第19話 神帝暦645年 8月24日 その8

「おっと待った! なんでこんなネガティブな話をしてんだよ! 幽霊ゴーストがたむろうところで、気分が落ち込むような話は厳禁だっ!」


「ウキキッ! しまったのですっウキキッ!」


 幽霊ゴーストってのは、その特質からネガティブな心を持つニンゲンに好んで憑りつくのである。だからこそ、幽霊ゴーストを退治する時は、無理やりにでも明るい雰囲気を醸し出さなければならないのだ!


「くそっ! ヒデヨシ! 何か場が明るくなったり、なごんだりするような話をするんだ! このままだと、幽霊ゴーストたちが、ここ、玄関エントランス・ホールに集まってきやがるぞ!」


「ウキキッ!? いきなりすぎるのですよ! ええっと、ええっと。ああ、こんな話はどうですか? ウキキッ!」


 よっし、ヒデヨシ。頼むぞ! こんな館の入り口部分でつまづいてたら、話にならんからな!


「ウキキッ。半年前に富くじを購入したんですよ。それが先日、当選発表会だったわけなのですよ。そしたら、見事ですね!? 当選したんですよウキキッ!」


「おお。それは初耳だぜ。てか、手に入れた、その金で焼肉大会を開いてくれよ!?」


「ウキキッ。いやいや。当たったのは3等の金貨10枚(※日本円で約100万円)だったんですよ。しかも、富くじを購入したことを妻のネネに前々から言ってしまっていたのですよ。だから、全額貯金に回されてしまったのですよウキキッ!」


「うっ……。それは嬉しいようで悲しい出来事だな。ネネさんに富くじを購入したこと自体を教えてなかったら、今頃、自分のポケットに全額、収まってたのになあ?」


「うふふっ? ツキト? 今から遅くはないのですわ? 富くじを購入していたり、へそくりがあるのなら、教えていただきたいのですわ?」


「ちなみにお父さんのへそくりは、玄関の額縁の裏に隠されているよー?」


「ちょっと待て! なんで、俺のへそくりがそこに隠されていることをユーリが知ってんだよ!?」


「だって、お父さん、夜中にトイレに行くとか言うけど、いっつも玄関の近くでチャリンチャリンってお金の音を立ててるんだもん。そんなの、わからないほうがおかしいよー?」


 ぐわっ! 藪をつついて魔法の杖マジック・ステッキとはまさにこのことだぜ! ちなみにこのコトワザは、ヒノモトノ国において歴史上有名な勇者と同行した大魔法使いであるセイメイが、編み出した戦術から採用されているのだ。


 かのセイメイは、3万を超える魔王軍と対峙したときに、森にある藪の中に1万本を越える魔法の杖マジック・ステッキを仕込んだんだ。魔王軍はそうとも知らず、勇者一行が撤退していくのを追撃するために森の中に入ったのである。


 そこで、セイメイは、1万本の魔法の杖マジック・ステッキから火の魔法を具現化し、森ごと3万もの魔王軍を焼き払ったのだ。そこから、藪をつついて魔法の杖マジック・ステッキというコトワザが生まれたのである。


「うふふっ。良いことを聞いたのですわ? さて、お家に帰った時に、いくら貯まっているのか、確認するのですわ?」


 ぐわあああ! 俺が月々の少ないお小遣いの中から、タバコの本数を減らしてまで貯めこんだへそくりがあああ! アマノの手によってけがされてしまううう!


 とまあ、こんな感じで馬鹿話を展開しているとだ。俺たちに迫り寄っていた幽霊ゴーストたちの気配がすうううと消えていくのである。


「ふううう。上手いこといったな。幽霊ゴーストが明るい話を嫌って、離れていってくれたみたいだぜ」


「ウキキッ。明るい話と言うよりは馬鹿話だったような気がするのですが? まあ、結果オーライと言ったところでしょうねウキキッ!」


「うふふっ。終わり良ければ全て良しとはこのことですわ? さて、時間も押していますし、さっそく館の左側を探索するのですわ?」


「ところで、お父さんのへそくりをアマノさんはどうする気なのー? やっぱり、貯金に回しちゃうのー?」


「そこは視なかった。聞こえなかった振りを貫かせてもらいますわ? ツキトが去年からタバコを吸う本数を減らしていた理由がわかっただけで良しとしますわ?」


 いやあ。俺はアマノを嫁にもらって良かったと、この時ばかりは天に感謝せざるをえない気分だぜ。


「ちなみに、そのへそくりで娼館に行こうものなら、どうなるか、わかっていますわよね? ツキト?」


「そ、そんなことのためにへそくりを貯めてるわけじゃないぞ!? 家族のためになるようなことに使うから、そこは安心してくれたまえ!」


 この言葉は嘘偽りのない言葉だからな? ちょっと、買いたいモノがあるから、せっせとへそくりを貯めているのである。


「よっし。じゃあ、玄関エントランス・ホールから向かって左側のほうを探索していこうか。えっと、今は午前9時40分だから、あと20分程度ってところだな」


 俺は懐中時計オ・クロックを肩下げカバンから取り出し、時間を確認する。先ほど、皆で決めたように、最初のアタックは30分と限定している。感覚的には、10分程前の午前9時30分に、この館の玄関エントランス・ホールに侵入したはずだ。


 ここでひとつ、憂慮しなければならない点がある。この館自体が幽霊ゴーストに憑依されていることによってかは知らんが、館内の空間がねじれているということに関連し、時間までもがねじ曲がっているかもしれないという点だ。


「おい。ヒデヨシ。ちょっと1から60まで数を数えてくれないか?」


「ウキキッ。時間までもがねじ曲がっていないかの確認ですね? では、1、2、3……」


 ふむっ。ヒデヨシの感覚で数えているのと、懐中時計オ・クロックの秒針とのズレはだいたい1秒から2秒ってところか。なら、誤差の範囲だと思っておいて問題ないだろう。


「おっし。時間までもがねじれているわけじゃなさそうだ。念のため、アマノも1から60まで数えてくれないか?」


 結論から言えば、アマノが数えた秒数も誤差の範囲だろうということで、時間がねじまがっていないことを簡単ながら確認したのであった。


「じゃあ、最初の計画通り、俺が先頭、アマノとユーリが俺のすぐ後ろ。んで、ヒデヨシが最後方で殿しんがりを頼むぞ?」


「ウキキッ。わかったのですよ。ユーリ殿。魔力探査は常に行っていてほしいのですよ? ウキキッ!」


「うん、わかったー! よおおおし、こっしろーくん! あたしと上手く連携を取ってねー?」


「任せてほしいでッチュウ。作戦名は【いのちだいじに】でッチュウ!」


 なんで、こっしろーが勝手に作戦名をつけてんだ? しかも、それ、勇者が言う定番の作戦名じゃねえかよ。どうせなら、【がんがんいこうぜ】にしておけっつうの。


 とまあ、こんなやりとりをしたあと、俺たち4人と1匹の徒党パーティは館の探索を開始するのであった。ちなみに玄関エントランス・ホールから向かって正面左側は東西南北で言えば、西側に当たる。んで、右側は当然、東側となるわけだ。


 まあ、館の向きが正確に東西南北でキレイに表せるわけでもないのだが、探索を進めるうえでも、東西南北と言ったほうが感覚的に、徒党パーティ内で方向に対する意思の共通化がしやすいので、このように言い表すわけだ。


 ここで細かい奴ってのは方位磁石コン・パスを持ち込んで来たりもする。地図作製マッピングが主な担当の冒険者ってのは、方角に関してうるさいんだよな。


 自分を基点に左なら西。右なら東って言ったほうが伝わりやすいんだよ。頭の固い奴にはそれが通じないので困りものである。


 あと、もうひとつ、方角を言い表すときは、時計を模して、自分を基点に方向を宣言することだな。例えば自分を基点に右方向なら、3時の方向。左方向なら9時の方向というわけだ。この言い表し方は、より正確にわかりやすく徒党パーティに方向を指示したりできて便利なのである。


 まあ、色々と言いたいことはあるんだが、とりあえず今言えることは、その時その時、わかりやすい表現で伝えることが重要だってことさ。

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