第39話

 外は空を覆う雲が白から濃い灰色になり、雨がさっきより強く降り、大雨となった。

「うわっ!」

 ブランとヴァレットは屋敷近くの原っぱで暴走している大きな蜘蛛を足止めしている。

 幸いこの辺りの住人はサガウが奴隷として売ったため、人は少なく避難は済ませている。

 ブランは前や横から、固く鋭い蜘蛛の足を必死に避けたり、剣で防いでいる。

 その力は強く、防いでも体が浮くほどの衝撃で、蜘蛛は少しずつ前進していく。

「くっ、どうしたら……」

 ここは王都からそう遠くないため、このままでは王都が騒ぎになってしまうことに、ブランは焦っている。

「ブランさーん、がんばってくださいませー」

 ヴァレットは草むらに隠れてブランを応援している。

「ヨルカ様の魔法で治すことが出来ますから死なない程度なら傷つけても構いませんわ」

「そうですが! それでも厳しいんです! だからと言って逃げるわけにもいけませんし!」

 蜘蛛は一度遠くに距離を取ったら、そのまま興味がなくなったかのように逃げてしまう。

 一歩一歩が大きいため、追うのに相当苦労するため、ブランは逃げずに立ち向かう。

「はぁ、はぁ……ヨルカ様が来るまで絶対に足止めをしなくては……」

 ブランはひたすら続く蜘蛛の攻撃に疲労がたまっているにも関わらず、剣を構え続けた。

 これは人々を死なせたくないというブランの強い正義感だからこそ耐えられる。

「「いた~」」

 蜘蛛の後ろから雨具を着たヨルカが双子に両手を引かれて走ってきた。

 三人は蜘蛛から遠回りをしてヴァレットと合流した。

「はぁ、はぁ……追い付いた」

 双子のペースで走らされたため、ヨルカは息を切らしている。

「大丈夫ですか? ヨルカ様」

「だ、大丈夫……」

「ヨルカ様! 来てくれると信じてました! 早速ですがどうすればいいのですか!?」

「はぁ……さてどうするか……」

「はいぃ!?」

 息を整えて、やっと出てきたヨルカの思いがけない言葉にブランは思わず大声を上げた。

「相手は普通ではないし、あんなに動いていたら狙いが定まらない。とりあえず様子見だな」

「それはそうですが! 正直辛いです!」

「安心しろ、オーレス、オージス、行ってこい」

「「お~」」

 オーレスは何も持たず、オージスはさっきの瓦礫のついた長いロープを持って前に出た。

「ヴァレットもこれを使え」

「まぁ、ありがとうございます」

 ヨルカは雨具を脱ぎ、背負っていた物をヴァレットに渡した。

 中には矢筒に入った鉄製の矢が大量に入っていた。

 これはサガウの屋敷から取ってきた物。

「さーて、ようやく私が活躍する時が来たようですわね」

 ヴァレットは自分で持ってきた荷物から弓を用意し、準備を始めた。

 ヴァレットは恐くて隠れていたわけではなく、ただ矢がなかっただけだった。

 弓矢はあまり使わない上に矢は消耗品であるため必要な時、現地で買う。

 ヴァレットは矢筒を背負い、別の場所へ移動し始めた。


 こうして三人が加わり、四人による大蜘蛛との戦闘が始まった。

「「わ~」」

 双子が蜘蛛の周りを走り回っている。

 蜘蛛がオーレスを標的にし、鋭い足で襲い始めると、オーレスは小さい体とすばしっこさを生かし、華麗に避ける。

 そしてその反対側でオージスが瓦礫を縛ったロープを投げ、オーレスはそれをつかみ、オージスが引っ張り上げて移動させた。

 蜘蛛が疲労して後ろに下がっていたブランに注目し、再び襲いかかると、ブランの目の前でその足は何かに弾かれた。

 足元に落ちていたのは鉄の矢。遠く離れた所でヴァレットが矢を放ったのだ。

 ヴァレットは力は無いが、貴族時代に嗜んだ弓術に優れている。

 その意外性に後ろを向いたブランは驚いた。

 ブランも不完全ではあるが、体力が回復し、再び前に出始めた。

 だが人数が増えても、蜘蛛がそう簡単に倒せるわけではなかった。

 ヴァレットが蜘蛛の体に向かって矢を放っても、ブランが潜り込んで下を斬りつけても、その堅さに弾き返されてしまい、本気を出せば足が地面を突き刺す程の脚力と素早さを持っていて当たらない。

 そんな四人と蜘蛛との攻防を見ながら、草むらでヨルカは対策を練っている。

「体は鉄のように堅く、素早さもある。蜘蛛なのに糸を出す穴はあるけど、使う様子はない。いや使えないのか……」

 四人の戦闘を元に蜘蛛を冷静に分析し、どうすればいいか考えている。

 しかし本で普通の蜘蛛の体の構造、生態などは知っているが、これは蜘蛛らしき異形の存在。常識など通じない。

「…………」

 ヨルカは全く思い付かない。ヨルカは内心焦っていた。

 王都からそう遠くない所で騒ぎが起こっている。

 このままでは失態が明るみになり、もしかしたら罰を受ける可能性もある。

 そんな心配が思考を邪魔して、考えがまとまらずにいる。

 どしゃ降りの雨の中、ヨルカは雨具を雨に濡らしながら考えている。

 そんな時だった。


 ドーン!


「!?」

 空が光るとほぼ同時に大きな音が聞こえた。

 灰色の雲の中を雷が落ちたらしい。音の大きさと光との時間差を考えると、相当近場に落ちたようだ。

「雷か……もしかしたら……」

 雷の大きな音に余計な考えがなくなり、雲を見上げたヨルカは何かを思い付いた。

「オーレス、オージス、ヴァレット! 一旦集合! ブランはまた一人で食い止めてくれ!」

「え、えぇ!?」

 ヨルカに命令で三人は集まり、ブランは再び一人で蜘蛛の相手をすることになり大声を上げた。

 ヨルカ達は円になって、三人に作戦を話した。

「まぁ、それはそれは大胆な」

 ヨルカの作戦にヴァレットは頬を赤らめた。

「とにかく今はこれしかない。ヴァレット、矢は?」

「それが全て使い果たしてしまいまして……弾かれてしまったので、どこへ行ったのやら……」

 ヨルカが周りを見ても、見える所には矢がなかった。

「くそ、作戦には時間がないというのに……」

 ヨルカが空を見上げながら焦っている。

 どうやらヨルカの作戦は矢が必要な上に一刻を争うらしい。

「……仕方がない双子、やるぞ」

「「お~」」

 少しの思考の後、ヨルカは双子に杖を構えた。

「変異系魔法第四式『武器化テージ・オブ・ウェボ』」

 ヨルカは赤い光を双子に一人ずつに当てた。

「うっ……」

「あっ……」

 双子が顔を赤らめ、体を震わせると、変化が始まった。

 体が段々と小さくなると、二人とも顔が真上に上がり、口元が突き出ると、先端が鳥のくちばしのように鋭く尖った。

 体が雨具に埋もれて、ヨルカが拾い上げると、体が棒ように細く、手が足の位置まで下がると、手足が細く平たい羽の形になった。

 そして肌色から銀色になると、双子は顔を少し残した鉄の矢になった。

「よし、変異系魔法第十三術式『軟体化テージ・オブ・ソウド』」

 今度はヨルカは持っていた矢に別の魔法をかけた。

 すると、固い鉄の矢がぐにゃと柔らかくなった。

 この『軟体化テージ・オブ・ソウド』は人だけではなく、人から変化した物なら鉄でも石でも柔らかくなる。

 しかしこの魔法は一定時間経つと、元の素材の固さになる。

 ヨルカは柔らかくなった一本の矢の鋭い先端を手で丸くし、逆に羽の方を伸ばしながら、指でグルグルと巻き始めた。

 指には細い鉄の糸がどんどん巻かれていく。

 ヨルカは急いで巻き、やがて矢の下半分が糸になるとーー。

「痛っ!」

 ヨルカの巻かれた指から血が出た。

 元の固さに戻ったため、鉄の細い糸で指が切れたのだ。

「ヨルカ様!」

「いい! 時間がない! それより矢を拾ってくれ!」

 急ぐヨルカの命令に、血を出して心配したヴァレットはもう一本の矢を拾った。

「変異系魔法第十一術式『融合ヒュード』」

 ヨルカは指に巻かれた糸をほぐすと、人間と物質を合体させる魔法の赤い線状の光を糸の先端に当てた。

 すると糸は浮かび上がり、ヴァレットが持ったもう一本の矢の下の方に繋げた。

 こうして二つの矢が鉄の糸によって繋がる形になった。

「ヴァレット、後は任せた」

「わかりましたわ」

 ヨルカはヴァレットに矢を渡した。

 普段はふざけた言動が目立つヴァレットが真剣な顔立ちになり、再び前に出た。

「ぐあっ!」

 ずっと一人で蜘蛛の相手をしたブランは疲労困憊してしまい、とうとう蜘蛛に突き飛ばされて倒れてしまった。

「ブランさん!」

「はぁ、はぁ……」

 ヴァレットが駆け寄るも、ブランは疲れで動かなくなった。

「よく耐えてくれましたわ。ここからは私にお任せを」

 ヴァレットは蜘蛛を睨み付けた。

「キシャーーーー!」

 威嚇音を出しながらヴァレットに向かって前進する蜘蛛。

 そしてヴァレットも蜘蛛に向かって走っていく。

「ふっ!」

 刃物のような鋭い足の中を抜け、ヴァレットは弓矢を持ちながら蜘蛛の股下に滑りこみ、後ろに抜けた。

 そしてすぐ後ろに振り返りーー。

「はぁ!」

 本来蜘蛛が糸を出す部分、つまり蜘蛛の尻の穴に先端を丸くした矢を突っ込んだ。

「シャーーーーーーーー!!」

 痛みでなのか、蜘蛛はジタバタと転がりながら暴れ回った。

「くっ……」

 暴れまわり、鋭い足がヴァレットを襲うも必死に避ける。

 だが雨に濡れて動きづらいメイド服な上に、運動神経がある方ではない彼女にとって避けるのは難しく、顔や服に切り傷がつき、あちこちから血を出した。

 そんな中、ヴァレットの顔に鋭い足が迫って来た。

 ヴァレットは死を覚悟した、その時ーー。

「だあぁぁぁぁぁ!」

 駆け寄ったブランが飛び込み、ヴァレットの体を押して蜘蛛の足がブランの腕に当たると、その衝撃で吹き飛び、地面に転がった。

「ブランさん!」

「はぁ、はぁ……おえっ!」

 四つん這いになったブランは腕から血を出しながら、さっきの衝撃の上に、無理して動いた疲労により吐いた。

「はぁ、はぁ、よくわかりませんが……ヴァレットさんが……蜘蛛をやっつけるかなめなんですよね? だったら……守らないと……お願いします」

 息を切らしながら、ブランは笑顔でヴァレットに言葉をかけた。

「はい」

 ブランの頑張りに火がついたヴァレットは蜘蛛から距離を取り、もう一方の矢をかけた。

 しかし、向けた先は蜘蛛ではなく真上。

 雨で視界が遮られるも、ヴァレットは雲を狙うかのように、真上に矢を放った。

 そんなことを気にかけず、蜘蛛は暴れ回り、ヴァレットはブランの肩をつかみながら蜘蛛から逃げた。

 矢が天高く上に向かっていると同時に、繋がれている鉄の糸も上へ上へと上がっている。

 そしてその鉄の糸がピンと真っ直ぐに伸びたその時だった。

 雲が光ると同時に、細い糸を伝って高速で一直線に落ちるとーー。

 ドーーーーーーーーーーン!!

 突然の爆音と共に蜘蛛の体が白く光った。

 ヴァレットの空に放った矢が避雷針となり、落ちた雷は鉄の糸を伝って、繋がっている尻に刺さった矢にも伝わり感電した。

 蜘蛛の表面が頑丈になっているため、内側なら効くと思い、ヨルカはこの作戦を思い付いた。

 蜘蛛は煙を立たせ、体も周りの地面も焦げている。

 いきなりの爆音とこの光景にブランとヴァレットは目を丸くして驚いた。

「死んで……ないですよね?」

原点回帰オリジ・レグス

 どこからか赤い光が現れると、その光は蜘蛛に当たった。

 すると、体が縮み、余分な足も引っ込み、段々と蜘蛛の形が歪んでいくと、蜘蛛は一糸纏わない若い女性になった。

「危なかった」

 安全を確認したヨルカは、呪文の届く範囲まで走って近づき、『原点回帰オリジ・レグス』で元に戻した。

 ヨルカは蜘蛛になっていた女性に、雨具をかけてやった。

「二人とも、ご苦労だった」

「ヨルカ様、まさか雷を利用するとは思いませんでした」

「ああ、だがこれは賭けだった。もし雷に打たれたら即死の可能性があったんだが、かろうじて生きていたからよかった。雲の流れも早かったし、急がないと雷は遠ざかってしまうからな。見ろ」

 空を見上げると、速く動く雲がどこかに行き、青い空が見え始めた。

「なるほど……あ、ヴァレットさん大丈夫でしたか? 命の危機とはいえ、強引に押してしまったので」

 自分も腕をケガしているのに、ブランはヴァレットの体を気にかけた。

「これぐらい幼子おさなごに突き飛ばされたと思えば喜びに変わりますわ」

「そ、そうですか……」

 ヴァレットは優しく微笑むが、発言が発言のため、ブランは失笑するしかなかった。

「ところでヨルカ様、彼女のお尻、どうします?」

「尻? あ……」

 蜘蛛だった若い女性の尻には矢になった双子のどちらか突っ込まれたままだった。

「一応ケガしないように丸めたんだが、思った以上に深いな……」

「これは……抜き差しを繰り返したらクセになるくらい感じてしまって、最後に太い部分を強引に一気に引っこ抜いてしまったらもう……たまらないかと」

「何の話だ……」

 ヴァレットの真剣な顔つきで変態的な発言を言ってヨルカは呆れた。


 その後ヨルカは女性の尻から矢を強引に引き抜き、双子を元に戻した。

 抜かれた若い女性は尻を押さえながら、恍惚の表情を見せ、それを見たヴァレットはうんうんと頷いた。

 屋敷に戻り、実験台にされたメイドや執事も元に戻し、屋敷にある馬車を使って、サガウの息子のラミルや無事な人達を連れて、領内にある別の町まで運んだ。

 いつの間にか空は雲一つない晴天になっていたが、ヨルカ心は晴れなかった。

 サガウの悪行が明らかになったが、魔法陣の盗難、それによる怪物に変化して屋敷の半倒壊、サガウに雇われた魔法使いの死という被害が出てしまったからだ。

 面倒なことがないようにと、ヨルカは祈るしかなかった。



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