第44話
森に囲まれた臨時会場を出た禿げの男は、一人森の奥へと進んでいく。
ヨルカはコルトの先導で出来るだけ音を立てず、気づかれないように後を追っている。
「おかしいですね……」
コルトが何か疑問を感じた。
「人の気配がありません。森には我々しかいないんです」
「そうなのか?」
コルトの気配察知に間違いはない。
だとしたらどうして誰もいない森に一人で歩いているのか、ヨルカにはわからなかった。
そして屋敷が木々に隠れて見えなくなる所まで来ると、禿げた男は止まった。
「うっ……おえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「「…………」」
禿げた男が立ち止まった瞬間、その場にしゃがんで吐いた。ヨルカとコルトは予想外のことに驚いた。
「はぁ……父上に言われて来たが、やはりフルールがいるだけで気分が悪い。あの女、次から次へと別の男に笑顔を見せて、いくら貢いだと思ってるんだ」
禿げた男はフルールについて愚痴をこぼし始めた。
「……大丈夫か?」
「え? うぉっ!?」
ヨルカは禿げた男に近づき、声をかけると、禿げた男は驚き、後ずさった。
「落ち着いてくれ。我々は訳あって命を狙われているフルール嬢を警護する者だ」
「ヨルカ様、声をかけてよろしいのですか?」
「ああ、おそらく彼は違う」
「どうしてですか?」
「パーティーは始まってまだ間もない。つまり食事を多量に摂っていない上に、酒を飲まずに水を飲んでいた。それなのに吐いたってことはこれは彼女、フルールによる精神的ストレスな物だと思う。もちろんそれでも復讐する理由にもなる。しかしあの愚痴を聞いて、彼はフルールに関わりたくないと思っている」
「あ、ああ、おかけで私は女性の本性を垣間見たようで、それ以来私は女性に近づくのも嫌になった……」
ヨルカの推理が当たり、女性が苦手である禿げた男は二人を見ながら少しずつ後ずさっていく。
「それでは残りの二人でしょうか?」
「だろうな」
「話から察するに、それは背の小さいのと太った男の二人か?」
「そうだが知り合いか?」
「ああ、おそらくあいつらは違うだろう」
「は……?」
***
その頃ワイドリーとニアは小さい男と太った男を追いに、休憩、仮眠用の部屋がある二階に上った。
男達は階段の目の前にある部屋に入っていった。
ワイドリーとニアは部屋の扉に聞き耳を立てる。
しかし壁が厚いのか、ニアには音が聞こえるも声が聞き取れない。
「うぅ、何も聞こえません」
「静かにしろ…………少し聞こえる」
「え?」
ワイドリーは山育ちのため、五感が普通の人間より優れている。
「何を話してるんですか?」
「しっ……『フルールの』……『愛して』……『我慢出来ない』」
しかし声は途切れ途切れにしか聞こえないらしい。
「もしや『フルールのことを愛していたのに、もう我慢出来ない。殺してしまおう』ということでしょうか?」
ニアはワイドリーに聞こえた単語を元に、自分なりに推理した。
「黙れ………『始めよう』……何も言わなくなった」
二人の会話が終わると、今度は会話ではない何か物音が聞こえた。
「これは、もしかして何か復讐のための準備をしてるのでしょうか!」
ニアは扉から耳を離し、立ち上がった。
「だとしたら阻止せねば!」
「おい、待ーー」
ワイドリーの言葉を無視し、ニアは扉のノブに手をかけた。
幸い閉め忘れたのか、鍵は開いていた。
ニアは勢いよく扉を開けた。
「あなた達、何をして…………きゃあぁ!」
「「うわぁ!」」
ニアは悲鳴を上げ、咄嗟に目を隠した。
そこには男二人が一つのベッドで裸になり、太った男の尻に小さな男の股間が突っ込んだ姿だった。
二人は男性同士で愛し合っていたらしい。
話を聞くと、彼らはフルールにフラれた被害者同士で集まり、慰め合った際に意気投合。そして女性不信になった二人は同性に目覚め、会うたびにこうした行為をするようになった。
さっきの会話もーー。
『フルールのことを愛していた自分が馬鹿みたいだな』
『ねぇ、僕もう我慢出来ない』
『そうだね……じゃあ始めよう』
ーーと、行為を始めようとしただけだった。
更に話を聞くと、彼らはフルールが狙われていることすら知らなかったらしい。
部屋を出て、ワイドリーは魔道具でヨルカに報告、ヨルカからも禿げた男は犯人ではないことを聞いた。
ニアは部屋の近くの階段で腰掛けながら顔を隠して動かない。
また犯人を探し直さなくてはならないことに苛立つワイドリー。
「とりあえず、戻るぞ」
ワイドリーが会場に戻ろうと、階段を下り始めた。
しかしニアは未だに動かないでいる。
「おい!」
女性ながらもドスの効いたワイドリーの声にニアは驚いてビクッと体を震わせた。
「いつまでも男の裸見たぐらいでビビってんじゃねぇよ!」
ワイドリーの大声にニアは顔を上げた。
その顔はくしゃくしゃした顔で泣いていた。
「すみ……ません……」
ニアは涙を手で拭った。
「私、男性が……ダメなんです……昔、襲われて……」
「は?」
ニアは自分のことを話始めた。
ニアは男爵家の次女として生まれた。
小さい頃から容姿に優れていて、家族や領地の民にも可愛いと言われて育った。
十歳のある日、自宅で姉の婚約記念パーティーの最中、疲れて寝室で寝ていると、出席した少女趣味の貴族の男性に裸で襲われた。
大人の力に勝てず、寝間着を破られ、裸体を露にされるニア。
すぐに見張りの者が止め、ニアは救われたが、それ以来彼女目的の誘拐、脅し同然の求婚など男性の行き過ぎた好意が増え、彼女は男性が怖くなった。
強がるふりをしないとまともに話せないし、裸を見るとパニックになり思考が停止する。
外に出る回数も減ってしまった。
「ーーこのままではいけない……そう思った私は少女騎士団のことを耳にして、心身共に強くなろうと思いました」
ニアの話をワイドリーは何も言わずに聞いている。
「血も滲む努力して、仲間に慕われるようになって少女騎士団のリーダーになって……でもいくら騎士団の中で強くなっても、私達は諜報が主になります。情報の為に体を売ろうとしても、このトラウマをフリーナ様や仲間に知られたら、私はきっと軽蔑される……」
ニアは再び涙を流した。
「でも……やっぱり男が怖いんです……セガル達やあなたとの戦いも怖かったし、色仕掛けも嫌で、でもやらなくちゃフリーナ様にも仲間にも見送ってくれたお父様達にも迷惑がかかるし……私どうしたら……」
「だったら騎士をやめろ」
泣きながら話すニアの悩みをワイドリーは一蹴した。
「男が怖いなんて理由で泣いてる時点でお前の精神はその程度ってことだ。向いてないんだよ」
「な、なんで……なんでそんなこと言うの~! うぇ~~~!」
ワイドリーの容赦ない言葉に、ただでさえ情緒が不安定になっているニアは子供のように泣きじゃくる。
「私だってちゃんとがんばってるもん! でもどうしたらいいかわかんないんだもん!」
少し子供っぽい口調で怒るニアに、ワイドリーは「面倒くさ……」とため息をついた。
「はぁ……そもそも何で人の事なんか考えんだよ?」
「……ふぇ?」
「俺は親はいないし恩人ももういない。人のためなんかで頑張ったことなんて一度もない。お前は男嫌い克服して親や王女達に褒められたいのか? 自分を変えたいのは自分の考えなんだから、他人なんか無視して、自分だけのためにやれ」
「自分だけのため……」
ニアはいつの間にか泣くのを忘れ、ワイドリーの言葉を聞いた。
迷惑かけないよう家族や仲間のために頑張ること。それに仲間を作らず自分の復讐のためだけに努力するワイドリーは到底理解出来なかった。
だがその言葉にニアの親や王女の期待などのプレッシャーが軽くなり、少なくとも彼女の心に響いたのだ。
「泣き止んだな。さっさと来いクソが」
「あ、はい……」
ワイドリーは再び階段を下り始め、ニアも着いていった。
その後、ヨルカ達四人は階段前の会場の廊下で合流した。
「まさか全員が違ったとは思わなかった……」
「あのフルールという女、男を女性不信にするほどの浮気性とは思いませんでした」
ヨルカは当てが外れたことに再び悩み、コルトはフルールの男癖の悪さを嘆いた。
パーティーには例の三人の他にフルールと付き合いのあった者はいない。
結局手がかりがなくなり、振り出しに戻った。
『ニア様』
全員、耳の魔道具から少女騎士団の声が聞こえた。
『こちらは未だ異常はありません。父親の方は疲れが出て二階に行きましたが、親子共々無事です』
「わかりました。ですが最後まで気を緩まずにお願いします」
『はっ!』
耳から声が聞こえなくなると、ワイドリーがため息をついた。
「これじゃあ愉快犯の可能性があるんじゃねぇの?」
「まだわかりません。最後まで様子を見ましょう」
「ったく、偉そうに、さっきまでビービー泣いーー」
「わーーーっ!」
ニアは顔を赤くして、ワイドリーの口を強引にふさいだ。
「とりあえず戻ろう。いつまでも警護班に任せっぱなしはよくない」
ヨルカの言葉で全員が戻ろうとしたその時だった。
「ヨルカ、様……」
会場の扉から、弱々しい声で出てきたのは、ずっと会場にいたブランだった。
疲れ果てた顔をし、髪は少しボサボサしていた。
「おおブラン、ずいぶんとやつれたな」
「いえ……同性がよってたかって口説いて来まして、もう鳥肌がすごくて、一気に疲れが……」
「あー……」
女性の姿をして、男に口説かれる。同じ経験をさせられたワイドリーは納得した。
「一応僕もフルールさんについて色々聞いて回って来たんです」
「ほぉ、それで」
「残念ながら、彼女の浮気性の噂がほとんどで、それが原因で格上である子爵家の婚約も破棄されましたし、その噂で貴族の友好関係にひびが出来たようでして……」
「父親も苦労しているんだな…………ん?」
ヨルカは何か疑問に思った。
「ヨルカ様?」
「父親は二階に行ったんだよな?」
「そう聞きました……あれ?」
ヨルカがコルトにそう聞くと、コルトも疑問に気づいた。
フルールの父親が二階に行くと言った。
なのに今ヨルカ達がいるのは二階に唯一通じる階段前、さっきまで二階の階段前にいたワイドリーとニアもフルールの父親の姿を見なかった。
ヨルカは不審に感じた。
「…………待てよ」
ヨルカは歩き出した。
その先には受付、出席者の名簿がある羊皮紙の束があった。
ヨルカはそれを手に取り、探し始めた。
「ヨルカ様、一体何を?」
コルト達も近づき、ヨルカの行動をじっと見ていた。
ヨルカが羊皮紙を一枚一枚目を凝らして見ていると、ある一枚の紙を見つけ、ヨルカの動きが止まった。
「ニアよ、あの脅迫状あるか?」
「あ、はい」
ニアはフルール宛の脅迫状を取り出し、ヨルカに渡した。
ヨルカはある羊皮紙と脅迫状を見比べた。
「脅迫状の内容でずっと別れた男と錯覚していた。見てみろ」
「え? …………あ!」
ヨルカはニアに二枚を見せると、ニアも何かに気づいた。
ヨルカが見つけたのは名簿の誰の名前でもなく、最後に書かれていた主催者、フルールの父親のサインだった。
「筆跡が一緒です」
脅迫状とそのサインの筆跡の一部が、大きさが違えどその丸みのあるくせのある字は全く一緒だった。
「ヨルカ様はあのとき一瞬見たときに覚えていたのですか?」
「まぁな、本を読んでいると、文字の形とかも無意識に覚えてるんだ」
この世界の本は手書きがほとんど。
だから読書家であるヨルカは作者の字の特徴や癖をいつの間にか覚えるようになった。
「どうやら脅迫状を出したのはフルールの父親、アンフェール男爵のようだな」
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