第19話 神帝暦645年 8月15日 その12

「お師匠さまー。もう、こっちを向いても大丈夫だよー?」


「ああ。着替え終わったのか? しっかし、いくら精の解放ドレイン・リターンを喰らったからと言って、脱ぎだすのは勘弁してほしかったぜ?」


「うふふっ。精の解放ドレイン・リターンを喰らった女性はとってもエッチな気持ちになってしまうので仕方ないのですわ? でも、脱いだだけですんだのは不幸中の幸いだったのではないのかしら?」


 ま、まあ、本当のことを言ったら、年頃のユーリにはショックが強すぎて立ち直れないだろうからな。俺とバンパイア・ロードしか視てなかったことなので、アマノとユーリには黙っておくことにしたわけだ。


 ユーリが着替えてる間に、アマノも眼を覚まし、あらあらとクスクス笑っていたもんだ。さて、ヒデヨシとミツヒデを起こしてやらんとな。しかし、その前にだ。


「おい。バンパイア・ロードさんよ。どうすんだ? あいつの敵討ちをしたいって言うなら、俺たちはお前と闘うぞ?」


 バンパイア・ロードは自分の妻に精気を吸い取られ、未だ、満足に動けぬ身であったのだ。さらには身体に巻き付けていた呪符は、俺たちの風・火・水の合成魔法でほとんどが焼け堕ちていたのである。それで、回復魔法も満足に使えずに、ぼろぞうきんとなり果てて、地面に突っ伏したまんまというわけだ。


「ふむっ。あやつなら、100年もすれば復活するはずなのである。アレを喰らって、コアに損傷が無ければの話ではあるがな」


 バンパイア・ロードが指すアレ。そう、【神鳴り】のことだ。ユーリが【神鳴り】を具現化したのを視たのは、こいつと、その妻と、俺だけだ。ユーリは記憶が無いようで、【神鳴り】? なにそれー? 状態である。


「先ほど、これ以上は手出しをするつもりはないと言った手前、マダムの敵討ちは取りたい気分ではあるが、それはよしておくのである。それに、貴様たちとの闘いよりも、このあとのほうが大事なのである」


「ん? その口ぶりからすると、お前はまだ、何かする気なのか? もし、街を襲おうとかそんなことを企んでいるのなら、俺たちは全力で阻止させてもらうぜ?」


「いや、街を襲うつもりはないのである。お前たちの首魁である【欲望の団デザイア・グループ】のノブナガは今夜、ここに現れるのであるな?」


「ああ、団長なら今日は夜番だぜ?」


「そうであるか。ならば、われはおまえたちとの首魁と闘わねばならぬのである。邪魔をしてくれぬなである」


「団長に痛い眼を見せるってんなら、誰も止めないとおもうぜ? なあ、アマノ? それにユーリ?」


「うふふっ。団長が痛い眼を見ているところを観戦したい気分なのですわ? 今夜は、楽しいことになりそうですわ?」


「えっ? 団長ひとりにこいつを任せるって、かなり危険じゃないのー? あたしたちが束になって、どうにか、ぼろぞうきんにして、地面に転がすレベルなんだよー?」


 ま、まあ。こいつが地面に転がっているのはマダムの所為なんだけどな? 俺たちが出来たのはこいつの身体に巻き付いていた呪符のほとんどを剥がした程度なんだが?


「今夜は団長だけが夜番じゃないしなあ。カツイエ殿も一緒だから、どうにかするだろ。それよりも、そのボロボロの身体で闘うつもりなのか? バンパイア・ロードさんよ?」


「案ずるなである。しっかり準備をしてから、挑むつもりなのである」


 バンパイア・ロードがそう言ったあと、ピュー! と口笛を吹く。しまった! こいつ、地獄の番犬ケルベロスと名高い火の魔犬ファー・ベロスを呼び出すつもりだな!? 油断したぜ。俺たちと闘うつもりがないと言いつつ、手下に俺たちを襲わせるつもりなのか!


 って、あれ? 森から一匹、見覚えがある火の魔犬ファー・ベロスがそろお、そろおと恐る恐る近づいてくるんだけど? あ、あいつ! ユーリが【神鳴り】を具現化した時に吹き飛んだ火の魔犬ファー・ベロスの群れの生き残りじゃねえかよ!


「ねえ。お師匠さまー。あれって火の魔犬ファー・ベロスだよねー? ちまたでは地獄の番犬ケルベロスとも呼ばれているやつだよねー? なんで、あんなにびくびくっ! って怯えてるのー?」


 そ、それはだな。お前が素っ裸になりながら、あいつのお仲間さん全てを【神鳴り】で吹き飛ばしたんだよって言えるもんなら言いたいよ!


「さ、さあ? なんだろうな? ご主人さまをぼろぞうきんにしちまったから、俺たちにおびえてんじゃねえのか?」


 火の魔犬ファー・ベロスが、地面に突っ伏しているバンパイア・ロードの横までやってきて、いきなり、ころんと寝転がり、ユーリに向けて自らの腹を見せている。おいおいっ! お前は地獄の番犬ケルベロスとしての誇りがねえのかよ! なんでユーリに対して服従のポーズをとってんだよ!


「あ、あれ? なんで、あたしにお腹を見せているのー? あたし、何か、この子にひどいことをしたっけー?」


「い、いや? 多分、ユーリと仲良くなりたいって意思表示じゃないのかなあ? なあ、バンパイア・ロードさんよ?」


「う、うむ。多分、そういうことなのであろうである。ちなみにこの火の魔犬ファー・ベロスはアナゴンと言う名なのである」


「アナゴンって言うのかー。アナゴンー。アナゴンー。うわあー、火の犬ファー・ドッグを使い魔にしようと思っていたけど、火の魔犬ファー・ベロスも可愛いなあー。ねえ、この子を飼って良いー? お師匠さまー?」


「止めておきなさい! ユーリくん! その子はバンパイア・ロードくんのところのペットだからね? ひとさまのモノを欲しがるのはお師匠さまとしては感心しないぞ!?」


「ぶーーー。せっかく、あたしに懐いてくれてるのになー? 残念だなー?」


 それは懐いているのではない。相当、びびっているのだ、その火の魔犬ファー・ベロスは! いつ、ユーリに殺されるのかと内心、ビクビクなんだ!


「うふふっ。ユーリ? 今度、ペットショップに行きましょうなのですわ? バンパイア・ロードを撃退したとなれば、多額の報奨金が手にはいるのですわ? そうよね? ツキト?」


「ああ。そうだな。でも、バンパイア・ロードを撃退したってあかしがないと、報奨金は半額以下になるぜ? 一応、この魔法結晶で記録はされているって言ってもよお?」


 俺は首にかけていた紅色の魔法結晶がはめ込まれたペンダント、通称:【記録型魔法首輪メモリ・ペンダント】を胸元から取り出す。これはモンスターをどれだけ倒したとかの記録がされるのであるが、誤動作もマレに起きる。とくに強敵モンスターと対峙すると、そいつの桁違いの魔力により、内部の記録が少々イカレテしまうのだ。


 だから、冒険者ギルドとしては、強敵モンスターを討伐、もしくは撤退させたりした場合は相手モンスターがそれだとわかるあかしが必要となる。紅き竜レッド・ドラゴンなら簡単だ。あいつの爪のひとつでも冒険者ギルドに提示すれば良い。


「ふむ。われを撃退したというあかしが欲しいのであるか。しかし、困ったことにわれのトレンドマークである蝶ネクタイは吹き飛んでしまったのである」


 そうである。バンパイア・ソンチョウ、チョウチョウ、ロードとなると、そのあかしとなると、スーツの一部である【蝶ネクタイ】が一番適切なのである。


「仕方ないのである。死の指輪デス・リングでも渡してやるのである」


「ちょっと待て! そんなもん持ち歩いてたら、一歩ごとに生命力が1減るわっ! 俺に死ねって言うのかよ!」


「大丈夫なのである。われの人差し指ごと持って行けばいいのである。フンッ!」


 ベキッという音とともに、バンパイア・ロードが自分の右手の人差し指を死の指輪デス・リング付きでへし折り、引っこ抜いて、俺たちに投げてよこしてくる。うえええ。こえええよ。なんで、こんな渡し方してくるんだよおおお!


「指つきなら、生命力はその指が賄ってくれるのである。知らなかったのであるか?」


 知るか! そんな方法を知ってても、真似なんかしたくもねえわ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る