第11話 神帝暦645年 8月21日 その7

 ふう。俺としたことがネズミと言い争うなんて、ニンゲン族としてどうなんだろうな? 結局、団長は俺たちが進める3作品をとりあえず読んでみるということで落ち着いたのである。


「さて、こっしろーをありがたく団長からいただいて帰るとしてだ。こっしろー。言っておくけど、使い魔との契約をユーリと果たした以上、ユーリの許可なく逃げ出すとどうなるかわかっているよな?」


「どうなるんでッチュウ? 僕としては、この檻から出してもらったら、速攻、逃げるつもりでッチュウよ?」


 こ、こいつ。いつでも逃げる気まんまんなのかよ!


「なかなかに挑戦的な言いですね、こっしろーくんは。ユーリくん。使い魔が勝手に逃げ出した時はどうするか知っていますか?」


「んっとー。捕まえて釜茹でにすれば良いんだっけー?」


「釜茹ではやめてほしいでッチュウ! 僕を食べても美味しくないでッチュウ!」


「違うだろ、ユーリ。串刺しにして焼くんだよ」


「串刺しはやめてほしいでッチュウ! 僕を焼いても雑菌は残るでッチュウ!」


「違いますよ、ツキトくん。強制召喚の魔法陣を使うんですよ。でも、アレ、使い魔にとっては死ぬほど痛い目にあうので、あまり使うひとはいませんけどね?」


「死ぬほど痛い目にあうのは嫌でッチュウ! できるなら、僕は畳の上で安らかに死にたいでッチュウ!」


 はははっ。こっしろーの奴、相当びびってやがるな。しょうがねえ。小動物をいじめてるなんて、アマノに知られちゃ、俺がアマノにしばかれちまうわ。この辺りでやめておくか。


「団長こそ嘘言ってんじゃねえよ。まあ、逃げ出したところで、感覚の共有化で居場所がすぐバレるから、意味がないだけだよ」


「そうなんでッチュウか。それなら安心したでッチュウ。あれ? でも、釜茹でとか串刺しには……されるでッチュウね?」


「そういうことだ。だから、逃げ出そうとか思うんじゃねえぞ? 俺としても、こっしろーが釜茹でにされて、夕食のおかずの一品に出されたら、悪夢を視そうだからな?」


「失礼だなー。あたしがそんなことするわけないでしょー? お父さんこそ、串刺しにして焼いて、食卓に並べないでよー?」


 そんなことするわけねえだろ。どこの飢餓が溢れる東の大陸・モンドラなんだよ。ここはヒノモトノ国だぞ。ネズミをとっつ構えて串刺しにして喰わなきゃ死ぬような奴は、そんなに居ないはず、居ないはずだよな?


「まあ、こっしろーが逃げ出さなきゃいいだけの話だしな。よっし、そろそろ、家に戻ろうか。朝もだいぶ過ぎての10時を回る頃だしよ。昼からは幽霊屋敷の執事と打ち合わせだぜ」


「そういえば、そんな話もありましたね。ツキトくん。ひとつ聞きたいのですが?」


「ん? なんだ? 団長。俺のスリーサイズでも聞きたいのか?」


「そんなの知りたくもないですよ。そうではなくて、ツキトくんやアマノくんはともかくとして、ユーリくんは屋敷で戦うための武器をどうするんですか?」


 ああ、そう言えば、忘れてた。俺は長さ1メートル半の短めの槍を持っていくつもりだったし、アマノは懐剣を使うはずだし。ヒデヨシの武器は館の損害さえ考えなければ、大丈夫だし。


「ユーリ。困ったことになったぞ? お前の使う2メートル半ある錫杖しゃくじょうじゃ、屋敷の中では戦えないぞ?」


「あっ! そういえばそうだねー? とりあえず、錫杖しゃくじょうを半分にへし折っちゃうー? そうすれば、なんとかなるよねー?」


「あのー。ユーリくん? あの錫杖しゃくじょうは職人を泣かせて作らせたモノなので、へし折るのはやめてくれませんかね? うーーーん、そうですねえ。杖と言っても色々種類がありますから。どんなのが良いんでしょうか?」


「ぶっちゃけ、棍棒でも良いんじゃねえのか? さきっちょにトゲトゲがついたバトル・メイスとかでよ?」


「バトル・メイスって、豚ニンゲンオークが好んで使う武器でしょー? かよわいあたしには、ちょっと似合わないっていうかー?」


 えええ? あれって、取り回しが利いて、狭い場所だと使いやすいんだけどなあ?


「じゃあ、魔法の杖メイジ・スタッフにするか? それで殴ると、ぽっきりいくけどな?」


「それはそれで困るねー? 屋敷の中は手狭だから、近接戦闘になったときとかに殴れない武器だと大変そうだしー」


魔法の杖メイジ・スタッフが嫌なら、もう少し太目のヒノキの棒とかはどうですか? 魔法補助にも使えますし、ヒノキは硬いですから、殴ってもそうそう折れるものではありませんし」


「おっ、ヒノキの棒か。アレには駆け出しの頃、世話になったもんだぜ。殴って良し、魔法を唱える時にも触媒として使える。そして、頑丈ときたもんだし」


「なるほどー。ヒノキの棒かー。勇者と呼ばれるひとでも最初は避けて通れない武器って言われているもんねー?」


「実を言うと、先生も駆け出しの頃は、ヒノキの棒を使っていましたよ? アレ、便利なんですよ。ソバをこねて伸ばすのにも使えますしね?」


「しかも安いからなあ。武器屋で銅貨50枚(※日本円で約500円)で売ってるしな? 駆け出しの頃と言えば、ヒノキの棒一択だよな!」


 俺は駆け出しの頃を思い出し、つい、心が浮き立つ気分になってしまう。ああ、ヒノキの棒かあ。アレを使わなくなってから何年経ったかなあ? 


「ちなみに高いモノになると銀貨2枚(※日本円で約2000円)以上するんですよね。職人がわざわざ手間暇かけて作ったモノらしいですよ?」


「暇な職人も居たもんだなあ。あんなのに職人技を施すなんて、気が狂っているんじゃねえのか?」


「そう思うでしょ? でも、実際に使ってみると、銅貨50枚のモノとは全然違いますよ? もう、握り心地からして違いますからね?」


「マジで? じゃあ、ユーリには銀貨2枚のヒノキの棒を買ってやるか。ユーリ。執事との打ち合わせが終わったら、武器屋に寄って行こうぜ?」


「わかったー。うーん、なんだか、クエストを受けるって気分になってきたよー。やっぱり、初めてのクエストはヒノキの棒じゃないと、ダメだよねー?」


「そうだぞ。ヒノキの棒を体験しておくことは冒険者としては基本中の基本だからな? 余りにもの使い勝手の良さに驚くぞ?」


「でも、不思議ですよね。ヒノキの棒に関しては、各々の武器適正って関係ないんですよね? アレは何なのでしょうね?」


 言われてみればそうだよな。冒険者ギルドに登録した際に、そのひとの武器適正を検査するわけなんだよな。で、その検査を受けて、自分がどの武器に関して才能があるのかがわかるって感じなんだよな。


 でも、ヒノキの棒だけは、誰でも使いこなせるんだよなあ?


「なあ、団長。不思議ついでなんだけど、冒険者の中で、逆にヒノキの棒にだけ適正を持っているやつっていたりするのかな?」


「うん? ヒノキの棒だけに適正があるってことですか? それは棒系の武器適正ではなくてですか?」


「そうそう。棒系じゃなくて、ヒノキの棒限定って意味でさ? さすがに居ないよな?」


「先生が知っている限りでは、そんな特殊なひとは聞いたことはありませんね? でも、もしかしたら、ひょっとするかもですね?」


 世の中広いからなあ。もしかしたら、ヒノキの棒しか満足に扱えないやつが居てもおかしくないよなあ?


「さて、今度のクエストでユーリが使う武器も決まったことだし、こっしろーはユーリの使い魔になったことだし、あとは幽霊屋敷の執事に会うだけだな」


「初クエスト、絶対に成功させるぞー! あたしのヒノキの棒が今宵も血を吸いたがっているんだよー!」


「血を吸いたがるのは妖刀の類だと思うんですけどね? あと、戦闘中は、こっしろーくんは肩の上にでも乗せておいてくださいね? 足元でうろちょろされたら、間違って、踏み殺しかねませんからね?」


「うーーーん。そうなると、こっしろーが床に堕ちないように、ユーリの革鎧を少し改造しておかないといけなくなるな? ネズミでも掴まっていられそうなやつな?」


「簡単に太目の紐でもつけておけば良いんじゃないですか? こっしろーくんが跳ねまわるユーリくんの肩に必死にしがみついてる姿を想像すると滑稽に感じるんでしょうけど」


「僕が肩から振り落とされる未来が視える気がするんでッチュウ。その肩紐を身体に巻きつけておくのがよさそうでッチュウ」


「最悪、風の軍靴ウインド・ミリタリで、宙に浮かんでいればいいんじゃないかって思うけどな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る