法を放った。

 水の光線はヨルカ達目掛けて真っ直ぐに伸びた。

 ヨルカ達は前を見ず、止まることなく進み続けている。

 尿が石の盾に当たり、防ぐことが出来た。

 たが、薄いせいか簡単に小さい穴が空いて貫かれ、そこからヒビが入り、ドレスにより繋ぎ止められているが、真っ二つに割れた。

「どうだ! そんな盾で防げるわけ……あれ?」

「う……ひざが……」

 アンフェールの視線の先には、横に避けて

 ひざを擦りむいたヨルカしかいなかった。

「一体どこげっ!?」

 キョロキョロと辺りを見渡すと、突如アンフェールの頭上に謎の衝撃が入り、床に倒れた。

「ふぅ……」

 アンフェールの後ろには白いドレスに身を包んだコルトが立っていた。

 コルトはあの水魔法が石の盾に当たった際、すぐに横に移動。そして気配を消しながら素早く背後に回り、アンフェールに向かってかかと落としを決めた。

 コルトが求めていたのは姿を隠せる障害物、父親との近づける距離、そして一瞬の隙。それさえ作れればあとは簡単だった。

 うつ伏せで倒れたまま、アンフェールは尿を漏らし続けて周囲の床には汚い尿が広がり、コルトは後ずさった。

「これで終わりですね……ヨルカ様、すぐに下の騎士団にーー」

「ま、だ………だぁ!」

「うえっ!」

 アンフェールは突然立ち上がり、ヨロヨロになりながらも走り出した。

 コルトも全身尿で濡れた彼の体に触ることを拒み、逃してしまった。

 アンフェールは時計に向かって走り出した。

 そして時計下の石の壁に両手を触るとーー。

「炎魔法! 『炎の時限ファイ・タイリット』」

 アンフェールが呪文を唱えると、壁からオレンジに近い赤い光の魔法陣が現れた。

「また魔法陣、しかもあの魔法は……」

 魔法陣を見たヨルカは苦い顔をした。

「ヨルカ様、あの魔法は?」

「時間が経つと大爆発が起こる炎魔法だ。おそらくこの会場を破壊するらしい」

「え!?」

「くそ……」

 解決したかと思いきや、もう一波乱起きた合図が来たかのように、時計の鐘がゴーン、ゴーンと鳴り響いた。



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