第25話 神帝暦645年 8月24日 その14

「水よ、逆巻けー! 水の洗浄オータ・オッシュ発動だよーーー! お父さん、しっかり、あたしたちを守ってーーー!」


「おうっ! おらおら! 幽霊ゴーストたちよっ! 俺のほうに寄ってこいやーーー!」


 ちっ! さすがに2度目のアタックをすんなりと済ませてくれるわけがなかったか! 俺たちは館の1階の西側の部屋を魔力探査しおわったあと、玄関エントランス・ホールへと戻ってきたわけだが、そこで幽霊ゴーストが10体近く待ち構えており、ただいま、絶賛戦闘中となっているわけだ!


「うふふっ。ツキト? あまり前に出すぎですわ? 左肩に小型の幽霊ゴーストが張り付いているのですわ? 水の浄化オータ・ピューリ発動なのですわ!」


 アマノが右手に持っていた呪符を1枚、横手にスイングし、俺の左肩に貼りつけて、浄化の魔法を発動させる。


「ピギイイイイイイイ!」


 俺の左耳のすぐそばで、小型の幽霊ゴーストが絶叫しやがった。うぐわっ! やべえ。今ので俺の左耳が馬鹿になっちまったわ!


 俺は幽霊ゴーストの悲鳴を喰らわされたことにより、頭の中がぐわんぐわんと揺らされる感じになってしまう。


「ウキキッ! ツキト殿、一旦、下がってくださいなのですよ! ツキト殿が回復するまで、わたくしが皆さんの盾になるのですよウキキッ!」


 す、すまねえ、ヒデヨシ。俺は左手に持っていた皮製の丸盾をヒデヨシに向かって放り投げる。ヒデヨシはそれを受け取って、その盾に呪符を1枚貼りつけ


「ウキキッ! 水よ、革の丸盾に纏わりつけなのですよ! 水の神舞オータ・ダンス発動なのですよ! さあ、自分からあの世に舞い戻りたいやつは、この盾に向かって突っ込んでくるのですよウキキッ!」


 皮製の丸盾に具現化した水を纏わりつかせ、ヒデヨシは対幽霊ゴーストへの防御力を大幅に上げたのである。先ほどまでは俺は炎の神舞ファー・ダンスで丸盾を炎で包み込んで、壁役として、皆の前に立っていたわけである。


 幽霊ゴーストってのは不思議なことに、火に対しては、自分から突っ込んでくるという、わけのわからない習性を持っている。だが、水からは極力離れようとするので、徒党パーティの最前線に位置するヒデヨシと幽霊ゴーストたちの距離は段々、開いていくのだ。


 くっ! ヒデヨシ、それじゃダメだ! せっかく、幽霊ゴーストを俺の方に集中させていたというのに、無駄になっちまうだろが!


 だが、俺は左耳に受けた悲鳴攻撃から、すぐに復活は難しい。なんたって、脳みそにダイレクトに攻撃されたようなもんだからな。頼む。早くこのダメージよ、抜けきってくれ! 幽霊ゴーストの群れが分散しちまう!


 俺の願いもむなしく、幽霊ゴーストたちは3体づつの3つの群れに別れ、そのうち2つの群れが壁役のヒデヨシを無視して、俺たちを左右から挟み込むように突進を仕掛けてくる。


「うふふっ。中々に知恵が回る幽霊ゴーストなのですわ? ですが、こうなることはある程度、予想していましたわ? 水よ、逆巻き、私たちの身を守るのですわ! 水の洗浄オータ・オッシュ発動なのですわ!」


 アマノが俺たち4人と1匹を包み込むように緩やかな水の螺旋を具現化させるのである。左右から突っ込んできた計6体の幽霊ゴーストたちはその水の螺旋にぶつかり、大きく外へと弾き飛ばされることになる。


「ふううう。助かったぜ、アマノ。おいっ! ヒデヨシ! 丸盾に水の神舞オータ・ダンスなんか発動させてんじゃねえよ! 幽霊ゴーストの習性を忘れちまったのかよ!」


「ウキキッ。申し訳ないのですよ。つい、わたくしとしたことが失敗したのですよ。やはり、わたくしに壁役は務まらないみたいなのですよウキキッ!」


 徒党パーティの壁役ってのはモンスターの注目を集めて、自分にモンスターの攻撃を集中させることが1番大切なことなのだ。ヒデヨシは、本当に昔から壁役が下手だなあと思わされてきたが、ここでありありとその下手っぷりを見せつけられると、こりゃ緊急事態でもない限りは2度と頼まないようにしないとな! と思ってしまうわけである。


「うふふっ。ツキト、落ち着いてほしいのですわ? モンスターとの戦闘中に喧嘩はご法度なのですわ? それよりも、魔法陣を描くだけの時間はなかったので、今の水の洗浄オータ・オッシュにはそれほど魔力を込めれていなかったのですわ?」


「それでも、今の挟撃を防げたのはありがたいぜ、アマノ。あとで、ご褒美のちゅっちゅだからな?」


「あらあら? それは嬉しいのですわ?」


「なんでこの夫婦は戦闘中にお熱い感じなのでッチュウ? ユーリちゃん。この2人はいつもこんな感じなんでッチュウ?」


「うーーーん。ここまで脳みそがとろけているお父さんの姿を視るのは初めてかなー? お盆進行の時はまだまともだったんだけどなー? よっぽど、さっきの幽霊ゴーストの悲鳴が脳みそのほうにダメージをもたらしているのかもー?」


 などとユーリとネズミのこっしろーが、俺のことを頭の中身が可哀想になっているヒトの如く言い放ちやがる。良いんだよ。アマノは褒めると伸びるタイプだからな。あと、ご褒美も用意しておくことがコツってもんだ!


「ヒデヨシ。そろそろ、盾を返してくれ。やっぱり、多少、無理をしてでも俺が壁役を続けるわ」


「ウキキッ。あまり無理をされても困るのですがねウキキッ」


 ヒデヨシが丸盾に纏わりついていた水を払い、その後、俺に丸盾を放り投げてくる。


「うふふっ。ツキト、前に出るのであれば急いでほしいのですわ? そろそろ、私が発動した水の洗浄オータ・オッシュが一度、消えるのですわ?」


 アマノの言う通り、俺たち4人と1匹を囲うように螺旋を続ける水流が眼に視えて、その勢いを衰えさせていくのがわかる。やはり咄嗟のことで、アマノとしては水の具現化に魔力を充分乗せ切れなかった証拠とも言えるだろう。


「炎よ、革の丸盾に纏わりつけ! 炎の神舞ファー・ダンス発動! ヒデヨシは後退! ユーリは俺が前に出ると同時に、俺の方へ突っ込んでくる幽霊ゴーストを1匹ずつ排除していってくれ!」


「うん、わかったー! 呪符ならまだまだストックがあるから、どんどん、幽霊ゴーストを倒しちゃうよーーー!」


 ユーリの返事を聞いた俺は、炎で包まれた丸盾を自分の正面で構えて、一気に前へ5メートル進む。ユーリは少し遅れて、俺の後方2メートルに位置する。アマノは俺とユーリのやや斜め後方で、ヒデヨシとともに次の魔法発動への準備を整える。


「おらおらっ! 幽霊ゴーストどもよ! お前らは、火が大好物だろ! 全員、俺の方に突っ込んで来いよ!」


 先ほど、アマノの水の魔法で弾き飛ばされた幽霊ゴーストたちは、俺の前方に再集結する。あいつらはブルブルッ! と身震いしながら、俺との距離を保とうとしていた。だが俺が具現化した炎に心がぐらぐらと揺れているんだろう? なんたって、お前たちの大好物だからな?


「ウギイイイイイイ!」


 来た来た来たーーー! 幽霊ゴースト9体が一斉に、炎が宿った丸盾に向かって突っ込んでくる。幽霊ゴーストたちは次々と俺の持つ丸盾に体当たりを繰り返す。俺は丸盾を弾き飛ばされぬよう、必死に左手に力を込める。


 ガンガンガガンッ!


 ぐあっ! なんて衝撃だよっ! 1体1体ならたいしたことはないが、さすがに9連続の体当たりは、俺の左手を痺れさせるには充分の威力を発揮したのだ。


「むむむーーー! 幽霊ゴーストたちよー、昇天しちゃえーーー! 水の回帰オータ・リターン発動だよーーー! お父さんにこれ以上、攻撃を繰り返させるわけにはいかないんだよーーー!」


 俺が構える丸盾にぶち当たり、地面に転がる幽霊ゴースト3体に向かって、ユーリが右手に持つ呪符を1枚ずつ投げつける。そして、すかさず、ユーリは幽霊ゴーストに対して治療の魔法を発動させた。


 ピギイイイイイイイ!


 幽霊ゴースト3体の悲鳴が玄関中に響き渡る。ユーリの魔法は幽霊ゴースト3体の存在をかき消していくのであった。

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