第17話 神帝暦645年 8月24日 その6

 正面扉の安全確保を終えた俺たちは、これからいよいよ館内への突入である。俺たちの予定としては最初の3日間で1階部分の制圧。そして、一度、様子を視て、1日の休息日。その後、さらに2階部分へと足を踏み入れる予定であった。予定であったのだが? うーーーん。


「俺の気のせいか? 何か、外で視た館の大きさと中の大きさが一致しないんだけど?」


「うふふっ。私もツキトと同じ感想を抱いているのですわ? 館の外見と中とでは、中のほうが1.2倍から1.5倍ほどの広さを感じるのですわ?」


 今、俺たちは館の正面扉を通り、玄関エントランス・ホールに到達し、館の見取り図との差異に不可思議なモノを感じていた。


「ウキキッ。空間がねじ曲がっている……。そういうことですかね? ウキキッ!」


 ヒデヨシの言う通り、まさに空間がねじ曲がっているとしか言いようがないのである。あちゃあ。こりゃ少々、いや、かなり厄介だぞ? 幽霊ゴーストが館自体に憑依した可能性が出てきたのだ。だから、この館自体が幽霊ゴーストであり、内部が広くなってしまったと仮定してもおかしくないのである。


「あんまり、この館の中でのんびり構えないほうが良さそうだな。1時間ほどアタックした後、一旦、外に出て休憩をする。そして、再度、1時間ほどアタックを行おうか。マージンを充分とって進むべきだな。アマノ、ヒデヨシ、ユーリ。この判断に異存はないか?」


「あたしはお父さんの意見を尊重するよー? どうも、この館の中に入ってから、身体の中の魔力を吸われているっていうかー? なんだか、気味が悪いよー」


「うふふっ。ユーリの言う通り、この館の中に居るだけで、魔力を吸い取られているような感覚に襲われていますわ? 1時間とは言わずに30分で一度、外に出るのはどうですか?」


「ウキキッ。わたくしはアマノ殿の30分案に賛成なのです。領主側が言うクエストの期限が約1カ月であり、せっつかれているわけではないのです。急がば回れとはこのことなのですよウキキッ!」


「おっし。わかった。じゃあ、最初のアタックは30分間だ。この館に幽霊ゴーストが憑依しているのか? それから調べようぜ。ユーリ。魔法探査を最大限に頼む。少しでも違和感を感じたら、皆に教えてくれよ?」


「うん、わかったー! むむむー! むむむー? むむむ!?」


 ユーリが館内の玄関エントランス・ホールのど真ん中で唸り声をあげながら、魔力探査へと集中していく。この館の玄関エントランス・ホールは、2階や3階までの吹き通しであり、そもそもとして広く感じるのであるが、それでもこの広いと思える感覚は異常なのである。館の見取り図を確認する限りでは、この玄関エントランス・ホール正面にある階段を昇れば、すぐに2階へと到達できるはずなのだ。


 だが、その階段の1階部分から2階部分までは通常の1.5倍の高さを有している。玄関エントランス・ホールの天井にぶら下がっている照明灯シャンデリアが異様に遠く感じるぜ。


 もちろん、照明灯シャンデリアに明かりは灯っていない。って、うお!?


「お、おい! 皆、上を視ろ! 照明灯シャンデリアに設置されてっている蝋燭の火が勝手に点灯しやがったぞ!?」


「ウキキッ!? ツキト殿、アレは蝋燭に火が灯っているのではありませんよ!? 紅い幽霊ゴースト照明灯シャンデリアの周りをふわふわと飛んでいるのですよウキキッ!」


「うふふっ。ツキト? ヒデヨシさん? 驚きすぎですわ? あれはただの幽火の玉ファー・ボールなのですわ?でも、幽火の玉ファー・ボールが宙を飛ぶには季節が少し外れているのですわ?」


「ああ。幽火の玉ファー・ボールかよ。驚かせやがって……。幽霊ゴーストとセットのようなもんだったわ。お盆進行を過ぎた後に視られるなんて珍しいもんだなあ?」


 幽火の玉ファー・ボール。それは幽霊ゴーストの周りをうろちょろと飛んでいる低位の幽霊ゴーストなのである。


 幽霊ゴーストにも位階ランクはもちろんあるのだ。館の正面扉から飛び出してきて、俺たちを奇襲しようとした幽霊ゴーストはニンゲンや動物に憑依できるクラスであり、モンスター危険度から言えば、Dのと言ったところである。そして、幽火の玉ファー・ボールはFだ。


 ちなみにモンスター危険度とは一番下がF。通常、一番上がAだ。だが、魔王ともなると、その危険度はSと言われている。それと、バンパイア・ロードは下はBから上はAだ。お盆進行の時に俺たちが対峙したあいつは、たぶん、危険度Aのじょうと言ったところだろう。


 ついでに言うと、モンスター危険度のABCは、冒険者の位階ランクにも直結してくる。例えば、モンスター危険度がCならば、C級冒険者が主戦力の徒党パーティなら倒すことはできるであろうという目安になるのだ。


 んでだ。通常の幽霊ゴーストはモンスター危険度Dで、幽体の雲ゴースト・クラウドはDのじょうと言われており、主戦力がB級冒険者であるアマノが居る、俺たちの徒党パーティでは、幽体の雲ゴースト・クラウドなど、けちょんけちょんのぎったんぎったんに出来るというわけだ。


「お父さんー。あの幽火の玉ファー・ボールをどうするのー? あれも退治しちゃうー?」


「うーーーん。難しいところだなあ。あいつらのおかげで館内がほんのりと照らされて、こちらとしては都合が良いんだよなあ」


 もちろん、玄関エントランス・ホールには日差しを取り入れるためのステンドグラスの窓はついているぜ? それでもだ。ヒトが住んでない館内ってのは薄気味悪いのである。しかも、その日差しを取り入れる窓には霜がついており、館内は現在、朝9時だって言うのに薄暗いのである。


「よっし。幽火の玉ファー・ボールは一旦、放置しておこうか。別にあいつら、本当に火で出来ているわけじゃないから、館が火事に見舞われることもないしな」


「ウキキッ。それが良いですね。館内から幽霊ゴーストを退治しきれば、勝手に屋敷内から出ていってくれますよ。わざわざ、手の届かない宙で漂っている幽火の玉ファー・ボールなんか相手をする必要がないのですよウキキッ!」


「うふふっ。では、放置ということで行きましょうですわ。うーーーん? そう言えば、この館内って土足厳禁でしたっけ?」


「ああ。言われてみれば、それをセ・バスチャンさんやタマさんから聞いてなかったな。館にも二種類あるからなあ……。俺たちの一門クラン欲望の団デザイア・グループ】の館は土足厳禁で、玄関エントランスでスリッパに履き替えないとダメだもんなあ?」


「冒険者ギルドの館は逆に靴を履いたまま、館内に入っていいもんねー。この領主さまの館はどっちなんだろー? 玄関エントランス・ホールにふかふかの絨毯が敷かれているけど、絨毯があるからって、土足厳禁でもないもんねー?」


 ユーリの言う通り、玄関エントランスをくぐって、5メートルほど進んだ先に、高さ10センチメートルほどの段差がある。そこから先は紅い絨毯が敷かれており、その絨毯は階段にも続いていくのである。


「その辺りは館ごとに違うしなー。おい、ヒデヨシ。周りに泥落としか、もしくはスリッパなんかが置かれてないか? それで判断がつくんだけど?」


「ウキキッ。ちょっと待ってくださいよ? ええっと、うーーーん。この装飾が施されたちょうど良い長さで、ちょうど良い太さのヘラがあったのですよ。これ、たぶん、泥落としじゃないですか? ウキキッ」


 ヒデヨシがそう言いながら、俺たちの斜め後方にある筒状のオブジェの中にあった、先っぽが何かの動物の毛を取り付けられたヘラを手に持ち、俺に見せてくるのである。


「うん。確かに泥落としだな。これ。じゃあ、土足許可ってことで良いんじゃね? スリッパでモンスターと戦うのは絵面的に間抜けだしな?」


「うふふっ。それは好都合なのですわ。それにスリッパを履いて戦うのは、かなり危険を伴いますからね?」


「ウキキッ。ツキト殿。あとで、ちゃんとタマさんに確認しておいてくださいよ? もし、スリッパ着用だったら、シャレにならない事態になっていたのですよ? ウキキッ!」


「でも、こんな非常事態に、スリッパの着用を義務付ける依頼主はさすがに居ないんじゃないのー? 冒険者に及ぶ危険と、館の土足での侵入被害とどっちが大事だって話になるよー?」

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