孤児院の聖女

第23話

「はぁ……」

 今日も今日とて、魔法陣作成に行き詰まったヨルカは気分転換に外に出てボロボロの塀らしき壁を背にボーっと空を見ていた。

 外はいい天気。そよそよと風が吹き、太陽の程よい暖かさが眠気を誘い、ウトウトとまぶたが重くなって来た。

「「「ただいまー!」」」

「ぅおっ……!」

 突然聞こえた大声にヨルカのまぶたが再び開いた。

 声の正体はレドーナとオーレス、オージスの双子達。

 メイド服を草と泥で汚れて帰って来た。

「あ、ヨルカ様! 見てください! 今日は遠出して森まで行ったらウサギを捕まえました! コルトに何か作ってもらおっと!」

 レドーナの両手には二頭のウサギの死体を持っていた。

「そうか……」

「私は野イチゴ~」

「そうか……」

 オーレスはカゴいっぱいの野イチゴを摘んできた。

「私は子供~」

「そうか……ん?」

 オージスは男の子をおんぶしている。

 これにはヨルカもさすがに無視出来なかった。

「おいオージス、その子供どうした?」

「子供? うわ! オージスどこで拾ったんだよ!?」

 前を歩いていたレドーナは気づいてなかったらしい。

「オーレスと野イチゴ取ってたら倒れてた~。生きてるみた~い」

「とりあえず、屋敷に寝かせよう」

「は~い」

 ヨルカ達は屋敷に戻った。



 ***



「もぐもぐ……」

 少年を空き部屋に寝かせていると、しばらくしたら目を覚ました。

 そして腹を空かせていたため、コルトの料理を出したら少年はがっついた。

「よっぽど腹が減ったんだな」

「むぐ……三日もろくに食ってねぇから」

 少年に病気やケガはなく、ただの疲れと空腹によって倒れたようだ。

「ふぅ、ごちそうさま」

 少年が食べ終わると、ヨルカは質問を始めた。

「それで君の名前は?」

「エズ、八歳」

「そうか、それで君はどうして森で倒れてたんだ?」

「実は……悪魔から逃げてきたんだ」

「悪魔?」


 少年、エズは説明を始めた。

 エズはここから西にある村に住んでいて、最近両親を病で亡くし、村にある孤児院に引き取られた。

 そこにはケルブという孤児院に住んでいる親友、そして子供達の慰めに、親を失った悲しみを何とか乗り越えていた。

 孤児院にはマリアンという女先生が一人いて、彼女一人で孤児院を切り盛りしている。

 子供の面倒見のよさとあまりの美しい容姿で優しい笑顔を振りまき、村の人から『聖女』と呼ばれている人気者である。

 エズは孤児院で平和に暮らしていた。そんなある日のことだった。

 金持ちらしき高価な服を着た夫婦が、親友のケルブを引き取りたいと言ってきた。

 二人は最初は離ればなれは嫌と言ったが、マリアンの説得とケルブの幸せを考えて、二人は渋々了承し、ケルブは引き取られた。

 それから数日後、エズが孤児院の裏を掃除していると、ある物を見つけた。

 それはケルブがいつも持っていた親の形見のお守りだったが、そのお守りは血で赤く染まっていた。

 ケルブはたしかにこのお守りを持っていた。

 これがケルブの物なら、ケルブの身に危険があったんだとエズは恐怖で身を震わせた。

 そんな時、後ろからいきなりお守りを取り上げたのは孤児院の先生マリアンだった。

 お守りを見つめたその顔は、いつもの優しい表情ではなく、まるで何人か殺したことのある殺人鬼のような冷徹な表情をしていた。

 マリアンはその後普通の笑顔に戻り、どこかに行った。

 エズは金持ちとグルになってマリアンがケルブを殺した悪魔だと確信した。

 エズは逃げ出した。

 何も目的もなく東に進み、森の木の実などを食べてしのいできたが、限界になって現在に至ったそうだ。


「ーーというわけなんだ」

「…………それだけか?」

「え……」

「エズよ。これにはその先生が殺したという確証がなさすぎる」

 ヨルカの言ったように、血のついたお守り、マリアンの冷たい表情だけでは、ケルブを殺したという証拠にはならない。

「いや、あれは間違いなく人殺しの目だった。孤児院や村の皆はあの悪魔の見た目がきれいだからって騙されてるんだ!」

 エズは頑なにマリアンを人殺しと言う。

 ヨルカはエズの頑固さに頭をかきながら困っている。

「しかしな……その金持ちもグルと言っていたが、ちゃんと引き取った所を見送ったのだろう?」

「いや、見送ってない……」

「え?」

「先生は言い伝えとか風習とかで、旅立ちとかは見送らないようにしてる」

「ん~?」

 ヨルカはキーダ王国の風習などをまとめた本を見たことはあるが、そんな言い伝えも風習も聞いたことがない。

 これにはヨルカは少し引っ掛かった。

「ヨルカ様、調査がてらエズ君を送って行きましょう」

「うおっ!」

 いつの間にいたのか、ヴァレットが後ろから声をかけて来て、ヨルカは驚いた。

「いつからいたんだ? ヴァレット」

「エズ君が説明し始めた辺りからですわ。ヨルカ様、小さな子供をこのまま悪魔の所に行かせるにはあまりにも酷。我々がそのマリアンという悪魔について調べましょう」

「お前はどうせ子供目当てだろ」

 ニヤニヤと笑顔を浮かべるヴァレット。

 彼女はなぜか姉に憧れていて、年下の子供に時折性的な目で見ることもある変態。

 孤児院という子供がたくさんいる所にただ行きたいだけだと、ヨルカは早く察した。

「しかしヴァレット、私は善人ではない。報酬がないとな……」

 ヨルカは面倒くさそうに机に片膝をついた。

「そんな事を言うのでしたら私はエズ君を送りますよ! 私達が二人っきりになったらどうなるかわかりませんわ!」

「何の脅しだよ……」

 ヴァレットの目は本気だったため、ヨルカはやりかねないと察した。

「はぁ……何もなかったらすぐに帰るからな」

「はい!」

 ヨルカはやれやれと思いながら立ち上がった。

「ちょうど行き詰まっていたし、気分転換に行くか」

「な、なぁ、あんた達は一体?」

「ただの暇を持て余した魔法使いだ」

 こうしてヨルカはヴァレットの強引により、無報酬で孤児院のマリアンの調査をするのだった。



 ***



 翌日、ヨルカ達は西に向かっている。

 今回参加するのはコルト、ヴァレット、ブランの三人。

 コルトとヴァレットを馬にし、馬車を走らせる。

 馬車でのんびりするヨルカをよそに、目の前で馬に変えられたコルトとヴァレットを見て、トラウマを見せられたかのように何もしゃべらずに固まるエズ、そしてエズの背中をさすり、緊張を和らげようとしているブラン。

 今回ブランはヨルカに「ただの調査だから鎧はいいだろう」と言われたため、鎧は着けていない。

「毎回思うが、私の魔法はそんなにトラウマか?」

「それはそうですよ。人間が異なる物になるんですから。ヨルカ様のような人を憎んでいて、性格が歪んでいるわけではありませんから」

「お前、言うようになったな」

「あ、すみません!」

 ヨルカはここに慣れて、ブランがヨルカに無意識に毒を吐いたことに、ブランは謝り、ヨルカはうっすらと笑みを浮かべた。

 屋敷を出て約半日、村が見えてきた。

 周りを簡単な柵で囲んだ、家がポツポツとあるのどかな村だ。

 馬車を村の前に草むらに隠し、馬になった二人を元に戻した。

 コルトとヴァレットは全裸の状態になり、ブランとエズは後ろを向いた。

「いいのかコルト? 王都の件からまだ数日しか経っていないから、疲れが貯まっているはず」

「いいえ! 前回の汚名返上、名誉挽回のため頑張らせて頂きます!」

 メイド服に着替え終えたコルトは気合いが入った感じで答えた。

 コルトは王都で役に立たなかった上に、仲の悪いワイドリーが手柄を立ててしまったため、今回はヨルカの役に立とうと燃えている。

「今回はあくまで調査だからりきまずに行けばいい。とりあえずエズよ。例の孤児院はどこだ」

「このまままっすぐ行けば着く。でも俺、逃げて来たから村の人にバレたら……」

「コルト、私の予備があるだろ。貸してやれ」

「わかりました」

 コルトはメイド服が入れてあった大きなバッグからヨルカと同じ黒いローブをエズに着せた。

 頭を隠せば誰だかわからない。

「これでいいな。では行こう」

 ヨルカ達は村に向かって歩き始めた。

 村には広々とした畑とそれを耕している農家達。

 そんな農家達はヨルカを見るなり、ヒソヒソと話始めた。

 こんな屋敷もなさそうなのどかな村に、メイドを連れた黒ずくめが歩いていると、嫌でも目立つだろう。

「そこの人、ちょっといいだか?」

 三人の農家のうちの一人が、ヨルカ達に声をかけて、近づいて来た。

「メイドがいるってことは、どこかの金持ちでいらっしゃるみてぇだけど、この村に何が用だべか?」

「少しここの孤児院に用があってな」

「もしかして、聖女様に用だか?」

「聖女……孤児院の人か?」

「んだ! あの人は若いのに大勢の子供の面倒を見てる大したお人だよ!」

「しかも別の町に仕事に行って、経営も一人で切り盛りしてるだ」

「しかも若くて美人!」

「「んだんだ!」」

 村人達がマリアンを誉めまくる。

 聞いた限りではとても人殺しとは思えない。

「孤児院はまっすぐ行った高い建物だよ」

「ありがとう」

 ヨルカは村人と別れ、再び歩き出した。


 少し歩くと、縦長でてっぺんに曲がった十字架がついているかなり年季の入った教会が見えてきた。

「ここが孤児院か。古びた教会を利用したって所か」

「それでヨルカ様、どうしますか?」

 コルトが質問すると、ヨルカは悩んだ。

「さてどうするか……直接『あなたは人殺しか?』と言っても否定するだろうし……コルト、忍び込めるか?」

「そうなりますと、全員が外に出るか、夜になるまで……ヨルカ様、誰か来ます」

「え?」

 コルトが両手にヨルカとエズを持って、走りだし、ヴァレットとブランも慌てて着いていった。

 そして五人は教会近くの木の影に隠れた。

「「「「「あはははは!」」」」」

 教会から出て来たのは大勢の子供達。

 子供達は教会前で追いかけっこや汚れた人形でままごとをしたりして遊んでいる。

「なぁコルト、隠れる必要あったか?」

「すみません。物音がしたら隠れてしまう昔の癖が……」

 コルトは恥ずかしさで両手で顔を隠した。

「はい皆さん、遠くに行かないでくださいね」

「「「「「はーい!」」」」」

 子供達の後に現れたのは大人の女性。

 見た目は二十代後半で右目の下に二つの泣きボクロが特徴の美しい顔や豊満な胸、誰もが羨む容姿をした美女である。

「エズよ、あれがマリアンか?」

「うん……」

 エズはマリアンを見るなり、恐怖で体を震わせた。

「よし、子供だらけの孤児院に忍び込むのであれば、がいいだろう」

 ヨルカは何かを思いつき、杖を取り出した。

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