第7話 神帝暦645年 8月14日

「あちいいい! もう、季節的には残暑見舞いだろうが! なんで、8月14日ってのに、こんなに暑いんだよ!」


「お師匠さまー。そんなに大声出さないでよー。こっちまで暑くなっちゃうよー」


「うふふっ。そういうときは、水よ、ツキトを包み込むのですわ! 水の洗浄オータ・オッシュ発動ですわ!」


 うふう! 気持ちいい! さすがアマノ。俺が喜ぶ水流の強さをわかってやがる。しかし、ちょっと股間を刺激しすぎてる気もしないではないんだが?


「おい。アマノ。あの、なんていうか、一部分だけ水流が強い気がするんだが?」


「うふふっ。そこは熱いと種がダメになるとお医者さんにお聞きしましたので、重点的に冷やしているのですわ?」


 お、おう……。そうなのか。なら仕方ないな。うんうん。股間が良い感じに刺激されて、半起ちになってきたぞ。こりゃ良いわー。


「お師匠さまー。アマノさんー。遊んでないでこっちを手伝ってよー!」


火の犬ファー・ドッグ数匹と対峙しているユーリが俺とアマノに向かって文句を垂れてくる。


「そんなこと言われたって、火の犬ファー・ドッグ相手に火の魔法や風の魔法を使おうものなら、辺り一面、火の海になっちまうんだぞ? 俺ができることと言ったら、槍でちょんちょんと追い払って、ユーリのところかアマノのところに追いやるしかないんだしなあ? それに、アマノの武器は弓だし、前線を張れるのはお前だけなんだぞ?」


 火の犬ファー・ドッグは口から火をチョロチョロとまき散らすタイプだから、火と風の魔法を使う俺だとすごく相性がわるいんだよなあ。そもそも、火の犬ファー・ドッグは半精霊で、火の魔法は全くもって利かない。それどころか、火の犬ファー・ドッグの生命が回復してしまったりして、有効な対策の取れない俺としては、風の断崖ウインド・クリフをユーリにかけるくらいしか、やれることがなかったりする。


 えっ? その手に持っている槍は何だって? 飾りか何かなのかだって? ちょっと待ってほしい。俺の槍は銀貨50枚の安物だが、それでも、火の犬ファー・ドッグが口から吐き出す炎でこんがり焼かれたら、悲しい気持ちになるだろ!?


「むー。なんか納得いかないなー! じゃあ、せめてしっかり援護くらいしてちょうだいよー?」


 わかった。わかった。ったく、ユーリの訓練相手にはちょうど良い強さの相手だから、もう少し頑張ってほしいところなのだが、娘からさぼっているという烙印を押されるのもアレなので、しっかり働きますかね。


「おい。アマノ。俺の槍に3重で水の神舞オータ・ダンスをかけてくれないか? 大丈夫だって。無茶をする気はないさ。上手いこと、誘導するだけさ」


 アマノが心配そうな顔をしているが、ここでさぼっていてはユーリの不満が増えるだけである。アマノが俺の槍に3枚の呪符を貼りつけ、水の神舞オータ・ダンスですわ! と水の魔法を発動してくれる。


 それと同時に逆巻く水流が俺が手に持つ槍の中ほどから先端まで巻き付くことになる。よっし。ちょっと行ってくるかな!


「俺が左から、ユーリの方に火の犬ファー・ドッグを追い立てていくから、アマノがユーリの後方から弓矢で援護。そして、とどめをユーリが取るってことで良いよな?」


「はーい! じゃあ、どんどん追い立ててきてー! あっ、でもいっぺんに3匹以上はやめてねー?」


 はいはい、わかっていますよっと。んじゃ、まずは一匹目っと!


 俺が逆巻く水が巻き付く槍をぶんと地面に叩きつけるように火の犬ファー・ドッグの斜め左へと振り下ろす。火の犬ファー・ドッグはキャンキャン! と咆えながら、右のほうへ逃げ出すのである。そこにすかさずアマノが水の神舞オータ・ダンスをかけた矢を3連射し、胴体に2発、前足に1発ぶち当てる。


「うー。なんだか、わんちゃんを倒すのは気が引けるよー。ねえ、このまま追っ払っちゃダメなのー?」


「まあ、気が引けるってのなら、無理に倒さなくても良いぞ? 元々、大人しいモンスターだからな。火の犬ファー・ドッグは。お盆の影響でもなければ、無闇にニンゲンを襲うことなんてめったにないし」


まあ、火の犬ファー・ドッグをモンスターと呼ぶと動物をこよなく愛する団体から、説教を喰らうので、街中では、こいつらをモンスター呼ばわりするのは危険だけどな?


「わかったー! じゃあ、追っ払うだけにしとくねー? 行くよー! 水よ、ワンちゃんたちを包み込めー! 水の洗浄オータ・オッシュ発動ー!」


 おうおう。錫杖しゃくじょうの先端から水の洗浄オータ・オッシュを発動できるようになったのかあ。まあ、錫杖しゃくじょうが自分の腕の延長だと想えば、そういうこともできるのだが、さすがに飲み込みが早すぎないか?


「おーい。ユーリ。そんなこといつの間に出来るようになったんだー? 理屈は以前、教えたことはあるけど、お前、その時は出来なかったじゃないかー?」


「今、出来るようになったんだよー? なんか、錫杖しゃくじょうが自分の手にすごく馴染んできたって言うかー? 上手く言えないんだけど、錫杖しゃくじょうが自分にやり方を教えてくれているって言うようなー?」


 うーーーん。おかしいなあ? ユーリの錫杖しゃくじょうって白樺の樹が材料じゃなかったっけ? スギやアスナロの樹よりは、そりゃあ、魔法の触媒としては優秀だが、ヒノキじゃあるまいし、樹に宿る精霊が持主に影響を与えるようなことなんてあったっけ?


 まさか……。樹齢100年を超えるような白樺の樹なんて、錫杖しゃくじょうの材料に使ってないよな!? あの団長。訓練用って頼んであったのに、買い取るだけで金貨10枚以上もするような樹齢100年以上の白樺の樹なんてな!?


「ふうー。なんとか追っ払えたよー。でも、8月14日にもなると、普段、ニンゲンを襲わないような火の犬ファー・ドッグでも、攻撃的になるんだねー。あたし、ワンちゃんや猫ちゃんたちを退治なんかしたくないよー?」


「まあ、俺だって嫌だよ? 別に捕まえて肉を喰ったり、皮を剥いで売り飛ばすことを生業にしてるんじゃないんだからな? でも、ニンゲンを襲う以上は、なんとかしないといけないってだけだ。わかるな?」


 俺は、そうユーリを諭すが、本人は納得がいかないご様子である。


「うふふっ。誰しも嫌なものですわ。火の犬ファー・ドッグだって、大人しい性格のモノは、ペットショップで売られているんですもの。でも、ツキトが言う通り、ニンゲンを襲うようであれば、退治しなければならなくなるのですわ?」


「それはわかってるよー。でも、気分的に嫌なんだよねー。あたし、将来、火の犬ファー・ドッグか、水の猫オータ・キャットのどちらかを飼いたいって思ってるからー。出来るなら、そのどちらかを自分の使い魔にしたいんだー」


「まあまあまあ! それは良い考えなのですわ。それなら、余計に火の犬ファー・ドッグを退治したくないと言う理由がわかりますわ。火の犬ファー・ドッグや、水の猫オータ・キャットなどは、同族殺しのニンゲンを進んで好んでくれませんわ?」


 アマノがユーリの言葉を受け取って、大喜びしてるが、うーーーん、使い魔かー。ペットとして飼うならその2種類は人気も高いが、使い魔としてはどうなんだろうなあ?


「うーん? お師匠さま、難しい顔をして、どうしたのー? もしかして、あたしがその2種類を使い魔として飼いたいってのは反対なのー?」


「いや。反対ってわけじゃないんだ。ただ、使い魔とする以上は、クエストに連れていくことになるわけだ。だから、その使い魔も危険な眼にあうわけだろ? だから、心優しいユーリとしては、その使い魔が傷つく姿には耐えれなくなるんじゃないかってな?」


「ああー。そうだよねー。言われてみれば、確かにそうだよー。自分の愛犬があたしのために傷つくなんて、心が耐えきれないよー」


「うふふっ。そうですわね。使い魔の最優先行動は、飼い主の命を守ることなのですわ。だから、懐いてくれやすい火の犬ファー・ドッグを使い魔にすると、何かあった時に、すごく心が痛むことになるのですわ?」


「そうだよねー。あたしもアマノさんみたいにまったく戦いの役に立たない鳩にしようかなー?」


 そうなのである。アマノも使い魔を飼ってはいるのだが、そいつは鳩であり、しかも、まるちゃんなどと言う、可愛らしい名前までアマノからつけてもらっている。アマノはその使い魔である鳩のまるちゃんを戦闘には参加させたくないので、普段は伝書鳩として活躍してもらっているというわけなのだ。


「うふふっ。普通は戦闘に役に立たない鳩を使い魔に選ぶ冒険者はなかなかにいないのですわ? 使い魔は自分で魔法を使うときに魔力の補充などのサポートをしてくれますわ。ですが、私は使い魔と言えども、危険に晒したくないと思ってしまうのですわ」


 アマノは昔、使い魔ロスにあって、心にひどい傷を負ったって言ってたもんなあ。駆け出しの頃からの使い魔であったのだが、歳を取った所為もあり、戦闘での傷の治りが悪くて、そのまま、使い魔引退となってしまい、実家で養生してたらしいが、3年前に亡くなったって話だ。


 ユーリも使い魔を飼う以上、そこんところの覚悟が必要なんだろうなあ。

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