雨と二つの派閥

第35話

 金色の風の件の数日後。

「まさかコルトさんがあの金色の風の娘だったとは……」

 朝食を食べ終え、ユウセンの件から毎日のように外で一人修行しているワイドリーを除く全員が料理を作る台所に集まり、コルトはお茶の用意をしながらブランと話をしていた。

 コルトは他の皆にも自分の過去を数日前に話した。

「すみません。隠してたわけではないのですがどうもタイミングが合わなくて……」

「でも、皆さんが知らないのは意外でした。レドーナさんは暗殺者が現れた時に知っていたのかと」

「いや~アタシもコルトから戦闘経験があるとか聞いただけだから、てっきり傭兵や冒険者の類いだと思ってたんだよ」

「ですが、たとえ名のある暗殺者の親族でも私達はヨルカ様に仕える奴隷に変わりはありませんわ」

「「そうそう」」

「だな」

 ヴァレットの言葉に双子やレドーナも賛同し、コルトは頬を緩ませた。

「……ありがとうございます。では私はお茶を運びますので、失礼します」

 コルトは二人分の紅茶をお盆に乗せ、笑顔で台所から去った。



 ***



 応接室ではーー。

「ユウセンね……」

 ブランとワイドリーの様子を見に来たグフターに、ヨルカはちょうどいいと思い、ユウセンやメルギについて話をした。

「ああ、どうやらそれがワイドリーの育ての親、ルドルフを殺した『十字剣の集団』の名前らしい。何か知らないか?」

「ん~知らないな。名のある暗殺者とか賊の噂とか集めてるけど、そんな名前は聞かないな。ただメルギという名前は聞いたことはあるぞ」

「本当か?」

「ああ、一時期金色の風を捕らえたり、王都で色んな善行をこなしたりして、ちょっとした有名人だったぞ。すぐにどっかに行ったみたいだけど」

「……そうか」

 ヨルカは手がかりがないことに内心がっかりいた。

「ルドルフさんのかたきでもあるし、こっちでも集中的に調べるよ」

「頼む」

 話が済んだ所で、二人はコルトが持ってきた紅茶をすすり、一息ついた。

「はぁ……ところでグフター騎士団長、今日は何の用で来たのだ? ブランとワイドリーの様子見だけではないのだろう」

「お、察しがいいねヨルカちゃん」

 グフターの様子を見に来たという建前を見破った。

「実はな、西側の領主をしているサガウ男爵っていう貴族の息子が熊に襲われて右腕を失ったんだよ。今は一命を取り留めているが、利き腕を失って屋敷に引きこもっているらしい。それでヨルカちゃんに白羽の矢が立ったんだ。ヨルカちゃんの元に戻すあの……」

原点回帰オリジ・レグスか」

「そうそれ。それでなんとかなんない? お礼ももらえるらしあし」

「やるのは構わないが……その息子は生まれつき病気とかはあったか?」

「病気はないはず……あ、闇魔法の呪いをかけられてたらしい」

 呪いというのは特定の相手に病などをもたらす『古式魔術』の闇魔法。

 しかしその発動には多くの魔力や儀式に必要な物が多いため、やる者は少ない。

「なんでも母体の中にいた頃から体を蝕んでいたみたいで、生まれた頃は病弱で生死をさ迷っていたらしい。サガウ男爵は恨まれることが多かったし、当時は貴族達の間で噂になってた」

「なるほど……」

「まぁ、そのサガウ男爵も同じような目に合ったみたいだったから、対処が早く済んで助かったみたいだがな」

「そうか……サガウ男爵に伝えてくれ。『私には無理だから断る』と」

「え……」

 ヨルカの断りにグフターは驚き、声を漏らした。

「でも、ヨルカちゃんなら……」

「無理だ」

 ヨルカはそれしか言わなかった。

「……わかったよ」

 グフターはヨルカに何かあること、そしていくら説得しても無駄なことがわかっているため、早々に諦めると困った顔をした。

「しかしなぁ~、サガウ男爵はだから、これは揉めるな~」

「そうか、まぁ頑張ってくれ」

「すごい他人事じゃん。ヨルカちゃんも色々気をつけなよ」

 グフターの言葉を、ヨルカはとりあえず頭の片隅に閉まっておいた。

 そして少し雑談をして、夕方頃にグフターは帰って行った。



 ***



 グフターが去って約一週間後。

「変異系魔法第三術式、『獣化テージ・オブ・ビスト』」

「んぁ……」

 早朝、屋敷の入口でヨルカはレドーナに魔法をかけた。

 声を喘がせながら四つん這いになると、手足が細く長くなり、指が手に引っ込み無くなると、手先が固く蹄になった。

 服が破れ、女らしいくびれのある体が太く寸胴になると、身体中から赤い体毛が現れ、フサフサしたしっぽが生えた。

 そして首が伸び、耳が上に上がり、鼻と口元が前に突き出ると、レドーナは立派な赤毛の馬になった。

「ヒヒーン! ブルルルルルル!」

「じゃあ、頼むぞ」

「はい」

 今日は食料が尽きてきたため、王都に買い出しに行くことになった。

 行くのはくじの結果、馬になったレドーナ、「性転換セクタ・コルバ」で男性、コルディアになったコルト、そしてワイドリーの三人。

 王都でやらかした犯罪奴隷のコルトとレドーナは普通の姿で王都に行けない上に、この世界の法律上、奴隷は付き添いがいない限り、買い出しなど自由に行動が出来ないため、ワイドリーが付き添いになった。

 ワイドリーに関してはくじもあるが、ユウセンの話を聞いてから、ずっと剣や魔法の修行をしているため、気分転換も兼ねて否定しても半ば強制的に連れ出している。

「おい、さっさとしろ」

 修行を止められたワイドリーは不機嫌そうに馬車に乗ろうとする。

「待ってください。まだつけてないんですから」

「「準備完了~」」

 双子はレドーナに馬車を取り付け、三人分の朝食を乗せて二人は乗った。

「では行って来ます」

「ああ、気をつけてくれ」

「ヒヒーン!」

 三人が王都に向かって走り出す所を、ヨルカ達は見送った。

「さてブランよ。少しの間だが、今の屋敷はお前が頼りだ」

「え?」

 屋敷に残ったのはヨルカの他にブラン、そして双子とヴァレット。

「オーレス、遊ぼ~」

「いいよ~、追いかけっこしよ~」

「でしたら双子ちゃん。私も入れてくださいまし。ウヘヘ」

「「やだ~、逃げろ~」」

 双子はヴァレットから逃げ、ヴァレットは手をわきわきとさせながら追いかける。

「このとおりあの三人は自由気ままな上にあの二人と違って頼りない。何もないとは思うが、何かあったら頑張ってくれ」

「はい!」

 三人の追いかけっこをしてる所を見て、ヨルカは呆れながらブランに説明し、ブランは緊張と 気合いの入れ過ぎなのか少し体が固くなっている。

「ん?」

 ブランは鼻の先に何かが当たり、触ると少し濡れていた。

「あ、雨」

 上を見上げると空全体が雲に覆われていて、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。

「降ってきたな……戻ろう」

 ヨルカとブラン、そして草原を走り回る三人も屋敷に戻った。


 雨は勢いを増し、外からザーと音を立てる。

 ヨルカはいつものように部屋に籠り、魔法陣作成に勤しんでいる。

 ヒント探しのために魔法に関する本を読み漁っている。

「ふむ……」

「「ヨルカ様~」」

 ゆっくりと扉が開くと、双子が現れた。

「……どうした? オーレス、オージス」

「「雨でひまだから遊んで~」」

 ヨルカは口を軽く開けて呆れた。

 奴隷なのに主に遊びをせがまれた。

「ヴァレットと遊べ」

「ヴァレットはブランと雨漏りの修理してるの~」

「お掃除も終わったからひま~」

「お前らな……」

「遊んでくれなきゃ散らかっているように見えてちゃんと並んでいる本の列をバラバラにしてやる~」

「さっきまで集めたホコリをこの部屋にばらまいてやる~」

「やめろ、奴隷が主を脅すな。ほら、この紙と羽ペンをやるから。これで何か描いてろ」

「「わ~い」」

「あとそこの『完成』と書いてある箱には触るなよ」

「「は~い」」

 ヨルカは双子の嫌がらせをされそうになり、咄嗟に魔法陣の失敗作の紙と二人分の羽ペンを渡し、双子は部屋の端お絵描きを始めた。

 そして双子の近くにある『完成』と書かれた錆びた鎖で密封されたかなり年季の入った木箱に触らないよう指摘した。

 この中には歴代の変人の魔法使いが書いてある変異系魔法の完成された魔法陣が入っている。

「はぁ、少し甘やかしすぎたか……」

 ヨルカはため息をついた。

 双子はコルトの次にヨルカの奴隷になり、当時はまだ九歳の子供。

 教育はコルトに任せっきりで、その結果十二歳になって家事が出来ても、奴隷の中で一番の自由っぷり。

 ヨルカは少し奴隷として接し方の見直しを考えながら、再び本を読み始めた。


 少しして、雨はまだ降り続き、本でヒントを得て、試しに羊皮紙で魔法陣を書いていた時のことだった。

 ドンドンドンドン!

「ん?」

 外から扉を何度も叩く音が聞こえた。

「こんな雨なのに客か……オージス、オーレス、出て……」

 依頼人と思い、双子を呼ぶが、いつの間にかいなくなっていた。

「本当に自由だな……この分だとヴァレットとブランはまだ修理か……仕方ない」

 ヨルカは立ち上がり、杖を持って自ら玄関へと向かった。

 未だ鳴り止まない扉を叩く音を止めるため、

 ヨルカは念のため杖を構えながら扉を開けた。

「か、匿ってくれぇ!」

 扉を開けた瞬間、雨具を着け、帽子を深く被ってはいるが、鼻が異様に大きな四十代くらいの男が、ヨルカに抱きついて来た。

 雨で濡れた体に抱きつかれ、ヨルカも濡れた。

「落ち着いてくれ、どうしたのだ?」

「実は王に届ける大事な手紙を奪われそうになっているんだ!」

「キルグス王に?」

「とにかく匿ってくれ! 来てもいないと行ってくれ!」

「え、ちょっと!」

 男は慌てて勝手に屋敷に入り、すぐ近くのヨルカの部屋に入っていった。

「あぁもう、せめて濡れた体で触らないで欲しかったな……」

「おい、そこの子供!」

「あぁ?」

 開けっ放しの扉から、声が聞こえた。

 子供呼ばわりされたヨルカは不機嫌に低めの声を上げながら振り替えると、雨具をつけた男が数人、馬に乗って現れた。

「ここに男が来なかったか!」

「いや、見ていない」

「本当か! この辺りに身を隠せるのはここぐらいなんだがな!」

 馬に乗った男は怒鳴るような声を上げながらヨルカを疑う。

 たしかに周りは草原のこの場所で身を隠せるのはここしかない。

「ならこんな雨の中、なぜ扉を開けているのだ? ついさっきここに入って匿っているのではないか?」

「(妙に察しがいいな……)上で雨漏りの修理をしている者を見に来ただけなんだが?」

「ほう……」

 男はヨルカを睨み付け、ヨルカも同じく睨み付けると、無言のまま両者共に動かずにいた。

「ヨルカ様~、雨漏りの修理終わりましたわよ」

「思ったより数が多かったです」

 屋敷の中から雨具を着て、木材を持ったヴァレットとブランが階段から降りてきた。

「えっと……どちら様ですか?」

「ああ、実はなーー」

 バリン。

「「「!?」」」

 ヨルカが説明しようとしたその時、何かが割れる音が聞こえた。

 音はヨルカの部屋からだ。

「はっ!」

 雨具の男達は馬を進め、屋敷の裏に回った。

 ヨルカも急いで自分の部屋へと向かった。

 部屋に入ると、ヨルカの部屋が荒らされていた。

 本や魔法陣のメモが床に散らばり、窓を大きく割られていて、その割れた窓から雨風が部屋に漏れていた。

「……どうなってるんだ?」

「ヨルカ様、あれ!」

 ヴァレットは外を指差した。

 そこには追われていた男が、追ってきた男達の馬に乗って、どこかに行ってしまった光景である。

「くそ! あれが狙いか!」

 ヨルカは怒りの表情を見せながら、机を叩いた。

「どうしたんですか?」

「ないんだ……変異系魔法の完成品が……」

 ヨルカは『完成』と書かれた木箱を探したが、どこにもなかった。

「奴等はグルだったんだ。魔法陣を盗むために……」

 珍しく狼狽えている様子のヨルカに、ヴァレットとブランは由々しき事態ということしかわからなかった。

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