第41話

 ニアに着いていくと、そこは城の広い庭にある騎士団の訓練場。

 城の庭は基本騎士団全員で使うが、騎士団長であるグフターの判断で見習い騎士の訓練を重点的に使っている。

「ここら辺でいいでしょう」

 止まったその場所は庭のど真ん中。障害物は何もなく、辺り一面手入れされた芝生が広がっている。

「では二人とも、これを使え」

 フリーナ王女が二人に渡したのは稽古用の木の剣。

「ルールは剣のみで魔法の使用はなし。どちらかが戦闘不能になるか、降参するかで勝敗を決める。いいな」

「はい!」

 ニアは大きく返事をし、ワイドリーは首を縦に振った。

 ヨルカ達は巻き込まれないよう、二人から遠ざかり、ワイドリーとニアは距離を取り、お互い睨み合った。

「では双方、始め!」

 遠くからフリーナ王女が号令をかけると、二人は剣を構えた。

 二人はお互い様子を伺うかのように、全く動く気配がない。

「ほう……あのワイドリーという男は本当にこれまでの見習い達とは違うようだな」

 フリーナ王女がワイドリーを見て感心する。

「騎士の構えはニアのように両手を使って、剣の先を相手の目に向けて前に構える。しかしあの男は剣を片手で持ち、おろしたまま構えようとせず、腰を低くしている。あれは本能的にそうしているようだな」

 ヨルカに説明しているフリーナ王女はワイドリーの興味を持ち始めた。

 ワイドリーの剣は王都で育ててくれたグフターに剣の使い方は一通り教わったが、あとは特に聞かず、ただ自分が戦いやすくするようにした我流である。

「何より目が違う。真剣かつ威圧的、迷いなく殺そうとしている。まさに獲物を狩る野獣のようだ」

 たしかにワイドリーはニアに向かって殺気を放っていて、ニアは少しビビって額から汗が出ている。

「やあぁ!」

 気持ちが先走ったのか、最初に動き出したのはニアだった。

 前に走りだし、ワイドリーの顔目掛けて鋭い突きを繰り出した。

 だがワイドリーは余裕な顔で避け、剣を上から下に振り下ろし、ニアの突きを叩き落とした。

「く……まだまだ!」

 ニアは叩き落とされた勢いを利用して前転をし、ワイドリーの懐に入ると、転がり終わると同時にしゃがんだ状態で腹部に向かって横に切り出そうとした。

「もらーー」

 だが、ニアの目の前には木の剣がそこにあった。

 ワイドリーがニアの動きを予測して振り下ろした後、一歩下がりながら剣を振り上げたのだ。

「くっ……!」

 ニアは無理矢理体をのけ反り、間一髪顎をかすり、今度は後転して距離を取った。

「はぁ、はぁ……やりますね」

 さっきまで大口を叩いていたニアに、余裕の表情が消えた。

 呼吸を荒くしながらワイドリーから後退あとずさった。

「はぁ……」

 ワイドリーはため息をつき、これ以上は無駄だと察し、さっさと済ませようと早足でニアに近づいた。

「いやぁ!」

 向かい打とうとニアは正面から斬りかかった。

 ワイドリーが大きく振りかぶり、剣を斜めに下ろすと、剣の軌道を強引に変えられてニアの攻撃が外れ、振り下ろされたワイドリーの剣が直角に曲がると、ニアの防具の着いていない太ももに当たった。

「うっく!」

 痛がるニアはその場に留まり、ワイドリーは攻撃を続けた。

 顔、腰、足と防具の着いていない所ばかりを狙い、必死に剣で防ぐニアをよそに、休むことなく猛攻を続ける。

 足を痛めて動けない女性を容赦なく木の剣で叩く……端から見たらいじめである。

「容赦がないな……あの男」

 フリーナ王女を始め、ヨルカとコルトを除く全員が、ワイドリーの女相手の容赦ない猛攻に引いている。

「彼は人を信用しないから、味方として見ている者はいません。基本全てが敵として見ているので、慈悲もなく、知り合いでも平気で叩き潰します」

 ヨルカがフリーナ王女にワイドリーのことについて捕捉説明をした。

「いや、たしかにニア自身も手加減とかされたら怒るが、あれを見て少し可愛そうになっ来るのだが……」

 全く衰える気がなく、むしろ速くなってきているワイドリーの猛攻。

「うぐっ……ひぐっ……」

 ニアも息を荒くしながら、涙を流し、攻撃を防いでいる。

 さっきまでセガル達に勝って誇らしげにしている彼女はもういない。

「きゃっ」

 ニアが足元の痛みに耐えかね、その場に崩れた。

 降参も言わず、ワイドリーはニアに向かって剣を大きく振りかぶった。

 このままでは大ケガ……いや、命の危機を感じたニアはある行動に移った。

「……あ?」

 ワイドリーは剣を上に上げたまま首をかしげた。

 ニアが勝負の最中だというのに、突然防具を外し始めたからだ。

 そして衣類だけになると、中に着ていた薄い黒い服の胸元を手で下に伸ばすと、着痩せするのか彼女の大きめの胸をちらつかせ、スカートの太ももを大胆さらけ出し、妙に艶っぽくなった。

 ワイドリーはニアの今の姿に固まった。

「出たー! 少女騎士団最後の切り札、色仕掛け!」

「我々も意地を見せて追い込むも、この最後の色仕掛けで隙を見せてしまう!」

「全ては男だらけの騎士団生活の性! 女に飢えた私達にとってこれは全くもって防ぎきれない弱点!」

「いつからいたんだお前達……」

 ヨルカ達の後ろでいつの間にかいたセガル達見習い騎士がニアの行動について説明した。

 そして叫びながらも、ニアの露出した肌を凝視している。

(これがセガルの言っていたあれか……騎士が防具を外すなんて自殺行為だと思うんだが……)

 ヨルカはやる側もやられる側にもアホらしさを感じた。

「このアホらしい作戦もあなたの教えですか? フリーナ王女」

「これは別の者の意向だ。たしかにアホらしいとは思うが、ある意味に結成されたでもあるからな」

「このため?」

 ヨルカはフリーナ王女の言葉が気にはなったが、そのまま聞き逃すことにした。

「……しかし、相手が悪かったな」

「そうとも! あいつは野獣、我々と以上に女に免疫がなく、本能に忠実に欲情して女体を貪ろうと隙が出来る!」

「いや、そうじゃない」

 ヨルカはセガルの言葉をすぐに否定した。

「どういう意味ーー」

「ぶっ!」

 フリーナがヨルカに話しかけた瞬間、ニアが変な声を出し、フリーナは戦っている二人の方を向いた。

 そこにはワイドリーがニアの顔に足で踏みつけたからだ。

 男としてあまりの鬼畜な光景にヨルカとコルト以外全員が声を失った。

「獣に育てられたあの男に、人間に欲情するという概念があるとは思えませんからね」

 コルトが皮肉まじりにつぶやいた。

 顔に足跡がつき、鼻血を出したニアは後ろに倒れた。

 ニアは立ち上がろうとするも、ワイドリーは躊躇わずに木の剣を頭に目掛けて振り下ろした。

「ひぃ……!」

 戦意喪失したニアは咄嗟を頭を抱えた。

「そこまで!」

 フリーナ王女の声に反応し、ワイドリーの剣はニアの頭すれすれで止まった。

「勝者、ワイドリー・ホールナー!」

「はぁ……やっぱ雑魚だなお前は」

 見られたくないのか、顔を隠しながら泣くニアにワイドリーは容赦なく罵声を浴びせる。

 さっきまで自信に満ち溢れていたニアの心を完全に折られ、ワイドリーは木の剣を担ぎながら、ヨルカ達の元に戻った。

「さ……最低!」

「女の子にそんなことしていいと思ってるの!」

「これは騎士道から外れているわ!」

「そうだこの野獣!」

「貴様は人間として終わっている!」

「獣らしくそこに這いつくばってろ!」

 さっきまでの行動にワイドリーは少女騎士団、そしてセガル達にも罵声を浴びせられる。

 罵声を浴びせられる中、ワイドリーは途中で立ち止まった。

「うるせぇんだよ!!」

 ワイドリーは足を強く踏んで激怒した。

 その踏んだ足に窪みが出来るくらいの強さで周りは静かになった。

「何だこれ! 大口叩いてムカついたし、そのくせに弱くてより腹が立つ! 何で負けそうになってんのに防具を外して胸を見せんだ! 意味がわかんねぇ!女だからとか騎士道とか、俺にはどうでもいい! 必要なのは強さだけ! でないと死ぬからだ! てめぇら平和ボケした雑魚は獣にも勝てない獣以下なんだよ! 何なら全員相手してその四肢を切り落として手足すらも使えない本当獣以下にしてやろうかゴラァ!!」

 ワイドリーは木の剣を投げ捨て、本物の剣を突き付け、今までにないくらい憤怒した。

 強くなりたいのに弱い者の相手をさせられたこと。

 戦闘をなめていること。

 弱いくせに悪口しか言えないこと。

 強さにこだわるワイドリーは苛立ち、怒り、とうとう口に出して叫んだ。

 それに全員何も言わなくなり、中には目を潤ませて泣きそうな者もいた。

 ワイドリーはどれだけ数人に罵声を浴びようとも、元から味方として見る人がいないため、数の暴力にも屈しない強い精神を持っている。

「落ち着けワイドリー・ホールナー、たしかに強くなければ守ることも出来ない。だが彼女はやる気がある。今後のためにもそのやる気を削がないで欲しい」

 フリーナ王女はワイドリーに近づき、肩を叩くが、すぐに払った。

「そんな雑魚を育ててる奴に言われたくねぇんだよ」

「…………」

「ワイドリーさん、相手は王女様です!」

 ワイドリーの王女相手とは思えない言葉遣いに、フリーナはひきつった笑顔で笑った。

 ブランが慌てながら言葉遣いを訂正させようとしてもワイドリーは無視をした。

「それより、勝ったんだから俺の言うこと聞いてくれるんだろうな?」

「あ、ああ……」

 改めて王女の褒美を確認したワイドリーは城の前まで近づき、大きく息を吸うとーー。

「グフター! 出てこいゴラァ!!」

 さっきより大きな声でキルグス王のいる部屋に向かって叫んだ。

 少しすると、グフターが窓を開けて現れた。

「え? 何何? あ、ワイドリーか……」

 いきなりのことに戸惑うグフターが辺りを見渡し、ワイドリーに気づいた。

「どうしたワイドリー!」

「降りてこい! そして勝負しろ!」

「はぁ?」

 ワイドリーの要求、それはグフターとの戦いだった。

「いきなり大声で呼ばれたと思ったら……お前俺が相手しようと言っても無視してたじゃんか! それに今は忙しいの!」

「お前に拒否権はない! こっちにはお前より偉い王女がいるからな!」

 ワイドリーはフリーナ王女を見ながらそう言った。

「そういうことか……グフターよ、すまんが戦ってはくれまいか? これは命令として受け取って欲しい」

「王女様!?」

 フリーナ王女の声にグフターは驚いた。

 騎士団長のグフターより第一王女の方が偉い。

 グフターにワイドリーと戦えと命令しろ……それが彼の願いだとフリーナ王女は察した。

「あぁもう……待ってろ!」

 グフターは頭を掻きながら窓を閉めた。


 少し待っていると、グフターは走ってワイドリーの元にやって来た。

「はぁ、はぁ、お前な、王女様使うか普通? んで、何で今更俺と勝負したいんだ?」

「苛立ったから、お前で八つ当たりするためだ」

「騎士団長でストレス発散!?」

 さっきまでワイドリーは色々と苛立っていたため、騎士団長であるから強いと思い、グフターと戦って解消しようと思ったらしい。

「まぁ、これも心を開いてくれたと思えばいいか……わかったよ。その代わり俺が勝ったら連帯責任として、ヨルカちゃん達も言うことを聞いてもらうからな」

「え? 勝手に我々を入れられても困る」

「わかった」

「お前も勝手に決めるな」

 急に自分達も巻き込まれたことに、ヨルカは戸惑いながらも二人は無視し、二人は前に出た。

 泣いていたニアは足を引きずりながらこの場から離れ、ワイドリーは投げ捨てた剣を拾い、グフターはニアの使っていた木の剣を拾った。

「さて……やろうか」

 グフターはいつものおちゃらけている感じとは違い、真剣な眼差しでワイドリーを睨み付ける。

 ワイドリーは少しも怯まず、睨み返す。

 剣を握りながら、お互い睨み合う二人をヨルカはただワイドリーの勝ちを祈るしかなかった。



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