第12話 神帝暦645年 6月17日

「せいやーーー! とうーーー! あちょーーーー! とうりゃーーー!」


「ほいっ! ほいっ! ほいっ! ほいっと!」


 ユーリは2メートル半もある錫杖しゃくじょうを巧みに動かし、俺の身体に当てんとばかりに果敢に攻めてくる。俺はそのユーリの攻撃を3メートルはあろうかと言う槍(もちろん刃先は木製に変えているが)で、次々とユーリからの錫杖しゃくじょうによる突きを叩き落とし、時にはさばき、時には逆にカウンタ気味に突きを喰らわすのである。


「参ったーーー! 参ったーーー! 降参ーーー!」


「おっと。ようやく根をあげたか。いやあ、その根性だけは認めるぜ。一応、顔には当たらないように注意したつもりだったけど、大丈夫か?」


 俺はユーリの左胸の前で槍の穂先を寸止めし、追い詰められたユーリが左手を上にあげて降参を言い出した。そこで組手は一旦、終了となるのであった。


「そんな手加減なんかいらないよー。モンスターは顔がどうとか関係なく狙ってくるんでしょー? それなら、お師匠さまもどんどん、あたしの顔面を狙ってきてよー」


「それは、お前がもう少し、錫杖しゃくじょうの扱いに慣れたら、そうさせてもらうぜ。でも、別に組手を集中的にやっててもあまり意味がないんだよなあ?」


「ええーーー? それってどういうことーーー? あたしのやっていることにまったく意味がないってことーーー?」


「いやいや、そうじゃないんだ。よく聞けユーリ。そりゃ、ヒトのように二本足で歩行するモンスターも数多く存在していて、武器を手にして襲ってくるやつだっているんだ。でも、四肢を持つ動物系のモンスター、例えば、狼系とか、イノシシ系とかああいう奴らは、武器はその手足の爪ってことになるわけだろ?」


「うん、そうだねー。そういう相手だと、組手があまり意味がないってのは理解できるー」


「まあ、防御の型ってのは通用するから良いんだけど、そいつらを攻撃するとなると、決まった攻撃の型だと苦戦するわけだ」


「うん? よくわからないよー? ちゃんと説明してー?」


「えっとだな。そもそも、動物系モンスターは警戒心が強いんだよ。だから、こちらが身構えれば、あちらは当然、こちらから距離を取って、攻撃をしかけてこないわけだ。そういわけで、こちらは攻撃する気はありませんよと、構えをわざと解く場合があるんだ」


「なるほどー。構えを解く以上は、いちいち、型通りにこちらが動くわけじゃないもんねー。勉強になるよー」


「でだ。地を這うような動物系モンスターに対しては、武器で攻撃するよりは魔法で対処したほうが楽な事が多いんだ。えっと、例えばだな。魔法で罠を作って、それをあらかじめ、仕掛けておくんだ」


「ほうほうー。それは興味深い話だねー。どんな種類の魔法を仕込んでおくのー?」


「この前、アマノに魔法陣の描き方を教えてもらってたよな、確か。魔法陣は、自分の魔力を増幅させるためじゃなくて、罠を仕掛けるためにも使えるんだよ」


「うんー? 魔法陣を描いて、そこにあらかじめ、呪符を貼っておけばいいのー?」


「そうそう。その通りだ。まあ、実際にやってみせたほうが良いか。ちょっと、魔法陣を描くから、離れていろよ?」


 俺はユーリにそう言うと、自分より5メートルほど後方に移動させる。そして、その場に俺はしゃがみ込み、白線を引くためのチョークチョックーをポケットから取り出し、ふんふんふんと鼻歌混じりに火の魔法効果を高めたり等に使える魔法陣を地面に1つ描く。


 魔法陣を描いたあと、そこに火の魔法である炎の柱ファー・ピラーの呪符を魔法陣の中に貼りつける。


「さって、これで罠の準備は完成だ。あとは呪文を発動させるだけなんだが、自分の手元から離れた場所の呪符から魔法を発動させるには、ちょっとしたコツが必要となるんだ」


 俺は次に槍を手に持ち、その先端を地面に当てる。そして、魔力を槍に伝播させて行き、地面へと流し込む。そして、頭の中で、槍の先端から先ほど描いた魔法陣へと魔力が繋がっていくのをイメージする。


「よし、繋がった。炎よ、逆巻け! 【炎の柱ファー・ピラー】発動!」


 見事、俺のイメージ通り、地面から高さ3メートルほどの渦巻く炎の柱が魔法陣の中で具現化されるのである。その火の魔法を視たユーリがうおおーーー! と感嘆の声をあげて、ぱちぱちと拍手をするのである。


「うおおーーー。すごいーーー! お師匠さまが、まるで魔法使いみたいだよーーー! ねえ? あたしにも同じことができるのー?」


 魔法使いみたいだってのは一言余計だわ……。まあ、俺は生粋の魔法専門での闘い方をしているわけでは無いから、謙遜しての心の中でのツッコミだけどな?


「ああ、訓練を積めばユーリでも出来るようになるぞ? しかし、これを成功させるにはイメージが大切なんだ。イメージについては、ユーリが水の魔法の訓練過程で散々やってきているだろ? だから、それと同じようにすれば、すぐにできるようになるぜ?」


 ちなみに、今回は槍に魔力を通し、地面へと伝播させたわけだが、自分の手を直接、地面に着けて魔法陣へと魔力を伝播させても良い。今回、技術が必要な武器を通しての魔力伝播は、ユーリにこうやって魔法も発動できるんだぞ? と示すためだ。


「やったーーー! これで、あたしも一人前の魔法使いになれるよー。じゃあ、さっそく、魔法陣の罠を作ってみても良いー?」


 まあ、風と水の魔法だと、そもそも罠に適した攻撃魔法が少ないんだけどな? でも、この魔法陣を利用できるようになるかどうかは、魔法をメインとして闘うD級冒険者が、C級冒険者になるためには必須の技能とも言って良い。


 魔法陣も組み合わせることによって、他系統の魔法同士を同時に増幅させたり、合成したりすることも可能なんだが、それはかなりの熟練の技術が必要になるしなあ。まあ、将来、【多重魔法陣】が使えるようになれば良いだけの話だし、今は【単一魔法陣】を上手く使いこなせるようになるほうが先決かあ。


「よっし、水の魔法の【水の洗浄オータ・オッシュ】でも、魔法陣で発動できるようにしてみるか。あれは、クエスト中には衣服の洗濯にも使えるから重宝するぞ?」


「ああー。水の魔法で唯一と言って良い、攻撃魔法かー。あたし、まだあの魔法をうまく使いこなせないから、本当に洗濯にしか使えないだけあって、やる気が削がれるよー」


「だからこそ練習するんだろうが。ユーリ、お前も見ただろう? 俺がアマノに水の洗浄オータ・オッシュによって、地上で溺死させられそうになったのをさ」


「あれは、お風呂に入りたがらないお師匠さまが悪いんだよー。ちゃんと、お風呂には毎日入ってよー。もう6月なんだから、訓練が終わったあとは、お師匠さまの加齢臭と汗の匂いがすごいことになってるんだよー?」


「んん? そんなに俺って、加齢臭がきついのか? 俺はそんなのあんまり気にならないんだけど?」


「お師匠さまが、たまにあたしのベッドで寝ていると、枕にお師匠さまの匂いがべったりついていて、一発でわかるんだよー? あたし、もんもんしちゃって、眠れなくなっちゃうんだからねー?」


「おっかしいなー? そんなに身もだえるほど、臭いのか? 俺、自分のベッドだと、全然、わからないんだけどなー?」


 試しに俺は右腕を鼻に近づけて、クンクンと匂いを嗅いでみるのである。そんなに俺って、加齢臭がひどいのか? 自分では自分の身体の匂いってのは、よくわからねえわ。


「アマノさんだって、きっと嫌がっているよー。お師匠さまの体臭に耐えれるのは、10年近く、お師匠さまと暮らしてきた、あたしくらいなもんだよー」


「うーーーん。アマノは良い匂いだ、男の匂いだって、喜んでいるんだけどなあ? もしかして、アマノの鼻は常人とは違うのか?」


「あー、暑い、暑いよーーー。ここは本当に暑いよー。水よ、逆巻け! 【水の洗浄オータ・オッシュ】だよ---!」


「お、おい! ちょっと待てよ! 俺の足元にいつの間に魔法陣を描いてんだよ! ごぼごぼごぼごぼ!」


「あらあらあら。ユーリはツキトを洗濯中なのかしら? できることなら、もう少し、強めにお願いするのですわ?」


「あっ、アマノさん、来てたんだー。うーん、あたしの今の実力じゃ、これくらいの強さしか水の魔法を発揮できないよー。何かコツとかあるのー?」


「うふふっ。そこはイメージなのですわ? それと、余り、口と鼻をふさがないように調整することも大切なのですわ? 本当におぼれ死んでしまいますからね?」


 ごぼごぼごぼっ! ごぼごぼごぼっ!


「風よ、われの身を守れ! 【風の断崖ウインド・クリフ】発動!! ぶはあっぶはあっ! おい、ユーリ! もう少し、丁寧に水の洗浄オータ・オッシュをしやがれ! 本当におぼれ死ぬかと想っただろうが!」


「えへへー。初めての魔法陣を利用しての水の柱オータ・ピラーだったから、つい、魔力を注ぎ込みすぎちゃって、制御が上手くいかなったみたいー。これは要訓練だねー?」


 ったく。一発で魔法陣を利用しての魔法発動を成功させたユーリの才能には脱帽せざるを得ないから、これ以上、強く叱責できないところがつらいところだぜ……。

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