第21話 神帝暦645年 8月15日 その14

 あっれ? ヨンさんは20分ほどで検査が終わるって言ったのに、かれこれ30分以上過ぎてるぞ? 何かあったのか? と、俺は喫茶コーナーの壁掛け時計を視ながらそう思っているとだ。


「ピンポンパ~ンポ~ン。【欲望の団デザイア・グループ】のツキトさん、アマノさん、ユーリさん~。検査結果が出たので3番窓口まで来てクダサイ~」


 おっ。やっとか。さて、どれくらいの報酬が出るのかなあ?


「よっし、アマノ、ユーリ。3番窓口にいくぞ。さあて、バンパイア・ロードの撃退は、いくらになるのかな? 楽しみでしょうがないぜ!」


「うふふっ。そんなに喜んでいたら、ギャップの激しさで落胆してしまうのですわ?」


「きっと、金貨100枚くらいじゃないのー? よくわからないけどー?」


 俺とアマノ、ユーリはうきうきしながら、3番窓口に向かうのである。


「おっ。ヨンさん。さっきぶりだな。俺たちがバンパイア・ロードを撃退したってのは本当だったろ?」


「う、うん。まあ、そうやなあ。でも、本当にどうやったんや? あんたんとこの団長が出張ったんかいな?」


「へへっ。なんと、俺たち3人と、他はヒデヨシとミツヒデだよ。ヨンさんもあの2人は知ってるだろ?」


「マジかいな。そりゃどえらいこっちゃやで。B級冒険者が2人いても、普通なら討伐なんて出来へんで?」


 討伐? ヨンさんは何を勘違いしてんだ? 撃退の間違いだろ? まあ、ヨンさんはこの忙しいお盆時期で、脳内の言語中枢にダメージを負ってしまったんだろう。


「それよりも報酬をくれよ。用意できてんだろ? だから、俺たちを呼び出したんだろ?」


「ううむ。そうなんやけど、現金がええんかいな? それとも、振り込みがええんかいな?」


「振り込み? 何言ってんだ? 討伐したわけじゃあるまいし、それに撃退なんだぞ? 持って帰れるくらいだろうが?」


 俺がそう言うと、ヨンさんが、渋い顔をして、俺に検査結果の紙を渡してくる。この紙ってのは、記録型魔法首輪メモリ・ペンダント首輪検査機ペンダント・チェッカーにかけたあと、その検査機から出てくる紙なのだが、よくわからんが、何故か手書きなんだよなあ?


 まあ、それは置いておいてだ。ええっと、金額はっと。


「はああああああああああああーーー!? なんだ、この金額。ゼロが何個か間違ってないか!?」


 思わず俺は提示された報酬金に、すっとんきょうな声をあげてしまう。


「しっーーー! 静かにやで! あんたさんら、こんな額の金貨、持ち歩いてみいや? この冒険者ギルド館を出た瞬間に後ろから短剣ショート・ソードでぶっ刺されまっせ?」


「うふふっ。ツキト、どうしたのですか? もしかして、予想以上に低い金額って、ええええええええええーーー!?」


 アマノがアマノらしくない驚きの表情を作る。まあ、そりゃそうだろうな。5人で割っても、相当な額だもんな、これ。


「お父さんー。アマノさんー。一体、どうしたのー? あたしにも報酬金額を見せてよー?」


「ちょっと、待て。ユーリ。とんでもない額だから、お前には安全な場所で教えるから。あとでな? な?」


 ユーリが不満そうにほっぺたをぷくーと膨らませているが、これをユーリに見せた日にゃ、金額を口走りそうで、危険すぎるぜ。


「わいも長年、冒険者ギルドで受付をやってきたけど、A級冒険者を含めてB級冒険者主体で固めた10人以上の徒党パーティならいざ知らず、C級とD級が混ざっているような5人徒党パーティで、バンパイア・ロードの撃退だけやなくて、マダムの方までもを討伐したなんて初耳やで……」


 ヨンさんがぼそぼそと小声で俺に耳打ちする。ああ、このゼロの桁がおかしい金額はユーリがマダムを倒した分も含まれてのことかよ。うっわ。これ、配分をどうしようかなあ……?


「ヨンさん。バンパイア・ロードを撃退した分は【欲望の団デザイア・グループ】の口座に振り込んでおいてくれ。んで、マダムの分は個人的に俺の口座に頼む」


「えっ? そんなことしてええんでっか? あとで一門クラン内で揉めることになりまっせ?」


「ちょっとしたヒノモト海より深い事情があるんだよ。頼むぜ。ヨンさんなら、ちょちょいのちょいで出来るだろ?」


「どうなっても知りまへんで? あとで、わいがあんたさんとこの団長に詰め寄られたら、嫌でっせ?」


「じゃあ、まとめての検査結果じゃなくて、バンパイア・ロードとマダムを個別に検査結果を出してくれないか? それがあかしになるからさあ?」


「うふふっ? ツキト。何か隠し事ですか?」


「い、いやな? ちょっとした手違いがあったみたいでさ? それで、もう一度、報酬内容を改めるってことになるみたいでさ? なあ、ヨンさん?」


「せ、せやな。えらいすまへんな? ちょっと、検査機の調子がおかしいみたいなんやで? あと15分ほど、お待ちしてほしいんやで?」


「わかりましたわ。ツキト、ちょっと、あちらのほうでお話をしましょうなのですわ?」


「あ、ああっ。わかったぜ? おい、ユーリ。お前はさっきの喫茶コーナーで待っててくれないか? 俺はアマノと相談したいことがあるからさ」


「うんー? どうしたのー? 何か不味いことになったのー?」


「いや。ユーリは気にしなくていいぞ? ちょっと、報酬の配分をどうしようかって話を、アマノとしてくるからさ! この辺りは大人のふかーーーい事情が関わってくるから、お前にはまだ早いってだけだ」


「なるほどー。やっぱり、B級冒険者とD級冒険者が同じ金額を配分してもらえるわけじゃないもんねー。わかったー。お父さん、取りっぱぐれのないように頑張ってねー!」


 ユーリはそう言うと、喫茶コーナーに向かって走って行くのであった。それを見送ったあと、俺はアマノを冒険者ギルド館内の2階の空き室へと入る。この部屋は一門クラン間での打ち合わせや、冒険者ギルド側から提示されたクエストの詳細を依頼人本人から冒険者が聞くためにも使われる部屋である。


「で? あの報酬金額は何なのですわ? バンパイア・ロードの撃退如きで金貨が1900枚(※日本円で約1億9千万円)も支払われるわけがないのですわ?」


「実はだな。あの報酬金額には、バンパイア・ロード・マダムの討伐の報奨金が混ざってたんだよ。だから、あんなとんでもないことになっていたわけだ」


 俺の説明に、アマノが眉間にしわを寄せ、怪訝な表情になり聞き返してくる。


「えっ? 何を言っているのかしら? 風・火・水の合成魔法でバンパイア・ロードを吹き飛ばしたは良いけれど、彼は嫌がらせで最後の一滴までもの精力を精の解放ドレイン・リターンでユーリに渡したわけではないと言いたいのかしら?」


「ああ。本当はそうじゃないんだ。あの合成魔法でバンパイア・ロードがぼろぞうきんになったのまでは合っているんだ。でも、アマノとヒデヨシ、それにミツヒデが気絶している間に、バンパイア・ロード・マダムが現れたんだ。そして、マダムは旦那の精力を精の吸収ドレイン・タッチで抜き取って、それを精の解放ドレイン・リターンでユーリに渡したんだよ」


「それで、ユーリがとってもエッチな娘になってしまって、服を脱いでしまったというわけですわね? でも、何故、バンパイア・ロード・マダムほどの高級バンパイアが、D級冒険者でしかないユーリに討伐されるわけなのかしら? 話が全く繋がらないのですわ?」


「実は、俺もあまりよくわかってないんだよ。マダムから精の解放ドレイン・リターンで精力を渡されたユーリが素っ裸になったあたりで、太陽が隠れたんだ。日蝕ってやつだよ」


「日蝕? 私が気絶している間に、そんなことが起きたのかしら?」


「それだけじゃないんだ。その日蝕が起きたと同時に、ユーリの魔力が膨れ上がったんだ。あれは魔力A級ってもんじゃねえ。それ以上のモノを感じたぜ」


 あの時のユーリの身から発せられた魔力は、魔力A級の団長のソレを凌駕していたと俺は感じたのである。団長の魔力の貯蔵量は、俺やユーリの100倍あるんだ。だが、あの時のユーリの魔力は、団長の10倍以上はあったと思う。


「事の真相はとりあえず置いておきますわ。それで、ユーリはその魔力を使って、風や水の魔法でマダムを討伐したというのですか? ですが、ユーリが攻撃に使える魔法は風の神舞ウインド・ダンスくらいですわ? あと考えられるとしたら、風と水の合成魔法になるのですわ?」


「いや、違う。あれは合成魔法とかそんなもんじゃねえ。神鳴りだ。ユーリは【神鳴り】を具現化したんだ。ニンゲンの身では不可能と言われている【神鳴り】で、マダムを肉塊、いや、肉片以下の塵に変えたんだよ」


「まさか、そんなこと……。とてもではありませんが、信じられませんわ。ツキトの見間違いか何かなのではないですか?」


「いや。あれは風と水の合成魔法で作り出されるモノじゃなかった。少なくとも、俺の知っている合成魔法で、あんなもん、具現化できるわけがないぜ。アマノ、このことは団長と言えども、報告しちゃダメだ。あの団長なら、ユーリが【神鳴り】を具現化できるように再現させようとするからな!」


「そうですわね。あの団長なら、バンパイア・ロードを使役し、精の解放ドレイン・リターンを使わせて、ユーリを素っ裸にするのも厭わないでしょうし。このことは、私とツキトの秘密にするのですわ」

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